67. お礼の昼食作り
リアナの笑顔を確認したハルは、いたずらっ子のような目つきで笑う。
「それに、フーベルトもいるじゃん」
「どうして、そこでフーベルトが出てくるの!」
「え〜。頭撫でられて、喜んでたじゃん」
「それは…」
ハルの言葉に、先程のことが蘇った。
たしかに、フーベルトに頭を撫でられて嫌な気持ちにはならない。
むしろ、嬉しい気持ちがあるような気がする。
それはきっと昔から一緒にいるからであって、それにリックに撫でられても同じように嬉しい。
しかし、リックの時とは違い、フーベルトに撫でられるとなぜか心が騒めくのだが、その理由はわからない。
リアナがその原因について考え込んでいると、ハルはアップルパイを食べながら、懐かしそうに話す。
「子供の時によく撫でられていたよね。リアナがどこにでもついてこようとするから、待っているように言われていたっけ」
「そうだったの。…さっきのはそういうこと」
リアナは先程のフーベルトに撫でられた時のやり取りに身に覚えを感じた理由がわかり、納得する。
「さっきのって?」
「気にしないで。ほら、新しいアップルパイをどうぞ」
「やった〜」
ハルは先程のことを言ったわけではないようだ。
そのまま話が広がらないように、新しくお菓子を渡して気を逸らす。
ハルが嬉しそうに食べる横で、リアナは渡してもらった箱を開けて、一枚一枚しっかりと見る。
「やっぱりどれも綺麗…。全部、欲しいぐらい…」
こんなにたくさんのデザインを描き溜めていたのなら、もっと早く見てみたかった。
だが、フーベルトとは友人になったのだ。
これからたくさん見せてもらおう。
箱の半分くらいまで絵を見終えたリアナは、少し体を伸ばし、家にある時計を確認する。
「そろそろお昼だね、来るかな?」
「休憩するでしょう。そういえば、ご飯はどうしようかな」
「好きにしていていいって、フーベルトは言ってたじゃん。食材借りて作っちゃえば?絵を見せてもらったお礼にさ」
ハルの提案に、リアナは少し苦笑いをする。
たしかに好きにしていていいと言われたが、ここはリアナの家ではない。
ルイゼは許してくれるだろうが、本当の家族ではないため、悪い気がする。
しかし、絵のお礼とルカの彫刻の先生をしてくれているフーベルトに、なにかお礼をしたい気持ちがないわけではない。
「お礼はしたいけど」
「大丈夫だよ。フーベルトも許してくれるって。なんなら、喜んで食べてくれるよ」
「そうかな…」
「それにルカは喜ぶよ。今、なにか頑張って作っているんだから」
「…そうね。じゃあ、お借りしようかな」
リアナはルカの名前を出されて、諦めて台所を借りることにする。
今回使った食材は明日渡そうと決め、少しだけ食材を借りることにする。
リアナは服の袖をまくると、隣に立つハルに尋ねる。
「なにがいいと思う?」
「クレープ!」
「おやつを作るの?」
「違う!甘くないクレープを作るの!」
「甘くないクレープ?」
クレープといえば、前に屋台で食べた甘いクレープしか知らない。
しかし、そのリアナの様子にわざとらしくハルはため息をついた。
「もう、リアナはなにも知らないんだから」
自分はこの国の一通りの料理やお菓子を、他の人よりは知っている。
しかし、ハルが色々な料理に詳しすぎるだけであって、自分の知識が霞んでみえるだけである。
リアナは苦笑いをすると、ハルに尋ねる。
「では、ハル先生。どうやって作るんですか?」
「じゃあ、僕が教えましょう」
ハルが姿勢を正して、弾んだ声で話す姿はかわいらしい。
それに微笑みながら、ハルに言われた通り、リアナは手を動かす。
「まず、小麦粉を入れたボウルに塩を入れ混ぜたら、卵を割り入れてよく混ぜて」
「はい。混ぜました」
「次に、牛乳と水を少しずつ加え、なめらかになるまでよく混ぜたら、溶かしバターも加えて混ぜるよ」
「はーい」
なんだか、お菓子を作っている気分になるのだが。
とりあえず、ハルに言われた通りに手を動かし、リアナは生地の元を作り上げた。
「フライパンに油をひいて中火で温めたら、濡れ布巾の上にフライパンをのせて粗熱を取るよ」
それだと、せっかく熱したのに、意味がないのでは?
だが、ハルが言うのだ。
信じて、言われた通りにする。
「生地を流しいれて、手早く生地を丸くのばして」
「どれぐらい入れればいいの?」
「薄いのを作りたいから、入れすぎないで」
薄い生地。
ということは、ペラペラではないのだろうか。
食べることが好きなフーベルトが、お腹がいっぱいになってくれるのかが少し心配だ。
「丸くのばしたら、弱めの中火にかけて。クレープのふちが浮き上がり薄く焼き色がついたら、裏返して10秒焼いて取り出して。すぐに焦げちゃうから」
「わかりました。気をつけます」
出来上がった生地をお皿に重ねて置いていき、リアナは不思議な気持ちになる。
甘くないクレープを作ったのは初めてであるし、こんなに作ってどうするのかがいまだにわからない。
最後の一枚を焼き上げて皿に乗せると、ハルに確認する。
「これだけで食べるの?」
「違うよ。それに好きな具材を入れて食べるの。ほら、指示出すから用意して」
「ふふ。わかったわ」
ハルに言われたように色々追加で用意しながら、ある程度用意ができた。
リアナは使用したキッチンの掃除しながら、ふたりが帰ってくるのを待つ。
掃除を終えたリアナの耳に、ルカの元気な声が聞こえた。
「リアナ、ただいま!美味しそうなにおいした!」
「おかえり、ルカ。ハルが教えてくれた料理よ」
「ハル、ありがとう!」
「いえいえ」
ルカは嬉しそうにハルを抱きしめると、ハルも嬉しそうにしている。
その姿に微笑みながら、フーベルトに視線を移す。
「リアナ、これは?」
「おかえりなさい、フーベルト。勝手に食材を使って、ごめんなさい。お礼に、昼食を作りました」
リアナはキッチンを勝手に使ったことを謝る。
しかし、そのフーベルトはなぜか固まった。
「フーベルト?」
「あ、あぁ。……ただいま、リアナ」
フーベルトの返事に、今度はリアナが固まった。
なんで、そんなに心底嬉しそうに笑うのだ。
フーベルトの初めて見る表情に、なんだか顔が赤くなるのを感じる。
その表情で見られているのが恥ずかしくなり、リアナは昼食の説明を早口で始める。
「こ、これはハルに教えてもらった料理なのだけど、きっと美味しいわ!…ぜひ、食べてみてください」
「ふっ。あぁ、楽しみだ」
少し裏返った言葉に、フーベルトに笑われた。
だが、その表情はいつものフーベルトのもの。
それに気持ちが落ち着き、リアナも食事を開始する。
「食べ方を聞いても?」
「私も初めて食べるんですけど、作ったクレープ生地に用意した具材を巻いて食べるそうです」
「そうか。早速、一つ作ってみよう」
今回はソーセージとハム、炒り卵、野菜を用意した。
他にも色々案は出されたのだが、今回は自分の家ではないので、また今度試すことにする。
「色々あって、楽しいし、美味しい!」
「そうね。好きなものを選べるのは、楽しいわね」
「たしかに。これはとても美味しいです」
「リアナ。僕は、ソーセージだけのやつを作ってほしいな〜」
「わかったわ。ちょっと待ってて」
色々な具材があり、毎回違った味を楽しむことができ、かなり楽しい食事である。
このような料理は聞いたことがないのだが、ハルは食べることが好きなので、きっとどこかで仕入れた情報なのだろう。
もしくは、聖獣の国は食が盛んなのかもしれない。
もふもふと食の国。
リアナの思い浮かべた聖獣の国に、更に行ってみたい気持ちが強くなった。
食べ終えると、昼食のお皿をフーベルトが片付け始めた。
「洗ってもらって、すみません」
「作ってもらったから当然だ。すべて美味しかった、ありがとう」
「ふふ。それは良かったです」
フーベルトの口にあったようで、一安心である。
「美味しかったね!今度、おとーさんとも食べたい!」
「きっと喜んでくれるわね」
ルカの言う通り、きっと父もこの料理が気にいるだろう。
ルカとの食事が多いため、今は辛さや香辛料は控えめで作っている。
これなら自分の好きなように作れるため、いいかもしれない。
片付けを終えて、リアナはソファーに座って紅茶を飲む。
「ルカ。後、どれくらいかかりそう?」
「もう出来たよ!でも、今はニスを塗って乾かしてる〜」
「そうなの、よかったわ」
思っていたより、早く出来上がりそうだ。
あの大きさを数時間で掘り終えたルカの成長に、リアナは嬉しくて笑みが溢れる。
「乾くまで時間もありますし、なにかしたいことはありますか?」
「僕はハルと休憩する〜。クレープを作るの!」
「ルカ、頑張ってね。僕、作りたいお菓子あるから」
「任せてね、ハル!」
ハルと息のあったやり取りをするルカに、リアナは微笑む。
クレープを作ると言うことは、追加の生地が必要になるだろう。
「材料、借りてもいいですか?」
「あぁ、大丈夫だ」
リアナはフーベルトに許可を得て、手早く生地を用意する。
「では、リアナは?なにかしたいことはあるか?」
「私もクレープ作りについていましょうか。火傷してもいけませんし」
「だめ。僕は成長したの、師匠となにかしてて」
「そうだよ、リアナ。ルカの成長のためにも」
リアナがクレープ生地を作り終えて机に置くと、ルカにボウルを取り上げられる。
「まさか、ふたりでするの?」
「ルカさん、火は危ないものです。火傷したら、どうするんですか?」
「ハルがいるもん。できるから、信じて」
「ルカの言う通り!僕がいるから、大丈夫だよ」
どうしてもふたりだけで作る予定らしく、リアナとフーベルトを押しながら、部屋から追い出そうとする。
「じゃあ、また後でね!」
「師匠、リアナを頼みます!」
ふたりは一方的に話すと、すぐに扉が閉め、リアナとフーベルトは家の外に出された。




