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34. 事務仕事とデザイン



 太陽の日差しが徐々に強くなってくる季節になり、着ている上着も薄くなった。


 打ち上げから二日間の休みを楽しんだリアナは、今日は朝から商会として使っている建物にいる。


 父は打ち上げの次の日に、腰を痛めてしまった。

 どう考えても自分が原因であることはわかっているので、お酒は飲みすぎないとハルとしっかり約束した。

 父は二日間の休みでしっかりと療養し、今ではいつも通りに動き回っている。



「これは、こうだったから…」



 商会として使っている建物は、二階建ての赤い屋根が特徴の木造造り。

 建物の一階は応接室や受付があり、二階は商会長室や商会員のための事務室などがある。

 その事務室の中、リアナは自分の作業机で手を動かす。



「んー?この書類は、どこだったかな」



 普段の仕事は、建物の修繕や打ち合わせに出ることも多いが、こういった事務作業もする必要がある。

 その工事をしていた本人でなければ書くことが難しい場合の方が多いため、基本は自分でまとめることになっている。



「あ、あった。これこれ」



 午前の予定は、クレアの屋敷の工事での書類を全てまとめることである。

 他の作業については、各代表者が用意してくれた紙束を受け取っており、それをリアナが作業内容と予定の変更について追加で記入しながら、一冊にまとめる。

 

 今回の仕事を一冊の資料として纏めることで、今後の仕事での参考資料として役立つ。

 自分の仕事を纏めることで、工事に良かった点や改善点を理解する。そして、次に活かせるように勉強する意味もある。


 午後からは、リアナは近くの民家の補修工事に付いて行く予定が入っている。そのため時間が限られており、朝からずっとペンを動かしている。



「リアナ、これは?」

「それは、こっちに持ってきてくれる?それと、この書類はリックさんに渡してくれたら嬉しいわ」

「は〜い」



 ハルが持ってきてくれたものを受け取り、次の作業を頼む。


 リアナが書き上げている机の隣、普段はルイゼが使用している机にルカは座り、書類をまとめる手伝いをしてくれている。


 今回作り上げたガラスのために、フーベルトが描いた図案の紙を渡してあり、一枚一枚確かめながら、順番を並び替えてくれている。



「リアナ、これで出来たと思う!」

「ありがとう、助かるわ。私は近くで見てなかったから」

「師匠のことなら、任せて!」



 ルカの頼もしい姿に、思わず笑みが溢れる。


 リアナは受け取ったデザインの紙を両手で持ち、一枚ずつ丁寧に全てを確認する。


 いつ見ても、フーベルトさんのデザインしたものは美しく、惚れ惚れする。


 自分にもこのような才能があったなら良かったのだが、生憎、模写するのが精一杯で、自分でデザインを考えられるほどの実力はない。

 それに、ハルに少し呆れられるから、絵はあまり描きたくない。


 自分にはない才能を持ったフーベルトに、リアナは心の中で感謝する。



「リアナは昔から、フーベルトのデザイン好きだよね〜」

「リアナ、師匠の絵が好きなの?」



 ふたりに似たようなことを言われ、リアナは思わず少し吹き出して笑ってしまう。


 揃って同じことを言うということは、自分はそんなに楽しそうに眺めていたのだろうか。

 そう思うと、きっと緩んでいたであろう自分の表情を見られていたことが、少し恥ずかしい。



「フーベルトさんのデザイン、本当に好きなの。昔からのファンよ」

「師匠のファン!」

「そうよ。子供の頃に描いてもらった物があって、今も大切にとっているの」



 リアナが初めてフーベルトに絵を描いてもらったのは、母が亡くなって、ハルと出会って間もない頃。


 ダリアスに商会に連れて来られていたリアナは、たまたまルイゼに付いて商会に来ていたフーベルトに初めて出会った。

 そこで言葉少なく会話をする中で、リアナは誰にも話していなかったハルのことをフーベルトに話した。

 フーベルトが詳しくハルのことを聞き出したので、リアナはハルの話をしてその日は別れた。


 後日、フーベルトがリアナに一枚の紙を渡してきて、リアナは驚いた。

 そこには、フーベルトが会ったことがないはずのハルの姿が描いてあった。

 一緒にいることが出来ない時間が多かったハルを近くに感じられ、リアナはフーベルトに何度も感謝を伝えた。

 少し懐かしいことを思い出して、リアナは笑みが溢れる。



「その時のデザイン、見たい!」

「ここには無いけど、似たデザインならルカも知っているわ」

「僕、見たことある?」



 ルカの声に反応し、一度紙を机に置くと、まとめている資料をめくる。

 そして、ガラスの項目について纏めていた項目に挟んでいた紙を、一枚取り外してルカに渡した。



「これ、僕と師匠でデザインしたやつだ」

「フーベルトにも似たのを描いてもらったわ」

「じゃあ、これも宝物?」

「そうね」



 ルカは見覚えのあるデザインに、顔を綻ばせる。


 試作品の時に作ったガラスなのだが、その時のデザインと似ている。

 フーベルトに描いてもらったのは、これによく似た小さなハルと藤の花が咲き誇っているデザインだった。

 それを、今も大切に保管している。


 ルカは受け取ったデザインの紙を、優しく撫でている。



「まぁ、僕も嬉しかったよ。描いてもらえるなんてね」

「そうね、絵でも心強かったわ」



 あの頃のことを思い出して、また手が止まっていることに気付く。

 再び、集中すると、手を止めることなく静かに書き続けた。

 最後の紙を書き終え、リアナが腕を上げて体を伸ばしていると、ハルに昼食の時間を伝えられる。



「ご飯食べよう。もう、お腹ぺこぺこ」

「そうね。食べましょう」

「やった!今日のお昼はなにかな?」

「今日は、ベーコンのサンドウィッチよ」

「あれ、僕好き!」



 バケットを取り出し、ルカとハルにサンドウィッチを渡す。

 リアナも昼食を食べながら、ルカに午後からの予定を伝える。



「これ食べたら、私は外に仕事に出るのだけど。ここで待っていてくれる?」

「一緒に行けないの?」

「そうなの。待っていてくれる?」

「え〜」



 今までは、レオンの厚意で仕事に連れて行けていたが、これからは連れていけない。

 そのため、商会で待っていてもらうしかないのだが、ルカは少し渋っている。


 そのルカの姿を見ていたリアナは、思い出す。


 昔、自分も同じように父の仕事に着いて行きたがった。

 その度に、リックにされていたことがある。


 リアナは咳払いをすると、仕事中のリックを想像しながら、姿勢を正してルカにお願いをする。



「ルカ。では、お仕事を頼んでもいいですか?」

「なんでも言って!」

「ハルの絵を描いて、私にプレゼントしてください」

「わかった!」



 リアナのお願いに、ルカは紙に早速ハルの姿を描き始める。

 その姿に昔の自分を思い出して、少し笑みが溢れた。


 昼休みに商会に帰ってきたリックにふたりを任せて、急いで商会を出る。


 腕時計を確認すると、待ち合わせの時刻を少し過ぎている。


 走りながら、待っている人物に心の中で謝り、急いで向かう。

 待ち合わせ場所にいるその姿を目で確認して、少し上がった息を整えながら声をかける。



「フーベルトさん。……すみません、お待たせしました」

「いえ、そんなには待っていませんので」



 怒ることなく、待ってくれていたフーベルトに感謝しつつ、リアナは息を整える。

 そして、今日の仕事先の家へと、歩いて移動する。



「今日も人が多いですね」

「そうですね。ここは、国の中心地ですから」



 リアナ達が住むサージェス王国の王都には貴族街が並び、大きな屋敷が多い。それとは別に、学院や劇場、ギルドなどもある。


 王都の中心地にある王城は、ベーレンス伯爵家が管理している石造りの城で、鉄壁の要塞とも言われている。

 その王城の周りを貴族街が周囲を囲み、学院や神殿、図書館といった全ての人が利用できる建物も多く建っている。

 学院も王都にあるので、学院に通うのに遠い場合や貴族には、学生寮が用意されており、多くの学生が利用している。

 そのため、学院に近い店は値段が抑えられたものが多く、学生に人気である。


 貴族街の近くには、劇場があり、そこで歌劇が毎日開催されており、庶民でも楽しむことができるため人気である。



「こっちであってますよね?」

「そうですね。間違いないです」



 王都にも庶民の民家はあるため、仕事でも何度も訪れている。


 この国の民家は、一般的には急勾配の屋根と大きな窓が特徴的である。

 その建物の構造も場所によって大きく異なっている。


 北区は主にレンガ造りの家が多く、南区はクレアの別荘宅と同じく木材と漆喰を使用した構造が主流である。

 南区では、特にカラフルな窓枠などが多く、観光地としても人気である。


 本日の依頼者は、商会から少し歩くが比較的近くに住む人で、ご高齢のお婆さんだと聞いている。



「ここですね」

「そうみたいです」



 目的地の家へ着くと、リアナは身なりを整え、扉の前に立つ。



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