45. 熱と魔力の関係性
フーベルト視点です。
「リアナ、どうしたのですか!」
作業部屋の扉を開けておこうと思い、扉へ向かったのが悪かったのか。
自分が出ていくと思われたらしい。
座っているように言ったのだが、いつの間にか背後にいたリアナに服の裾を引っ張られて、少し驚いた。
だが、か細い声で自分に願った言葉に、少し喜んでしまったことは、内緒だ。
とりあえず、今はリアナを安心させようと思い、昔のように頭を撫でた。
それに対し、安心したような表情を浮かべたリアナに安堵し、もう一度椅子へ座るように声をかけようと思ったのだが、そのままこちらに倒れてきたので急いで受け止めた。
「リアナ。反応してくれ。お願いだ」
触れたところから感じる、異常な体温。
意識がないのか、声をかけて揺らすが反応はない。
「気を失ったのか。少し、体勢を変える。すまない」
このままの体勢では、息が苦しいかもしれない。
許可は得てないが、今は緊急事態だ。
運びやすいように、抱き上げることにする。
「リアナ!」
リアナを抱き上げたと同時にダリアスが部屋に入ってきて、今の状況を見られる。
一瞬、死を覚悟して、体が固まった。
「……すまない。ありがとう、フーベルト」
「いえ…」
ダリアスはフーベルトに感謝すると、そのままリアナを引き取り、部屋を出ていった。
予想していた言葉ではなかったため、少しその場で固まっていたのだが、急いで追いかける。
休憩室のベッドで寝かされたリアナの横、椅子に浅く腰掛けたダリアスは、苦悶に満ちた表情をしている。
「…やはり、今日は仕事を休ませるべきだった」
「本人が大丈夫だと言ったんだから、しょうがないさ」
ダリアスの顔は、青白く正気を失っている。
その姿は初めて見るもので、フーベルトは少し動揺する。
ルイゼはダリアスを慰めながら、ベッドで眠るリアナのおでこに濡れたタオルを置いている。
「ほら、ルカ坊。手伝ってくれるかい?」
「手伝う。ハルも一緒」
ルイゼの言葉に、ルカとハルは、新しい水とタオルを一緒に取りに行く。
ルカも心配そうにしているが、前回とは違い、泣かずに頑張っているようだ。
休憩室にダリアスと残り、フーベルトはその場で立ち尽くす。
正直、自分がどこにいていいのかが、わからない。
その様子に気付いたのか、ダリアスが隣に椅子を並べてくれ、そこに座るように促される。
「フーベルトもすまない。リアナが無理を言って」
「いえ、こちらこそすみません。意識がなかったとはいえ、勝手に触れてしまい」
「だが、あの時リアナが床に倒れていれば、それはそれで怒っていたぞ」
自分の行動は正しい判断だったようで、少し安心する。
ダリアスは少し笑みを見せると、フーベルトに静かに尋ねる。
「リアナになにがあった?」
「ガラスの製作の見本を見せてくれていたのですが、顔色が悪いので休憩してもらいました。その後、母とガラスを完成させて、みんなで喜んでいたのですが、その時、リアナの体温がおかしいことに気付きました」
フーベルトが説明すると、ダリアスはリアナの手に優しく触れる。
先程触れた時は、体に熱が籠り、体温はまるで沸騰しているかのような熱さになっていた。
そのことに気付かず、よく一日仕事ができたと思う。
もし、外の仕事で倒れていたらと、想像するだけで肝が冷える。
自分の手の届く範囲であって、よかった。
「確かに、これは熱いな。しかし、朝はここまでではなかったはずだが…」
触れて確かめたリアナの体温に顔を顰め、ダリアスは目頭を揉む。
そこにルイゼ達が帰ってきて、水の入った容器を机に置くと、ルカがタオルの水を頑張って絞っている。
ダリアスの会話が聞こえていたのか、ルイゼもそのまま会話に加わる。
「火属性の特性のようなものだね。それに慣れない頃の魔力は、体に影響を及ぼすから」
「あぁ、フーベルトも子供の頃に何度かあったな。その度にルイゼは混乱していたが、そう考えるとしっかりしたな」
「それはどうも。おかげさまで」
母が混乱するなど想像できないが、確かに自分も子供の頃はよく寝込んでいた気がする。
今は寝込むことはないが、熱が篭ることはあるので、魔力を消費したり、水風呂でよく体を冷やしている。
だが、同じ火属性を持つからこそ、わかる。
リアナの熱の原因が。
「リアナは火魔法を使う際、補助装置を着けていません。それが体の負担として、蓄積した可能性があります」
リアナが魔法を使うたびに、少し気になっていた。
本来は補助装置で魔法を使うのだが、リアナは火属性の補助装置をつけることなく、魔法を使っていた。
それほど、火属性の魔力の保有量が多いのだろう。
だが、それならば尚更、体に大きな負担がくる。
「補助装置か。しかし、それは手に入れる術がないな」
「属性は国に報告されますし、リアナのことを隠し切れないでしょう」
補助装置を手にする一般的な方法としては、学院に入学することから始まる。
まず、初等学院に入学し、属性や補助装置についてしっかり学び、魔法に対して理解を深める。
そして、魔法の適正を判定するため、王城に隣接する聖堂に集められ、国所属の魔道師達に見守られつつ、検査を行う。
その検査を元に、個々に合わせた補助装置を支給される。
補助装置には、自分の属性のデザインと国独自の設定魔法が施されており、他の人が使用することはできない仕組みになっている。
そのため、紛失した場合、本人確認のために山のような申請書類があるそうだ。
大人になって神殿で調べることができたとしても、そこで複数の属性を持つということが判れば、国所属の魔法省へ連れて行かれ、そのままその身は預かられる。
そうなった場合は、今のように仕事が出来る環境は手に入ることはないだろう。
それだと、ここまで頑張ってきたリアナが可哀想だ。
「ベーレンス伯爵様には、頼めないのかい?」
「レオン様でも難しいだろう。王城によく出向くからといっても、貴族の中でも爵位が高いわけではない」
王族の次に、大公、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と順位がある。
他に、準男爵、士爵もあるが、こちらは貴族と平民の間に位置している。
ベーレンス伯爵家は、貴族での地位は真ん中あたり。
リアナの情報が漏れないように、口利きをしてもらうのは難しいだろう。
「…一人、心当たりがあるが」
ダリアスがすごく嫌そうな表情をして、絞り出した声にフーベルトは期待を込めて見る。
「…借りを作ると、高くつくからな。あまり頼みたくはない」
「しかし、リアナのためなら、お願いできますよね」
ダリアスがリアナを溺愛しているのは、周知の事実だ。
たった一人の大切な娘の危機のためならば、なんでもできるはず。
気は進まないだろうが、今回は無理をしてもらうしかない。
そう考え、フーベルトは言い切った。
フーベルトの言葉に少し驚いたようだが、しっかりとうなずき、ダリアスはいつもの頼れる親方の顔になる。
「そうだな、フーベルト。俺はもう、家族を失うわけにはいかない」
心強いダリアスの表情を見て、フーベルトは安心する。
「大切なリアナのために頑張る姿に、リリーは更に惚れてくれるかもね」
「だといいのだが」
ルカが絞りきれないタオルを代わりに絞っていたルイゼは、タオルをルカに渡し、リアナのおでこに乗せているものと交換している。
ダリアスの亡き妻の話で少し照れた様子の姿に、フーベルトは微笑ましくなり、一緒に笑う。
「フーベルト、ひとつ聞きたいのだが」
「なんでしょうか?」
まだ何か、リアナのことで聞きたいことがあるのか。
フーベルトは、ダリアスの方へ視線を移す。
「少し、気になっていた。いつからリアナと呼ぶようになったのだ」
その言葉に、フーベルトは目を泳がす。
ダリアスの聞きたい内容は、リアナのことではあるが、その原因は自分である。
休憩時間も友達として接するようになり、すっかり呼び方が定着してしまい、ダリアスとリックの前では気をつけていたが、今回は異常事態である。
そのため、気にすることなくリアナと呼んでしまっていたが、なんとも説明しづらい。
「…それより、今は心当たりの方に連絡を取ってください」
話しづらいなら、ダリアスにはやることをさせた方がいい。
心当たりの方に連絡を取ってもらい、一刻も早く補助装置を作ってもらうことにする。
「あぁ。今度三人で酒でも呑みながら、しっかりと聞かせてもらうことにするよ」
そういうと、ダリアスは部屋を出て行く。
三人ということは、絶対にリックさんがいるということではないか。
その二人と呑みながら、白状させられるのは、正直しんどい。
絶対に、酔い潰されてしまう。
ルイゼは席を立つと、扉の前で振り返る。
「じゃあ、私は他の仕事の方へ行ってくるよ。建具の方も確認しておくから、そばにいてやってくれ」
「ありがとうございます。任せます」
少し顔色が悪くなったフーベルトに笑い、ルイゼは仕事に出る。
建具の方も回ってくれるのは助かるのだが、ダリアスからは助けてくれる様子はない。
少し薄情な母の後ろ姿に、フーベルトは苦笑いした。




