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06. 商会長と父の顔

リアナの父、ダリアス視点です。



ーーーリアナ達がようやく街にたどり着いた頃。


 リアナの本日の目的地、その敷地内の中庭に仮設で用意されている作業場で、藤色の腕章を着けた二人の男性が話し込んでいた。



「この段取りは?」



 紙の束を片手にヘーゼルの瞳を細めているのは、リアナの父であり、フォルスター商会の商会長でもあるダリアス・フォルスター。

 髪は短いがリアナと同じ黒色で、長身でスマートな体型に見えるが、服の下にはそれなりに鍛えられた筋肉の持ち主だ。



「職人にも話を通して、準備はできています。後日、行う予定です」



 その隣、澄んだ海のような碧眼を返すのは、リック・スレイター。

 ダリアスの部下であり、商会長の右腕。

 長い砂色の髪を後ろで束ね、長身でスマートな見た目なのだが、どこか儚い印象を与える。



「ん?ここの日付は、リックも別現場か」

「えぇ、偶然ですね。でも、リアナちゃんもその頃には慣れているでしょう」

「それもそうか」



 二人が話し込んでいる内容は、今日から始まる仕事について。


 リアナが相手方の屋敷を訪れ、事前に打ち合わせを何度か重ね、連日のように書類をまとめていた。


 その書類を元に、周囲の仲間に助言を求め、リアナが改善して完成させた資料を、ダリアスは持っている。



「その束、分厚くなりましたね」

「それだけ要望があったのだろう。いいことだ」



 依頼者が出した要望は、全てここに書かれている。

 その要望を出来るだけ多く叶えることを念頭に置き、限られた期間内で、人員の分担や進捗具合を考えながら予定を立てる。

 実際に遂行することは難しくもあるが、やりがいもある。



「今日は特に気合いが入りますね」

「そうだな。久しぶりに、少しだけ緊張している」



 今日のこの仕事は、自分にとっても特別な仕事である。

 リアナがこの商会に勤め始めて、三年。

 その三年目にして、初めてリアナが主体となって動く仕事になる。


 お節介だとわかっていても、どうしても裏で手を回してしまう。

 これが、いつかバレた時には怒られてしまいそうだが、完成に向けた目的は同じなのだから、見逃して欲しい。


 同じ職人として、父親として。

 手助けが出来る立場である限り、リアナの力になりたい。


 それに、リアナには今回の仕事がいいものになったと、胸を張って言えるものにしてあげたい。

 

 書類の束を少し強く握りしめていると、肩を軽く叩かれた。



「ダリアス、心配しすぎですよ。リアナちゃんの頑張りを見てきたでしょう?絶対に大丈夫ですって」

「それはわかってる。しかし、初めての成功体験をだな…」

「その気持ちはとてもわかりますが…。ここはリアナちゃんに任せましょうよ!」



 言い切ったリックは、優しい父親のような表情(かお)をしている。


 リックは部下といっても、子供時代からの付き合いで、本当に長い時を共に過ごした。

 そのため、リアナのことを赤ん坊の頃から知っている。


 しかし、一番肝心なのは、リアナは自分の娘であって、リックの娘ではない。

 そのため、その表情(かお)には少し納得いかない。

  


「……わかっては、いるのだが…」



 リックの言う通り、全てリアナに任せる方がいいことは、頭ではわかっている。

 だが、自分の意思とは関係なく、体が勝手に動いてしまうのだ。



「……可愛い娘を、心配せぬ親などいないだろう」

「その気持ちもわかりますけど」

「いや、お前は独り身だろう。わかるはずがない」

「いえいえ。私はリアナちゃんのこと、可愛い娘だとも」

「いや、リアナは俺の娘だ!そして、なにかあれば影でどうにかするのも俺の役目だ」



 言い切る自分にリックは、青の瞳を細めた。



「ダリアス。私はリアナちゃんのことは娘だとも、可愛い仕事の後輩とも思ってるよ。私の前ではいいけど、他の職人達の前では平等に見てあげてください。娘ではなく、同じ仕事の仲間として」

「それ…は…」



 同じ道を進むと言ったリアナを誰よりも厳しく指導し、誰よりもその成長を見守ってきた自分は、どうしても父が抜けないらしい。

 仕事仲間ではなく、娘としてしか見れていない自分に気付かされ、言葉に詰まった。



「まぁ、心配する気持ちは職人達も同じでしょう。ほとんどの職人が、リアナちゃんが赤ん坊の頃から成長を見守ってきたんですから」

「……そうだな。すまない、リック。お前の言葉に気付かされた。この仕事では、手は回さないように気をつけよう」



 今回だけは、なにがあっても見守ることに徹しよう。

 リアナの成長を妨げるようなことを、自分でもしたいわけではないのだから。

 ダリアスの言葉に、リックはやわらかく微笑む。


 

「そうしてください。それに、リアナちゃんは努力家ですから。なにか起きても、自分で考えてどうにかできますよ」

「あぁ、そうだな。それは、よくわかっている」



 リアナが所属するこの商会は、建築を中心とした仕事を行なっている。


 この国では、特定の仕事をするにあたり資格が必要で、その中の一つである建築士は、国の試験の中でも難易度は高い方に属し、学院を卒業して五年目以降に合格することが一般的。

 それに関わらず、リアナは二年目にして合格した。



「あの頃は、正直見ているだけで不安でした。目の下のクマがすごくて」

「たしかに、あれはひどかった。だが、言うことを聞いてくれなくてな…」



 リアナは寝る間も惜しんだようで、その顔にはいつもクマができていた。

 それでも言われた仕事は全てこなし、休憩時間にも勉強している姿を見た。


 父として、その姿を見るのは、気が気ではなかった。


 途中からは心配で見ていられず、何度も焦らないで良いと伝え、試験を受けるのを伸ばすようにと懇願した。


 しかし、その言葉を聞いたリアナは、自信ありげな表情(かお)で笑い、大丈夫だから信じて欲しいと、逆にお願いされた。



「合否の日があんなに待ち遠しく感じたのは、初めてでしたよ。自分の時は来てほしくなかったですし」

「俺の時も来てほしくなかったな。本当に、人生で一番長く感じた」



 その後は、ただ信じて待つことしかできなかった。

 合否の発表の日、無事に合格したことを伝えにきてくれた時のあの自慢げな表情(かお)を、今でも忘れない。


 あれほどの努力をして、自分と同じ職を目指してくれたのだ。

 この仕事が終わったら、建築士として一人前になったことを祝おうでないか。


 そう決意し、手に持つ書類を読みながら、上着につけた腕章が目に入った。

 それを指で触れていると、リックも似たように自分の腕章を触る。



「ダリアスとリリーさんが作ったこの商会も、大きくなりましたね」

「そうだな。良き仲間に支えられている」



 この商会では、各自、動きやすい服装を着て作業しているが、一つだけ揃えられているものがある。

 それは、商会に入った時に支給される、藤色に染められた商会紋が入った腕章を着けること。


 妻のリリーと共にこの商会を立て、よくここまで大きな商会になったものだ。



「リリーさんもリアナちゃんの立派な姿、見たかったでしょうね。残念です」

「…あぁ。リリーはとても喜んだだろうな」


 

 紆余曲折(うよきょくせつ)を経て、順調に商会が軌道に乗り始めた頃、世界的に大規模な疫病が流行した。

 運悪く発症してしまったリリーはそのまま亡くなり、他にも多くの職人も友も、一気に失った。


 商会を一人で全て(こな)さなければならなくなり、リリーに経理の全てを任せていたツケがここで回ってきた。


 そして、人付き合いに難がある自分の代わりに、リリーが至る所でフォローをしてくれていた事実も明るみになった。



「リリーさんが亡くなって、もう16年ですか。早いものですね…」

「そうだな。あんなに小さかったリアナも、立派な大人になった」



 リリーが亡くなった当初、自暴自棄になりかけた。


 だが、娘であるリアナがいてくれたからこそ、もう一度、立ち上がることができた。


 そこから、商会の仕事に追われながら、なんとかリアナを育てあげた。



「予定時刻までもう少しですね。今日も、ハルに乗ってくるんですかね?」

「当たり前だろう。…リアナは朝に弱いからな。きっと、今日も起こされたはずだ」

「ふふ、そういうところは変わらないんですね。ハルがいてくれてよかったです。そのハルとの付き合いも長いですね」

「そうだな。ハルと出会ったのは、世界的な疫病が終息して、少し経った頃だったか」



 リリーが亡くなったあの日から、リアナは泣くこともなく、我が儘も言わなくなった。

 だが、強がっていたのだろう。

 眠りながら泣くようになったリアナを抱きしめてあやしていたのだが、ある日突然、それもなくなった。


 しばらくしてその理由がハルであることがわかり、一緒に暮らし始めた。

 そして、リアナは以前のようによく笑うようになった。


 ハルはきっと、リアナのためにやってきてくれたのだろう。

 小さい体でリアナを守ろうとする姿は、微笑ましくも頼もしかった。


……ただ、ハルは他の聖獣に比べて、イタズラが多い。

 そのことを除けば、本当にいい子なのだが…。



「まぁ、ハルがいればリアナちゃんは無敵ですからね。ハルはかなり過保護ですし」

「あぁ、そうだな。あんなにまっすぐと素直に育ってくれたのは、ハルのおかげかもな」



 成長するにつれ、持ち前のその素直さに磨きがかかり、難なく学院も卒業し、自分と同じ職についた。

 そして、若くして一人前になろうとしている。


……あれほど小さかった娘が、立派になったものだ。



「しかし、リアナちゃん、よくここの契約取れましたね。最初の仕事が、こんなに大きな屋敷だなんて凄いです」

「あぁ、なんでも学院の頃の約束だそうだ。条件として、三年以内と期限がついていたが…」

「さすがとしか言いようがありませんよ。よく三年以内に建築士の資格取りましたね。私の時は、五年はかかったのに…」



 そう言いながら遠くを眺めるリックの肩を叩き、あの時の自慢げなリアナに似た表情(かお)でダリアスは笑う。



「誰の娘だと思っている。俺の自慢の娘だぞ!」



 本当に、愉快でたまらない。

 なんと、親孝行な娘なのだ。



 その後、二人でリアナとの思い出や仕事の予定を立てながら、本日の主役を待つ。



 今日も一日、仕事が始まる。



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