83. 男達の暗躍
ダリアス視点です
シュレーゲル侯爵家の家紋が入る豪華な馬車で、王都へ向かう室内には、三人の男が座っている。
ダリアスは少し目を伏せると、謝罪の言葉を口にする。
「フーベルト、すまない。このようなことになって」
「いえ、それがリアナのためになるなら、大丈夫です」
あれからすぐにルイゼとフーベルトを呼び出し、相談させてもらった。
フーベルトは即答で了承をくれ、隣のルイゼは目を伏せていた。
顔を上げたルイゼの顔には本当は嫌だと言いたい気持ちが滲み出ているのに、リアナのためならば、と了承してくれた。
本当に、頭が上がらない。
フーベルトの悪いようにはならぬように約束し、今日を迎えた。
「ダリアス。あいつはどうした」
「言われた通り、切り離した」
ギルバートに教えられた紐付きには神殿契約をさせ、リアナと今後一切、関わらぬように釘を刺した。
最後まで笑顔だったのが気になるが、今、出来ることをしていくしかない。
「そうか。フーベルト、元気だったかい。前にあったのは、ルカぐらいの歳だったから覚えているかね」
「もちろんです、ギルバート様。ご無沙汰しております」
フーベルトが前にギルバートに会ったのは、王都から連れて帰るときの立ち会いの場であった。
フーベルトは自然な笑みを浮かべているため、ギルバートのことを覚えているようだ。
ギルバートは満足そうに一度うなずくと、足を組み替える。
「さて、ダリアスから聞いているかね」
「お聞かせいただきました。私がリアナの力になれるのなら、お任せください」
「しかし、少し今の生活から離れる必要があるが、いいのか?」
「それが、リアナのためになるのなら」
ギルバートの問いに笑みを作り、悩むことなく答えるフーベルトに、少し胸が痛い。
娘のために頑張ろうとしてくれるのはいいが、自分を犠牲にしてまでは求めていない。
フーベルトの真意を聞くには場所が悪く、今度二人で飲みに行くことを決める。
馬車から見える景色も変わり、豪華な屋敷が並んでいるのが見える。
そして、貴族街の奥、高位貴族の屋敷が並ぶ場所まで来ると、とある屋敷の前で馬車は停まった。
「着いたようだな。フーベルト、これを」
「ギルバート様、こちらは?」
「ちょっとしたお守りのようなものだ。今日は絶対に外すな」
「わかりました」
フーベルトはギルバートに渡された腕輪をつけ、上着の袖に隠す。
ギルバートが用意したのだろうが、ひとつだけ入る宝石が紫なのは、少し気にかかる。
しかし、自分も昔同じように渡されたことがあるため、腕輪の役割は知っている。
お守りというのも間違いではない。
馬車から降り、屋敷の扉が開くと中に入る。
そこで待っていたギルバートより一回り上の、紅緋の鮮やかな黄みの赤髪の男性は、喜びを隠しきれていない。
「久しいの、エドモンド。今日はいつもよりおしゃれだな」
「わかるか、ギルバート。私はこの日のために色々用意したのだ」
腕を広げ今日の服装を見せるエドモンドに、ダリアスは笑いそうになるのを耐える。
初めて会った時は生死を彷徨っていたが、今ではすっかり元気そうである。
嬉しそうな表情のまま自分に向くエドモンドに、ダリアスは我慢しきれずに少し笑みが溢れる。
「ダリアス、元気だったか。少し歳を取ったか?」
「歳もとりますよ。前回お会いしてから、日が開きましたから」
エドモンドの言葉に、時の流れを感じる。
次に会う時はフーベルトの婚姻時と言っていたが、少し早くなった再会に嬉しそうだ。
「フーベルト。よく来てくれた。なにか欲しいものはないか?」
「お久しぶりです、エドモンド様。特に欲しいものはありません」
「そうか…。欲しいものがあればなんでも言いなさい」
「お気遣いありがとうございます」
エドモンドはフーベルトがかわいくて仕方がないのだろうが、それは流石に止める。
昔、彫刻の道具を願ったフーベルトのために、様々な道具を大量に贈ってきた前科がある。
今でも大切に使っているようだが、多すぎて使っていないものもあると聞く。
「エドモンド。気持ちはわかるが、玄関で話し続けるのか」
「そうだったな。さぁ、行こう」
そのままフーベルトと会話し続けようとするエドモンドを、ギルバートが優しく咎め、移動する。
話し続けるエドモンドに発言ができるのは、ギルバートしかいない。
友が今日着いてきてくれて本当に助かった。…本人には伝えぬが。
部屋に通され、机に紅茶を用意されると、人を退がらせる。
そして、エドモンドは盗聴防止器を作動させると、本日の訪問の経緯を尋ねる。
「今日はどうしたのだ?ギルバートも来るとは」
「フーベルトの恋の話だよ、エドモンド」
「恋?!恋をしたのか、フーベルト」
「…一途に、思わせていただいております」
目の前で聞くのは少しむず痒いが、致し方がない。
きっと、恋の相手である父親の前で話さなければならないフーベルトの方が、色々思うところがあるだろう。
自分に楽しそうな灰色の目を向けるギルの表情が、少し小憎たらしい。
「ダリアスのかわいらしい娘がいるだろう?その子なのだよ」
「なんと。ダリアス、フーベルトはいい男だぞ」
「それは、わかっております」
エドモンドの前で、否定するわけにはいかない。
娘のことを抜きにして考えると、フーベルトはなかなかいい男ではある。
浮いた話もなく、一途に想い続けるその姿は、世の男性も見習うべきだ。
ダリアスの言葉に満足そうに笑うエドモンドは少し考え込むと、ギルバートの方へ向いた。
「では、その恋に何か問題があるのだな」
「話が早くて助かる。綺麗な花には、基本的には美しい蝶が飛んでいるのだが、ここ最近、それに紛れて大きなハエが飛んでいるのだよ」
恋をしただけで、この屋敷に来るほどの予定はない。
比喩する言葉にダリアスは深くうなずきそうになるのを耐え、会話を傍観する。
「潰せばいいのか?」
「コバエは消した。だが、大きなハエの身分については語らなかった。どうやら、自分の名前が漏れぬように神殿契約をしていたようだ」
エドモンドの言葉に、少し体が揺れる。
ギルバートも気にする素振りもなく突拍子のないことを言うが、目の前のエドモンドも立派な貴族である。
少し肝が冷えたが、これが自分に向けられるわけではないので、安心する。
「では、それなりの身分がありそうだな。だが、相手はなんとなくわかっているのだろう?」
「まぁ、隠れ蓑が多そうだがな。確実に、潰してみせよう」
自分は相手の身分を知らないが、話からすると、それなりの身分がありそうだ。
少し厄介なことになりそうで、商会で仕事をしているであろうリアナのことが気がかりである。
「では、なにを頼みに来た」
「かわいい孫のためなら、頑張れるだろう」
「まぁ、そうだが」
ギルバートの言葉に、エドモンドは少し困惑した表情を浮かべる。
「魔法を教えてやってくれ。お前が師匠として教え、弟子としてフーベルトを。それだけでもなかなか目立つ存在になるだろう」
「それは…いいのか、フーベルトは」
エドモンドはギルバートの提案に、少し渋る。
喜んで飛びつくと思っていたのだが、孫に無理はさせたくないという祖父としての思いがあるようだ。
「私はエドモンド様から、教えを乞いたく思います」
「…では、教えよう。私は会えて嬉しいぞ」
「ありがとうございます。お世話になります」
フーベルトの気持ちも確認でき、エドモンドは嬉しそうに笑った。
今までは会える機会は限られていたが、これからは会える頻度が増える。
滅多に会えぬ孫に会えることになって、嬉しくない祖父はいないだろう。
エドモンドは優しい祖父の表情になると、フーベルトと会話を再開させる。
「フーベルト、仕事は楽しいか?」
「楽しくさせていただいております。良き仲間に支えられております」
仕事の話をしばらく続けていたのだが、エドモンドは少し黙ると腕を組む。
「ルイゼさんは…元気か?」
「元気です。母がよろしくと言っていました」
「…そうか、また会いたいの。無理にとは言わんが」
「伝えておきます」
遠慮がちに聞くルイゼのことに、ダリアスは少し神妙な表情になる。
貴族の墓地区画にある墓には、年に一度参っているとは聞いている。
ルイゼがエドモンドに会う機会があれば、自分も立ち会おう。
そこからギルバートも会話に加わり、フーベルトの日程を決める。
フーベルトには商会の仕事時間内で受けるようには伝えてはいるのだが、少し予定が詰まっている。
「私は今や隠居の身。暇なのでいつでも良いぞ」
「では、仕事の予定を詰めますので、時間が空く日をお伝えします」
「無理はするな。私は元気でいてくれるだけでいい」
「心得ております」
エドモンドの懇願に、フーベルトは安心させるような笑顔を見せる。
建具の仕事内容なら自分でも受けることができる。少し手を回すぐらいならバレぬだろう。
ダリアスは自分の仕事の予定を思い出しながら、頭の中で予定を組み直す。
「では、帰る」
「失礼致します、エドモンド様」
「また話そう、ギルバート、ダリアス。フーベルトも近々な」
「よろしくお願いします、エドモンド様」
乗ってきた馬車の前まで行くと、別れの挨拶をする。
次に来る時はフーベルトが一人で来ることになるが、エドモンドに任せても大丈夫だろう。
「ありがとう、ギル」
馬車の中でギルバートに感謝を伝えると、嬉しそうに微笑む友に後輩としての笑みを見せる。
後日、商会に届いた贈り物を開けて、ダリアスは表情を歪ませる。
「あいつ…」
エドモンドの屋敷に行く時に困らぬようにとフーベルトのための正装なのだが、それに使う小物が全てリアナの瞳と同じ紫色なのが気になる。
それをリアナには見られぬことを祈りつつ、箱を閉めてフーベルトの机の上に置く。
箱の中身を見て、大いに焦るがいい。
ギルバートに知られたからには、外堀から埋められるということを、身を持って思い知るがいい。
過去の自分と同じような運命を辿るであろうフーベルトに、ダリアスは苦笑いをした。




