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51. レオンの授業 『挨拶の仕方』



 二回目の授業のために、リアナはベーレンス家の本邸に来た。


 シュレーゲル侯爵家では胃が痛くなったが、クレアとレオンがいるというだけで、豪華な屋敷でもこんなにも心が穏やかに過ごせる。

 そのことに感謝し、リアナは姿勢を正した。


 今日はクレアが隣室に待機するため、商会からの付き人は、誰にも来てもらってない。

 もちろん、ハルとルカとは一緒に来ている。

 そのため、今日も隣室でスイーツの試食会が行われるそうだ。

 正直、大変羨ましい。


 隣室から楽しそうな声が聞こえ、ここからは見えないスイーツに思いを馳せていると、部屋にレオンが入ってきた。

 向かいの席に着くと、すぐにメイドによって紅茶が用意され、二人きりになる。



「ちゃんと読んできたかい?」

「全て、読み終えております」

「そのようだね」



 レオンはリアナの前に並ぶ渡した本とその横に置かれている分厚い紙を見て、満足そうにうなずく。



「では、本日はこれにしよう」

「わかりました」



 今日の授業で使用する本を一冊選ぶと、リアナはその本について書かれている紙を用意して、他を鞄にしまう。



「そういえば、体調を崩したと聞いたが、大丈夫かい」

「大丈夫です。火魔法の使いすぎで、熱が出たみたいです」

「それは…そうだね。補助装置がないのに、使っていたから」



 心配かけて申し訳ない気持ちになるが、父はいつの間に伝えたのだろうか。

 しかし、現段階であのガラスが作れるのは自分だけなので、予見できたのかもしれない。


 ルイゼもフーベルトも頑張っているが、あのガラスを作るのは、なかなか難しいらしい。

 二人に頑張ってもらい、このままガラスのことは、任せていきたいところである。



「となると、補助装置が必要だね。用意はできそうかい?」

「父の伝手でどうにか。内密にしてくださるようです」

「それはなにより」



 父の伝手について伝えても良いか判断が付かず、ギルバートの名前は伏せる。


 詳しくは知らないが、貴族には派閥もあると聞く。

 仮に派閥違いだった場合、なにか問題になってもリアナには責任が取れない。

 しかも、相手は貴族の中でも高位。

 そのため、あまり名前を出すのも(はばか)られる。



「では、授業を始めよか」

「よろしくお願いします」



 レオンは深く聞くことはなく、そのことに少し安堵する。


 とりあえず、今はできることをしていくのみ。

 授業に集中して、頑張ることにする。


 リアナは姿勢を再度正すと本を開き、その横に何も書いていない綺麗な紙を置く。



「この本を読んでみて、気になったことや疑問に思ったことはあったかい?」



 その質問に対して、該当箇所のページを開き、疑問点を書き出した紙を並べる。

 それを指でなぞりながら、リアナは質問をする。



「このページなのですが、ここではなぜ、このような行動をするのですか?」

「あぁ、それはですね」



 リアナが気になった点も疑問点も、レオンがわかりやすく教えてくれるため、分厚い本の半分まで一気に進むことができた。


 レオンはやはり、先生に向いているのかもしれない。


 何を聞いても丁寧に教えてくれるレオンに感謝し、リアナは手を動かす。

 ある程度、紙にまとめ終えると、リアナは顔を上げた。

 目線の先、レオンは楽しそうな表情(かお)をしている。



「他には、なにかありますか?」



 それに対して、リアナはずっと気になっていたことを聞くことにする。


 きっと、レオンなら笑うことなく、答えてくれるはず。

 そう信じ、少し期待しながら、本を開き直す。



「あの、男性から女性の挨拶として、手の甲へ口付けるとあったのですが…」



 本の中にちょっとだけ書かれている挨拶について、詳しく聞きたいことがある。


 きっと、貴族では一般的なことなのであろうが、庶民には馴染みがない。

 それなのに、本には数行しか書かれてなかった。

 なので、詳しく知るには、レオンに聞くしか方法はない。



「貴族の伝統挨拶のようなものだよ。それがなにか?」

「あの…どうにか避けられませんか…?」



 レオンの言う通り、伝統挨拶かもしれないが、避けられるなら避けたい。


 きっと、自分は表情(かお)を作ることができず、顔が真っ赤になってしまうだろう。

 しかし、そのような反応をすることは、相手を意識しているということになり、勘違いをされる。

 女性は優雅な微笑みを返すとしか書かれてなかったが、自分には無理である。



「え?」



 リアナの質問に、レオンは少しきょとんとした顔になる。


 きっと、レオンには理解ができないのだろう。


 質問したことを少し後悔しながら、リアナは目を伏せる。



「…手に、口付けられたくないです…。表情(かお)を作れる自信が、ありません…」

「……あー」



 呆れてしまったのだろうか。

 聞くべきではなかったと、後悔する。

 しかし、リアナが顔を上げると、レオンは震えていた。

 


「…ふっ。あははは。そういうこと」



 そこまで、笑わなくてもいいではないか。


 レオンはそのまま笑い続け、お腹を押さえながらなんとか笑いを押し殺そうとしている。



「レオン先生!」



 しかし、リアナの抗議の声が聞こえ、また思い出してしまったようで、笑い続けている。

 その後も、しばらくの間、笑い続けたレオンは、目に涙を浮かべた表情(かお)でこちらに向いた。



「…ふー。すまない、リアナ。本にはそう書いてあっても、実際に口付けてはいけないよ。マナー違反だ」



 謝罪の言葉のはずなのに、楽しそうに笑っているレオンに、リアナは少しジト目になる。


 レオンの笑いがおさまり、先程と同じく先生としての態度を復活させて、丁寧に教えてくれる。



「では、どのくらいまで近付かれるのですか?」

「それは本だけではわからないね。では、実際にやってみよう」



 レオンはそう言うと席を立ち、隣室に待機するクレアを呼びにいく。



「クレア、すまないね」

「いえ、良いですわ」



 実際に、見本を見せてくれるらしい。

 そのことに感謝し、リアナは観察させてもらうことにする。


 リアナが見やすい位置に立って向かい合うと、クレアが手を差し出す。



「まず、このように女性が右手をさし伸べられるところから始まる」



 レオンの解説付きで始まった挨拶に、リアナはしっかりと意思を保つ。


 これは授業、そう授業だから。


 平常心を保とうとするリアナを置いて、レオンは次の説明に入る。



「そして、男性が身長と二人の間隔を判断し、手の甲を右手で優しく軽く包む。この時、親指は除くよ」



 男性が距離や感覚を判断するとは、書かれてなかった。

 ならば、挨拶といっても近すぎることもなさそうだ。



「少し体をかがめて女性の手の甲を口元付近3~5センチぐらいまで近付ける」



 レオンの顔がクレアの手に近付き、なんだか見ているのが恥ずかしくて、リアナは目を逸らしそうになる。

 しかし、自分が願ったことなのでなんとか耐える。



「そして、優雅にさりげなく女性の手をはなす」



 クレアはレオンの手が離れると、優雅な微笑みを浮かべる。


 これが本に書かれていた、挨拶の一連の動作なのだと理解し、少し気が楽になった。



「今のは、リアナにわかりやすいように、ゆっくりと丁寧にしたのだけど。本来は一連の動作を2、3秒ぐらいで行うよ」



 少し希望が見えてきた。

 ほんの数秒、耐えれば良い話である。

 もしされるとしても、その場合は心を無にすると決める。



「実際には、口付けされることはないのですね」

「一般的にはね。自身の婚約者や妻にはするよ」



 確かに、妻や婚約者なら問題はなさそうだ。

 今後機会があっても、実際に口付けられるわけではないことに、心が軽くなる。


 心底安心したリアナを見て、クレアは笑っている。



「リアナ、もしかして本当に口付けると思っていたの?」

「本だと口付けるとしか、書いてなかったの。実際にすると思うじゃない。だから、避けたいなって」

「ふふ、そうね。リアナには早かったかしら」

「あの数行で、わかるものなの?」

「まぁ、初歩の初歩ですからね。子供のうちから、教わりますし、周りの大人の行動も観察しますから」



 初歩の初歩。

 自分はその初歩の初歩に動揺してしまうのだが、他にもある挨拶に少し気が遠くなる。



「ちなみに、男性の場合だと相手と国が違う場合、相手国の言葉で挨拶を添えれば、この動作はしなくてもいいよ」



 今後、そのような機会があるならば、みんな国が違えば嬉しい。

 言葉だけで済むのなら、それが精神衛生上、一番良い。

 しかし、それはあり得ないので耐えるしかなさそうだ。



「リアナ、安心して。この挨拶は、女性から右手を差し伸べられた場合のみにしかしないから」

「本当?よかった…」



 自分からは手をさし伸べない、絶対に。


 そうリアナは心に強く決意し、授業を再開させた。



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