63. 好奇心と詫びの品
ギルバートに頭を下げたダリアスは、次に顔を上げると良い笑顔をしていた。
そのまま席を立ちリアナの横に来ると、エドワードに声をかける。
「では、用が済んだので帰る。帰りの馬車を、用意してくれ」
「そう言わずに、もう少し話そうではないか。ダリアスは今日、休みだろう」
ギルバートに頼んでも意味がないと思ったのか、息子のエドワードに頼む父を、ギルバートは少し焦った口調でとめる。
そして、なぜ知っているのか気になるが、ギルバートは父の勤務予定を把握しており、手ずから新しい紅茶の用意をし始めた。
そのギルバートに目を細めると、ダリアスは諦めて、もう一度ソファーに腰掛ける。
「…私は休みでも、リアナは仕事だ」
「良いではないかね。午前中だけでも」
「お前が悪いのだぞ。私はもう帰る」
父が友といるときはこのような感じなのか。
リックとは違うやり取りに、少し笑みがこぼれる。
「リアナ嬢。馬車を用意しますので、それまではソファーで休まれてください」
「お言葉に甘えます」
エドワードはリアナをソファーへ案内すると、向かいのソファーに腰掛ける。
そして、エドワードは遠慮がちにリアナに声をかける。
「リアナ嬢。少し聞いてみてもいいですか」
「なんでしょうか?」
エドワードの少し緊張したような言い方に、リアナは疑問を浮かべる。
そして、どこから出したのか紙とペンを持ち、楽しそうな目をして尋ねてくる。
「水と火と風。使うときになにか異なった感覚がありますか?」
「いえ、特には感じていません。しかし、火属性を使うと体に熱が籠る気がします」
「熱が籠る…。では、水属性の場合はどうでしょう」
「特に変化はない気がします。あるとすれば、指先が冷たくなることでしょうか」
「では、風属性の場合は?」
「特になにも。召喚獣から、借りている魔法だからでしょうか?」
「たしかに。そうかもしれませんね」
エドワードはリアナに質問すると、答えたことを詳しく紙に書き始め、楽しそうに笑っている。
もしかして、エドワードは魔法が好きなのだろうか。
しかし、侯爵家の職業柄であるかもしれない。
リアナは聞かれたことに詳しく丁寧に答えていくと、エドワードは疑問が尽きないのか、質問攻めにされる。
「では、体に影響が出る火属性と水属性、交互に使った場合は?」
「補助装置なしでは、火属性の影響の方が大きかったです」
「そうですか。今後がどうなるかですね。またお聞きしたいのですが、よろしいですか」
「はい、大丈夫です。父を通してください」
まだ補助装置ありで火属性と水属性を交互に使ったことはないので、どうなるか自分でもわからない。
その結果も聞きたいようなので、父に通してもらうように伝える。
エドワードは大切そうに書きまとめた紙を持つと、楽しそうな笑みを浮かべ、リアナに新しい質問する。
「魔法とは、関係ないことを聞いても?」
「はい、なんなりと」
「リアナ嬢は、貴族ではないのかい?」
「父と同じく、貴族籍はないです」
リアナが返答に、エドワードは少し意外そうな表情をする。
そのまま少し考え込んだ様子だったが、何か思い当たったのか、納得したように笑った。
「もしかして、レオンの妻がリアナ嬢の先生かい?」
「レオン様もクレア様も、良くしていただいております」
「そうか、だからそんなに動作が美しいのですね」
「お言葉嬉しく思います」
このエドワードの口ぶりだとレオンと交友があるのかもしれない。
それなら知っていても、なんら違和感もない。
エドワードにも所作や振る舞いを褒められ、リアナは素直に受け取る。
クレアのおかげで褒められることも嬉しいが、クレアの教えが忠実に再現できているようで安堵する。
「リアナ嬢。良かったら、定期的に文通をしてもらえないだろうか。今まで生きてきて、複数の属性持ちに出会ったことがない。とても研究しがいがありそうだ」
「商会の方へお届けください。私でお力になれるのでしたら」
エドワードの文通の提案に驚いたが、商会に届けてもらうことにする。
きっと、エドワードは勉強熱心なのだろう。
とても楽しそうに笑って、リアナの返答に喜んでいる。
話すことで力になれるのならば、協力したいところである。
他にも会話を楽しんでいると、部屋の扉を叩く音が聞こえた。
その音の理由がわかるのか、ギルバートは残念そうな表情になり、気の進まない声を出す。
「帰りの馬車が呼ばれてしまったようだ。残念だが、帰ってしまうのか」
「帰る。リアナ、行くぞ」
馬車という単語を聞き、ダリアスは笑顔で席を立つ。
そして、リアナを連れて扉の前まで行くと、扉を開ける。
その姿にギルバートは苦笑し、立ち上がると馬車の前まで見送ってくれた。
「では、気をつけて帰ってくれ。また今度、話そうではないか」
「えぇ、楽しみにしております、ギルバート様」
「リアナもまた。いつでも遊びにきてくれたまえ」
「お言葉ありがとうございます。父と共に伺います」
ギルバートの言葉にダリアスは、丁寧な所作で別れを告げる。
その父を少し寂しげに見るギルバートに、リアナは笑みを返す。
「リアナ嬢、魔力の使いすぎには気をつけてくださいね」
「お言葉、ありがとうございます。気をつけます」
エドワードに声をかけられた内容に、思い当たる節があるリアナは少し困ったように笑う。
エドワードに今日の感謝を伝えて、父と共に馬車に乗り込んだ。
ダリアスとリアナを乗せた馬車を見送りながら、ギルバートはエドワードと声を潜めて話す。
「エド。本音はどうなのかね」
「貴族にはない、素敵な魅力がありますね。しかし、貴族でもやっていける実力もありそうです」
「私はリアナが娘になったら、嬉しいのだが」
リアナの印象を聞いたギルバートは嬉しそうに笑い、願望を口に出す。
その父の言葉に苦笑しながら、エドワードは笑顔を作ると本音を伝える。
「彼女にも人生がありますから。それでも選んでくれるのなら、嬉しいですね」
「そうか!」
「選んでくれるならです。父上は、何もしないでくださいね」
エドワードのリアナへの評価が好印象であるとわかり、ギルバートは至極楽しそうにする。
しかし、それもリアナの気持ち次第である。
すぐに外堀を埋めたがる父の行動に、きちんと釘をさす。
エドワードの言葉を聞いたギルバートは目を見開き、固まった。
「欲しいものは、無理にでも手に入れる。それが貴族だぞ」
「それはそうでしょうが…」
ギルバートの言う通り、貴族は基本その考えのものが多いだろう。
しかし、自分はあの友のように、純粋に想い合う相手と夫婦になりたい。
その気持ちを知っているのか、ギルバートは早々に諦めるとエドワードに約束する。
「今回は、何もしない。約束しよう」
「ありがとうございます」
ギルバートの言葉に安心し、エドワードは小さく安堵の息をつく。
たしかに、侯爵家として、リアナの複数持ちと魔力量は魅力的ではある。
加えて、貴族に臆することなく堂々と話すその姿やその所作も洗練されている。
それに、侯爵家の人間としてではなく、個人として自分を見てくれる。
リアナ嬢であれば、いい関係を築けそうな気がするが、それも気持ちがないと難しいだろう。
「しかし、惜しいの。リアナが娘になれば、ダリアスとも家族になれるというのに」
ギルバートがこぼした本心に、エドワードは苦笑いする。
「それが一番の望みでしょう。しかし、からかいすぎると、本当に会ってくれなくなりますよ」
学院の頃からダリアスとは仲が良いが、他とは一線を引き、親しい間柄は少ない。
そのため、ダリアスをとことん可愛がっているのだが、その方法があまり良くない。
しかし、ダリアスも最初にそれを許してしまっていたから、今も続いている原因である。
「…そうか。少し気をつけよう」
エドワードは父によく口頭で注意するのだが、いつも聞く耳を持たない。
しかし、今回は違うようで素直に聞くことにしたようだ。
後日、商会に届いた侯爵家からの荷物には、リアナ宛には手紙とお菓子が、ダリアス宛には美しい万年筆と手紙が届いた。
ダリアスが手紙を開け確認し、少し笑うとリアナにその手紙を渡す。
『すまない』
そこには小さく謝罪の言葉が一言だけ書いてあり、リアナは父と顔を見合わせて笑ったのだった。




