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58. 守る術と表情の変化



 リアナが考え込んでいる様子に気付いたのか、カイルは背後から次の指示を出す。



「こういう場合は、肩を丸めて膝を曲げ、腰を落としてください」

「どこまで腰を落とせば良いのでしょうか?」

「重心が低くなって、姿勢が安定するぐらいですね。そうすれば、持ち上げるのも担ぐのも難しいでしょう」



 自分の姿勢の安定を考えると、まだわかりやすいかもしれない。

 リアナは言われた通りの姿勢ができると、動きを止める。



「次は、リアナ嬢が先程言ったように、全体重を乗せて足を踏みつけます。踏んだことで相手は足を引くので、姿勢が前に傾きます」



 ここでは実際に踏まないのか、踏まれたことにして少し姿勢が変わった。

 少し安定しない姿勢にバランスが崩れそうだが、なんとかカイルの腕で保たれる。



「そこで頭を後ろへ振って、相手の顔面に頭突きをしてください。相手は攻撃から逃れようとしてのけぞります」



 リアナは言われた通りに、頭を後ろに下げた。

 すると、カイルの拘束が少し弱まった気がする。

 カイルは間髪いれず、説明を続ける。



「お尻を思いきり突き出すイメージで、相手の腹部にぶつけます。相手がよろけて拘束がほどけたら、すぐに逃げてください」



 リアナは言われた通りにすると、拘束がほどけて、解放される。

 教えられた通りにしているだけなのだが、なんだか自分が強くなったような気がして、嬉しくなる。



「よくできました。最後に教えるとすれば、床に押さえ込まれた場合なのですが、よろしいですか?」

「はい、大丈夫です」



 ここまでやったのだ、出来ることは全てやっておきたい。


 リアナは承諾すると、カイルは地面に敷物とクッションを敷いて用意してくれる。

 そこに、リアナは仰向けで寝転がると、カイルが横に座る。



「では、距離が近いですが、お許しください」



 カイルは寝転んでいるリアナの上に馬乗りになり、肩を地面に押さえ込まれる。

 どうやっても逃げるのは難しそうで、且つ知らない相手からだと怖くて固まってしまいそうだ。



「こんな場合でも逃げられる術が、本当にあるのですか…?」

「安心してください、ちゃんとあります」



 逃げるのが難しそうで諦めてしまいそうになるが、カイルは断言した。

 リアナはその言葉を、信じることにする。



「では、まずは押さえ込まれている相手の腕が見えますよね。その腕の外側から挟んで、両手を組んでください」



 リアナは言われた通りにするが、これで合っているかはわからない。

 しかし、カイルが満足げにうなずいたので、合っているのだろう。



「そうです。次に踵をお尻の方へ引き寄せ、膝を立てて相手の腰を浮かせてください」



 踵を寄せていくと、カイルの姿勢に変化が生まれた。

 しかし、リアナ自身はそこまで力を入れてやっていないので、疑問が生まれる。



「今のは、わざと浮かせてくれたのですか?」

「いえ、自然と持ち上がっています。そのため、私の体勢は不安定になっています」



 リアナは順調に出来たことで嬉しそうにしているが、カイルは変化した姿勢を保つのが少し苦しいのか、説明が早口になる。



「最後に一気に横に倒れてください」

「すごいです!まさかできるとは思いませんでした!」



 リアナが倒れ込むと、カイルも一緒に倒れ込み、リアナは解放される。

 出来たことが嬉しくて、リアナは満面の笑みになる。

 しかし、ここまでする必要が本当にあるのかが、少し疑問である。

 


「ここまでする必要が、本当にあるのですか?」

「…綺麗な世界だけではないのが現実です」



 一瞬、闇を見た気がして、目を逸らす。



「それに、…これぐらいできていなければ、私は安心してクレアを遊びに行かせられません」

「そうですか」


 

 クレアの名前が出て、少し笑ってしまう。

 そういえば、出会った時のカイルも、ハル同様に過保護であった気がする。


 ということは、自分が教えられたものを、クレアも出来るようだ。

 あの優雅で美しい仕草をする友が出来ることに少し違和感はあるが、カイルが安心できるということはそういうことなのだろう。


 今度、護身術についての話をしてみよう。

 次にクレアに会うのが、少し楽しみである。


 立ち上がったリアナ達の元へ、ハルとルカが走ってやってくる。



「リアナ、すごかったけど大丈夫?」

「大丈夫よ、力がなくてもどうにかなりそうだわ」

「僕がいれば平気じゃん!」



 リアナは出来たことを嬉しそうに伝えると、ハルはそれに対して、少し語気を強めて訴えた。

 それに、リアナは目線を合わせると、優しい声で諭す。



「でも、一緒にいれないときも来るでしょう?」

「そんなことない。ずっと一緒だもん…」



 リアナの言い方が悪かったのか、ハルは悄然(しょうぜん)としてうつむく。

 その姿にリアナは自分の言葉が正しく伝わっていないことに、困った表情(かお)になる。



「リアナ、ハル寂しそう」

「そういった意味で言ったんじゃないわ。ずっと一緒よ」

「…うん」



 ルカが優しくハルの頭を撫でるのを見守り、ルカもまとめて一緒にハルを抱きしめる。

 そして、リアナの言葉を聞いたハルは少し元気を取り戻したようで顔を上げた。



「でも、考えてみて。トイレの中とか化粧室の中に、ハルはついてこられないでしょう?」

「確かに。そういった場合は難しいかも」



 ハルにわかりやすいように状況を伝えると、納得してくれたようだ。



「その時にすぐにハルを呼び出せるように、手を自由にする必要があるの。わかってくれた?」

「わかった。絶対助けるから」

「ありがとう、ハル。頼もしいわ」



 リアナの意図がわかったのか、ハルはもう元気そうにしている。

 その姿に微笑みながら、ルカの方を向くと、カイルと何か話している。



「クレアのおにーさん。僕もやる!」

「では、ルカ様は子供ならではの護身術を教えましょう」



 そういって、次はルカが子供でも出来る護身術を教えられている。

 教えられた通りに、難なく(こな)すルカに感心し、リアナはハルと話す。



「ルカはなんでも器用にやるわね」

「そうだね、まぁルカだからね」



 ハルは満足げに一度笑うと、リアナにくっつく。

 そのハルの温かさを感じながら、リアナはルカの授業と成長を見守った。



「リアナ。色々できるようになったよ!」

「すばらしいわ」



 その後、ルカは教えられたことが出来るようになったらしく、リアナ達の元へ来る。



「本日はここまでです。お疲れ様でした」

「ありがとうございました」



 授業の終わる時刻になり、本日の先生に挨拶をして感謝を伝える。

 カイルは笑顔でうなずくと、リアナに優しく話しかける。

 


「リアナ嬢。本日はいかがでしたか?」

「大変、役に立つことを教えていただけました。商会の者にも教えるつもりです」

「それはよかったです」



 リアナの言葉に嬉しそうに笑ったカイルは、他にもなにか聞きたいことがあるのか、手を組み直して落ち着きがない。

 その様子を不思議そうにリアナは見ていたのだが、ハルがそっぽを向いて、渋々教えてくれる。



「…カイルは『()()』としての評価を聞きたいんじゃない?」



 まさか、そのようなことが気になっているとは、思わなかった。


 出会った頃のカイルは、作られた美しい笑みを浮かべ、話していても真意がわからなかったが、目の前にいる落ち着かない表情のカイルには親近感が湧く。

 その姿に思っていたより、すぐに苦手意識はなくなり仲良くなれそうだ。

 


「今日はありがとう、カイル先生!」

「いえ、大切な人を守るために覚えておいてくださいね」

「はい!」



 リアナが声をかけようとするより前に、ルカはカイルの元へ行き、感謝を伝えた。

 ルカの言う『カイル先生』という言葉に、カイルは嬉しそうに笑うと、言葉を続ける。

 その様子を見守った後、リアナも本日の授業の感謝を伝える。



「カイル先生は、身を守る術を教えてくださいました。とても丁寧でわかりやすく、良き先生になれそうですね」

「それは、よかったです」



 リアナの言葉に、今日一番の笑顔を浮かべたカイルは、自分の表情の変化に気付き、一度固まると手で口を隠して咳払いする。


 手を外した時には、カイルはいつもの笑みに戻っていたのだが、その中に喜色が含まれているのがわかり、リアナもなんだか嬉しくて笑みが溢れた。



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