65. 店舗のタイル工事
午後の仕事までしっかりと休憩すると、服を入れた鞄を自分の机に置き、ハルとルカに商会で待機するようにお願いをする。
そして、午後の仕事を確認するために、リックの元へ向かった。
「お疲れ様、リアナちゃん。午後からの予定なのだけど、オリバーが作業しているお店まで行ってくれるかい?」
「わかりました。何か必要なものは?」
「やる気と体力だよ」
リアナの質問に返ってきたものは、なかなか曖昧なものである。
やる気と体力とは、一体何なのか。
やる気はあるが、体力はどのくらい必要となるのだろう。
リアナが考え込んでいると、リックは折りたたんである小さな紙を渡してくる。
「これ、オリバーが今いる場所ね」
「えっと、なにをするのでしょうか?」
「それはオリバーに聞いて。ほら、いってらっしゃい」
「いってきます?」
リックに聞くのを諦めて、リアナは行き先を確認する。
比較的近い場所なので、歩いてでも向かえそうだ。
リアナは一度、仕事の鞄を取りに机に戻る。
「リアナ、頑張ってね」
「新しい絵を描いて、待ってる!」
「楽しみにしているわ」
ふたりはリアナの机で何かしているようで、楽しそうにしている。
その姿に微笑みながら、リアナは商会を出た。
商会を出て少し歩くと、目的地のお店に到着する。
今は工事のために店を閉めているが、連日行列ができるスイーツのお店である。
売場の改装工事を頼まれているが、人気店のため店を閉められる日数も短く、無事に工事が完了させるためには、かなり頑張らなければならない。
「きっと、ハルが好きそうなお店ね。開店したら、また来てみよう」
閉店中の店の扉を開けると、入口の近くにオリバーが立っていた。
扉に付いているベルの音で、扉が開いたのに気付いたのか、リアナと目が合う。
「リアナ嬢、どうかしたのか?」
「リックさんに、こちらに来るように言われたのですが」
「それは…そうですか。では、こちらへ」
リックの名前を出すと、少し苦笑いをしてリアナを店の奥に招く。
そして、作業をする職人達の元へ行くと、一度立ち止まり、リアナの方へ向く。
「今は何をしているのですか?リックさんは、現場で聞くようにとしか言っていませんでした」
「売場の床のタイルを全て撤去して、別のタイルに貼り替えている。それで人手が足りないので、応援を頼んだのだが…」
リアナの質問に対して、オリバーは少し困惑したように答える。
人手が足りないとして応援を頼むのはわかるが、それが一人で且つタイル工事の経験のないリアナが来ている。
先程のオリバーの苦笑いは、そういう意味だったようだ。
少しリックの考えに理解が苦しむが、来たからには今できうる限りのことをしようと思う。
「…すみません、私でよければなんでも言ってください。なんでもしますので」
「では、お言葉に甘えて。頼らせてもらおう」
役に立つかはわからないが、今後は頼られるぐらいにはなりたい。
オリバーはこちらに微笑むと、説明を始める。
「前に、床のタイルの貼り替えをした時のことを覚えているか」
「はい。一連の流れを紙にまとめて、頭に入れました」
前回、クレアの別荘宅の工事の時、オリバーの作業をハルとルカと共に見させてもらった。
あの後、家に帰ってから紙にまとめて、簡単にだが、作業内容を覚えてはいる。
そのことにオリバーは嬉しそうに笑い、リアナに現状を説明する。
「それはありがたい。タイルを貼り替えることになっているのだが、剥がしても剥がしても枚数が多くてな。しかし、今日中には終わらせなければならない」
「それは、今どのぐらい進んでいますか?」
午前からしている作業のおかげで、見た感じはタイルを剥がし終えているように感じる。
しかし、剥がしたタイルとボンドのゴミを外に出している職人達の方が多く、作業を進めている人の方が少ない。
「タイルは剥がし終えて、今は地面の素地を綺麗にしている。その後、一列ずつタイルを貼る予定だ」
「では、私は何をしましょうか?」
「一連の流れを見ただけなら、実際にやってみたほうがいい。実際にした方が、学ぶことは多いからな」
確かに、見たことを紙にまとめただけなのと、実際にしてみて紙にまとめた場合、実際にした場合の方が作業中のことについて詳しく書くことができる。
それに、初めてやる作業なので、少しだけ楽しみである。
オリバーは地面にしゃがみこむと、風魔法を使い、手本を見せる。
「このように風魔法でボンドを剥がして、素地の部分を綺麗にしてみてくれ」
「やってみます」
オリバーの見本を参考に、リアナはハルの風魔法を借りると、素地をゆっくり綺麗にしていく。
実際にしてみると、魔法の力加減が難しく、強め過ぎると地面が抉れてしまいそうだ。
そのため、ゆっくりと丁寧に行い、出来上がるとオリバーの方へ向いた。
「良い感じだ。そのまま、他の人と一緒に頼む」
「わかりました」
オリバーは一度うなずくと、満足げに笑った。
どうやら今のところ、合格点ぐらいはもらえているようで一安心である。
そのまま、他の職人達と共にリアナは素地を綺麗にしていると、数を重ねるうちにどんどん短い時間でできるようになってきた。
そして、リアナが他の職人と差が無くなり始めた頃、全ての素地の処理が完了したようで、オリバーは次の指示を出す。
「次は、ボンドを地面に塗る人とタイルをボンドに乗せて綺麗に並べる人とわかれて行う。リアナ嬢は、ボンドの塗る方を頼む」
「やり方はどうするのですか?」
「このくし目ごてという道具を使う。ボンドを地面に置いた後、くし目部分でボンドを均等に塗り広げてくれ」
オリバーは先程と同様に手本を一度見せると、リアナにボンドと道具を渡す。
ボンドは土魔法で作っているため、リアナには作ることができないが、ボンドを塗ることなら出来そうだ。
リアナは地面にボンドを置くと、手本通りにくし目ごてで均等に塗り広げる。
くし目ごてというこの道具は、片方はまっすぐでもう片方はくし状の歯になっている。
リアナは黙々とボンドを塗り続け、それに合わせて他の職人により一枚ずつタイルが貼られていく。
そして、最後の一列になったときに、リアナはオリバーに呼ばれて、一度手を止めた。
「リアナ嬢も一枚、タイルを貼ってみないか?」
「可能ならば、お願いします」
「では、こちらへ」
リアナは持っていた道具とボンドを、回収に来た別の職人に渡すと、オリバーの元へ向かう。
そして、タイルの持ち方について教えられて、一枚持ってみたのだが、思っていたより重く感じる。
「一枚でも重いが、持ち上げたらどこにも地面に置かないように。すぐに欠けるからな」
「気をつけます」
「糸を一列ずつ張っているので、それに合わせて置いてくれ。あとは、他のタイルと同様の間隔を空けてくれれば良い」
今回のタイルは、厚み1cm程で60cm角の大きなサイズである。
石材なので、思っていたより重みがある。
リアナはタイルを地面に置かないように気をつけ、目地の間隔を他と合わせながら、恐る恐るタイルをボンドの上に置く。
「どうでしょうか?」
「良い感じだ。次に、このゴムでできたハンマーでタイルを叩いて圧着させてくれ」
「やってみます」
次に渡されたのは、叩く部分がゴム状になったハンマーである。
それでタイル全体を叩きながら、他のタイルとの段差をなくし、圧着させる。
リアナは見よう見まねでやってみたが、なかなかいい感じにできた気がする。
「上出来だ。これで今日の予定は全て完了だな」
「お力になれたようで、よかったです」
「ありがとう。リアナ嬢はよく学んでくれるから、教え甲斐があるよ」
「それはよかったです」
どうやら今後は自分でも役に立てそうで、ひとまず安心である。
少し時間は遅くなったが、無事に全てのタイルを貼ることができた。
オリバーと共に依頼相手に声をかけてから、本日は撤収する。
「質問があるのですが」
「商会へ歩きながらでいいなら、なんでも」
暗くなった外の空気は、まだ少し肌寒い。
商会へ戻る道を歩きながら、リアナはオリバーに今日の作業で気になったことを尋ねる。
「ボンドをくし目状にしたのは、どうしてですか?やはり、叩いたときにくっつきやすくするためですか?」
「それもある。谷の部分から水分や空気などを逃がすことで、均等に馴染ませる効果があるからな」
くし目状に塗り広げたボンドの形状の理由がわかり、リアナは納得する。
均一に塗り広げた場合より、くし目状にした場合の方がくっつきやすいことは理解できる。
それに加えて、その形状にしたことによる理由を知ることができ、リアナは忘れないように覚えておく。
そして、他にも気になっていたことについても尋ねる。
「本日は目地にボンドを入れませんでしたが、それはどうしてですか?」
「今回は室内で枚数が多く、目地部分の隙間からしかボンドの水分は蒸発しない。そのため、明日までタイル下のボンドを乾燥させる必要がある」
「なら、明日には目地が入るのですね」
「あぁ。そこから一日経てば、完成だ」
前回は、タイルを張り替えてすぐに目地にボンドを入れていたが、今回は入れずに終わった。
今回は室内であり、売場全面のタイルを貼り替えている。
ボンドの量も多く、屋外よりボンドが乾きにくい。
そのために一日、目地のボンドを入れるまでに時間を有する必要があるのかもしれない。
今回のことで、新しく学べたことが色々ある。
家に帰ったら、前回の紙に書き加えよう。
「リアナ嬢はウォルターの言う通り、要領がいいな。教えるのが楽しいよ」
「そこまででは。しかし、教えてもらえるのは嬉しいです」
「では、次はまた違うことを教えよう」
「よろしくお願いします」
床の工事は今回のような石材でできているタイルもあるが、他にも木材の床もレンガの床もある。
今後も学べることが多そうで、楽しみだ。
無事に商会に戻り、本日の報告書を書き終えるとリックの元へ向かう。
それに対して、リックはいい笑顔を向ける。
「戻りました」
「お疲れ様。どうだった?」
「やる気と体力といった意味がわかりました」
「そう。いい勉強になったみたいだね」
「おかげさまで」
最初になぜそのニつが必要と言ったのかわからなかったが、今ではわかる。
初めてする作業に対してのやる気は、いつでも持っている。
しかし、体力面では想像していたより、タイルが重く、それを持って移動したりする力が必要で、今日は少し腕が疲れている。
今後のことを考えて、もう少し体づくりをした方がいいのかもしれない。
その後、商会からルカと共にハルの背中に乗って帰ったリアナは、自分の家の灯りを見つけて嬉しくなる。
家に帰り、楽しく過ごした後は、いつも通りに眠った。
次の日の朝、自身の両腕の筋肉痛に苦しみながら、今よりも全身の筋肉をつけることを決めた。




