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07. 友の出迎え



 リアナ達が街に到着すると、人々が賑わいを見せはじめていた。



「ここまで長い道のりに感じたわ」

「たしかに。いつもと変わらない道のはずなのにね。もう、お腹ぺこぺこ」

「ありがとう、ハル。はい、クッキー」

「さすが、リアナ。わかってるね〜」



 鞄から出したクッキーをハルに渡そうとしていると、小さな手に腕を掴まれた。



「それ、なに?おいしそう…」

「これは、クッキーよ。じゃあ、かわいい子にはこの猫の形をしたクッキーをどうぞ」

「やったー!ありがとう!」



 クッキーを子供に渡すと、美味しそうに食べ始めた。

 それを見守りながら、周囲を見回す。


 人はまだ少ないとはいえ、傷だらけの子供を連れているというこの状況は良くない。

 この街の人々に、あらぬ疑いをかけられる可能性がある。



「ハル、ちょっと止まって」

「は〜い」



 ハルに一度止まってもらい、着ていた上着を脱ぐと、子供の肩に優しく羽織らせた。



「一応、これを羽織っておいてくれる?」

「いいの?これ、リアナのにおいがする!」



 羽織らせた上着を嗅ぎ、楽しそうに笑う子供につられ、リアナも笑みがこぼれる。

 しかし、自分の匂いとはどんな匂いなのだろう?

 ハルが嫌うので、香水などはつけていないのだけど。

 


「ねぇ、リアナ。これから、どこに行くの?」

「私の仕事先よ」

「しごと?」

「私、建築士なの。家を直したり、建てたりするのよ」

「へ〜」



 リアナの仕事は、建築士である。

 といっても、まだ資格をとったばかりの新米建築士なのだが。



「魔法でつくるの?」

「魔法は使うけど、一つ一つ丁寧に作るの。みんなで協力して作れば、お城だって作れちゃうのよ」

「え!お城も!?」

「そうなの。すごいでしょう」

「うん、とっても!」


 建築物を魔法で一気に作り上げることができる魔法があればいいのだが、生憎、そういった魔法はない。

 そのため、かなり地道な仕事である。


 だが、土魔法や風魔法というような属性を持つ人々がいるからこそ、出来る建築物もあるため、魔法が使える者は重宝されている。



 ハルに人混みの中を少し早歩きで抜けてもらうと、街から少し離れた目的地が遠めに確認できる。

 左手首に着けた腕時計を確認すると、予定時刻より前に着くことが出来たようだ。



「なんとか間に合いそうね」

「そうだね。一安心だよ」



 目的地である屋敷の門を見ると、予定時刻より早いのだが、誰かが立っている。

 商会長である父とリックは、先に入らせてもらえるように頼んでいたので、もう屋敷の中にいる。


 顔の半分を扇子で隠し、美しい空色の髪が風に揺れているその姿に、リアナは少し緊張する。



「ハル。私は挨拶をするから降りるわ」

「は〜い。少し離れて待ってるね」

「ぼくは?」

「かわいい子はこのままハルに乗っていてね。あとで呼ぶから」

「わかった!」



 ハルに一度止まってもらい、背中から飛び降りると、リアナは歩きながら手早く服装を整えた。

 そして、門の前に立つ美しい令嬢と向かい合い、頭を下げて言葉を待つ。

 


「本日は、私の別荘であるこの屋敷の修繕と改修に来てくれて、本当に嬉しいわ。ぜひ、素敵なものにしてね」

「お任せ頂き光栄です。ベーレンス伯爵夫人におきましては、ご機嫌麗し」



 パチンという音と共に、リアナの言葉を遮られた。

 音につられ顔を上げると、ベーレンス夫人が扇子を閉じた音だったようで、隠されていた顔は美しい笑みを浮かべている。



「挨拶は結構。早く中に入りましょう」



 扇子をメイドに渡すと、ベーレンス夫人は優雅に(きびす)を返し、敷地の中へ颯爽と去っていく。



「え…?」



 突然のことに動揺し、リアナはその場で固まる。

 だが、このままここにいるわけにはいかない。


 少し先を歩く夫人の姿を追いかけるため、リアナはハルを手で招き、急いで敷地内に入る。



 背後では門が閉められたであろう音が聞こえ、屋敷の外にいた外部の人間からの視線が無くなった。


 少し遅れて走ってきたハルは、夫人の後ろを歩くリアナに追いつき、しばらく無言の時が過ぎる。


 リアナは少し間隔をあけて後ろを歩いていたが、前を歩く夫人は周囲を気にし始める。

 そして、振り返った夫人との距離は一気に近くなり、リアナの体に衝撃が走った。



「………ふーーー。あぁ、この匂いと抱きしめ心地。本物のリアナだわ…」

「あの、ちょっとクレア?一応、人が見ているからね?」



 伯爵夫人改めクレアはリアナの背中に手を回し、少し強めに抱きついて、人の匂いを嗅いでいる。

 顔を上げたことで目が合った彼女の美しい夜空のような紺色の瞳は、嬉しそうに細められた。



「別にいいじゃない、減るものじゃないし。リアナもこうなることがわかっていたのでしょう?」

「まぁ、なんとなくは…」



 いつかはすると思っていたが、今でなくてもいいのでは。


 突然の行動に驚いたことでリアナも、緊張の糸が切れて、普段の喋り方になってしまった。


 屋敷の敷地内に入ったとはいえ、この屋敷に勤める人やクレア付きのメイド達がいる。


 クレアは身内しかいないため、問題はないと思ったのだろうが、リアナは周囲から優しい眼差しに見守られているため、少々恥ずかしい。



「…ベーレンス伯爵夫人。これでは身動きが」

「クレア、と先程は呼んでくれたのに…。心の距離を感じるわ…」



 そんな捨てられた子犬のような、寂しげな目で見ないでほしい。

 リアナは一度息を吐き切ると、諦めて話し方を戻す。

 


「……クレア。歩けないから、少し離れてほ」

「やっとふたりきりになれたわね、リアナ。この頃、お互い忙しくてゆっくり話せてもいなかったし、抱きしめられなくて寂しかったわ。だから、ちょっとでいいから、リアナを堪能させて」



 いや、どう見ても、ふたりきりではない。

 だが、クレアの意思は固く、一切離れる気配がない。

 

 ここ最近、お互い忙しかったのは認めるが、クレアとは会ってはいた。

 今回の仕事の打ち合わせで、この屋敷内で何度か話をしている。

 だが、公式な場で他にも人がいたため、クレアは控えてくれていたようだ。



「ねぇ、クレア。ちょっとってどれくらい?私、そろそろ動きたいなって思うのだけど」

「……なにかしら、よく聞こえなかったわ。今、とても忙しいから」

「クレア…」



 どう考えても、忙しそうに見えない。


 クレアとは高等学院からの付き合いで、リアナは親友だと思っている。

 学院の校則は緩く、皆平等という言葉を掲げていたが、平民が貴族に対して、砕けた話し方をするのはあまり良くないものとされているのは、暗黙の了解であった。

 しかし、リアナはクレアに対して砕けた話し方をしてきた。

 そうなるまでには色々あったのだが、今の関係に落ち着いている。



「もう、クレア。今日は仕事で来たのよ?私、遅刻したくないのだけど」

「大丈夫。すぐ終わるから」



 すぐに終わるとは?


 自分だけではどうすることもできないと考え、リアナは後ろにいるハルに視線を向け、助けを求めた。

 だが、肝心のハルはこちらの様子を見て、ただ嬉しそうに微笑むだけで、何も動こうとしない。

 しかも、メイドからお菓子をもらったようで、子供と一緒に何かを食べている。

 裏切り者め。


 もうお手上げ状態である。実際に、手を上へ挙げることができれば話は変わるのだが。



「クレアは本当にしょうがないわね。少しだけよ」

「ふふ。さすが、リアナね」



 こうなったら、クレアは離してくれない。

 リアナは諦めると、優しく抱きしめ返した。


 ふと、誰かが近付いてくる足音が聞こえ、リアナは期待せずにそちらに視線を動かす。

 その視線の先、身なりのいい青年がこちらの様子に笑いながら、ゆっくりと歩いてくる。



「迎えに行くと言ってから少し経ったけど、まだここにいたのだね、クレア。ほら、リアナ嬢が困っているから、程々にね」



 優しい笑みを浮かべた青年に声をかけられ、クレアが渋々と動き出す。


 リアナを自由にしてくれた救世主の青年は、クレアの夫であり、ベーレンス伯爵家の現当主、レオン・ベーレンス。


 クレアの抱擁から解放され、リアナはすぐに服装を整えるとレオンに挨拶を行う。



「ご無沙汰しております、レオン・ベーレンス伯爵様」

「あぁ、久しぶり。でも、ここは敷地内だし、楽にしてくれて構わないよ。いつものようにね」

「ありがとうございます。あと、助かりました」

「それはよかった」


 

 その言葉に甘え、リアナは姿勢を楽にする。


 レオンの歳は自分より6歳上。

 リアナとクレアは現在21歳なので、レオンは27歳である。

 少し歳は離れているが、公私共に親しくさせてもらっている。


 離れたクレアは、メイドの手により服装を整えられる。

 それが終わると、クレアは少し不服そうに、レオンの隣に並んだ。



「もう!レオン様は来るのが早いですわ。私、もう少し、リアナを楽しみたかったのに」

「それは悪かったね。また機会を用意するから、その時に存分に楽しんでおくれ」

「まぁ。嬉しいですわ、レオン様」



 クレアに優しく微笑みながら、レオンは勝手に約束を取り付けた。


 レオンは大変クレアに甘い。

 そのための犠牲として、自分は選ばれたようだ。


 救世主改めリアナの敵になった。


 話を変えようと、二人を見直し、クレアの装いに少し微笑む。

 クレアのワンピースは、レオンの髪色と瞳の色である深い海の色。

 それがとてもよく似合っている。



「クレア。今日のワンピースの色、素敵ね」

「ありがとう、リアナ。愛の色よ」



 そう言って、嬉しそうにレオンを見つめるクレアは、恋する乙女の表情(かお)だ。

 二人の仲睦まじい姿を見ていると、こちらも嬉しくなる。



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