44. リアナのお願い
午後になると、リックの話と疑問点を紙にまとめるため、手を動かす。
書いた紙をまとめて、書類入れにしまうと、リアナはハルとルカと一緒に、商会内にある作業部屋へ向かった。
「お待たせしました」
「いや、待ってないよ。忙しいのに、すまないね」
「いえ、大丈夫です。早速、始めましょう」
ルイゼとフーベルトは先に居たようで、机の上にガラスを並べている。
リアナも、その作業を手伝う。
「では、始めます」
「お願いします」
二人に声をかけ、リアナはハルと共に、ガラスの製作の手本を見せる。
その後も、質問や疑問に答えながら、本日何度目かの見本を作り終える。
「…完成です」
リアナはガラスを作り終えて、小さく息を吐く。
一枚作るたびに、疲れが増していくのはなぜなのか。
もしかすると、疲れと魔力には関係があるのかもしれない。
今日は、少し控えめにした方がいいのだろう。
リアナは首を流れる汗をハンカチで拭くと、少し目を伏せる。
「リアナさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
リアナが疲れと魔力の関係性について考えていると、心配そうなフーベルトの声が聞こえた。
ルイゼの召喚獣、ラファルはずっと静かに見守っていたが、今はリアナの頬に頭を擦り付け、いつもより甘えてきている気がする。
前に、一度魔力をなくしたことを、気にされているのかもしれない。
今のところ、残りの魔力の量に問題はないように感じる。
そのため、リアナは再び、作業を再開させる。
「では、もう一度しますね」
ハルと共にガラスを作り始めて、やはり回数を重ねたからなのだろうか。
ガラスの出来上がりが、以前より綺麗になってきている気がする。
「以前のガラスも十分綺麗だったけど、更に綺麗にできるようになっているね」
「さすがです、リアナさん、ハルさん」
「ありがとうございます」
「まぁね。僕とリアナだと、楽勝だよ」
やはり、思い違いではないようだ。
完成品を褒められて、ハルと顔を合わせて笑い合う。
すると、自分の服を、少し引っ張られる感覚がした。
そちらに目線を送ると、ルカは心配そうな表情をしている。
「ねぇ、リアナ。大丈夫?」
「大丈夫よ。どうしたの?今日はよく聞かれるわ」
今日はどうしてなのか、共に作業していた人に心配される。
考えられるとすれば、昨日のことで疲れていることか。
そのせいで、周囲の人から見てわかるほど、ひどい顔でもしているのだろうか?
「顔色が、あまり良くないからだ」
「顔色?」
理由を教えてくれたフーベルトの表情は、今日の朝に見た父の表情と似ている気がした。
フーベルトの言葉にハルとルカ、そしてラファルも並んで深くうなずいている。
その姿は、微笑ましい。
やはり、自分の顔色が悪いらしい。
みんなに心配させてしまっていたようで、申し訳ない。
リアナは顔を手で半分覆い、小さくため息をつく。
とりあえず、作業は一度中断し、休憩させてもらう。
「リアナ、昨日は何かあったのかい?」
「昨日は一日中、クレアの着せ替え人形になっていました。それで、気付いたら夜遅くて」
「それは、しょうがないね。少し休んでな」
その理由に優しい笑みを浮かべると、ルイゼは冷たい飲み物を用意してくれる。
ラファルは、リアナに魔法でそよ風を吹かせてくれており、少し涼しい。
用意してくれた飲み物で喉を潤し、少し体が楽になった気がする。
リアナは、一度体を伸ばすと、フーベルトに話しかける。
「あの、フーベルト。お願いがあるんですけど」
「なんでしょうか?」
「休憩時間、絵を描いているって聞いたのですけど。出来上がったら、見せてくれますか?」
リアナは少し期待を込めてお願いしたのだが、フーベルトはしばらくの間、そのまま固まっていた。
しかし、少しすると再起動したのか、美しい笑顔を作る。
「…それはどちらから?」
「師匠、ごめんなさい。でも、内容は言ってないよ!」
「それならいいですよ」
「それよりも師匠!これを見て!」
謝ったルカは、フーベルトの横に座る。
そして、ルカは意気揚々と、花祭りに出かけた時に見たものを描いた絵を見せている。
しかし、リアナはフーベルトの描いているという絵の内容が、気になって仕方がない。
それを見せてもらえるのか、内心ドキドキする。
そわそわしているリアナに気付いたのか、フーベルトは少し照れたように笑う。
「約束しましょう」
「嬉しいです。楽しみにしておきますね」
リアナは約束してもらえたことが嬉しくて、笑みが溢れる。
その後は、ルカの絵についての話と、ハルにフーベルトと食べたお菓子の話を聞きながら、ゆっくりと休憩できた。
「休憩できました。ありがとうございます」
「いや、こちらこそ教えてくれてありがとね。リアナ、あと何枚作れそうかい?」
「あと一枚だけなら、作れます」
自分の中にある魔力の量を気にしながら、前回倒れた時の使用量に近付いてきたリアナは、早めに辞めることにする。
今日は疲れもあるので、無理は禁物である。
「では、始めます。ハル」
「は〜い」
ハルと作るガラスもかなり枚数を重ねたが、まだ失敗はしていない。
このガラスを商会として売り出せたなら、間違いなく将来的に、また一段と大きな商会になるだろう。
リアナの製作過程を見終えた二人は、短く会話をすると、リアナの方へ向く。
「ありがとう、リアナ。休んで見ていて」
「ありがとうございます」
ルイゼの声で再び椅子に座り、二人の作業を見守る。
そこから枚数を重ねるごとに、確実に成功に近付き、リアナは手に汗を握る。
そんなリアナに、ハルは心配そうな表情をしている。
「リアナ。本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だと思うのだけど。そんなにひどい顔しているの?」
「まぁ、みんなが心配するぐらいには」
もう今日は、帰って休みたい。
そんな気持ちが芽生え始めているので、そろそろ限界なのだろう。
作業を見守っていると、自分達が成功した時と同じように、ガラスが一度眩しく光った。
出来上がったガラスを確認していたルイゼは、こちらに笑顔を向ける。
リアナはそれに反応し、思わずルイゼに抱きつく。
「やりました、ルイゼさん。すごいです!」
「ありがとね。でも、ここまで大変なことをよく成功させたね」
「ハルがいてくれましたから」
「僕は?」
「もちろん、ルカの応援がなければ出来なかったわ」
ルカは嬉しそうに笑い、照れたのかハルに抱きつく。
隣に近付いてきていたラファルのことも抱きしめて喜びを分かち合うと、ルイゼに何か言い、光に包まれて姿を消す。
「疲れたから、休むってさ」
「ずっと作業していましたからね」
気分が上がっているリアナは、フーベルトに右手を両手で包むと、喜びを分かち合う。
「フーベルト、やりましたね」
「リアナが何回も見せてくれたからです。ありがとうございます」
「いえ、お役に立てて良かったです」
思わず、フーベルトの手に触れてしまったのだが、それに気付き、リアナは急いで離す。
フーベルトはリアナに触れられていた手を見つめ、眉間に皺を寄せ、何やら考えている様子だ。
勝手に触れたことが、良くなかったのかもしれない。
しかし、自分に向けられた濃い青の目には、心配そうな色を含んでいる。
「リアナ、少し触れます。いいですか?」
「え、はい」
突然のことに理解ができず、とりあえず了承してしまう。
そのリアナの手を、フーベルトはもう一度、しっかりと握った。
先程は嬉しさのあまり、フーベルトの手に触れてしまったが、今まで、異性にこんなにしっかりと握られたことはない。
リアナはその恥ずかしさで、顔に熱を感じる。
「リアナ、大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
「体調に異変は感じますか?」
「いえ、特には…」
質問の意味がわからず、少し困惑する。
そのままフーベルトに手を握られたまま、リアナは先程まで座っていた椅子に座らされた。
そして、今度は自分のおでこに、フーベルトの手を当てられる。
「フーベルト?」
「少し、このまま待っていてくださいね」
フーベルトは一度小さくため息をつくと、おでこから手を離し、ルイゼ達の方へ向く。
「母さん、冷たい水と濡らしたタオル。それから、親方かリックさんを呼んでください」
「フーベルト、なにかあったのかい?」
息子の突然の行動に驚いて固まっていたルイゼは、フーベルトに心配そうに尋ねる。
「体に熱が籠って、異常な体温になっている。早めに、冷ましたほうがいい」
「あぁ、昔のあんただね」
ルイゼは思い当たる節があるのか、急いで部屋を出る。
「待って!僕がおとーさんのとこに行くよ」
「ルカ坊、任せたよ」
その後ろ、ルカはハルと共に事務室へ伝えに行ってくれた。
異常な体温?
リアナは自分の体に触れるが、どこも熱く感じるところはない。
しかし、先程触れたフーベルトの体温が低かった気がする。
フーベルトの勘違いではないのだろうか。
「熱があるのではなく、フーベルトの手が冷たいのでは?」
「俺の手は普通です。リアナはこのまま大人しく、座って待っていてください。すぐに片付けますので」
リアナの疑問はすぐに断ち切られ、座っているように声をかけられる。
先程まで行っていたガラスの施工の片付けを、フーベルトが急いで行なっており、それをリアナは眺める。
ふと、いつも隣いるハルがそばにいないことで、なぜか寂しく感じる。
なんだか弱気になっている自分に苦笑し、またフーベルトの作業を眺める。
作業部屋の片付けが終わり、一度部屋を出ようとしているのか、フーベルトは扉の方へ向かった。
その姿に、リアナは無意識に椅子から立ち上がると、フーベルトの服の裾を掴む。
「……フーベルト」
「どうかしましたか?」
突然の行動に怒ることなく、フーベルトは振り返り、リアナを安心させるように笑顔で向き合う。
その笑顔に、リアナはひどく安心し、心の声が溢れる。
「……行かないで」
「ここにいる。だから、安心してくれ」
フーベルトはそういうと部屋を出るのをやめたのか、リアナの頭を優しく撫でてくれる。
寂しくて引き留めるなど、まるで子供のようだ。
本当に、自分は熱が出ているのかもしれない。
そう思いながら、リアナはフーベルトに優しく頭を撫でられながら、なんだか少しずつ眠くなってくる。
「フーベルト…」
「どうした、リアナ」
「…ねむたい…」
「え、リアナ。どうし」
フーベルトが何か言っているが、もう聞き取れない。
リアナはフーベルトの方へ体を預けると、そのまま眠りについた。




