76. 挽回と王都での再会
後日、再び王都の店舗に訪れたリアナは、水色のワンピースの皺を伸ばす。
小さく息を吐いていると、部屋の扉が開いた。
「お待たせいたしました。すみません、少し時間がかかりまして」
「いえ、大丈夫です。お時間をお取りいただき、ありがとうございます」
ジゼルの言葉に、リアナは頭を下げる。
再びもらえた機会を感謝し、互いにソファーに腰掛けた。
「貴女がどんな提案をするのか、本当に楽しみです」
ジゼルの言葉に笑みを返すと、姿勢を正して、その緑の瞳をしっかりと見つめ返した。
「本日はお時間を取っていただきありがとうございます。フォルスター商会の建築士、リアナ・フォルスターと申します。本日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
以前のような値踏みされるような目で見られていない。
そのことに少し安心し、机の上に何枚か紙を出す。
「私が提案したいのは、こういった店内のイメージを考えております。まず、床を木目からタイルに変更。そのタイルの色は、白系統かグレーにします。壁は漆喰で、色は白。差し色に一色だけ選んで頂けたらと思います」
自分が描き上げ、ルカに色を塗ってもらった紙をしっかりと見せながら、まっすぐと言葉を伝える。
一人では時間が足りなかったが、ルカとハルのおかげでなんとか練り上げたこの案。
自分が考えた案は、時間も金額もかかる。
リックの考えた案の方が、店を閉める日数も少なく、金額的も優しいだろう。
紙をじっと見ていたジゼルは、ゆっくりと顔を上げた。
「絵があるとわかりやすいですね。でも、どうしてそう考えられたのですか?」
「隣国の教会を参考にしております。ここの宝石の多くは、婚約の腕輪に使われることが多いです。生涯を共にする相手に贈る物を選ぶ場所であるこの店舗から、教会で挙げる結婚式が浮かびました」
婚約の腕輪を贈り合い、婚姻を結ぶ。
そして、どの国の生まれであっても、隣国の教会で結婚式を挙げる人が多い。
その幸せそうな姿は観光客の間でも人気で、その場に居合わせた全ての人から祝福されるそうだ。
「愛する人と結ばれる幸せの一歩として、この店を利用する人が明るい未来を馳せられる店になって欲しい。そう考えて、このようなデザインを考えました」
言い切ったリアナの前、ジゼルの表情に変化はない。
ハルと考えて作った自分の案も、話しておきたいことも全て伝えた。
ジゼルもリアナも黙り込み、長い沈黙が流れる。
静かな空間に息を吐く音と共に、服の擦れた音がした。
「正直、この短期間でここまでしっかりと考え込んでくるとは思いませんでした。他の商会の方は、時間を与えても似たような提案のみ。フォルスター商会も他と同じような提案しかできないのかと思いましたけど、リアナさんの提案は、胸に響いたわ」
やわらかく微笑んだジゼルにつられ、リアナも自然と笑みがこぼれた。
「それは…嬉しい限りです」
「リアナさんの案で行きましょう。私は、リアナさん、貴女を指名します」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
どうやら、ジゼルのお眼鏡にかかったようだ。
正直、自分の案は厳しいと思ったのだが、このまま採用されることになった。
きっと、素敵な店内になるだろう。
そのまま話はまとまり、契約書を渡して記入してもらう。
それを確認し、店舗を出るリアナをジゼルが見送ってくれた。
「本日はお時間を取っていただき、ありがとうございました。これで失礼いたします。今後とも、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼みます。いつか宝石を買いに来てくださいね。リアナさんのために、いいものを揃えておきますから」
「ありがとうございます。楽しみにしていますね」
リアナは頭を下げて、宝石店から出る。
一人で成し遂げた達成感と無事に契約ができたことで、安堵から笑みが溢れる。
「…リアナ?」
商会へ道を急ぐ途中、背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。
どこか聞き覚えのある声に、リアナは振り返る。
「やぁ、リアナじゃないか。会いたかったよ」
振り返った自分と合ったその男性の赤の瞳は、優しく細められている。
その声に聞き覚えがあるが、その見た目に覚えがない。
リアナは一歩下がると、目の前の男性に疑いの目を向ける。
「すみません、どちら様でしょうか」
「すまない、今はお忍びで仕事をしているんだ。この髪色ならわかるかい?」
そういうと、目の前の男はウィッグを取った。
暗い茶色から、小麦のような橙色の髪色に変わり、相手がわかったリアナは警戒を解く。
「ジールマン様でしたか。お久しぶりです、学院以来ですね」
「昔のようにアドルフと呼んでくれていいんだよ。私とリアナの仲ではないか」
目の前のアドルフは楽しそうに笑うと、リアナもつられて笑みを溢す。
彼の名前は、アドルフ・ジールマン。
同じ建築コースに通っていた友である。
成績も優秀で、庶民の自分にも分け隔てなく、接してくれていた。
「元気だったかい?相変わらず、フォルスター商会は、忙しそうだな」
「有難い限りです。アドルフ様は、お元気でしたか?」
「あぁ。今、リアナに会えて元気になったよ」
「ふふ。それはよかったです」
「また信じてないな。本当のことさ。リアナは私にとって、太陽みたいな存在だよ」
「ありがとうございます」
アドルフは、リアナに対して、優しくはにかむ。
相変わらず、歯の浮くような言葉を並べているようだ。
アドルフのあの頃と変わらない姿を見て、リアナは思い出し笑いをしながら、注意する。
「そういう言葉、あまり言ってはいけませんよ。勘違いされた令嬢がいたでしょう」
「そうだったかな。君しか見ていなかったから、気付かなかったよ」
「そういうところですよ」
リアナの注意に、アドルフは嬉しそうに笑っている。
こうやって、からかう言葉をよく並べて、リアナも最初は恥ずかしさが勝っていた。
しかし、同じ相手から、毎日似たようなことを聞き続ければ、案外慣れるものである。
これは、猫の鳴き声と同じ。
そう考えてからは、特に気にならなくなった。
「今度、食事でもどう?美味しい店を見つけたから、学院の思い出話でもしながら」
「いえ、アドルフ様の都合もありますし。変な噂は、すぐに回りますから」
「それもそうか。学院の頃とは、何もかも違うな」
「そうですね。一緒に食事をしたのも、学院内だけでしたし」
学院内のことは、さすがに目を瞑ってくれるため、食事も一緒にすることもできた。
だが、今は学院ではない。
外で一度食事しただけでも、噂は回る。
自分は噂を気にしないが、商会のことを考えれば、それも避けたほうがいい。
「もし今度機会があったら、友人を交えて一緒に食事をしよう。それなら、問題ないね」
「えぇ、そうですね。楽しみにしております」
「せっかくリアナとの楽しい時間なのだが、今は仕事中でね。これで失礼するよ」
「私もです。では、失礼致します」
別れの挨拶をすると、互いに反対を向く。
食事のことも社交辞令だろう。
今後、会うことはないだろうが、ここで話せてよかった。
しかし、そう考えていたリアナの足は、アドルフの言葉で止まる。
「あ、そういえば。今度、商会へ仕事を出していいかな?屋敷の壁が、脆いのだ」
「はい、大丈夫です。また、伺います」
「よろしく頼むよ」
仕事を自分に振ってくれるあたり、昔と変わらず、優しいようだ。
アドルフの差し出された手と、しっかりと握手をする。
次の仕事の予定を考えながら、リアナは商会への道を急ぐ。
商会へ戻ると、リックへ報告するために書類を作り始めた。
リアナが書いている間、ずっとハルがうろうろしていたのだが、気にせずペンを動かす。
「クンクン…クンクン…。う〜ん……」
しかし、我慢ができなくなったのか、ハルはリアナの手を掴み、鼻先をくっつけて、しばらく嗅いでいた。
突然の行動に驚いたのだが、ハルはすぐに耳を伏せると嫌そうな声を出す。
「リアナ、変なにおいする。とっても嫌なにおいだ」
「ハル、大丈夫よ。さっき学院の頃の友達に会ったの。その時に香水でもついたのかしら」
「ふ〜ん。じゃあ、さっさと洗ってきて。僕、そのにおい嫌い」
「はいはい。わかったわ」
「返事は一回!」
「はーい」
先程、アドルフと握手をした時に、香水でもついたのだろうか。
ハルは匂いに敏感だ。
きっと、香水の成分に苦手な匂いが入っていたのだろう。
手をしっかりと洗い終え、事務室に戻ると、続きを再開する。
全て書き終えてからは、今後の予定表と睨み合いながら、予定を組み直す。
「リアナちゃん、ごめんね。前回も大変な思いをしたのに、指名までされて大変だったでしょう?大丈夫?」
「えぇ、いい経験になりました。こちら、その報告書です」
先程、書き上げた書類を、意気揚々とリックに渡す。
読み進めるうちに表情が変化していくリックは、読み終えると勢いよく顔を上げた。
「すごいじゃないか。ここは私でも難しいと思っていたんだよ。いろんな商会が提案しても、断られるって有名で」
「そうなんですか。じゃあ、私、頑張りましたね」
「あぁ、えらいえらい」
リックが頭を撫でるのを、素直に受け入れる。
打ち合わせに一人で向かうことはあるのだが、それも民家が多く、店舗へ出向くことは少ない。
今回は、自分でもよく頑張った方である。
「ご褒美になにか買ってあげるよ。なにか欲しいものは?」
「では、シュークリームを。前に食べたのは、美味しかったです」
「今度買っておくよ。もちろん、ハルとルカの分もかい?」
「お願いします」
一緒に頑張ってくれたふたりにも、ぜひこの嬉しさとご褒美をお裾分けしたい。
きっと、ふたりも一緒に喜んでくれるだろう。
リアナはシュークリームを楽しみにしながら、次の打ち合わせの準備をする。
机の上の描きかけの完成図は、光り輝いて見えた。




