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39. 新しい依頼と先生



 毎日仕事に追われて、気づけば山や並木の新緑が目立ち始めた。


 街の鮮やかな花々はそろそろ見頃を終え、花祭りは少しだけ名残を残す。

 数日続いた花祭りに家族でも行き、ハルにお菓子について色々教えてもらいながら、楽しい時間を過ごした。


 あの後、フーベルトと出掛けたことを父はリックに話したらしい。

 目の笑っていないリックが、フーベルトをどこかに連れて行こうとしているとハルとルカに教えられ、全力で止めたのもいい思い出である。



「リアナ。今、仕事の区切りはいいか?少し話がある」

「大丈夫です。今行きます」



 クレアの仕事が終わってからは、リックと同じくダリアスの補佐として、色々な仕事についてまわり、学ぶ毎日である。

 作業机で学んだことを紙にまとめていたリアナは、ダリアスに呼ばれて手を止める。


 その少し後ろを歩き、一階にある貴族用の豪華な応接室に入る。

 そこに見知った人がいたため、リアナは思わず笑顔になった。



「レオン様。どうかされたのですか?」

「お邪魔してるよ。今日はリアナ嬢に話があってね」



 応接室のソファーで優雅に紅茶を飲んでいたレオンに、リアナは疑問を持つ。


 自分に話とは、なんのことだろうか。

 もしかして、クレアになにかあったのだろうか。



「大丈夫。クレアのことではないよ。そんな心配そうな表情(かお)をしないで」



 安心させるように笑いかけるレオンに、少し安堵する。

 なら、なぜ商会までここに来たのか。



「それはよかったです。では、私に話とは?」

「そんな一大事なことではないよ。ダリアスと話し合ってね」

「商会長となにを話し合ったのですか?」



 父の方を向くと、少し困った表情(かお)をしていた。



「レオン様の元で、週に何日か勉強してきなさい。お受けしてくださるようだ」

「勉強ですか?」

「貴族の勉強ですね、主に」



 レオンの口から出た貴族という単語を聞き、少し疑問が浮かぶ。


 一応、クレアから令嬢としての心得や所作については、学院の頃に勉強させられ、合格点は貰っている。

 特に、自分が勉強する必要がありそうなことに、思い当たる節がない。



「クレアに教え込まれているのは知っています。しかし、それも令嬢としての勉強でしょう」

「はい。有難いことに教えてもらいました」

「では、貴族とのやり取りの仕方や行動による意味。これは教えられていないでしょう」

「それはそうですが。今、必要なのですか?」



 商会での自分は、まだ一人前とは言えない。

 わからぬことや判断に苦しむことが多く、そういった面を勉強するなら納得ができる。

 それに、貴族とのやり取りは父である商会長がする。

 自分には関係ないのではーーーーそう考えて父の方を向くと、少し目を逸らされた。



「先日、クレアの従姉妹が遊びにきてね。あの別荘宅に」

「その時に、あのガラスを見たそうだ」



 あのガラスと言われると、リアナの頭に思い浮かぶのは、ハルと一緒作ったガラスのこと。

 だとすれば、珍しいガラスに興味を惹かれ、気になって話を聞くはず。

 その時にクレアが、自分の自慢をした可能性が少なからずある。


 少し背中に冷や汗が伝うのを感じながら、レオンに尋ねる。



「ということは、つまり…?」

「おめでとう、注文をしたいそうだよ」



 商会としては、ご注文を受けたのは良いことだ。

 だが、今回は名前を出されているであろうリアナ自身が行くことになり、相手をしなければならない。

 


「すまないが、まだ他の人が必ず成功するほどの技術は持ち合わせていない。そのため、打ち合わせと製作時には必ず、リアナにも同行してもらう必要がある」



 ルイゼとフーベルトは、あれから毎日練習をしているようで、ここ最近、一枚だけ成功しかけたと聞いた。

 あと少しなのだが、成功できるようになったとしても、いきなり貴族の屋敷で作り上げるのは難しいだろう。



「…謹んでお受けします。よろしくお願いします、()()()()()



 リアナはレオンの呼び方を改めて、師事を受けることにする。

 決意のこもった目で頼んでくるリアナに、レオンは少し表情(かお)を引き締め、話し方を変える。



「しっかりと励みたまえ、()()()



 先生と生徒として、これからはお世話になるので、たくさん頑張らなければ。



「レオン様、授業料はいくらかかりますか?」



 ダリアスが聞いたことで、お金の話が始まる。

 師事する上で、授業料というものを払う必要がある。

 それも、あまり安いものではなく、それなりにかかるはずだ。



「大金貨二枚で。これ以上は、受け取りません」

「では、用意しておきます」



 レオンが言う大金貨は、それなりに価値がある硬貨である。


 硬貨は下から、銅貨、小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨、白金貨、黒金貨となっている。

 屋台で買い物するときはお釣りが出ないように、銅貨を使用することが多い。

 しかし、高価なもの、例えば家にある魔導コンロは小金貨三枚ほどの価値がある。

 大金貨は、仕事での支払いや見積もりに記載されているのを見たことがあるが、実際に目にする機会は少ない。


 それ以上の白金貨や黒金貨は、一生お目にかかることがないだろう。


 貴族から、しかもその中で建築に精通するレオンから教えてもらえるのであれば、大金貨二枚は妥当、いやそれ以上の価値がある。



「しかし、お忙しいのでは?」

「大丈夫です。国からの依頼も落ち着いてますし、頼れる仲間がいますので」



 ベーレンス伯爵家は、国内の建築に精通し、主に王城や城壁といった、国からの依頼を主にこなしている。


 国からの仕事を故意に独り占めにしているというわけではなく、ベーレンス伯爵家が独自に開発した技術を駆使することで、耐久性や耐候性を通常より高めているからである。


 ベーレンス伯爵家の当主として地位に見合うため、レオンは幼い頃から勉学に勤しみ、国内外の建築の知識に富んでいる。

 そのため、学院の頃には、まだ見ぬ国内外の建築物について教えてもらっていた。


 大金貨二枚に抑えてくれたレオンに感謝し、一生懸命頑張ろうと決意する。


 


「…頑張ってくれ」

「私、頑張るわ」



 父の少し心配を含んだ声に、リアナはできる限りのことをやろうと考え、安心させるように笑顔で答えた。


 ふと、リアナはクレアの会話を思い出した。

 こういった勉強は、貴族では家庭教師がつき、子供の頃から学ぶものである。

 それを今から学ぶとすれば、とても大変なことではないのだろうか。



「では、失礼するよ。日時と場所は、後で連絡する」

「これからよろしくお願いします」



 ソファーから立ち上がったレオンに続き、ダリアスとリアナも立ち上がり、応接室から出る。



「あと、ハルとルカも連れて来てくれて構わないよ」

「ありがとうございます」



 思い出したようにレオンが話す内容に感謝し、リアナは感謝する。



「リアナ、レオンの声がした!」

「レオン様でしょう、ルカ」

「気にしませんよ、私は。ルカ、好きに呼んでください」



 応接室から出ると、いつの間にかハルとルカが一階へ降りて来ており、レオンに元気よく話しかけている。

 ルカがレオンを呼び捨てにしたことに焦るが、レオンの心の広さに感謝する。



「レオン!」

「はい」



 ルカが再び元気よく名前を呼んだことで、レオンは優しく微笑みかける。



「では、私はこれで」

「わざわざ来ていただいて、申し訳ないです」



 玄関の扉を開けた先、ベーレンス伯爵家の馬車が待っている。

 ダリアスとリアナは馬車に前まで共に行き、商会まで来てくれたことに感謝する。



「いや、こればかりはクレアも困っていてね」

「クレアが、困っているのですか?」



 こちらを向いたレオンは心底困った表情(かお)をしており、顔の表情も少し引き攣っている。

 クレアの従姉妹なのに、なぜ困ることがあるのだろうか。



「クレアの従姉妹は、生まれは侯爵家の令嬢でね。クレアに貴族とはなにかを全て教えてくれた人でもあって。私も会うのは、今でも緊張するよ」



 レオンの話した内容で、クレアの従姉妹が誰かわかり、リアナの笑みも引き攣る。


 クレアに散々、辛かったと聞かされた相手であるなら、自分の振る舞いも、一からクレアに教えてもらったほうがいいのではないのか。



「…頑張ってくれ、リアナ」

「頑張れるかしら…」



 先程の決意はどこかへ行き、少し気が遠くなる。


 レオンが帰って少しして、従者が商会に訪れた。

 その従者に空いている日にちを確認し、リアナは伝えてくれるようにお願いする。



「リアナ嬢、気を確かに。彼女は優しいですから」



 レオン付きの従者である竜胆色の髪色の青年の言葉に、思わず疑いの目を向ける。



「…本当でしょうか、カイル様」



 しかし、目が合っていたはずの曙色の瞳は、今は泳いでいる。


 目の前の青年は、名前をカイル・バイルホルンという。

 伯爵家の三男で、レオンの従者として幼い頃より仕えているため、顔見知りである。


 カイルは悪い人ではないのだが、クレアと友達になった当初に、色々あったので、まだ少し苦手だ。


 リアナの言葉に、カイルは作られた美しい笑みで、明言を避けようとしている。



「では、また明日迎えに来ます。誰か、お付きのものは?」

「最初なので、父が同行します。ハルとルカは必ずいます」



 最初の授業の時にダリアスも着いていき、その時に授業料も持参する。

 ハルという名前を聞いて、少し顔が動いたカイルに、リアナは少し声の大きさを小さくして話しかける。



「今は二階です。来ませんから」

「…それはよかったです」



 作られた笑みから、心底安心した表情(かお)になるカイルに、少し笑ってしまう。

 ハルに追いかけ回されて、怒られていた姿はなかなかに愉快だった。



「では、失礼します」

「はい。お気をつけて」



 カイルと別れて、扉を開けて建物に入る。

 扉の先、二階にいたはずのハルが待っており、リアナは困ったように笑う。



「アイツ、来たでしょ」

「アイツじゃないでしょ、カイル様」

「アイツはアイツなの!」



 ハルが不機嫌そうにしているのを見て、リアナは嬉しいような困ったような気持ちになる。


 カイルの誤解も解けて、今では普通に会話をするような関係になったのだから、もう許してあげたらいいのに。


 ハルにそういうと、説教が始まるのはわかっているので、口には出さない。



「授業の時、絶対に僕も行くから」

「当たり前でしょ。一緒に行く予定よ」



 ハルとルカには大抵着いて来てもらう予定である。

 置いていくことは、極力避けたい。


 リアナの言葉に機嫌を直したハルは、先にニ階へ上がり、上で待っているようだ。



 その後、カイルに誤魔化されたことで更に憂鬱になったリアナは、自分の作業机で少し魂が抜けたようになにもない空中を見ていた。

 そんなリアナを心配したダリアスは、リアナを休憩室まで連れていき、来客用に置いていた人気店のシュークリームを皿に乗せて机に置く。

 その横、リックは温かい紅茶を淹れてくれる。

 ハルとルカもなんとかしようと頑張ってくれ、少しだけ気持ちが和らいだ気がする。


 大丈夫、勉強ができる機会があるのだから、少しは認めてもらえるはず。

 今は考えることが出来そうにないので、明日の私に考えてもらおう。


 周囲の優しさでなんとか再起動したリアナは、ニ人が用意してくれたシュークリームと紅茶を有難くいただき、自分に作業机に戻る。


 机に置く鞄につけた白い猫のキーホルダーに触れ、楽しかった記憶を思い出して、これから頑張る気力を少し回復させる。



「よし」



 そして、リアナは再び、商会長の元で学んだ内容を紙にまとめ出した。



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