42. 楽しい趣味の時間
今日は仕事が休みで、レオンの授業もまだ少し先である。
貸してもらった分厚い本を読むチャンスなのだが、それは出来そうにない。
今、リアナは王都にあるベーレンス伯爵家の本邸、特に賑やかな一室にいる。
「まぁ、リアナ。これも素敵だと思うわ」
「クレア様。それもよくお似合いですが、こういった色合いも良いかと。しかし、こちらも捨て難いです」
「まぁ、ソフィア。よくわかっているわ」
「ありがとうございます。前回、リアナ様に化粧を施させていただいたときに、肌に似合う色を知るために、色々と試させていただきまして」
リアナは今、クレアとそのお付きのメイドに着飾られている。
工事の完成日の朝、家まで来て化粧を施してくれたメイドである彼女は、名前をソフィアと言うらしい。
クレアのメイドであるため、自分に名前を伝えることはなかったのだが、これからは名前を呼べそうである。
そのソフィアは、リアナが今着ているのと色違いの服を当てて、どれが一番似合うかどうか、クレアと議論している。
「やはり、瞳の色の紫系統はなんでも似合うはずです。しかし、髪色が黒いので、暗い色の服は、重くなりますかね?」
「いえ。ここは、あえての黒よ。化粧の系統を変えて、大人っぽさを目指しましょう」
「さすがです、クレア様。仕立て屋に話を通してきます!」
「お願いするわ」
初めて化粧を施してもらった時、ソフィアの楽しそうな目は見間違いではなく、思った通りの人物であった。
ソフィアもクレアと同じく、人を着飾るのが趣味なのか、リアナはずっとされるがままである。
「リアナ、大丈夫?」
「…大丈夫よ。ルカも大丈夫?」
「ん〜。疲れてきたかも」
少し解放されてソファーに座っていたリアナの横に、ルカも座る。
心配してくれているようだが、そのルカも、いつもの元気の良さはなく、疲れてきているようだ。
その横に、ハルの姿がない。
「ハルは?」
「今、隣で試着してるはずだよ」
「…そう」
ハルは、他の人に捕まっているのだろう。
しょうがないが、耐えてもらうほかない。
今回の名目は、クレアに心配をかけて神官を呼んでもらった、そのお礼である。
そのために、貴族の間で人気の仕立て屋を屋敷に呼び、リアナ達は着せ替え人形となっている。
「リアナ。僕、もういらないよ。そう、クレアに伝えてよ〜」
「…ごめんね、ハル」
ハルは一時的に解放されたのか、小さくなってリアナの後ろに隠れる。
申し訳ないが、その言葉は過去に何度も伝えている。
その結果が今なので、諦めてほしい。
「ルカは肌が白くて、髪も白いからなんでも似合いそうね」
「そうですね、王道にかわいらしい感じにするのもいいですが、暗い色でシックにすることで、印象が変わると思います」
「そうね、次はそっち路線でいきましょう」
リアナの次の服が用意できるまでの間に、今度の標的がルカに代わった。
確かに、ルカは何を着ても似合いそうなので、シックな感じも見てみたい。
「リアナ、僕、もうたくさん服あるよ?」
「ルカ。これはクレアの趣味なの。許してあげて」
ルカを保護してから少し経った頃、ベーレンス家の所有する馬車で大量の子供服が届けられた。そのことを言っているのだろう。
ルカは困った表情をしているが、こればかりはどうしようもない。
「趣味って?」
「そうね。ハルでいうと、いろんなお菓子を食べることかしら」
「じゃあ、休憩時間によく、師匠が絵を描いてるのは?」
気になることを言われて、リアナはとても興味を惹かれる。
商会にフーベルトがいると、必ず隣で絵を描いているルカは、昼食を食べ終えると、休憩時間にもずっと一緒にいる。
フーベルトに色々と教えてもらっているのだが、今では彫刻刀を使って木を彫るようになり、細かい作業も楽しんでやっている。
ルカをフーベルトに任せている間、ダリアスかリックに仕事でまとめたことについての疑問を聞いたり、レオンから渡された本を読んでいるので本当に助かっている。
そのため、リアナはフーベルトが絵を描いていることは知らなかった。
「…何を描いているの?」
「それは」
「ルカ、内緒って言われてたでしょ!」
一体なにを描いているか、気になって仕方がないのに、ハルが遮ったため、教えてもらえない。
内緒にされると、更に気になる。
「残念だわ。私も見たいのに…」
「いつか見せてくれるよ」
きっと、優しいフーベルトのことだ。
お願いすれば、見せてくれるかもしれない。
今度会った時に、完成したら見せてくれるように、お願いしてみよう。
次にフーベルトに会うのが、少し楽しみである。
「楽しそうな話をしているところ悪いけれど、今日はまだ、ドレスの試着もありますからね」
こそこそと声を潜めて話していたリアナ達の元へ、クレアがやって来て、楽しい会話が終わりを告げる。
そのクレアに手をつながれ、リアナは美しい笑みを作る。
「…はい、クレア様。楽しみにしております」
「嬉しいわ。ハルとルカはそろそろ限界なようね。採寸は終わっているから、休んでもらいましょう」
クレアの声で隣の部屋への扉が開き、ハルとルカと共に部屋を移動する。
机に所狭しとお菓子やスイーツが並ぶ中、一際存在感があるものがある。
「あそこにあるのは…」
「見たことないぐらい大きなケーキだ!」
机の中心に、見たことないぐらい大きなホールケーキが置いてある。
お店では、一切れずつに売られていることが多いため、ホールケーキを見ることはそうそうない。
そのため、ハルとルカ同様にリアナも目を輝かせる。
「いつもありがとう、クレア。でも、ふたりともスイーツを食べ切るから、用意するのも大変でしょ?」
リアナはケーキの元へ行きたい衝動をなんとか耐え、クレアに礼を伝える。
しかし、リアナが来るたびに、全てのスイーツやお菓子を食べきるハルとルカのために用意するのは、かなり大変なことである。
スイーツも作るのに手間やお金がかかるため、負担になっていないだろうか。
「そんなことないわ。調理場にお菓子作りの職人がいるのだけど、私もレオンもお菓子って沢山は食べないから、作れて楽しいみたいよ」
「それは良かったわ」
確かに、子供の頃は食べる機会は良くあるが、リアナも大人になってからは、少し体型が気になって控えてしまう時もある。
「あと、試作品の試食も兼ねているから、今日は感想を聞きに来るはずよ」
試作品の試食。
ぜひ、ハルとルカと共に一緒に食べたい。
きっと美味しいであろうあのスイーツたちが、近くにあるのに少し遠い。
「失礼致します。ハル様とルカ様で間違いありませんか?」
「うん、僕がルカ!こっちがハル!」
扉をノックした後に部屋に入ってきたのは、背が高くガタイの良い男性である。
コック帽とエプロンをつけているため、きっと彼がお菓子作りの職人だと思うのだが、見た目からは想像がつかない。
しかし、ルカが怖がらないようにだろうか、肩にリスのぬいぐるみを着けているあたり、子供が好きなのかもしれない。
「そちら、試作品として作ったのですが、いかがでしょうか」
「甘くて、でもさっぱりしているから美味しいよ!」
「僕はもう少しレモンの香りがあればいいと思うな〜。レモンの皮を削って、生地に混ぜてみたら?」
白と黄色のかわいらしいスイーツの味の感想を聞き、嬉しそうにしている。
しかし、ハルの言葉はわからないはず。
代わりに、なにを言っていたか伝えようとすると、男性は話し出す。
「そうですか、ではそのように。すぐ作って持ってまいります」
ハルの言葉がわかっているのか、新しいものを作ると言って部屋を出ていった。
そのことに、リアナは驚いて動きが止まる。
「ハルの言葉がわかるの…?」
「あら、気付かなかった?肩に乗っていたリスは、聖獣よ」
「てっきり子供を怖がらせない演出かと…」
言葉がわかったのではなく、肩のリスのぬいぐるみが聖獣だったのか。
それなら、自分がいなくとも普通に会話をしてもおかしくない。
しかし、作り直してくるスイーツを、どうにか自分にも分けてもらえないだろうか。
リアナはクレアを期待して見るが、現実はなかなか上手くいかないようである。
「さぁ、リアナ。隣の部屋に戻って、採寸し直しましょう。ドレスはもっと細かく採寸が必要ですからね」
ダンスの授業のために、練習用のドレスを作ることになったのだが、少しもったいない気がする。
「あと、髪の毛は伸ばしておいて」
「どうして?」
「髪のアレンジができれば、おしゃれの幅も広がるでしょう」
そのクレアの言葉に、深く賛同しているソフィアの姿が見える。
しかし、少し伸びたこの髪でも、色々アレンジしてもらっている。
「今の長さじゃいけないの?」
「貴族と会うときは、できれば長い方がいいわ。お姉様に会うなら、特にね」
リアナはクレアの口から出た”お姉様“の言葉で、考えを改める。
クレアがいうのなら、きっとそうした方がいいだろう。
「ほら、行きましょう」
試食を一つも食べることが出来ないまま、リアナは隣室へ連れて行かれる。
着ている服を脱ぎ、薄着になると、細かく採寸されていく。
「リアナは思っていたより細いのね。仕事で動き回っているから、もっと筋肉がついているのかと思ったわ」
「仕事といっても、力仕事とは無縁だから。他の職人の仕事を手伝うときは、必要かもしれないわ」
「そう。とりあえず、筋肉が増えた時のことを考えて、少しゆとりを持たせましょう。何か、デザインに希望はあるかしら」
「…全て、お任せします」
貴族でなにが今流行っているのかわからないリアナにとっては、なにが一番いいのかがわからない。
そのため、クレアとソフィアのいう全ての案を受け入れて、何度も着替える。
結局、レオンが仕事から夜遅く帰ってきてから、リアナは解放され、馬車で家へ送り届けられた。
お風呂に入るとソファーでそのまま寝てしまったリアナを、ハルはなんとかしようとするが、ハルも今日の疲れでそのままソファーで寝てしまう。
その様子を見ていたルカも一緒に眠りだし、ソファーは狭くなる。
ダリアスは困ったような、嬉しそうな表情でハルとルカを先に運び、リアナもベッドへ運ぶ。
「大きくなったな」
抱き上げたリアナの重さと大きさに成長を感じ、ダリアスはしみじみ思う。
リアナもベッドへ寝かしてから、ダリアスはサイドテーブルの光を消した。




