48. 学院の先輩
次の日、お詫びのクッキーの袋を持って、商会まで行く。
「心配かけて、すみません」
「いや、元気ならいいよ。クッキー、ありがとう」
心配してくれた人にクッキーの入った袋を配り、リアナは心配かけた謝罪と感謝を伝える。
自分を気遣う言葉に胸が温かくなりながら、一人一人に感謝する。
フーベルトの姿を見て、リアナは少し声が小さくなった。
「フーベルト、あの…」
「なんですか?」
昨日の件について、自分の口でも感謝を伝えようと思ったが、やはり恥ずかしさが勝り、言葉にならない。
そのため、隠し持っていた手紙を、他の人にバレないように渡す。
「…これ、読んでください」
「ありがとうございます」
リアナが隠すように渡したため、フーベルトも笑顔で礼を言うと、同じく隠すように受け取ってくれた。
他にはバレていないようで、ほっと一安心する。
「リアナ。今日は迎えがあるので、それまで待機だ」
「わかりました」
リアナは、着ているワンピースの皺を伸ばしながら、小さくため息をつく。
今日は、ダリアスもリアナも、貴族と会うとき用の正装で着ている。
どこにいくかはまだ聞かされていないが、所有している中で、一番上等なものを着るように言われた。
そのため、かなり高位の貴族ということは確かだ。
今日の装いは、サルビアブルーのワンピースに、同色の上着を合わせて着ている。靴はさらに一段濃い色だ。
髪は後ろでひとつにまとめ、化粧もいつもよりしっかりと施している。
もちろん、今着ている服装もクレアが仕立ててくれたので、間違いはないし、相手の印象も良い。
さすが、クレア様である
「リアナ。僕、ここで待ってるから」
「ありがとう、ルカ。ハルと待っていてね」
「しょうがないから、ルカと待っておくよ」
「ありがとう。ほら、これはふたりによ」
「クッキー!ありがとう!」
「さすが、リアナだね!」
いい子に待っていてくれるというルカとハルに、クッキーが入った袋を渡す。
昨日仕分けする時に、一袋分取っておいた。
今回は、ハルとルカにもお世話になったので、そのお礼である。
「リアナ。迎えが来るが、相手の顔は見なくてもいいし、愛想よくしなくていい」
「どうして?」
いつもと逆のことを言われ、リアナは困惑する。
貴族でも庶民でも関係なく、印象よく、愛想よくと言われてきた。
それなのに、今回は逆をするように言われる意味がわからない。
そのリアナに対して、ダリアスは困ったように頭を掻く。
「…すまない。あいつが苦手なんだ」
「あいつ…?」
父があいつと呼ぶということは、父の知り合いなのだろうか?
しかし、父が苦手というだけで印象を悪くするのは良くない。
いつも通り、クレアに教わった通りにしようと思う。
馬の嘶く声が聴こえ、商会の窓の向こうに一台の馬車が停まる。
今まで見たことのない豪華さとその大きさに、リアナは少し後ろに下がる。
待ってほしい。今からあれに、乗るというというのか。
「迎えの馬車が来たようだな。リック、任せた」
「お任せください」
ダリアスはそういうと、扉を開けて出ていく。
想像していたものよりも豪華な馬車に、リアナは思わずハルを見るが、首を横にふって見放される。
「ほら、リアナちゃん。待たせるのは良くないよ」
「リックさん、で」
リアナはリックに背中を押されて外に出され、話している途中なのに、扉を無慈悲にも閉められる。
リアナは少し呆然としたが、仕方がないと考え、馬車の入口で待つ父の元へ向かう。
その父に馬車へエスコートされ、腰掛けるが、あまりのふかふかさに少しバランスを崩しかけた。
「失礼、美しい御令嬢。大丈夫かな」
あまりの豪華さに緊張してしまい、周りを気にする余裕がなかったリアナは、突然の声に驚く。
同じ室内に、父より年上であろう高貴さを醸し出す男性が乗っていたようだ。
金髪に白髪が混じっているが、それもおしゃれである。
崩れかけた姿勢を、その男性に肩を優しく支えられたことで、なんとか姿勢を正す。
「ありがとうございます。助かりました」
リアナはお礼を伝えると、そこに父が嫌な表情を隠すことなく乗ってくる。
そして、リアナの肩を支えていた手を遠慮なくはたき落とそうとする。
「リアナ、大丈夫か」
「大丈夫です。思っていたよりも、クッションがふかふかで。これなら長距離の移動も、腰が痛くなることはなさそうです」
「気に入っていただけて、なにより」
父がはたき落とすより先に手を退けた男性は、リアナに優しく微笑んでくれる。
父の思わぬ行動には驚いたが、リアナも目の前の男性と同じように微笑みを返す。
しかし、ダリアスはその男性を睨みつけている。
「ギル。リアナに触るな」
「おや、こちらがリアナ嬢と言うのかね」
父の態度を気にすることなく、男性はこちらに微笑んでいる。
その言葉で、リアナは名乗っていないことに気付く。
しかし、馬車が動き始めたため、立つのも難しい。
そのため、出来うる限りの礼儀を尽くして挨拶する。
「挨拶が遅れました。ダリアス・フォルスターの娘、リアナ・フォルスターと申します」
「美しい御令嬢と共に過ごせるとは、私は幸運ですね。私はギルバート・シュレーゲル。ギルバートと呼んでください」
「ギルバート様、お心遣いありがとうございます」
ギルバートの言葉に甘えさせてもらい、リアナは名前を呼ばせてもらう。
しかし、シュレーゲルという名に聞き覚えがあるのだが、思い出せない。
「ギル。なぜ、お前がここにいる。手紙には屋敷で待っていると、書いてあったぞ」
「どちらにせよ、会うのには変わりないではないか。それがちょっと早くなっただけで」
「お前は…」
ギルバートの返答に対して、ダリアスは額に手をあてて、重い息をついた。
父の呼び方と話し方からして、ギルバートと父は親しい間柄なのだろうか?
手紙ということは、今日のこの迎えは予定として決まっていたのだろう。
だが、自分はその説明はされていない。
少し困惑しているリアナに気付き、ギルバートは安心させるように微笑みかけてくれる。
「私も、リアナと呼んでもいいかね」
「はい、お好きに呼んでください」
「ありがとう。しかし、本当にダリアスの娘かね。とても素直でいい子ではないか」
「正真正銘、私の娘だ。そして、リアナと呼ぶな。リアナも許可するな」
特に名前を呼ばれて困ることは無いので、了承する。
しかし、父はギルバートの言葉を全て切り捨てた。
父の意外な一面になんだか可笑しく思えて、少しだけ笑ってしまう。
少し緊張が解けてきたリアナは、今日の目的を聞くためにギルバートに尋ねる。
「お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんなりと。お答えできる範囲でね」
リアナの声に反応して、ギルバートは少しだけ姿勢を正す。
そんなに難しいことを聞くわけではないので、なんだか申し訳ない気がする。
「ギルバート様は、父とはどういった関係ですか?」
リアナの言葉に、ギルバートは先程までの余裕のある笑みが消え、灰色の瞳が見開かれる。
そして、少し横目で父を見ると、困った表情のまま愛想笑いを浮かべた。
「ダリアス、説明してないのかね」
「する必要はない。リアナが会うのは、今日で最後だからな」
「お前は…。本当に変わらないな」
ダリアスの返答に対して、ギルバートの話し方が少しだけ崩れ、どこか懐かしむようにダリアスを見る。
ギルバートはその表情のまま、リアナの方へ向く。
「リアナ。私とダリアスは、学院の頃の先輩後輩だ。高等学院には、建築研究会がなかったかい?」
「あります。私も所属しておりました」
「おや。では、リアナも私の後輩か」
ダリアスとギルバートの関係性を聞き、この二人のやり取りに納得する。
高等学院には授業とは別に、研究会というのがある。
リアナが所属していた建築研究会は、世界の建物について研究と実地での調査をする。
昔は国外の建物も見に行っていたようだが、そのような予算はリアナの代にはなかったため、国内の建築物の調査を行っていた。
父の代では国外の建物も実地で調査をしていたようで、きっとギルバート様も一緒に行っていたのだろう。
少し、羨ましい。
「着いたようだ。ダリアス、ここからは少しの間、話し方に気をつけるように」
動き続けていた馬車が停まり、馬車の窓を覆うカーテンから少し外を覗いたギルバートは、ダリアスに少し忠告する。
「…わかっております、ギルバート様」
その言葉を聞いたダリアスは、背筋をピンと伸ばし、姿勢を正した。




