77. 新しい仲間と魔法
王都で再会したアドルフからは、商会に正式な注文が入った。
そのため、今度、父と共に伺うことになっている。
今日はアドルフに会う前に訪れた宝石店の書類を書き上げる予定だったのだが、その予定を変更し、ルイゼの要請で、とある場所に仕事へきた。
「すまないね。急遽、来てもらって」
「いえ、大丈夫です」
今回の仕事先は、場所が場所なだけに、女性であるリアナが来ている。
他の職人も女性しかおらず、いつもと比べると、和やかな雰囲気だ。
「本当は、リアナに頼みたくはなかったのだけど。ダリアスもフーベルトも、連れてくるのが難しくてね」
「それは、そうですね。ここは子供が多いですから」
「怖がられたら、仕事にならないからね」
今回の依頼先は、孤児院である。
子供達も多く、色んな事情でここにいることを聞かされていたため、怖がらせないように女性だけで構成されていた。
工事も順調に進み、建物のガラスの強化も終わっていた。
残りは、建物自体の清掃を残していたのだが、そこで問題が起きた。
そのせいで、来る予定ではなかったリアナが来ることになった。
廊下を進むと、依頼者のシスターがいるのを確認する。
その背後、氷がはみ出ている一室が見え、リアナは苦笑いをする。
「子供は、魔力の暴走することが多いからね。しかし、なかなか珍しいね。こんなに大きな氷は」
「すみません。この部屋の子達、双子の男の子で。どちらがすごい氷を作れるか競ったらしく。おかげで、この氷の山なのですけど…」
氷の山ではなく、部屋自体が氷で覆われて、廊下に一部はみ出ている。
二人で競い合ったのなら、魔法が合わさったのだろう。
それでここまで大きな氷を作るのは、なかなかだと思うのだが。
ルイゼは氷越しに部屋を覗くと、破損状況を確認している。
「大丈夫、綺麗にできるよ。今日は新しく雇った職人もいるしね」
「任せてください、ルイゼさん。頑張ります!」
ルイゼの横、急に現れた茶色の髪色の女性に、リアナは驚く。
まだ若く、リアナと歳が近そうな可愛らしい女性は、こちらに微笑んだ。
「初めまして、ライラです。この度、新しく雇っていただきました」
「初めまして、リアナです。これから、よろしくお願いします」
互いに自己紹介をすると、ルイゼが話し始める。
「リアナ、この子はすごいよ。なんと、強化魔法が使えるんだ。召喚獣がそういう子らしい」
「あの子はすごいですからね!」
「ぜひ、その子を見てみたいです!」
強化魔法ということは、土魔法の応用だろうか。
だとすれば、聖獣は、きっとどこか硬さがある動物なのかもしれない。
リアナはワクワクしながら、聖獣を召喚するのを待つ。
「じゃあ、呼びますね」
ライラが聖獣を召喚すると、どしんと少し大きな音がする。
「この子が私の相棒です。固い甲羅がかっこいいでしょう!」
「大きくて、素敵です!」
目の前に、少し大きな亀型の聖獣が現れて、リアナは気持ちが高まる。
学院でも、亀型の聖獣は居たのだが、水属性の亀が多かった。
目の前にいる聖獣は、土属性だ。
茶色く大きな体は、よく磨かれた大きな甲羅が目立ち、どっしりと構えている。
「亀だ!」
「でっかい亀!」
「二人とも!部屋で大人しくしている、約束でしょう」
「ここが僕らの部屋だもんね」
「ねー」
「もう…」
召喚した時に出た、少し大きな音が聞こえたのだろう。
廊下の向こうから走ってきた子供達は、今は近くに座り込んで、楽しそうに聖獣を見ている。
シスターの様子からすると、この部屋を凍らした本人達なようだ。
「この氷は溶けないよ!」
「だって、僕らの力が合わさっているもん」
目の前の双子は顔を合わせて、誇らしげに笑っている。
「他の子供達が、頑張って溶かそうとしたのですけど、表面しか溶けなくて。…本当に、助かります」
どうやら、他の子供達も頑張ったらしい。
しかし、子供には、この大きな氷を溶かすのは難しいだろう。
リアナは服の袖をまくると、胸に左手を当て、自信ありげに笑う。
「いえ。では、私が溶かせて見せましょう」
「無理だよ!」
「他の子は、できなかったよ」
他の子供達が溶かせなかったことに、誇らしく思っているようだ。
しかし、自分にはこの氷を溶かすことできる。
リアナは、膝をついて子供達と目線を合わせると、優しく問いかける。
「氷を溶かす方法は、どうすればいいと思う?」
「火!」
「熱!」
溶かす方法は、よくわかっているようだ。
だが、今回は普通の氷ではない。
「正解。でも、魔法の氷はどうだった?」
「火を持ってきたけど、ちょっとしか溶けなかった」
「熱風を当ててもらったけど、表面だけだったよ」
「火魔法を使う子が、氷を溶かした時は?」
「他の子より、溶けてたよ」
「でも、全部は溶けなかった」
二人は、観察力に長けているようだ。
きっと、しっかりと学べば、自分でも溶かせない氷を作ることができるだろう。
ここまでわかれば、もう溶かしてもいい。
今後は、部屋を凍らせないことを願う。
「じゃあ、やってみるわ。少し、離れてね」
リアナは氷に手のひらで触れると、そこから火魔法を使い、溶かしていく。
全てを溶かし終えると、次は床や壁の水気も乾燥させていく。
すっかり乾いた部屋の中は、何事も無かったかのように、綺麗になった。
リアナは振り返ると、笑顔で尋ねる。
「どうかしら」
「すごい!」
「どうして?」
双子のキラキラした水色の目に、少しはにかむ。
質問に答えるべく、もう一度膝をつくと、目線を合わせる。
「二人の力が合わさっているから、一人の力では溶かせないの。でも、私には出来た。どうしてでしょう」
双子は頭を傾けて、少し静かになる。
しっかりと考えているようで、リアナは笑みが溢れる。
すぐ説明するのもいいが、考えるだけでも、いい勉強にもなるだろう。
「もしかして、二人いるの?」
「違うわ、一人よ」
「魔法の力が強いから?」
「そうね。貴方達が子供だからどうにか溶かせたけど、大人だったら難しかったわ」
今回、子供が作った氷であったから溶かせたが、大人二人では難しかっただろう。
リアナの魔力量は多いが、規模が多いと消費も激しい。
まだ、使い始めて間もないので、これ以上は難しそうである。
「お姉ちゃん、すごい!」
「僕も、もっと強くなれるかな?」
「えぇ。学院でよく学んでね。そうすれば、今より固い氷が作れるようになるわ」
「頑張る!」
「次は、溶けない氷を作るよ!」
溶けない氷を作るのはいいが、部屋を凍らせるのはやめてほしい。
元気よく話してくれる子供達にルカを思い出し、今、何をしているのかが、少し気になる。
楽しく、絵を描いているのだろうか。
リアナが思い出していると、シスターは子供の背中を押して、先程までいた部屋へ戻そうとしている。
「ほら、部屋に戻って。次のお茶の時間では、お菓子の量が減ってしまうわよ」
子供にとってお菓子という単語は、魔法の言葉かもしれない。
走って部屋に戻る姿に微笑ましく思いながら、シスターは困ったような表情で笑っている。
「ありがとうございます。まさか、一人で溶かせると思いませんでした」
「いえ、お力になれてよかったです」
「リアナさん、凄いです!火魔法をお使いになるのですね」
「えぇ。少し」
本当は使う予定はないのだが、今回は異例だ。
彼女がいる時は、他の属性を使わないように気をつけよう。
リアナが少し困惑しているのがわかったのか、ルイゼは声をかけてくれる。
「じゃあ、作業にかかるよ。リアナは自分の仕事に戻ってくれていいよ。助かったわ」
「それでは、失礼します。頑張ってください」
「また、お会いできましたら、お話ししましょう!この子も今度遊んであげてください」
「楽しみにしておきます」
挨拶をして、リアナは孤児院から出る。
背後から視線を感じ、振り返ると、ライラの焦茶の目がこちらを見ていた。
ライラはリアナが振り返ったのに気付くと、可愛らしい笑顔を向けて、手を振ってくる。
「気のせい…か」
こちらを見ていたライラの顔から、一瞬、表情が欠落していたような気がしたのだが、自分の思い違いだったようだ。
リアナは前を向くと、商会への道を、再び歩き出した。




