55. ダンスパートナーと内緒話
クレアは嬉しそうに抱き止めてくれ、リアナは顔を隠す。
「ふふ。落ち着いた?」
「……えぇ。ありがとう、クレア」
気持ちが落ち着いてきたリアナは、ダンスの練習を再開した。
今は、クレアにつきっきりで教えられている。
「リアナ、顔を上げて。手の角度はここぐらいがいいわ」
顔の向きや手の角度など、学院では簡単にしか教えられていないので、覚えるのに苦労しそうだ。
「フーベルト、やはりダンスが上手いね。どこかで習ったのかい?」
「昔、少々。一応、ダンスは全て踊れるようにしてあります」
隣から、レオンの感嘆の声が聞こえる。
リアナが苦労している隣で、レオンはフーベルトを教えているのだが、苦労することもなく、練習は滞りなく順調に進んでいるようだ。
レオン達の話に耳を傾けたため、少し崩れた姿勢をクレアに直される。
「では、リアナのいい先生になりそうですね」
「善処いたします」
レオンの言葉に、フーベルトは一度頭を下げている。
だとすれば、フーベルトの足を踏まないぐらいには、確実にできるようにならなければ。
クレアの方へ意識を戻し、集中して練習する。
ルカはスイーツを食べ終えたのか、レオンの元へ走っていく。
「レオン、僕もしたい!」
「おや、ルカ。では、少し教えましょうか」
レオンがルカに教え始めたため、一度休憩に入る。
やっと休みをもらえたリアナは、クレアとソファーに並んで座る。
ハルはスイーツを食べて満足したのか、長いヒゲにクリームをつけたまま寝ているようだ。
リアナは少し笑ってそのクリームを拭うと、スイーツを手にする。
「美味しい…。ずっと食べたかったのよね…」
「それはよかったわ」
やっと食べることができたスイーツを楽しみ、疲れを癒す。
そのリアナに、クレアは尋ねる。
「リアナ、フーベルトの家族は?」
「ルイゼさんが母親で、他は聞いたことはないわ」
「そう、ありがとう」
フーベルトとは子供の頃から付き合いはあるが、ルイゼのこと以外は聞いたことない。
それに、父親のことを聞かなくても、今まで問題がなかった。
今度、フーベルトに聞いてみようか、でも聞いてもいいのだろうか。
リアナが悩んでいると、クレアが楽しそうな表情を、こちらに向けていることに気付く。
「フーベルトなんて、いいじゃない」
「…なにが?」
「リアナの今後のダンスパートナー」
「あぁ、そのことね」
ダンスのパートナーの話か。
少しだけ、今後のことを考えてみる。
確かに、フーベルトとのダンスは順調に踊れる。
しかし、それで父が納得するとは思えないし、リックもきっと同様の反応する気がする。
今後の迷惑を考えると、不安な気持ちに苛まれる。
「フーベルトならなってくれるかもしれないけど、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないわ」
「あら、そうかしら。彼なら、喜んでなってくれると思うけど」
「それは、小さい頃から良くしてもらっているから。きっと、手のかかる妹だと思っているわ」
リアナに兄弟はいないが、きっといたらこんな感じだろうと、子供の頃にフーベルトと話すたびに密かに思っていた。
本心は聞いたことはないが、とても優しくしてくれるフーベルトのことだ。
きっと、自分のために頑張ってくれるはず。
「まぁ…。リアナ、あなたそういうところは変わらないのね」
「そういうところって?」
「教えないわ。自分で気づいて」
「言われなければ、きっとわからないわよ…」
クレアになにか誤魔化された気がするが、気にする余裕もない。
リアナの目に映るのは、レオンに教えられた通り、ルカが自分より上手に踊れている姿である。
もしかして、このままいくと、自分より先にダンスにおける合格点をもらえるのでは。
このままではいけない。
せめて、ルカの人生の先輩としての威厳を保たなければ。
「クレア。練習を再開させましょう」
「そうね」
リアナは心に決めると、クレアに練習を再開させるように願った。
・・・・・・・・・・
「今日はここまでにします。次までに、今日言われたことは全てできるようになっていてください」
「ありがとうございました」
しばらく練習に集中していると、本日の授業が終了する。
そのため、リアナは来たときの服に着替えて、苦しかったコルセットから解放された。
フーベルトも着替えたようで、いつも見る姿になっている。
やはり、普段のフーベルトの方が落ち着く。
馬車が用意できるまで、紅茶を飲みながら少し待っていると、クレアが楽しそうにフーベルトに話しかける。
「フーベルト。次は採寸をするので、よろしくね」
「はい、わかりました」
フーベルトは笑顔で了承しているが、リアナは心配しかない。
きっと、今日の格好がよく似合っており、スタイルがいいことにも気付いたのだろう。
フーベルトを次の着せ替え人形に選んだのだ。
そのことに心の中で謝りながら、馬車の用意ができたため、リアナは席を立つ。
「クレア、じゃあまた次の授業でね」
「えぇ、楽しみにしているわ。リアナ」
ぎゅっと抱きしめてゆっくりと離れると、リアナはクレアと顔を見合わせて笑う。
レオンとクレアに別れを告げて、リアナ達は馬車に乗り込んだ。
「本日はありがとうございました。助かりました」
「いえ、お役に立ててよかったです」
授業に付き添ってくれたフーベルトに感謝しながら、リアナは安堵の息をつく。
フーベルトのおかげで、無事に踊れることを証明できた。
「リアナ、僕も一緒に踊れるよ!」
「そうね、頼もしいわ」
このまま順調にいけば、ルカの方が先にダンスにおける合格点をもらえそうである。
ルカも大きくなれば、きっと、自分とも踊れるようになるだろう。
その大きくなったルカとも、踊れることを楽しみにしておく。
その横、ハルは持ってきていた救急箱を見ながら、呟く。
「救急箱、いらなかったね」
「私も成長したのよ。でも、この頃ハルが丸くなった気がして、心配だわ」
授業の待ち時間、スイーツの試食会をしているハルとルカは、よく食べるそうだ。
ルカは特に見た目に変化はないが、リアナの勘違いではなければ、この頃ハルが丸くなってきた気がする。
食べる量と運動量が見合ってない今の生活に、少し改善した方がいいのではないだろうか。
しかし、ハルはルカと見つめ合ってそれを否定する。
「これは毛が伸びただけです〜。ふわふわ〜」
「ハル、ふわふわ!」
ハルの言ったことがわかったのか、同じようなことを言いながら、ルカは楽しそうにハルに抱きついている。
しかし、そのハルは徐々に体の大きさを小さくしており、誤魔化そうとしている気がして、リアナは小さくため息をつく。
そこで、ハルの用意していた救急箱でダンス中の出来事について思い出す。
「フーベルト。ダンス中に足を踏んでしまって、ごめんなさい。本当に、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ、なんともありません」
「本当ですか?つま先ならまだいいですけど、踵だとヒールがあるから痛いですよね…」
どちらで踏んだか覚えていないが、きっと踏まれただけでも痛いはずだ。
それなのに、何事もなかったかのように踊りきったフーベルトに感心する。
しかし、自分が気にしないように、気遣ってくれているのではないか、少し心配である。
リアナの落ち込んでいる姿を見て、フーベルトはリアナの隣の席へ移動してくる。
「リアナ、いいことを教えてあげよう」
「いいこと?」
急に声を小さくしたフーベルトに合わせて、リアナも一緒に小さな声になる。
しかし、フーベルトのいう”いいこと“とは、いったいなんのことなのだろう?
気になっているリアナに、フーベルトは声を潜める。
「今日、レオン様が用意してくださった靴には、鉄の板が入っている。だから、何度踏んでくれても構わない」
レオンが用意してくれた靴は、なかなかリアナにとって、安心できるものであった。
今後もそれが使われると思うと、気負わず踏めそうな気がする。
「そうなんですか?なら、安心して踏めそうです」
「リアナ、あの靴はあそこにしかないから。他で練習する時は、気をつけてもらえたら」
「あ、そうですね。できる限り、気をつけます」
靴を持っているのはレオンであって、フーベルトではない。
練習に付き合ってもらう時は、気をつけなければ。
「でも、フーベルトとのダンスは不思議と踏みそうにないです。やっぱり、フーベルトはすごいですね」
リアナはそういうと、外の景色を楽しむ。
フーベルトのダンスの上手さに感謝しつつ、リアナはダンスの授業を無事に乗り越えた。




