68. 魔法の制御
追い出されたリアナは、同じく追い出されたフーベルトと顔を見合わせて笑う。
「ふふ、追い出されましたね」
「そうだな」
扉の向こうからなにか賑やかな声が聞こえるが、中に入ると怒られそうだ。
それに、ふたりなら大丈夫だろう。
「きっと、ハルがいるので大丈夫だと思います。ルカのこと、大切に思っていますから」
「そうですね。このままここにいると目立つ。中庭に行こう」
「はい」
中庭にある木製のベンチに並んで座ると、空を眺める。
今日もいい風が吹いていて、気持ちがいい。
「さて、外に出されたがなにもすることがない。リアナはなにかしたいことはないか?」
「なにかしたいこと…あの、お願いがあるんですが、いいですか?」
「なんなりと。全て叶えよう」
リアナの言葉に、フーベルトは右手を胸に当てると楽しそうに笑った。
その改まった言い方が、なんだか父に似ていて、リアナは笑う。
「フーベルト。今のなんだか、私のお父さんに似てますね」
「それは気をつける。それで、お願いは?」
フーベルトはリアナの言葉で、少し顔の表情を引き締めた。
リアナはその様子に微笑みながら、一番の願いを思い浮かべる。
昔みたいにフーベルトが何か描いているのを、隣で見てみたい。
しかし、今はリアナもフーベルトも立派な大人で、子供の頃の距離で接するのは難しいだろう。
それに距離が近いことを想像すると、なぜか気持ちが落ち着かない。
きっと、友人になって日が経ってないからだろう。
もっと親しい友達になるか、特別な時に、これはお願いしよう。
リアナはそう決めると、別の願いを口に出す。
「魔法の使い方がわからないので、教えてほしいです」
「魔法ですか?もしかして、火属性の?」
「水も風も使ったら無くなるじゃないですか。でも、この前、火球を作ったのですが、消し方がわからなくて。エドワード様に消してもらいました」
リアナは前回、侯爵家での補助装置の調整の時のことを思い出して苦笑いをする。
火魔法を使うことはできたのだが、水や風とは違い、その場に残る火球の消し方がわからない。
そのため、エドワードに消してもらったのだが、毎回誰かに消してもらうのも申し訳ない。
自分でできるようになっておきたいと考え、同じ火魔法を使うフーベルトに聞くことにする。
「エドワード様とは?」
「補助装置を作ってもらいました。父の友人の息子です」
「そうですか。この前、出かけた時に言っていましたね」
フーベルトはその名前を父から聞いたそうだが、どこまで濁して伝えられたのだろうか。
そういえば、この前二人で出掛けていたらしいが、どこに行っていたのだろう。
聞きたい気持ちはあるが、休みの時のことを聞いてもいいのだろうか。
リアナが少し考え込んでいると、フーベルトは袖をまくり、自身の補助装置のピアスをつける。
「俺でよければ教えるが、リアナの補助装置は?」
「持って来ています。でも、私のことまですみません」
「俺は、一緒に居られるだけでも嬉しいよ」
その言葉に、リアナは少し顔が熱くなるのを感じる。
この頃、こういったことを言われるが、もしかして、からかわれているのだろうか。
いや、でも、その言葉に嘘はないように感じる。
本当は色々考えたいが、魔法の制御をせっかく教えてもらえるのだ。
お言葉に甘えて、自分のこともお世話になろう。
そう考え、上着のポケットから小さなケースを出すと、ピアスを取り出して付け替える。
そして、藤の花のピアスは、そのケースに丁寧にしまっておく。
「では、少し移動する。ついてきてくれ」
「お願いします」
リアナが補助装置を身につけたことを確認して、中庭の植木で死角になっている場所に案内すると、フーベルトは振り返る。
「中庭のこの場所なら、誰にも見られないだろう。では、火球を作ってみてくれ」
「お願いします」
リアナは言われた通りに、前回と同様、火球を作る。
すんなり作ることができた火球に安堵しながら、フーベルトの方を向く。
「作った火球の消し方が、わからないということだったな。まず、消す方法は二通りある。一つは水魔法をかけること。もう一つは作った火球から魔力を戻すこと」
「水魔法は誰かに見られたらまずいので、やめておきます。それで、戻すというのは?」
フーベルトの戻すという言葉に、疑問が浮かぶ。
魔法を消費することはあっても、戻すということをしたことがない。
フーベルトは少し近付くと、リアナに許可をとる。
「そうだな、手に触れてもいいか?」
「はい、どうぞ」
リアナが握手するように手を出すと、フーベルトは苦笑いをする。
「そうではないのだが。まぁ、嫌なら怒ってくれ」
リアナの後ろに立ち、リアナの左手の甲にフーベルトの左手のひらを被せた。
思っていたより近くなり、リアナは恥ずかしくなる。
そのせいか、火球が大きくなっている気がする。
「リアナ、落ち着いて。今から、リアナの手に魔力を流す。その感覚を覚えて」
「魔力を流す…?」
「まぁ、任せて」
フーベルトは安心させるように、静かな声でリアナを諭す。
その声に少し落ち着きを取り戻したが、フーベルトの言葉の意味がわからず、新しい疑問が浮かぶ。
しばらくすると、フーベルトの手から魔力が流れるような感覚がし、その手に従い火球の上に手をかざすと、火球がなくなった。
きっと、リアナの手の上から魔力を流して火球を消したのだろうが、そんなことは人生で初めての体験である。
興奮して、リアナは後ろにいるフーベルトに話しかける。
「すごいです、フーベルト!今のはなんですか!」
「今ので火球が消せた。ということは、リアナも感覚を掴めばいけそうだな」
「すごかったです!わかりやすかったので、自分でも出来そうです!」
「リアナ、ちょっと落ち着いて。ほら、こんなに近いのだから」
リアナは今まで体験したことのない魔法の教え方が面白くて、嬉しくて振り返って、フーベルトに笑いかけていた。
しかし、フーベルトの言う通り、いつもより距離が近い。
それに気付いて、リアナは少し離れてうつむいた。
「あ…あの、すみません…」
「いや、俺の前ではそれでも良い。だが、他の人の前では気をつけてくれ」
「はい…」
恥ずかしさのあまり消えてしまいたいが、消えることはできない。
フーベルトの優しさに感謝し、他の人の前では気をつけようと思う。
リアナが何度か深呼吸をして、落ち着きを取り戻す。
「では、一度やってみてくれ」
「やってみます」
リアナは右手に火球を作ると、左手をかざして、先程とよく似た感覚を思い出して、魔力を流す。
すると、先程同様に火球が消えたのを確認すると、リアナは嬉しくて笑った。
「消せました!これからは自分で出来そうです」
「それはよかった。では、そろそろ戻りましょうか」
「はい。そうしましょう」
無事に火球が消すことが出来たので、今後はどうにかなりそうだ。
学校で魔法の制御について学ぶ機会がない分、実際に同じ属性の人に聞くしか方法はない。
フーベルトが近くにいてくれてよかった。
「フーベルト。ありがとうございます」
「あぁ。また、なにかあったら言ってくれ。助けになろう」
本当に、優しい友人を持てて幸せだ。
玄関の扉を叩くと、ふたりは嬉しそうに出迎えてくれた。
怪我はなさそうで、安心する。
「おかえり!ハルと一緒に作ったよ!」
「すごいわ、ルカ。これは?」
「ミルクレープだよ。クレープ生地を重ねて、間にクリームを挟んで作るんだよ」
「ミルクレープ。美味しそうね」
「ほら、師匠も食べて!」
「お言葉に甘えて」
ミルクレープというスイーツ作りをしていたのか、ハルはご満悦である。
この間に挟まっているクリームを作ったのは、きっとハルだろう。
風魔法で高速に混ぜる姿はたまに見るが、最初の頃は周りに一緒にクリームが飛び散っていた。
ハルも着実にお菓子作りが、上手になってきているように感じる。
「二つあるけど、どうしたの?」
「これは、アップルパイのお礼だよ。ルイゼにね」
「そう。フーベルト、よかったらルイゼさんとも食べてくださいね」
「ありがとう。今から楽しみです」
出来上がったミルクレープはニつあり、片方は本日のお礼としてルイゼに渡してもらえるように、フーベルトに頼む。
もう一つのミルクレープを切り分け、みんなで食べる。
「ハルはお菓子とスイーツに関しての知識は、世界一かもね」
「まぁね。でも、リアナのことも世界で一番好きだよ」
「私もよ、ハル。また色々作ろうね」
「任せてよ。たくさん作ってないものがあるからね!」
ハルから返ってきた言葉に、嬉しくて微笑む。
きっとハルがいうのだから、たくさんあるのだろうけど、それを一緒に作るのは楽しみである。
「作業の続きをしてくるから。待っててね」
「では、ルカさん。いきましょう」
食べ終えたふたりは家を出て、作業部屋に戻る。
リアナは午前と同様に過ごしていたのだが、絵を全て見終えて、少し時間ができた。
そのため、今日のお礼に、部屋の掃除をすることにする。
「あら、リアナ。掃除してくれたのかい」
「あ、ルイゼさん」
いつの間にか夕方になっていたようで、ルイゼが仕事から帰宅した。
リアナは集中してやっていた掃除の手を止め、ルイゼの方へ向く。
「おかえりなさい。少し暇だったので。すみません、食材お借りしました。またお返しします」
「いいよいいよ。きっと、美味しいものを作って食べたんだろう」
「はい。ルイゼさんにも取ってありますよ」
リアナは掃除の後片付けをすると、取っておいたクレープとミルクレープを冷蔵庫から出す。
そして、ルイゼは嬉しそうにリアナの頭を撫でてくれる。
「ありがとう。このまま、晩御飯を一緒に食べないかい」
「いえ。父が待っていますので。またの機会に、お願いします」
「楽しみにしているよ」
ルカの作業が終わったようで、そのまま挨拶をして父のいる家に帰る。
そこでもクレープを作り、ルカが焼いた生地で作ったスパイスの効いたクレープは父に好評だった。
その結果、週末になるたびに作るので、小麦粉があっという間に無くなったのだった。




