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54. 授業 『ダンス』



 リアナは憂鬱な気持ちのまま、馬車の外の景色を眺める。


 今日は前回言われた通り、ダンスの授業である。

 そのため、ハルとルカに加えて、フーベルトもついて来てくれた。



「本当に、ありがとうございます」

「いえ。頑張りましょうね」

「はい。自分で歩いて帰りましょう」



 本日の犠牲者であるフーベルトは、今日も優しい。

 フーベルトが歩いて帰れるくらいには、傷が浅ければいいのだが。

 

 馬車は、本日の目的地、ベーレンス伯爵の屋敷につく。



「本日は」

「挨拶はいいから。早くいきましょう!」



 挨拶をしようとしたのだが、その時間も惜しいのか、連れて行かれる。

 クレアに手を引かれて連れて行かれた部屋の中央には、クレアが選んだ完成品が飾られている。



「かわいい…」



 スカイブルーの練習用ドレスで、首回りと裾にレースのあしらわれた、かわいらしいデザインだ。

 ふわりと広がる裾は爪先しか見えないぐらいに長く、油断すると踏んで転びそうだ。

 そして、勘違いでなければ、クレアの髪色によく似ている気がするのだが。


 その完成品のドレスの横、クレア付きのメイドであるソフィアが、キラキラした目をリアナに向けてくる。



「では、着替えましょうね、リアナ」

「本日も任せていただいてもよろしいですか、リアナ様」



 もう疑問形ではない質問に、リアナは表情(かお)を保つのが少し難しい。


 しかし、これも授業なのだから。


 そう自分に言い聞かせ、リアナは美しい笑みを作る。



「…よろしくお願いします」



 しっかりと締められたコルセットと着慣れないドレスに身を包み、少し息を吐く。

 コルセットに慣れていないので、息をするのも動くのも苦しい。



「あと、拳一つ分絞められますが」

「いえ、これ以上は…。やめてください…」



 そんなリアナのコルセットをさらに締めようとするソフィアに願い、少し緩めにしてもらった。


 ドレスに合わせ、濃い色の少しヒールのある靴を履き、クレアと部屋を出る。


 クレアもいつに間にか着替えたのか、リアナが着ているものと色違いのラベンダーのドレスに着替えている。

 どうやら、自分の瞳の紫に合わせたらしく、なんだかむず痒い。

 

 ダンスフロアへ案内されると、そこにはハルとルカがソファーに座っており、その目の前にいつも通りスイーツが置かれている。



「リアナはこちらよ」



 とても羨ましい光景に惹かれながら、リアナはクレアに連れて行かれる。


 フロアの中心、そこにレオンとフーベルトがなにやらしており、そちらに目を向け、リアナは固まった。


 フーベルトも着替えさせられたのか、レオンと同様の正装に着替えさせられおり、髪もセットされている。

 それがとても似合っており、違和感もない。


 いや、似合いすぎている。

 自分の知るフーベルトと目の前に立つフーベルトは、全く異なって見えるほどには。


 そのフーベルトを見つめながら、少し考える。

 フーベルトは性格も良く、気遣いもでき、人当たりもいい。

 それに、自分の勘違いでなければ、容姿も整っていて、背も高いし、スタイルもいい。


 もしかして、自分が知らなかっただけで、フーベルトはモテる部類の人間なのでは?


 その事実を受け入れられないでいると、声を潜めたクレアに話しかけられる。



「リアナ、見惚れているの?」

「え!あ…」



 リアナは急に聞かれた内容に少し大きな声を出すと、注目を浴びた。

 クレアにしっかり否定することも、肯定することもできず、なぜか顔が熱くなり、顔を伏せてうつむく。


 見惚れたと言われればそうかもしれないが、いつもと違うその姿に戸惑っている気持ちもある。


 なんと言えばいいかわからないリアナを置いて、クレアはレオンの元へ向かう。



「クレア、今日も美しいね。リアナとお揃いなのも、微笑ましいよ」

「ありがとう、レオン」



 レオンとクレアが、流れるように貴族の挨拶を行うのをリアナは他人事のように見守る。


 フーベルトの前まで来たが、なぜか顔を見るのが恥ずかしい。

 だが、今日は授業なので、気をしっかり持たなければ。


 リアナは勇気を出してフーベルトと向き合ったのだが、緊張しているのか、フーベルトは固まっている。



「リアナ、手を。まずは、挨拶から始まるよ」



 リアナはレオンの言葉を聞き、目を見張る。


 あれはただ単にしたのではなく、見本として行ったものだったのか。

 今からあれを、しかも、いつもよりかっこいいフーベルトとしなければならない現実に、この部屋から逃げ出したくなる。


 いつものフーベルトならばここまで緊張しなかっただろうが、今はただただかっこいいため、見るのにも勇気がいる。

 絶対に、今は自分の表情(かお)を作ることができそうにない。


 しかし、授業である以上、時間も限られている。

 なんとか割り切ると、リアナは恐る恐る手を差し出す。


 そのリアナに手を優しく包み、フーベルトは流れるように動作をすると、優しく微笑みかけてくれる。



「リアナ、今日も美しいです。大丈夫です、頑張りましょう」



 自分がダンス練習に緊張していると思ったのか、フーベルトは安心させるように声をかけてくれる。

 その声に少し気持ちが落ち着き、リアナは少しぎこちなく笑みを浮かべると、差し出された白い手袋の手に、同じく長手袋の手を合わせる。



「ありがとうございます、フーベルト。頑張ります」



 そのまま、リアナの今の実力を知りたいというレオンの言葉で、一度ダンスを踊ることになった。


 今日のために呼ばれたヴァイオリン奏者が、ダンスの基礎曲、その旋律を響かせる。

 リズムに合わせ、順調に踊り出したのだが、リアナが思っていたよりフーベルトの足を踏まずに済んでいる。


 もしかして、自分が知らぬうちに上手くなったのかもしれない。


 その嬉しさから笑みが溢れ、フーベルトの顔を一度見る。

 しかし、少し油断して顔を上げたのが良くなかったのか、そこから一度踏んでしまい、リアナは焦る。

 それからは足元を確認しながら、ダンスに専念する。


 曲が終わり、レオン達の方へ向き、一礼する。

 先生以外でダンスを踊り切れたことなど、人生で初めてである。

 やはり、ルカの言う通り、仕事をするようになって、改善されたのかもしれない。

 それに対して、レオンとクレアは、無事に踊り終えたリアナに拍手をしてくれる。



「リアナ、踊れるじゃないか。クレアに聞いたのだと、もっと踏みながら踊ると思っていたよ」



 レオンの褒め言葉は素直に嬉しかったが、クレアは一体なにを伝えたのだろうか。

 山程ある失敗談のどれを伝えたのか、聞くのは得策ではない。



「そうですわ、どうしたのですか?あの頃のリアナが、いないなんて…」



 クレアの残念そうな言い方と最後にこぼした言葉には、少し引っかかる。

 しかし、クレアの言い方に納得する自分もいる。


 ここまでダンスを順調に踊れたのは、人生で初めてである。

 授業ではパートナーはいなくなり、先生としか踊っていなかったが、その先生の足もよく踏んでいた。


 これまでは相性が悪かったのだろう。


 そう考え、無事に踊り終えたこの喜びを分かち合おうとフーベルトの方へ向くと、顔を左手で隠している。


 もしかして、あの一回踏んだ時に、かなり思いっきり踏んでいたのかもしれない。



「フーベルト、痛いですか?!どちらの足ですか?すみません…」

「いえ…」



 リアナの謝罪に対して、短く返すフーベルトに更に不安になる。


 痛すぎて、声にならないのだろうか。


 顔色が悪くなっていくリアナへ、レオンが優しく諭す。



「リアナ、ダンス中に余計なことは考えないように。思っていたより、互いに距離が近いのだから」

「気をつけます…」



 今は足を踏まないように気をつけることが精一杯で、主に足元しか見ていなかった。

 だが、授業ではみんな顔を上げて、優雅にダンスをしていた。

 それができるかはわからないが、これからの自分の成長に期待する。



「それに、至近距離で嬉しそうな笑顔を見せられれば、男性は照れてしまうものだよ」



 レオンの続けた言葉で、リアナの顔の表情が崩れた。


 フーベルトのことを一度見たが、そのことでこうなっているというのだろうか。

 仮にそうだとするのならば、なんだか恥ずかしい。


 そのため、リアナは顔を伏せたまま、フーベルトに謝る。



「すみません、フーベルト…」

「いえ。しかし、あまりかわいい顔をされると、照れてしまいますので。今後は気をつけてください」



 フーベルトの流れるような言葉に、リアナは頬が赤く染まるのを感じる。


 顔を伏せておいてよかった。

 今は、フーベルトの顔をきっと見れない。



「……はい」



 リアナはなんとか表情(かお)を作ると、小さく返事をして、クレアの元へ逃げるように抱きつきに向かった。



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