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66. 思い出の味



 あの後、リアナが作業した店舗のタイル工事が全て完了し、受け渡しの時も立ち会った。

 挨拶をして店を出る間際、感謝のスイーツも貰え、その日の夜のハルは大変幸せそうだった。



 その次の日の朝、リアナは私服に着替えると、耳元に藤の花のピアスをつける。

 そして、ハルとルカの用意が終わると、一緒に家を出た。


 今日は休みなのだが、ルイゼの工房に行く。

 というのも、ルカがフーベルトと会う約束を取り付けていたようで、この日を心待ちにしていた。



「楽しみだな〜。ふふふ」

「そうね。今日はなにを教えてもらうの?」

「彫刻だよ!成長したから、次の段階に挑戦しましょうって、師匠は言ってた」

「ルカは頑張ってるものね」



 ルカはよく学んで、しっかりと成長している。

 そのため、商会よりも多くの道具や木材がある工房へ招かれたようだ。



「リアナは行ったことがあるの?師匠のお家」

「子供の頃にね。ハルと一緒に」

「そうなんだ。楽しみだね!」



 フーベルトに借りている子供用の彫刻刀の入った箱を、ルカは大事そうに抱きしめると、満面の笑みを浮かべる。


 前に、リアナがルイゼの工房に訪れたのは、まだハルと出会って間もない頃である。


 自分が学院に入ってからは時間を取るのも難しく、休みの日は家か商会にいるが多かった。

 そのため、久しぶりに訪れる工房が楽しみだ。



「あの頃のリアナ、フーベルトのそばを離れなかったね。フーベルトも絵を描きづらそうにしていたよ」

「え、そうなの?あまり覚えてないのだけど」

「フーベルトが僕の絵を描いている間、ずーっと。さすがに可哀想だから、僕の隣に座らせたよ」

「それは…悪いことをしたわ」



 あの頃の自分は、ハルと一緒にいれるようになって、フーベルトにも紹介したはずだ。

 説明だけで描いたハルが目の前にいるため、フーベルトも実際に描いてみたくなったのだろう。


 それをそばでずっと見たくなるほど、あの頃からフーベルトの絵が好きだった。


 あの頃の自分は、今よりもっと近くでフーベルトの絵を見ていられていた。

 それが少し、羨ましい。



「師匠は昔から、大きかった?」

「いや、小さかったよ。ルカよりは大きかったけど」

「じゃあ、僕も大きくなれるかな?」

「なれるよ。そうしたら、僕のこと抱っこさせてあげようかな」

「え、楽しみ!」



 ふたりの会話を微笑ましく思いながら、ハルが案内する道を歩き続ける。


 ルカの読解力は、日に日に、上がってきている。

 そのため、自分が間に入って説明しなくとも、会話が成り立っている。

 それはすごいのだが、どうしてここまでわかるのだろうか?


 リアナが少し考え込んでいると、見覚えのある建物とフーベルトの姿が見えた。



「ようこそ、リアナ、ハルさん、ルカさん。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。休みの日にありがとうございます」

「しょうがないから、今日も描いていいよ」

「師匠、僕頑張るからね!」

「楽しみです」



 少しハルの提案に、リアナは目が輝く。

 しかし、今日の予定はルカのため。伝えるのは我慢しよう。

 フーベルトはリアナの方を向くと、嬉しそうにはにかんだ。



「リアナ、着けてくれたのか。よく似合っている」

「ありがとうございます、フーベルト」



 リアナもはにかんで、頬を赤らめる。


 貴族の褒め言葉よりも、フーベルトの素直な感想の方が照れてしまうのはなぜなのだろう。

 やはり、気持ちがこもっているからだろうか。


 リアナが少し考えていると、ルカがフーベルトの手を掴んで揺らす。



「師匠、早く教えて!僕、今日を楽しみにしてたの!」

「わかりました、ルカさん。では、中へどうぞ」



 ルカが願うと、フーベルトは工房へリアナ達を招き入れ、広い工房内の奥の方へ向かっていく。

 たどり着いたのか、リアナには見覚えのない部屋の前に立ち止まり、扉を開けた。



「ここは?」

「私の作業部屋です。工房の一角を貸してもらっています」

「すごい!言ってた通り、たくさんある!」



 フーベルトの言葉に、リアナは心が躍る。


 まさか、そのような夢のような部屋があるとは思わなかった。

 部屋の中には彫刻関連や他にもいろいろな工具が揃えられており、作りかけのものもある。


 ルカは先に説明を受けていたのか、楽しそうに見て回っている。



「では、ルカさん。道具は持って来ましたか?」

「持って来た!」

「では、今日は前回約束したように、これに彫刻をしてみましょう」



 ルカに道具の有無を確認すると、フーベルトは机に大きな木板を置く。



「わぁ、大きい板だね!」

「そうですね。いつものより大きくなりました。ルカさんが頑張っているからですよ」

「えへへ。嬉しい!」



 今までは大人の手のひらぐらいの大きさの小さな木板に彫刻していたが、今日はいつもの木片の四倍ほどの大きさの木片に彫刻をするようだ。


 ルカは椅子に座ると、彫刻刀の入った箱を机に置き、下書き用のペンを手に持つ。



「まず、絵を描いてくださいね。描くものは決めてきましたか?」

「決めてきたよ。だけど…」



 ルカは描くものは決めていたようだが、こちらを見て口篭っている。

 それに気付いたフーベルトは、ルカの口に耳を近づけて、なにか内緒話をしているようだ。


 少しすると、フーベルトはルカの頭を一度撫でて、リアナとハルの元へ来た。



「リアナ、工房の隣は俺の家だ。案内するから、そこで待っていてくれるか?」

「それはいいですけど、どうかしました?」



 フーベルトのいう俺の家ということは、ルイゼとフーベルトが住む家のことだろう。

 しかし、作業をするルカを見守る気でいたリアナは、フーベルトの言葉に疑問が浮かぶ。



「ルカさんがなにを作るか、内緒にしたいと。好きにしていてくれて、構わないから」

「わかりました。では、家で待っています」



 そのような理由ならば、仕方がない。

 きっと、先程ルカがこちらを見てきていたのは、ハルのことをモデルとした彫刻を作って驚かしたいのだろう。



「じゃあ、隣で待ってるね」

「うん、待ってて!」



 ルカに声をかけ、フーベルトの後ろをついていく。


 案内された家の中に入ると、リビングの机の上にお菓子と飲み物が入ったポットが置いてある。



「ハルさんが満足できるかはわからないが、お菓子と飲み物を置いてある。好きにしてくれ」

「アップルパイ!」

「ありがとうございます、フーベルト。ルカをよろしくお願いします」

「あぁ、任せてくれ」



 ハルは机に置いてあるアップルパイに、目が釘付けである。


 フーベルトにルカを頼むと、少し大きさのある箱をリアナに差し出す。



「後、これ。今まで描いた絵をまとめてある。見るか?」

「見ます!」



 箱の中には、フーベルトが今まで描いた絵が入っているようで、リアナは嬉しくて箱を抱きしめる。


 しかし、興奮のあまり、子供っぽい感じになってしまい、少し恥ずかしい。



「じゃあ、ここでいい子に待ってくれ」



 フーベルトはリアナの頭を優しく撫でて、工房へ戻った。

 しかし、リアナは突然のことに頭がついていかない。


 もしかして、今、私は頭を撫でられたのだろうか。

 しかし、今のやりとりにどこか懐かしく感じた。


 その理由がわからず、混乱しているところに、横から体をハルは頭突きをしてくる。



「リアナ、早く切り分けてよ。僕、ルイゼのアップルパイ、大好きなんだから!」

「ルイゼさんの?」



 突然の名前に驚き、疑問が浮かぶ。

 そのおかげで、リアナは混乱が落ち着き、正常な思考に戻った。


 しかし、このアップルパイに見覚えはないのだが、ハルはどこで食べたのだろう。


 リアナの様子に、ハルはため息をついて、教えてくれる。



「昔、ここに遊びに来たとき、ルイゼが作ってくれたの。おやつの時間にね!久しぶりに食べるよ〜」

「そうなの。たしかに、美味しそう」



 リアナはハルに急かされて、アップルパイを切り分ける。

 そして、お皿に一切れ取り分けるとハルに渡して、自分の分も取り分ける。

 一口サイズにカットしたアップルパイを、リアナは口に頬張る。



「お〜い〜し〜い〜!」

「美味しい。…けど、懐かしい味がするわ」



 口に入れたアップルパイは、サクサクなパイ生地とりんごの甘さがとても美味しい。

 しかし、その味にどこか懐かしさを感じる。

 昔食べたことがあるとしても、この安心するような気持ちはなんなのだろう。



「それはきっと、リアナのママさんが教えたからだよ。昔、ルイゼから聞いたことがあるよ」

「お母さんが…」



 母の名前が出て、この安心するような気持ちに納得をする。

 小さい頃、母はよくお菓子を作ってくれていた。

 なにを作っていたかは覚えていないが、それに似たものを作ってくれたルイゼに感謝する。



「美味しい…美味しいわ…」



 懐かしさと嬉しさから、リアナは母がいた幸せなあの頃のことを思い出し、少し涙を滲ませた。

 それに気付いたハルはリアナにくっつくと、優しく慰める。



「ほら、そんな表情(かお)しないの。僕がいるでしょ」

「そうね、ハルがいるものね」

「それにルカもね」

「ふふ。嬉しいわ」



 あの頃とは少し違うが、今も大切な家族がいてくれる。

 それに、今までは父とハルだけだったが、それにルカも加わった。

 大切な家族がいてくれることに感謝して、リアナは幸せそうに笑った。



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