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41. レオンの気遣いと商会員の呼び方



「貴族の話は次回でもできます、なので、次に話すのは、商会で役立つことにしましょう」

「お願いします」

「色々伝えたいことはありますが。リアナの場合、まずは、他の商会員の呼び方ですね」

「呼び方ですか?」



 商会員の呼び方など、特に気にしたことがなかった。

 子供の頃から商会に訪れていたため、呼び方も昔のままである。



「リアナは基本、敬称付きで呼んでいますよね。それだと相手からなめられてしまうので、避けてください。名前を出す場合は、敬称無しで呼び捨てです」

「気をつけます」



 商会員の呼び方一つで、そのように受け取られるとは。

 そこまでは、考えたことがなかった。

 今度から仕事中は、気を付けようと思う。

 


「あと、何か困ったことがあれば、私の名前を相手に出してください。レオンと呼び捨てで」

「それは、さすがに…」



 レオンには良くしてもらっているが、それには抵抗がある。

 それに対して、レオンは眉根を寄せて、真剣な表情(かお)をする。



「それだけで、いい抑止欲になるでしょう。庶民が貴族を呼び捨てする場合、それなりに親しい間柄という証拠になりますから」

「…ありがとうございます」



 レオンの抑止力という言葉で、考えを改める。


 庶民が貴族から何か言われてもどうすることも出来ないが、貴族同士なら話し合いができる。

 リアナの平穏な生活のため、レオンの名前に頼ろうと思う。




・・・・・・・・・




「では、本日はここまで」

「ありがとうございました」



 ある程度、今日予定していた授業が進み、リアナの初めての授業は終了する。


 隣の待合室へ向かうと、ハルとルカは寝ており、父が優雅に紅茶を飲んでいた。



「今後、待合室にはクレアを待機させます。それが無理な場合は、誰か手配を頼みます」

「ありがとうございます」



 レオンの言葉に、ダリアスは頭を下げる。


 既婚の場合でも、近くに妻がいれば問題がないらしく、男性の付き人がいなくてもいいらしい。

 しかし、それでも夫婦で結託したような話は過去にもあるため、相手と親しくない場合は、基本は待機させるようにと、先程教わったことを思い出す。



「今日の授業はいかがでしたか?」



 問いかけるレオンに対して、今日の授業を思い出す。


 わからないことは一緒に考える時間をくれ、質問にも良く答えてくれた。

 教え方も優しく、レオンはなかなか先生に向いているのではないかと考える。



「レオン先生のおかげで、どうにかなりそうな気がします」



 レオンのおかげで、自信が少しついた。

 このまま、勉強して身につけさえすれば大丈夫な気がする。



「服装や振る舞いについては、クレアが詳しく教えてくれるでしょう。今後はダンスも有りますから、頑張ってください」

「ダンスですか?」



 クレアに服装について聞くのは一番妥当なのだが、少し時間が長くなりそうな気がする。

 しかし、それよりも気になるのはダンスという言葉だ。



「貴族に呼ばれるのが、打ち合わせのみと思い込まないことです。昼間のお茶会に呼ばれるだけならいいのですが、気に入られた場合、夜会へ呼ぶ人もいます。夜会へ呼ばれた場合、ダンスは必須なので、気をつけてください」

「夜会へ招待されたなら、その場にいればいいことですよね。踊らなければいいのではありませんか?」



 夜会へ呼ばれたとしても、ダンスをしなくてもいいのではないかーーーそう考えるリアナを、レオンは少し残念な生徒を見るような目で見る。



「リアナは目立ちたいですか?」

「いえ、目立ちたくはありません」

「夜会は踊らない人へ目が行きます。あと、下手な人へもね」



 下手に踊れば目立つし、踊らなければ目立つ。


 なんとも難儀な問題である。

 しかし、学院の頃のダンスの授業はあまり得意ではなかった思い出があるため、少し不安になってきた。



「大丈夫です。クレアもあまり得意ではなかったですが、今では美しく踊れますから」

「クレアが?」



 ダンスの授業でみんなの手本として、先生と踊っていたクレアが得意ではないと言われて、あまりにも意外で驚く。

 だが、中等学院までは別荘地で療養していたと言っていたので、ダンスなど縁がなかったのだろう。



「私は鉄を入れた靴を履いて踊っていましたが、夜会本番では緊張しましたよ。表情(かお)を崩さないようにね」



 これは聞かない方が、良かったかもしれない。


 鉄の入った靴を履いていたということは、ダンス中にかなり踏まれたということである。

 だが、ダンスが苦手だったというクレアに親近感を覚え、リアナは安心して頼む。



「では、ぜひ私の時も鉄の靴を履いてください」

「…そうならないことを、祈るよ」



 リアナの返答に少し遠い目をしたレオンに、無理なことを願われる。


 しばらくは踏むことが多いだろうが、いつかはクレアのように踊れるようになれると信じて、頑張ることにする。



 授業が終わり、商会へ帰ると、事務室にウォルターとルイゼがいた。

 先程の授業で習った呼び方について頼むのなら、今であろう。



「リアナちゃん、お疲れ様」

「ありがとうございます」

「リアナ、疲れてないかい?」

「大丈夫です」



 ウォルターとルイゼに優しくされ、顔が緩む。

 先程までは気を張っていたので、ここでは楽にさせてもらう。



「あの、お願いがあるのですが」

「なんだい?」

「叶えられることなら、いくらでも言って」

「ありがとうございます。レオン様の授業で、商会員の呼び方について教わりまして。呼び捨てにするように言われたのですが、いいですか?」



 リアナは早速、レオンに教わった呼び方について、ルイゼとウォルターに許可を取る。

 もちろん、普段は今まで通りだが、仕事中は変えるつもりである。



「では、試しに読んでもらおうかな」



 ウォルターの楽しげな声で呼ぶように言われ、リアナは焦る。

 こういった場合、やはり練習が必要になるのだろうが、なんだか悪いことをしているようで慣れない。



「リアナちゃん」

「ウォルター……さん」

「リアナ」

「ルイゼ……さん」



 頑張っているのだが、どうしても呼び捨ては難しい。

 そんなリアナに、二人は少し残念そうな、でも嬉しそうな表情(かお)をしている。



「練習あるのみだね」

「楽しみに待っておくよ」

「…頑張ります」



 その後、リアナは昼食を食べ終えると、午後からはリックについてまわる。

 リックにも許可を得ようと思ったが、呼ぶまで解放してくれなさそうなので、また後にする。


 リックについて工事の修繕箇所へ行き、そこでアリッサとオリバーの姿を確認し、走り出しそうになるのを耐える。

 工事の進み具合を確認し、少し休憩するというのでリアナも雑談に混ざる。



「今日はリックと一緒か」

「リック、リアナに手を出してはだめよ」

「大丈夫よ、リックさんだもの」

「信頼されているのか、男として魅力がないのか。少し不安になる言い方だね、リアナちゃん」

「もちろん、信頼の方ですよ!」



 男としての魅力はあると思うが、信頼を置いているからであるので、勘違いしないでほしい。

 少し笑い合った後、リアナはオリバーとアリッサにも呼び方についての許可を得る。



「仕事中の商会員の呼び方を変えたいのですが、お二人はいかがですか?これからは、呼び捨てになるのですが…」



 リアナの言葉に、リックはいい笑顔を向ける。



「ねぇ、リアナちゃん。私は仲間はずれかな?」

「…リックさんにもお願いしたいです」



 リックに少しずつ距離を詰められ、リアナは降参してリックにもお願いする。



「呼んでみてよ」

「そうね」

「楽しみだな」



 そんなに期待されて申し訳ないが、すぐに呼べるものではない。



「リック…さん。アリッサ…さん。オリバー…さん」


 

 先程と同じように練習させられたのだが、さん付けが抜けない。

 こればかりは、今後慣れる必要があると感じる。



「師匠!」



 その後、商会へ帰り、今日の仕事をまとめていると、フーベルトが帰ってきた。

 フーベルトは呼び捨てで呼んだことがあるため、特に今回のことは許可を得ようと思っていなかったが、リックがフーベルトに話す。



「リアナちゃん、商会員の呼び方を変えているんだって。難しいと思うけど、一応、フーベルトのことも練習しておけばいいんじゃないかな」

「そうなのですか。では、お願いします」



 からかいを含んだ目を向けるリックと少し楽しそうにこちらを見るフーベルト。

 二人を見て、諦めて一度呼ぶことにする。



「フーベルト」



 詰まることなくすんなり出た言葉で、リックは大変いい笑顔で笑い、少しずつリアナに近付いてくる。



「リアナちゃん、私のことは?」

「リック…さん」

「ん?そうではなく?」



 こうなることがわかっていたから、リックにはあまり言いたくなかったのだ。


 リアナは仕方がないと考え、腹を括り、小さな声で呼ぶ。



「…リック」

「よろしい」



 リアナの小さな声を聞き取り、満足そうにしているリックに少し大人気(おとなげ)ない感じがする。


 撫でられて少し乱れた髪を整えて、小さくため息をつくと、リアナは仕事を再開させた。



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