46. 男同士の約束
引き続き、フーベルト視点です。
フーベルトは扉が閉まったことを確認し、ベッドで眠るリアナを見る。
先程よりも、顔色は少し良くなっているが、その呼吸はまだ苦しそうだ。
リアナの様子を見守りながら、フーベルトは小さくため息をついた。
「師匠、リアナは大丈夫なの?」
「少し熱いですが、大丈夫です。熱がひけば、いつも通りですよ」
「リアナ、熱い?」
「そうですね。でも、ルカさんがそばにいれば、治るかもしれません」
ルカが心配そうにしているので、リアナの状況を説明する。
この熱さえどうにかなれば、かなり違うのだが、まだ当分は続くだろう。
自分の時は一週間ほど続いていたが、リアナの場合は、どれほど続くのだろうか。
少し考えていると、ハルの元へ行ったルカの言葉が耳に入る。
「ハル、あのね。僕、おまじない知ってるの」
「にゃーん?」
ハルが何か返事をしているが、フーベルトには何を言っているかわからない。
しかし、他の聖獣に比べ、ハルは身振り手振りで伝えてくれるので、まだわかりやすい。
「ママに教えてもらったんだけど、家族以外にはしちゃだめって言われるの。でも、リアナは大切な家族だから、いいよね?」
「にゃー」
ルカから、リアナ達と家族になったと、少し前に聞いた。
実際に家族だと思っているのかを聞くことはなかったので、少し微笑ましく思う。
ルカはリアナになにかおまじないをするようなので、必要なものがないか確認する。
「ルカさん、なにかいるものはありますか?」
「じゃあ、師匠はリアナの手を握ってて!」
特に、必要なものはなさそうだ。
ルカに言われた通り、フーベルトはリアナの手を握る。
「じゃあ、するよ!」
ルカは用意ができたのか、リアナのおでこに手を当てて、何か唄を口ずさんでいる。
しかし、自分が知っている言語ではなく、何を唄っているのかがわからない。
そして、見間違いではないのならば、リアナのおでこに当てたルカの手は、淡く光っている。
フーベルトは突然のことに少し頭が混乱してしまい、狼狽える。
しかし、ルカにはリアナの手を握っておくように頼まれた。
そのため、ルカに言われた通り、リアナの手を握っておく。
しばらくすると、ルカのおまじないの唄は終わり、手の光がおさまった。
しかし、先程の淡い光に思い当たる節があり、一応確認することにする。
「ルカさん、今のはなんですか?」
「えっと、ママが教えてくれたおまじない」
フーベルトが握っているリアナの手は、もう熱くない。
ルカは親から教えてもらったおまじないとしかわからないらしく、少し困った表情をしていた。
そのため、一連の様子を見守っていたハルに相談をする。
「ハルさん、これは見なかったことにした方がいいと思いますか。それとも、親方に伝えるべきでしょうか」
「にゃにゃーにゃ」
「……わかりました、そうします」
フーベルトは自分一人では判断がつかず、ハルにこのことをどうしたらいいのかを確かめる。
ハルの動きで、親方には伝えた方が良いということはわかった。
けれど、あまりこれは他の人には知られてはいけないことである。
そのことは直感でわかり、ルカと約束を交わす。
「ルカさん、これは内緒ですよ」
「どうして?」
ルカに正直に伝えても良いが、理解できる可能性が少ない。
そのため、ルカにとてもわかりやすく伝えることにする。
「悪いおばけがルカさんのことを、攫いにくるからです」
「え、やだ!ハル〜」
悪いおばけはいないと思うが、悪い人間はこの世に存在している。
そこまで怖がると思っていなかったのだが、これで約束は守られそうだ。
先程ルカがしたおまじないは、きっと治癒魔法の類だろう。
神官が使える魔法であるが、それも代々受け継がれるもので、貴族や庶民でもかなり珍しいものである。
ルカのためを思えば、親が言っていた通りに、使用しないことが一番いいだろう。
「ハル〜。守ってよ〜」
ルカはおばけが怖いのか、ハルに抱きつき、顔を埋めている。
そのルカをしょうがないといった感じに受け入れているハルは、どこか誇らしげである。
「…ルカ、どうしたの?」
ルカの声で起きたのか、リアナは目を開き、ベッドから体を起こした。
先程よりも顔色もよくなっている。よかった。
「リアナ、あのね、悪いおばけが来るの!」
「え!おばけが!」
ルカのおばけという単語に、とても驚いている。
もしかして、リアナもおばけが怖いのだろうか。
なんだかかわいらしいなと思っていたのも束の間、フーベルトに二方向から衝撃がくる。
「フーベルト、本当ですか!悪いおばけとはなんですか!」
「お、落ち着いてください、リアナ。大丈夫です、おばけが来ても、守ります」
「師匠、僕も!」
「ルカさんももちろん、守りますから」
おばけを怖がってフーベルトに抱きつくリアナに驚きつつ、なんとか安心させようと声をかけた。
しかし、ルカも不安なのか、リアナと同じくフーベルトに抱きつく。
正直嬉しいが、今ではない。
助けを求めようとハルを見たのだが、なぜか少し小さくため息をつかれて、一緒に混ざって、くっついてくる。
「……一体、なにをやっているのかな。フーベルト?」
「リックさん、ちゃんと見てください。私は何もしていません」
休憩室の扉を開けたリックは、目の前に広がる状況に、少し笑顔が固まっている。
フーベルトを中心とし、リアナとルカが抱きついて、その周りをハルが一周巻き付いている。
フーベルトは何もしていないと手を上にあげ、無実を訴えた。
「…たしかに。リアナちゃん、倒れたって聞いたけど大丈夫?」
「あれ、そういえば体が楽ですね。やっぱり寝たからでしょうか?」
リックは抱きついたままのリアナをフーベルトから引き剥がした。
それに対して、リアナも柔らかい笑みで笑っている。
フーベルトはリアナがベッドから出ると、気遣いながら、事務室に一緒に戻る。
「リアナ、もう起きて平気なのか?」
「お父さん、大丈夫よ。頭も冴えているし、朝の怠さもないわ」
事務室で忙しくしていたダリアスは、リアナの姿を見て驚き、動きが止まった。
しかし、リアナの柔らかい笑みを見て、心底安心したように一度息を吐く。
「今度から、体調が悪いときは言いなさい」
「わかったわ、ごめんなさい」
リアナが自分の椅子に無事に座ったことを確認し、フーベルトはダリアスの元へ行き、小声で話す。
「親方、少しお話があるのですが」
「自分から話す気になったのか?」
「いえ、そうではなく」
まだ先程の名前の件を気にしているのか、どこか楽しそうに笑うダリアスに否定して、先程のことを報告する。
「ルカさんがおまじないをした後に、リアナの熱が引きました。手が淡く光っていましたので、治癒魔法の類かと思います」
「そうか。ルカが…」
話を聞いたダリアスは少し考え込んでいたようだが、心配な点を伝える。
「一応、他には隠すように言っていますが、リアナがまた倒れればすると思います」
きっと、ルカはまたリアナが倒れれば、場所がどこであってもおまじないをするだろう。
それはルカにとっても、リアナにとっても良くない。
今後を考え、少し不安になっていると、ダリアスに頭の上に手を乗せられ、大きく左右に揺さぶられる。
「今は、相手からの連絡待ちだ。それも、もうすぐ来るだろう」
「…はい」
久しぶりにダリアスの大きな手に撫でられ、フーベルトは恥ずかしいような嬉しいような気持ちになり、はにかむ。
ダリアスの言う通り、補助装置がもし確保できれば、リアナは倒れることもなく、ルカもおまじないをすることはない。
それが一番いい、解決策である。
「フーベルト、聞いていいか」
「なんでしょうか」
笑っているダリアスに再び問われ、フーベルトは先程聞かれた時より、緊張せずに答える。
目を伏せて、顔を逸らしたダリアスは、小さく声を溢す。
「リアナを不幸にすると、許さないからな」
聞いていいかと言われたのに、なぜか断言される。
それは問いではなく、親としての願いではないのか。
「ふっ」
フーベルトは思わず笑ってしまい、ダリアスは少し気まずそうにする。
ダリアスの言葉に対して、断固たる決意を持って、フーベルトは笑顔で答える。
「初めて会った時から、幸せにすると決めていたので。安心してください」
「…そうか」
フーベルトのその言葉を聞き、ダリアスは一度リアナのことを見ると、満足そうに笑った。




