37. 友達とはんぶんこ
リアナとフーベルトは乗合馬車に乗り、街の中心部の方へ向かう。
進むにつれて、増えてきた色とりどりの花に、リアナは気分が上がる。
「次で、降りましょう。中心部で降りるよりは、人は少ないはずです」
「そうですね。しかし、ここも中心部からは離れていますが、なかなか賑わっていますね」
「国のお祭りですし、店のかき入れ時ですから」
国のお祭りなのだ。
屋台だけではなく、店にとっても忙しいときだろう。
自分には今まで関係なかったが、この時期は父がいろいろと買って帰っていた気がする。
リアナが楽しそうに外の景色を見ていると、フーベルトから話しかけられる。
「リアナさん、今日は仕事ではないので、友達として接しても構いませんか?」
「そうですね。せっかくのお祭りですし」
「では、お言葉に甘えて」
フーベルトの提案を、快く了承する。
昔からの知り合いとはいえ、友達かといわれると、少し違う気がする。
なんといえばいいのか。
……近所の優しいお兄さん?
近所の優しいお兄さんから、友達に関係が変化したようだ。
その関係の変化が、なんだか嬉しい。
商会の頼れる仲間ではあるが、小さい頃からの付き合いである。
いつかはちゃんと友達になりたいと思っていたので、提案してもらえて有難い。
「今日は俺のこと、フーベルトと呼んでください。言葉は崩してもいいですか?」
「大丈夫です。では、私のことはリアナと呼んでください」
どうやら、友達の前では一人称が変わるようだ。
そのことを知れたことが、ちょっとだけ嬉しい。
リアナの提案に、少し驚いた表情をしていたフーベルトは、すぐに嬉しそうに笑う。
馬車が停まると、フーベルトが先に降り、リアナへ手を差し出す。
「リアナ、行こう」
「はい、フーベルト」
リアナはフーベルトの手に指先を置き、乗合馬車から降りると、中心部の方向へ歩き出す。
フーベルトの横を歩くのはいいが、想像していたより人が多い。
「リアナ、大丈夫か?はぐれないように、手をつないだりした方がいいと思うのだが」
「大丈夫です!頑張って歩きます」
「それならいいが…」
手をつなぐなんて、恥ずかしくて顔が上げられない自信がある。
そのため、リアナはフーベルトに引き離されないように、必死で人混みの中を歩く。
やっとのことで人混みを抜け、リアナは顔を上げた。
しかし、そこにフーベルトの姿はない。
「あれ?」
もしかすると、自分は迷子になったのだろうか?
こういった場合、その場で動かない方がいいとハルに言われたことがある。
そのため、リアナは道の端に移動して、フーベルトとの合流方法を考える。
「ハルがいれば、すぐ見つけてくれるんだけど。フーベルトの場合は、どうやって合流すればいいんだろう」
下を向いて悩んでいると、自分に近付く影が見える。
フーベルトかと思い、顔を上げると、見知らぬ人が立っていた。
「おねーさん、ひとり?一緒にまわらない?」
「やめろよー。困ってるだろー」
目の前で楽しそうに笑って合っている顔に、見覚えはない。
そして、なにより酒臭い。
どうやら、酔っ払いに絡まれているようだ。
こんなことなら、恥ずかしがらずに、いつものルカのように、手をつないでもらっておけばよかった。
反応を示さないリアナが気に食わなかったのか、さらに絡んでくる。
「おねーさんの恋人に、立候補しよーかな」
「さんせー。この花、あげるよ」
目の前に差し出された、少し萎れた白い花に、リアナは困惑する。
見ず知らずの、しかも酔っ払いからの花は欲しくない。
しかも、花を渡せば恋人になれると思っているのか。
動かないほうがいいが、ここにいるよりはましだ。
リアナは無視することにし、酔っ払い達のことを置いて、その場から去ろうとする。
しかし、リアナの手首に少し痛みが走った。
「無視するなよ!」
その声に振り返る人はいるが、傍観を決め込んでいて、助けは望めそうにない。
咄嗟に横を見て、いつもいるハルの姿を探してしまう。
しかし、今日は一緒ではない。
今日は召喚獣を呼び出すネックレスを着けていないため、呼び出すことができない。
さらに強められた痛みに、リアナは顔を歪める。
目の前の男達には、酔い覚ましが必要だ。そのための水なら、いくらでも出せる。
リアナは水魔法の準備を始めると、魔法を打つより先に、手の痛みがなくなった。
「やめろ。その手でリアナに触るな」
怒気を含んだ男性の声が聞こえると、リアナは酔っ払いの手から解放される。
そして、背中の後ろに隠され、目の前に立つ人の顔が見えない。
「ちっ。恋人がいたのかよ」
酔っ払い達は悪態を吐くとすぐにいなくなり、リアナはフーベルトに声をかけようとするが、なぜか声が出ない。
「リアナ、大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます。助かりました」
笑顔で感謝を伝えたはずなのに、なぜか自分の声が震えている。
魔法を使って撃退しようと思っていたので、気持ちに余裕があるのかと思ったが、そうではないらしい。
「怖かったか?」
「…そうみたいですね」
自分の気持ちに驚き、つい苦笑いをする。
そのリアナを見て、フーベルトは目を伏せる。
「すみません。俺がもっと、気をつけていれば…」
「こちらこそすみません、迷子になってしまって」
「見つけたと思ったら、ナンパされていたから。さすがに、焦ったよ」
「ナンパ…ですか?さっきのは」
「ナンパだと思ったのだが、違うのか?」
今まで生きてきて、一度もナンパをされたことがないのでわからないが、あれがナンパだとすると、少し面倒だ。
「ナンパされたことがないので、わかりません。でも、フーベルトが言うのなら、きっとそうなのかもしれません」
「大丈夫です。次はありませんから」
フーベルトはそう言い切ると、手を差し出す。
「リアナ、手を。次は、ひとりにしません」
「ありがとうございます。でも」
「リアナ、手を」
リアナが断ろうとしている気配を察知したのか、フーベルトは言葉を遮る。
そして、手を差し出したまま、リアナの行動を待つ。
少し、訂正しよう。
先程は、手をつなげばよかったと考えたが、いざとそうなるとやはり恥ずかしい。
しかし、フーベルトの様子からすると、これはなにかしなければ、先には進まないことはわかる。
仕方がない。これが自分にできる精一杯である。
できれば、これで許して欲しい。
リアナは勇気を出すと、差し出されている手の服の袖を掴んだ。
「では、行こう」
それに対して、フーベルトは、なぜか楽しそうに笑っている。
その後、人とぶつからないようにフーベルトは気を配ってくれた。
リアナはフーベルトの袖を掴んだまま、花祭りの会場の屋台へ向かう。
「なにか、苦手なものは?」
「特にはありません。フーベルトは?」
「特には。では、気になったものを食べよう」
国の行事だけあって、他国からの屋台も多く出ており、見たことがないお店も並んでいる。
料理もだが、至る所で花も売っているため、見ているだけで楽しい。
リアナは食べ物の屋台を見ていると、見慣れないものがあり、じっと見つめてしまう。
「それが気になるのか?」
「はい、初めて見たので」
リアナの返答を肯定と捉えたフーベルトは、ニ人分を注文して、お金を払った。
買おうかと悩んでいたのだが、フーベルトにお金を払われて、少し焦る。
鞄から財布を出し、自分の分の代金を用意する。
「さすがに悪いです。自分の分は払わせてください」
「では、これは先程のお詫びということで」
「お詫びって。結局、フーベルトが助けてくれたじゃないですか」
「では、友達になった記念に」
きっとこれは、リアナがなんと言ってもフーベルトは別の言い方で返してくる。
「…ありがとうございます」
仕方なくリアナはお礼を伝え、フーベルトが屋台で買ったものを受け取る。
この食べ物は『タコス』というらしく、薄皮に豆や肉、野菜など、様々な具を包んで特性ソースをかけて食べるものらしい。
リアナは甘辛を、フーベルトはピリ辛を選び、少し大きく口に頬張る。
「美味しい!野菜も肉もあって、バランスも良さそうです」
「こっちのは、思ったよりピリ辛で、何個でも食べられそうだ」
綺麗に食べ終えると、リアナは食べ物を包んでいた紙を、タコスの入っていた紙袋へ片付ける。
しかし、フーベルトは少し困った表情で、包んでいた紙を見ている。
美味しく食べていたが、何か気に入らなかったのだろうか?
リアナがフーベルトを見ていると、こちらに気付いたのか、目が合った。
「嫌じゃなければいいのだが。次から買う屋台のものを、半分ずつ分けないか?」
「それはいいですけど。どうしてですか?」
「そうすれば、もっと色々なものが食べられると思って」
フーベルトは頬をかいて、少し照れたように提案される。
その姿に、リアナは我慢できず、少し吹き出してしまう。
「ふふっ」
普段はそんな感じはしなかったのだが、フーベルトは食べることが好きなのかもしれない。
はんぶんこをするのは、大切な相手とする。
昔、ハルが教えてくれたのを思い出した。
フーベルトとは、大切な友人となったのだ。
その幸せのおすそわけをしたい。
「はんぶんこ、しましょう。楽しみですね」
「ありがとう。楽しみだ」
そこからは気になったものを買い、一つを半分ずつに分けて、食べては感想を言い合う。
友達と分け合う食事は、家族と分け合うのとは違う楽しさがある。
提案のおかげで、色々な食事を楽しむことができそうだ。
リアナは、気にあったものや美味しそうなものを探して、楽しく屋台を巡った。




