70. ダンスの挽回とかわいい弟子の成長
ダンスの授業は終わり、リアナは無事に解放された。
屋敷に来た時の服に着替えているのだが、背後の視線が痛い。
さすがに無視し続ける訳にはいかず、リアナは諦めて振り返った。
「クレア、どうしたの?とても着替えにくいのだけど」
「ねぇ。私の見間違いでなければ、リアナの筋肉が増えた気がするわ」
「そうなの、仕事で少しね。筋肉量を増やそうと思って。目に見えるぐらいになっているようで、嬉しいわ」
「だめよ!計り直さなきゃならないわ!」
リアナが嬉しそうに笑ったのに対して、クレアは不服そうな表情をしている。
きっと、今度着る服はゆとりがないので、焦っているようだ。
いったい、何を着せるつもりなのか。
リアナは諦めると、計りやすいように少し腕を上げた。
「ほら、次の着せ替えまでに計っておきたいのでしょう。急いでね」
「ありがとう、リアナ!大好きよ!」
クレアは指示を出し、メイドに詳しく計らせる。
それに、リアナは微笑みながら、計り終えるのを待つ。
着替えて馬車へ向かうと、レオンとフーベルトの姿が見える。
貴族相手だと緊張すると言っていたフーベルトは、今では堂々と話せているようだ。
「お待たせしました」
「そこまで待ってはいないよ。リアナ、今度フーベルトを借りていいかい?」
「それは、私が決めることでは…」
「では、借りることにするよ。いいかい、フーベルト」
「えぇ、いつでもどうぞ。商会を通してください」
「あぁ、楽しみだ」
リアナが採寸されている間に、仲良くなったようだ。
フーベルトを呼ぶことを自分に聞かれても困るのだが、商会を経由するということなので、仕事関連かもしれない。
しかし、二人の表情から個人的な用件の可能性もある。
しっかりと握手を交わしていた二人は、楽しそうに笑っていた。
馬車に乗り込み、リアナは向かいに座るフーベルトに尋ねる。
「レオン先生と仲良くなったのですか?」
「えぇ、少し。今度、個人的に会う約束をしまして」
「そうですか。なんだか、嬉しいです」
「俺も。仲良くしていただけて、嬉しいです」
レオンと仲良くなったらしく、そのことが少し嬉しい。
これで、授業に行くのも、フーベルトも気持ちが楽になるだろう。
「戻りました」
「リアナ、フーベルト、お疲れ。休憩してから、仕事でもいいからな」
「お気遣いありがとうございます」
商会に戻ると、父に挨拶し、今日は休憩せずに仕事をする。
フーベルトも自分の机で仕事をしているようだが、その横でハルがポーズをとっている姿が見える。
フーベルトの机の端の方で、ルカは絵を描いているようだ。
苦手なダンスの授業ではあったが、今日は精神的にダメージが無い。
本日は犠牲者を出すことなく、比較的楽しく授業が進行した。
そのため、休憩しなくとも働ける。
リアナが事務仕事をしていると、ダリアスは少し心配そうな表情をして、本日何度目かわからない質問を問いかけてくる。
「本当に、休まなくていいのか?」
「大丈夫よ、クレアに完璧と言われたわ」
「…そうか」
リアナの言葉に、ダリアスは目を伏せる。
これは絶対に信じていない。
しかし、リアナも前回の自分の失態を忘れたわけではない。
どうやら、父に自分がダンスをすることが出来る証明を、する必要がありそうだ。
そのためにすることは、ひとつしかない。
「昼食後の休憩、お父さん時間あるでしょう?その時に証明するわ」
「待ってくれ。鉄の板は今、家にある」
「必要ないの、信じて」
リアナの言葉に、ダリアスは焦って一歩下がった。
しかし、鉄の板は必要ない。
そう伝えたのだが、父の顔色は悪い。
昼食を食べた後、いつものように休憩していたリックに声をかける。
「リックさん、今、時間いいですか?」
「あぁ、大丈夫だよ。どうしたの?」
「ちょっと、ついてきてもらえますか?」
「わかった」
前回、ダンスを踊った応接室へ向かうと、そこにはフーベルトとルカとハルが笑顔で待っていた。
しかし、ソファーに座るダリアスの表情は暗い。
それになにか感じ取ったのか、逃げようとしたリックの服の袖を掴み、リアナは部屋に入る。
「ダリアス、頑張ってください…」
「午後からは、もう歩けないかもしれない…」
「…私もです」
自分の前で、そのような会話をする二人に苦笑いする。
確かに前回は何度も踏んだが、今回はそんなことはない。
フーベルトの練習の日々は、着実に自分の糧となっている。
リアナは隣にいるフーベルトに微笑むと、フーベルトは笑みを浮かべて一度うなずいてくれた。
「…歩ける程度に、して欲しい」
「大丈夫。絶対に歩けるから」
「…そう願おう」
絶対信じてくれていない父と部屋の中心で向かい合うと、手拍子が始まった。
リックは始め、目を細めて痛々しくこちらを見ていたが、目の前の光景に驚愕の表情を浮かべている。
一曲分が終わり、リック達のいる方へ一礼すると、拍手が聞こえた。
「リアナちゃん、すごいじゃないか。授業の成果が出たようだね」
「全て、フーベルトのおかげです」
「いえ、毎日練習を頑張った、リアナの頑張りのおかげですよ」
自分の癖を直してくれたのは、フーベルトである。
本当に、そばにいてくれてよかった。
しかし、先程から父が黙り込んでいる。
その顔を覗き込むが、呆然としているようだ。
その父に苦笑いをしていると、リックに手を差し出される。
「では、次は私と踊っていただけますか」
「はい、お願いします」
ルカに父を回収してもらい、リックともダンスを踊る。
やはり、誰とでも踊れるようになっているようで、一安心である。
曲が終わると、一礼をして父を見る。
「ほら、踊れたでしょう」
「あぁ。とっても上手だ」
父は嬉しそうに微笑むと立ち上がり、リアナからリックを引き剥がた。
「リック。リアナとのダンスは、これで最後だ。良い思い出になったな」
「ダリアス、それはひどいですよ。私はもっと踊りたいです」
「駄目だ、リアナに不用意に触るな。前回、許可をしたのは、同じ目に遭えばいいと思ったが、今回は違う。許可を出してないぞ」
「それはダリアスが隙を見せたからでしょう」
二人が言い合うのを横目に、リアナは少し言葉に引っ掛かった。
同じ目に遭えばいいとは、一体自分とのダンスをなんだと思っているのだ。
「リアナ、隣、座って!」
少し考え込んでいたリアナは、ルカに呼ばれる。
そのルカは満面の笑みだが、気になるものを持っている。
大切そうに平たい包みを持っているが、なかなかの大きさだ。
リアナはルカの隣に座ると、包みを差し出された。
「リアナ、これプレゼント。受け取ってくれる?」
「ありがとう、もちろんよ。開けてもいい?」
「開けて!ハルも見てね!」
「僕も?しょうがないな〜」
リアナはルカから包みを受け取ると、ハルが隣に座ったのを確認した。
ひとつ思い当たるものがあるのだが、それを表情に出さないように気をつける。
「……板?」
包みを開けると、ただの板であった。
リアナが不思議そうな表情をしていると、ルカに楽しそうに声をかけられる。
「ひっくり返してみて!」
ルカの言われた通りに板をひっくり返すと、全体に美しい彫刻が施されている。
「これ、は」
その彫刻の中にハルの他にも花が彫ってあるのだが、そのハルの隣、間違いではなければーーー
「リアナとハルなの!喜んでくれた?」
「ありがとう、ルカ。大切な宝物よ」
「ルカ、僕も嬉しいよ。お礼に抱きしめてあげる〜」
「ハルも嬉しい?よかった」
この前、工房でフーベルトとふたりで作業していたのは、これだったのか。
内緒にしたかったのは、ハルだけではなく自分にもだったようだ。
ハルは感謝を伝えるため、ルカに抱きついて、潰している。
ふたりの戯れあっている姿に微笑み、リアナは貰った美しい彫刻を大切そうに指でなぞる。
「どうですか。俺の弟子の出来栄えは」
「素晴らしいわ」
「そうだろう、自慢の弟子だ」
本当に、素晴らしい弟子であろう。
自分も負けぬように、頑張らねば。
リアナは隣に座るフーベルトと話しながら、顔を見合わせて笑う。
「抜け駆けですか、フーベルト」
「そうだぞ。私の前で、リアナと仲良くしすぎるのは…」
フーベルトとの間に割り込んだダリアスとリックは、リアナの手にある彫刻を見つめて、固まった。
それに対して、リアナは満面の笑みで、二人に見せつける。
「すごいでしょう。ルカが彫刻をしてくれたの」
「さすがだな。ルカは天才かもしれないな」
「たしかに。私にも作って欲しいです」
「そうかな〜」
ダリアスとリックはルカを撫でまわし、ルカは少し恥ずかしそうだ。
リアナは彫刻を指先で撫でながら、笑みをこぼす。
今ある幸せを感じて、これからも仕事にも、授業にも頑張れそうな気がした。
 




