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59. クレアの授業 『カーテシー』



 いつも案内される部屋とは違い、落ち着いた調度品が並ぶ部屋で、リアナはクレアと向かい合って立っている。


 リアナはダンス用に用意されたドレスに身に包み、少し落ち着かない。

 クレアも今日はリアナと合わせたのか、色違いのドレスを着て、嬉しそうにしている。



「今日は来てくれて嬉しいわ」

「私も会えて嬉しい。でも、クレアにも先生をしてもらうことになって、申し訳ないわ」

「いいの。私が自慢したことが原因だもの。嬉しくて自慢しすぎてしまったわ」



 クレアはその時のことを少し思い出したのか、苦笑いしている。


 しかし、リアナは自慢されたこと自体は嫌ではない。

 そのお姉様にも、誇れる友になれたことは嬉しい。


 嬉しいが、それで名指しで指名されるとは思わなかった。


 レオンにもカイルにも先生をしてもらい、そしてクレアにも先生をしてもらうのは、本当に贅沢なことだと思う。

 授業料の金額が更に釣り合っていないように感じるのだが、受け取ることはないと一度言われている。

 そのため、教えてもらえることは全て身につけようと思う。



「では、今日はお姉様用に以前より厳しくするわね。私も頑張って教えるから、約束の日までになんとか身につけて欲しいわ」

「頑張ります。よろしくお願いします、クレア先生」



 厳しい指導と聞き、リアナは更に気合が入る。

 約束の日も決まっているため、時間も有効に使いたい。

 そして、少し前のことを思い出す。



 レオンに知らされた話から少しして、商会に見知らぬ紋章の封蝋がついた手紙が届いた。

 封筒から上質な紙が使われていることがわかり、その手紙を丁寧に開けたダリアスはリアナを商会長室に呼んだ。


 その手紙は、クレアの従姉妹の嫁ぎ先であろう家名と正式な注文の内容であった。

 打ち合わせのために空いている日が書かれている手紙から一番近い日付を選ぶことをダリアスと話し、最後まで読み切ったリアナの頬はひきつった。


 最後の一行にリアナの名前もあり、逃げられないことが決定した。

 庶民であるため、多少の所作の間違いは許してくれるだろうが、クレアの友として、その顔に泥を塗りたくない。


 レオンの授業で屋敷に来たときに、日付が決まったことを伝え、クレアにも先生をしてもらえるように頼んだ。

 打ち合わせの日付はまだ先であるため、それまでしっかりと教えてもらう予定である。



「一通りの基礎の動きはいいみたいね。リアナは一度教えたことを、ずっと身につけてくれるから、ありがたいわ」

「でも、それも昔のことよ。学院の頃みたいにそういった機会がないから、忘れていることもきっと多いわ」



 クレアに褒められたが、そこまで言われるほどの自信はない。

 しかし、基礎の動きができるということがわかっただけで少し安心である。



「では、安心してもっと厳しくしますわね。ちゃんとついてきてください」

「…よろしくお願いします、クレア先生」



 クレアになにかスイッチが入ったようで、やる気にみなぎっているようだ。

 それに対して、頑張ろうと思うのだが、レオンが本を渡してきた時と似た目でリアナを見るため、少したじろぐ。

 できれば優しく教えてほしいという願いを飲み込み、リアナは笑みを作る。


 そこから始まったクレアのスパルタな授業に翻弄されながらなんとかこなしていくのだがーーーー



「その角度、入れすぎ。戻して」

「目が泳いでいるわ。それは目立つわよ」

「手の角度が良くないわ。もう一度」



 先程、安心した気持ちは消え去り、リアナに指導の雨が降り注ぐ。

 しかしその甲斐もあって、一つずつ確実に動きが美しくなっていく。


 何度目かの指導の言葉を受けた後、クレアは少し満足げに笑ってうなずいた。



「少し休憩しましょう」

「ありがとうございます」



 やっと休憩に入ったため、リアナはソファーに深く座り込み、背もたれに寄りかかる。

 その横、クレアも珍しく同じ姿勢になって、部屋の中が少し静かになる。


 相変わらず行われている、隣室のスイーツの試食会はなかなか賑わっており、ルカもハルもすっかりパティシエと仲が良くなったようだ。

 隣室の楽しそうな声に耳を傾けていると、クレアの少し疲れた声が聞こえる。



「本気でしすぎると、さすがに疲れるわね。お姉様の合格点が高すぎて」

「お姉様に私は会ったことはないけど、どんなお方なの?」


 

 今まで話でしか聞いたことがなかった、クレアのお姉様に尋ねる。

 それに対し、お姉様を思い浮かべたのか、クレアは嬉しそうな表情(かお)になる。



「とても優しいお方よ。生まれは侯爵家の令嬢で、嫁ぎ先は公爵家。そのため、指導もなかなか厳しかったのだけど、私のことをとてもかわいがってくれていたわ」

「素敵な方なのね」



 生まれは侯爵家、嫁ぎ先が公爵家。

 知らなかった情報に目を瞑り、クレアが話しやすいように相槌を打つ。


 なにか思い出したのか、クレアの表情(かお)が少し曇り、歯切れが悪くなる。



「リアナと出会う前、私、中等学院では少し嫌なことがあったの。それがお姉様に知られて、貴族の勉強を嫌というほどさせられたわ」

「嫌なこと…」



 クレアとは高等学院から知り合ったので知らなかったが、なにか悲しい出来事があったのだろう。


 もっと早くに出会えていれば、このような表情(かお)をさせなかった。

 しかし、それが原因で貴族の勉強が始まって、今のクレアの生活に役に立っているのなら良かった。

…かなり厳しい授業であると、クレアの話から伺えたが。


 リアナの変化に気付いたのか、クレアは少し嬉しそうに笑うとリアナの手を優しく包む。



「でもそのおかげで、今リアナの助けになれそうね」

「ありがとう、クレア」



 束の間の休憩に、学院時代の頃のように手をつなぎながら、仲良く話した。

 少し休憩ができたので、授業を再開させる。



「基本的なカーテシーは教えたことはあるけど、カーテシーにも相手の階級によって動きが違うわ」

「そのような差があるの?」

「差がないと失礼になるでしょう、王族には」

「たしかに」



 相手の階級というのは、貴族とその上の王族のことだろう。

 貴族と王族とで挨拶の仕方が違うのは仕方がないが、リアナはふと不安になる。



「私の場合は貴族籍がないけれど、それでなにか所作が違うことはあるの?」

「いえ、特にはないわ。今教えているカーテシーができれば、大丈夫よ」



 クレアの言葉に、リアナは安心する。

 相手ごとに細かく追加で覚えることはないようで、まだ今のカーテシーを美しくできればいいようだ。



「では、一度カーテシーをやってみて」

「はい、クレア先生」



 クレアの言葉に、リアナは姿勢を正すと息を吐く。

 そして、両手でドレスの裾を軽く持ち上げると、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま挨拶をする。

 そのリアナの所作に、クレアは嬉しそうに拍手をした。



「良い感じよ。他の所作についてしっかり教えたからか、今までより一番綺麗にできているわ」

「お褒めいただき、ありがとうございます」



 リアナがしたカーテシーは、クレアから見ても合格点だったようで、一安心である。

 そこから少し指導してもらうと、クレアは嬉しそうな表情(かお)でうなずく。



「完璧だわ。きっと、お姉様も認めてくださるわ」

「そうだと良いのだけど」



 クレアのお姉様がどれぐらいの美しい挨拶をするのか、それにちょっと胃が痛くなる。

 しかし、お姉様に認めてもらえる程に成長したのなら、それはそれでまだ安心して会えそうだ。



「次は、王族への最敬礼のカーテシーの仕方についてね。では、一度見本を見せるわ」

「お願いします」



 見本を見せてくれるというクレアは、一度息を全て吐き切ると、姿勢を正す。

 最敬礼のカーテシーは先程のカーテシーとは少し違い、上体を曲げ、深くお辞儀する形を取る。

 普段見る友の姿はなく、貴族の淑女としての姿に目が離せない。


 最敬礼のカーテシーが終わり、こちらを向いたクレアは、リアナを見るといつもと同じ笑顔を見せる。



「これをする機会はあまりないかもしれないけど、覚えておいて損はないわ」

「わかったわ」

「では、見よう見まねでいいから、一度やってみて」



 リアナは一度似たような動きをしたのだが、どことなく頼りない。

 しかし、今まで習ってきたカーテシーが基礎にあるため、まだどう動くのかがわかりやすい。


 クレアはリアナの動作に細かく指導を入れながら、何度も繰り返して行う。

 何度目かわからないが、リアナの動作に納得がいったのか、クレアは満足そうに笑った。



「そうよ、良い感じだわ。それなら王族の前でしても、失礼に当たらないわ」

「そういう機会はないと思うけど、それなら安心ね」



 リアナは一生縁のないこの国の王族に挨拶ができるぐらいの出来栄えになったようで、少し自信につながる。

 そこから、何気ない仕草から、所作について学び、その日の授業は終了した。



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