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74. 狼と羊とお菓子



 比較的早く、再び訪れることになったこの地に、リアナは美しい笑みを作る。

 朝に飲んだ胃薬は、しっかりと効いているようだ。



「リアナ、来てくれて嬉しいわ。紹介するわ、こちら私の旦那様」

「初めまして。私はマルクス・リーゼンフェルトだ。楽にしてくれ」



 そういって優しく微笑む男性を、少し見る。


 この方が、リーゼンフェルト公爵家の現当主。

 召喚獣とよく似ているようで、桔梗色の短い髪型に、(くろがね)色の青緑色の瞳をこちらに向けた。



「お初にお目にかかります。リアナ・フォルスターと申します。本日はよろしくお願い致します」

「フォルスター商会所属、フーベルト・ウィーズと申します」

「初めまして。ルカ・フォルスターです。お会いできて嬉しいです。こっちはハルです」

「よろしく〜」



 互いに自己紹介を終えたのだが、何を言っているかわからないにしろ、ハルのその言い方はあまり良くない。

 今日はお菓子を少し減らそうと思う。


 その点、ルカはレオンとの授業の合間の休憩時間で教えを受けるようになって、話し方がまた成長している。

 ちゃんと挨拶ができるいい子には、お菓子を増やそう。


 リアナが考えていることがわかったのか、ハルは急に姿勢を正す。



「丁寧な自己紹介ありがとう。リアナ嬢にフーベルト、そしてルカとハルだね」

「よろしくお願いします」

「ふふ、よろしく」



 ルカの不慣れを感じるお辞儀に、マルクスは少し嬉しそうに微笑んでいる。

 もしかすると、子供が好きなのかもしれない。


 前回、ルカを呼んでもいいと言ったのは、この表情(かお)が見たかったのだろう。

 アイリスはマルクスの笑顔を見て、満足そうに微笑んでいる。



「リアナ。私は窓を外して、窓枠を少し調整します」

「お願いします」



 フーベルトに囁かれ、リアナは了承する。

 連れてきていた職人と共に作業をするのを見守りながら、アイリスの方へ体を向ける。



「リアナ。私、楽しみにしていたのだけど、本当に見てもいいのかしら。秘匿にすべきことはあって?」

「そうですね、こちらをお読み頂ければ」



 リアナは鞄から一枚の封筒を取り出すと、アイリスに手渡す。

 封蝋にはベーレンス家の家紋が入っているため、アイリスは少し嬉しそうにしている。



「クレアから?ふふ、なにかしら」



 今回のことをクレアに相談すると、手紙を書いてくれることになった。

 自分が言葉で説明するより、クレアから説明してもらえるのは助かる。


 二人は読み終えたのか、顔を上げたアイリスは楽しそうな目をしている。



「まぁ、面白いことが書いてあるわ」

「リアナ嬢、神殿契約をしましょうか?」

「お任せします。ここだけの内緒にしてくだされば、助かります」

「では、内緒にしよう」



 神殿契約をしてもらえば確実だが、それをしてもらうのにやはりちらつくのは金額だ。


 貴族にとっては気にならないだろうが、リアナにとっては気掛かりである。

 クレアの従姉妹であることはもちろんだが、今回の気遣いの数々で、情報が漏れることはないと断言できる。


 リアナは一度うなずくと、持ってきたガラスの山の前に立つ。



「では、こちらで作業をさせていただきます。少し、離れていてください。ガラスを切ります」

「わかったわ」



 アイリスとマルクスが離れたのを確認し、ハルに声をかける。



「ありがとうございます。ハル」

「任せて〜」



 ルイゼとフーベルトがガラスの製作を練習するために、大量の色ガラスを仕入れているので、材料はすぐに用意できた。


 あのガラスの発表は、近日中に行われる。

 そのため、少し急いで用意したのだが、アイリスとマルクスの予定があってよかった。


 自分の隣、いつものように風魔法で色ガラスを切っていくハルは緊張していないらしい。

 全てを切り終えたハルの目は、どこか楽しそうである。



「リアナ、切ったよ」

「では、ルカと一緒に並べてくれる?」

「任せて」



 ルカと共に木枠で囲んだ透明ガラスの上に色ガラスを図案通りに並べていくハルの隣、リアナは持ってきた粉と水を木べらでしっかり混ぜ合わせる。

 今回の窓は前に比べると大きいので、作る液剤も量が多い。

 少し力を込めながら混ぜ合わせていると、アイリスは不思議そうな表情(かお)をしている。



「それはなにを作っているの?」

「これは商会(うち)の商会員が作ったガラス補修用の液剤です。それを使わせてもらいます」



 ルイゼの作った粉については知れ渡っているので、特に秘匿とする必要もない。

 そのため、リアナは素直に教えた。



「まさか、ウィーズ工房のでは?あの技術は素晴らしいもの」

「有難いお言葉です。本人に伝えておきます」



 アイリスはやはり知っていたようで、ルイゼの工房の名前が出てリアナは笑みが溢れた。

 帰ったら、ルイゼに伝えよう。

 その反応を少し楽しみに思いながら、混ぜ終えた液剤の入った容器を机に置く。

 


「出来たよ、リアナ」

「図案通りだと思う」

「ありがとう、ふたりとも」



 ハルとルカも、タイミングよく色ガラスも並べ終えたようだ。

 そして、液剤の入った容器をガラスの横に並べると、ハルと目を合わせて、一度うなずく。



「では、作業を開始します」



 リアナが開始を伝えると、アイリスとマルクスにうなずかれる。


 それを確認して、いつものように水魔法で液剤を持ち上げて、ガラスの中央に置くと、端へ端へと均一に伸ばしていく。

 均一に伸ばし終えると、ハルに目で合図を出し、風魔法を使ってもらう。

 リアナはタイミングを見計らうと、最後に火魔法でガラス全体を包み込んだ。

 そして、眩い輝きと共にガラスが完成する。



「…ふー。できました。完成です」



 今日も上手くすることができ、リアナは安堵の息を吐く。

 緊張で魔法が不安定にならないか心配だったが、ハルとの練習の日々により、どうにかなるようだ。



「とても素晴らしいわ。まるで一枚のガラスのようね」

「ここまでとは。正直驚きました」



 アイリスは手のひらを合わせて、嬉しそうにしている。

 その隣、マルクスも楽しそうな目をしている。


 その二人の様子にリアナは満足し、枠の調整が終わっている様子のフーベルトが目に入った。



「喜んでいただきありがとうございます。こちらを今からフーベルトが取り付けますので、少々お待ちください」

「あぁ、任せよう」



 マルクスの言葉にうなずき、先程作ったガラスが入った木枠を職人達が持ち上げる。

 かなり重いはずなのだが、物ともせぬ職人達を見守りながら、取り付けるのを見守る。



「いかがでしょうか?」



 ガラスを取り付け終えたのを確認し、リアナはアイリスとマルクスに尋ねた。

 それに対して、二人は満足そうな笑みを浮かべている。



「最高だわ。シュニーとノーブルが仲良く輝いているわ」

「そうだね、これは素晴らしい」

「喜んでいただけで嬉しい限りです」



 どうやら気に入っていただけたようで、リアナの肩の荷が降りた。


 二人で楽しそうに話していたが、少しするとメイドに指示を出し、ルカとハルを別室に移動させている。

 それを疑問に思っていると、別のメイドから受け取った封筒を、リアナに差し出してくる。



「本日はありがとう。これ、先に渡しておくわね」

「これは…開けてもよろしいですか?」

「えぇ」



 どこか既視感を感じるやり取りに、リアナは中身を確認させてもらう。

 その中身は想像していたもので合っていたようで、リアナは丁寧にしまうと、アイリスに封筒を返そうとする。



「アイリス様。さすがに、これは受け取れません」

「あら、リアナ。様付けなんて他人行儀にしないで。今日から貴女も、私の可愛い妹よ」

「…ありがとうございます。アイリスお姉様」



 渡された封筒を返そうとする手を優しく掴み、リアナの方へ返された。

 昔のクレアと似た表情(かお)で言い切るアイリスに、リアナは諦めると、封筒を抱きしめて呼び方を改める。


『アイリス・リーゼンフェルトはリアナ・フォルスターに一切の不敬を問わない』


 昔、クレアとレオンから貰った紙と、先日カイルに渡された分を合わせると、これで四枚目である。

 一体、この紙をどこに保存すればいいのか毎回困るのだが、これ以上増えないことを願う。

 


「本日は良いものを見せてもらった。ありがとう」

「それは良かったです。では、失礼致します」

「えぇ、またお話ししましょう。クレアのことを、詳しく聞きたいわ」

「また機会がありましたら、是非」



 屋敷の入口、待機する馬車の前で挨拶をする。


 職人達には先に帰ってもらっているので、馬車に乗るのはリアナとフーベルト、ルカ、ハルである。

 馬車に乗り込むと、別室に連れて行かれてからずっと静かだったふたりが気になり、声をかける。



「ハル、ルカ、大丈夫?」

「クレアのとこのお菓子も美味しかったけど、ここのも美味しかった!」

「また違うお菓子の甘さがあるね、最高だった」



 どうやらお菓子を用意してもらっていたようで、その余韻を楽しんでいたようだ。

 その様子に安心し、リアナはフーベルトの方へ笑みを向ける。



「フーベルト、お疲れ様でした」

「リアナも。いつ見ても、あの魔法は美しいな」

「そう言ってもらえて、嬉しいです」



 魔法を使っている時は集中しているため気にしたことはないのだが、褒められて嬉しい。

 きっと水魔法から火魔法に続けて使うため、物珍しいのだろう。



「今日頑張ったから、今度の休み、お菓子作りたい!」

「そうね、なにがいいかしら」

「僕に任せなさい!」



 ルカの言葉にハルが嬉しそうに賛同する。


 前の休みの日は、火属性の影響なのかリアナは熱が出てしまったので、退屈な思いをさせていた。

 しかし、もう元気なのでお詫びに一緒にお菓子を作るのもいいだろう。



「師匠もだよ!一緒がいい!」

「私もですか、ルカさん」

「師匠も一緒のほうが美味しいもん!」

「それは嬉しいですね。是非ご一緒したいです」



 ルカは隣に座るフーベルトに抱きつくと、次の休みの約束を取り付ける。


 前回、フーベルトの家で食べたアップルパイは美味しかった。今回はぜひ、おもてなしたい。


 しかし、あの父のことだ。その日に休みを取るに決まっている。

 父には、内緒にしておこう。


 リアナはそう決めると、次の休みの日を楽しみに待つことにする。


 次の休みの日、お菓子を作っていると、どこから情報を得たかわからない父が帰ってきた。


 そのまま仕事を休もうとする父を説得するのに苦労するのは、少し先のことである。



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