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36. 花祭りとお迎え



 朝、部屋の窓を開けると、外から花の香りが漂ってくる。



「ふふ。とっても綺麗」



 リアナは自分の部屋の窓から見える景色に、思わず見惚れる。

 赤、白、桃、黄、橙、青、紫。

 咲き誇る花々は、この国の春の風物詩だ。


 今日は花祭りの当日であり、国の祝日である。


 そのため、商会も休み。

 リアナはゆっくりくつろぎながら、クローゼットを開けた。



「どれにしようかな。これも良いけど、こっちも良いかも」



 今日は、家族で花祭りに出掛ける。

 そのため、少しおしゃれな服装の用意とそれに合わせた化粧を、後でしっかりとする予定だ。

 初めて行く花祭りに、ちょっと心が躍っている。


 今日着る服を楽しく選んでいると、ルカとハルはなにやら楽しそうにこちらにやってくる。



「リアナ、楽しそうだね〜」

「初めての花祭りだからね、楽しみよ」



 そのハルの横、何か後ろに隠している様子のルカは少し落ち着きがない。

 ルカと向き合うと、目線を合わせる。



「どうしたの?ルカ」

「リアナ、これ!プレゼント!」



 元気な声と共に、ルカに何か渡される。


 渡されたのは、一枚の少し大きめの封筒。

 封はされていないが、なにか絵でも描いてくれてくれたのだろうか。


 封筒から取り出した紙を見た瞬間、リアナの手は止まる。



「え…、これ…。フーベルトさん、描いてくれたの?!」

「昨日、渡されたの!」

「昨日は渡しそびれたんだよね、ルカが早く寝ちゃったから〜」



 昨日の仕事帰り、商会から少し遅れて出てきたルカはどこか楽しそうに封筒を持っていた。

 きっとその時に、封筒をフーベルトに渡されたのだろう。


 手に持っている紙に描かれているのは、昔、描いてもらったハルと藤の花の構図の最新版。

 描くとは言っていたが、こんなに早くもらえるなんて。


 リアナは嬉しくて、顔が緩んでしまう。



「師匠の絵?」

「子供の頃に描いてもらったって言ったでしょう?それを描き直してくれたの」

「僕も見たい!」

「どうぞ」



 リアナはフーベルトの絵をルカに渡し、封筒を手に持つ。

 封筒を持ち直した時、厚みが少し違うところがあった。

 不思議に思い、封筒の中を確認すると、一枚の紙が入っている。



「明日、11時に迎えに行きます。フーベルト」



 短い、癖のない丁寧な字で書かれている言葉をリアナは反芻し、少し頭の中で考える。



「明日?明日って…もしかして、今日のこと?」



 これは本来、昨日渡されるはずだった。

 それが今日渡されたということは、本日の11時にフーベルトが迎えに来るということである。

 今は10時を過ぎたところ。残り1時間もない。



「ハル、どうしよう。フーベルトさんが、迎えに来るって!」

「よかったじゃん、デートってやつ?」

「さっき選んだ格好でおかしくないかな?え、待って。こういった場合は、どんな格好がいいの?!」



 こういった場合の服装について、クレアから聞いておけばよかった。

 暗い色のワイドパンツだと仕事の時の服装に似てしまうし、明るい色のワンピースを着ると、なんだか自分だけがはりきっているように見えないだろうか。


 どんな格好がいいのかわからず、リアナはクローゼットの中の服を取り出していく。

 ハルはため息をつくと、リアナの行動を一度止めた。



「まぁまぁ、落ち着きなよ。それでもいいと思うけど、あの花柄の刺繍がしてあるワンピースにしたら?」

「そうする!」



 クローゼットから、迷わずそのワンピースを取り出す。

 脱衣所でそのワンピースに着替えて、自分の部屋にある化粧台の前に座り、化粧に集中する。

 その後ろ、ハルはベッドで寝転びながら、ルカと内緒話をしているようだが、気にする余裕はない。


 いつもよりしっかりと化粧を施したリアナは、時間に間に合いそうなことに気付き、ほっと息をつく。



「あ」



 そして、新たな問題に気付く。


 国の祝日ということは、もちろん父も休みである。

 きっと、過保護な父のことだ。

 自分をフーベルトと花祭りに行かせるつもりはないだろう。


 しかし、せっかく誘ってもらったのだ。

 できれば、一緒に行ってみたい。

 いつの間にかそばにいたハルは、リアナを安心させるように肩に前足を乗せる。



「ダリアスは僕がどうにかするから。安心して、デートを楽しんできなよ」

「デートではないわ!前、誘ってくれていたの!行ったことがないって私が言ったから!」



 デートではない。

 デートとは、恋人同士が行くものであって、自分とフーベルトは仕事仲間だ。



「はいはい、そういうことにしておくから。今日のリアナも素敵だよ」

「…ありがとう」



 適当にあしらわれたが、ちゃんと今日の格好を褒めてくれる。

 こういったおしゃれをした日は、必ず褒めてくれるハルに感謝しつつ、ルカに目線を合わせる。



「ルカも楽しんできてね」

「おとーさんに肩車してもらうの!」



 懐かしい単語を聞いて、リアナはクスッと笑ってしまう。


 小さな頃、ハルに肩車というものがあると聞き、父に一度だけしてもらったことがある。

 いつも見ることはなかったあの高い景色を初めて見て、興奮して暴れてしまい、父は首を痛めた。

 それ以降、なんだか悪いような気がして断ってしまい、そのまま大人になった。

 しかし、今思えば、もっとしてもらっておけばよかった。



「本当に、友達なんだな?」

「そうよ」



 ハルとルカと一緒に玄関に立つダリアスに、リアナは肯定する。


 結局、父には、名前を伏せて友達と行くと伝えた。

 そうした方がいいと、ハルに言われたからだ。


 フーベルトとは仕事で会って話すことが多いので、友達と言ってもいいかわからないが、今回はそういうことにさせてもらう。



「おとーさん、行こ!」

「あぁ、そうだな」

「気をつけるんだよ、段差とかにね」



 父には少し悪い気もするが、まだ花祭りは続く。

 また、家族でも行ってみたい。

 歩いて行く家族の後ろ姿に、リアナは少し声を張る。



「いってらっしゃい!」



 リアナの声にダリアス達は振り向き、手を振る。

 ダリアス達を見送り、家に入ると、リアナは時計を確認する。


 もう少しで、予定時刻になる。

 なんだかソワソワしてしまうが、とりあえずソファーに座って待つことにする。



「こんなに静かだったんだ…」



 ソファーに座り、家の中に、いつもの賑やかさがないことに落ち着かない感じがして、リアナは嬉しさと困惑が混ざった表情(かお)になる。


 この家の中が、こんなに賑やかで明るくなったのは、久しぶりだった。

 ハルと父と住んでいた頃は、自分が間に入って会話することが多かったが、今はルカがいる。

 ルカと出会ってから、賑やかな毎日が続いていたが、これもいつか終わりを迎える。

 ルカが家族の元に帰ることはいいことではあるのだが、想像すると、少し寂しい。



「リアナさん、いらっしゃいますか」



 今後を考えて少し寂しくなったリアナの耳に、玄関のドアをノックする音とフーベルトの声が聞こえた。

 急いで立ち上がり、ドアを開ける前に鏡の前に立つ。


 今日の装いは、白襟のついたジェイブルーのワンピースで、裾に白い糸で花柄刺繍がしてある。


 座っていたため少しシワになったのか、それを整えるとドアを開けた。



「リアナさん、お迎えに上がりました」

「…ありがとうございます」



 フーベルトの格好に少し驚きながら、リアナはなんとかお礼を伝える。



「本日は一段とかわいらしいですね、リアナさん」

「フーベルトさんも素敵です。いつも仕事の格好しか見ていなかったので、新鮮です」



 子供の頃から知り合いではあったが、歳が離れているため、一緒に遊びに行くといったこともしたことがない。


 普段は仕事で会うことが多かったため、特に気に留めたことはなかったのだが、フーベルトは思っていたより背が高く、スタイルも良い。

 白い襟付きシャツに黒いズボンといった、シンプルなデザインなのに、よく似合っている。



「リアナさん、では行きましょうか」

「今日はよろしくお願いします」



 フーベルトはそういうとリアナに優しく笑いかけながら、リアナの歩幅を合わせて歩いてくれる。


 リアナは心の中で、父にもリックにも会わないように、心の中で願いながら、フーベルトと一緒に花祭りに出掛けた。



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