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50. 補助装置と装飾品



 緊張した面持ちで二人のやりとりを見ていたリアナに、ギルバートは先程とは打って変わり、笑顔を見せて尋ねる。



「さて、リアナ。なにか希望はあるかな」

「希望ですか…?」



 この話の続きから考えると、貴族の養子になることだろうか。

 しかし、それは父が断ったはず。

 そうでないとしたら、自分がどうするかを伝えねばならないのかもしれない。


 リアナが困惑していることがわかったのか、ギルバートは安心させるように優しく微笑む。



「養子の話ではないよ。補助装置の装飾品の話だ」



 どうやら自分が気付かぬ内に養子の話ではなく、補助装置の話に変わっていたらしい。


 リアナが使用している補助装置は、ピアスとネックレス。

 ピアスは水属性、ネックレスは召喚する際の魔術式と風属性が組み込まれている。


 言葉で説明するよりは、今着けてきているものを見せた方が早いだろう。

 身につけている補助装置の装飾品を外して、ギルバートから見やすいように机の上に並べる。



「今はピアスとネックレスをつけています。ピアスが」

「ピアスが水、ネックレスが風だね」



 説明しようとしていたことを先に言われ、リアナは少し驚く。

 一目見ただけではわかりにくいはずなのに、どうしてわかったのだろう。



「ちょっと、こういうのには詳しくてね。大丈夫、普通の人にはわからないよ」

「…そうですか」



 リアナの疑問が顔に書かれていたのか、ギルバートは丁寧に説明してくれる。


 詳しいとは、どういうことなのだろうか。

 しかし、ギルバートのその言い方になにか含みを感じ、リアナは美しい笑みを作る。


 こういったことは、深く聞くべきではない。


 そう考えたリアナは、ギルバートと補助装置の装飾品についての会話を再開させる。



「普段はピアスとネックレスを着けています。腕輪も指輪も、所有していません」

「では、腕輪か指輪か。もしくは、他の人の目に入らないように、このピアスに細工をするかだね」



 普段身につける装飾品として、腕輪も指輪も持っていない。

 自分の装飾品が増えたところで、気にする人は誰もいないだろう。

 しかし、万が一を考えると、ピアスに細工するのがいいかもしれない。



「腕輪はだめだ。絶対に」



 補助装置の話だというのに、ダリアスは声を大にして、腕輪を拒否する。

 その父に、リアナは思わず苦笑してしまう。


 この国では、補助装置の腕輪とは別に、婚約の腕輪というものがある。

 婚約の腕輪は、男性から女性に、あるいは双方で贈りあうもので、相手の目や髪の色に合わせて作られる。


 きっと、父にとっては、腕輪というものにその印象が強いのかもしれないが、今回は補助装置の話である。


 ダリアスの言葉を聞いたギルバートは困ったような目を向け、ため息をつく。



「ダリアス。それでは、リアナがもし好いた相手からもらっても、喜んで身につけられないではないか」

「リアナには、そんな人間はいない。そうだな」



 父に両肩を掴まれて問われ、リアナは考えてみる。

 しかし、そのような相手は自分にはいないし、まだ恋をしたこともない。


 ふと、リアナの頭に、赤髪の青年の笑顔が思い浮かんだ。


 フーベルトとは一度花祭りに出かけたことがあり、公私共に仲良くさせてもらっている。

 好きかと言われればそうかもしれないが、クレアに対する気持ちと同じような気がする。


 きっと、この気持ちは恋ではない。


 いつかは、父にとっての母みたいな、大切な相手もできるだろうが、それも今ではないのだろう。



「えぇ、誰もいないわ」



 リアナの言葉を聞き、ダリアスは安堵の微笑をもらし、ギルバートは少し瞠目(どうもく)する。


 これでギルバートに恋人も好意を寄せる相手もいないことがバレたが、特に困ることはない。

 自分には、ハルもルカもいる。

 仕事も楽しいし、寂しい気持ちはない。


 だが、ギルバートはどこか楽しそうな表情(かお)をしている。



「リアナ。もしそのような存在が出来たなら、私に言いなさい。どうにかしてあげよう」

「あの…その時は、ぜひお願いします」

「任されよう」



 リアナはギルバートにそのような表情(かお)を向けられても、相手がいないため、少し返答に困る。


 だが、もし自分にそのような存在ができたなら、父を説得するためには、ギルバートに相談させてもらったほうがいいかもしれない。



「それは必要ない。そして、忘れたのか。お前がリアナに会うのは、これで最後だ」



 ダリアスはギルバートを睨みつけ、行きの馬車の中で話していた内容をもう一度伝える。

 それに対して、ギルバートは困った表情(かお)をして、ダリアスに尋ねる。



「では、補助装置は出来上がっても、取りに来ないのかい」

「俺がくればいい話だ」

「それでは、実際に使って不具合がないか、確かめられないだろう。私はそのような不安が残るような物を、渡すつもりはないぞ」



 ギルバートの言う通り、もし仮に使用して不具合が生じても、いきなり時間を取るように頼めないだろう。

 緊張のため少し胃が痛いが、自分自身が、またここに来る必要がありそうだ。



「リアナ、私は次も会えるのを楽しみにしているよ。それと、養子の話はちょっとだけ本気だ」



 こちらを見るギルバートは嬉しそうに微笑んだ後、無邪気な表情(かお)でリアナに願う。

 しかし、リアナが答えることはもう決まっている。



「そういっていただけて、嬉しい限りです。しかし、私の父はダリアス・フォルスター、ただ一人ですので」

「そうか。残念だが受け入れよう」



 少しも残念な表情(かお)をしていないように感じるのだが、気のせいだろうか。


 ギルバートに笑いかけられ、リアナも一緒に微笑む。

 父は隣で、満足げな笑顔を浮かべている。


 ギルバートは盗聴防止器を切り、そこから少し歓談する。

 少しすると扉を叩く音が聞こえ、ギルバートが入室を許可すると、馬車が用意できたと伝えられた。



「送りの馬車を用意させた。次の馬車は、そこまで目立たないようにしている」

「ありがとうございます」



 ギルバートの配慮に感謝し、馬車の待つ外へ移動する。

 その道中、再び盗聴防止器を作動させたギルバートは、ダリアスと会話をしている。



「しかし、惜しいな」

「リアナは断ったから、もう無理だぞ」



 二人の会話に耳を傾けながら、リアナは笑ってしまう。

 父は苦手だと言っていたが、なんだかんだ仲良く話している姿は微笑ましい。



「いや、待てよ。息子の嫁にもらうのもいいかもな。ちょうど、歳も近いことだし」

「ギル!いい加減にしろ!」



 ギルバートの冗談であろう言葉に、父が少し大袈裟に反応する。


 そのやり取りをする二人の姿がなんだか可笑しくて、リアナは笑ってしまう。



「本当に、ギルバート様と父は、仲が良いのですね」



 リアナの楽しそうな笑顔に、ダリアスは困った表情(かお)をしていたが、ギルバートと目を合わせ、少し笑い合う。

 笑いがおさまったギルバートは、昔を思い出すように話し始める。



「そうだね、私にこのような態度を取る後輩は、ダリアスしかいないよ」

「それは、お前が昔に」



 ダリアスの言葉を遮り、ギルバートは口の前に人差し指を当てる。



「迎えが来たようだ。ダリアス、あまり、リアナを困らせるんじゃないぞ」

「それはお前だ!」



 屋敷の玄関に、ギルバートの妻の姿が見える。

 それに気付いたダリアスは声を抑えて、反論している。


 ギルバートは盗聴防止器を切ると、妻に微笑みかけ、その隣に並んで歩く。



「では、またな、ダリアス」

「またお会いできることを、楽しみにしております、ギルバート様」



 馬車の前、別れの挨拶をするダリアスは、やはり少し寂しそうに見える。

 そんなに仲がいいなら強がらなくともいいのでは、とリアナは心の中で思う。



「リアナも、また」

「本日は有意義な時間を過ごすことができました。ありがとうございます、ギルバート様」



 リアナはギルバートとその横に並ぶカロリーヌの前でカーテシーを行う。

 そして、本日の感謝を伝える。


 ダリアスとリアナが馬車に乗り、帰路に着くために動き出した馬車を見送るギルバートは妻と話す。



「人前での振る舞いも仕草も貴族令嬢と遜色なく、明日からでも貴族の娘としてやっていけそうですね」

「そうだな。やはり、一度、息子と顔を合わすのもいいかもしれぬ」



 カロリーヌの言葉にギルバートは同意する。

 そして、ギルバートの提案にカロリーヌはうなずいて返事をする。


 その会話は、静かに二人だけの間で交わされる。


 屋敷の入口、フォルスター親子を見送ったシュレーゲル侯爵家の夫婦は、顔を見合わせて楽しそうに笑い合う。

 そして、ギルバートは王城で働く、自分の息子へ手紙を書くことに決めた。



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