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33. 商会長としての言葉



 フーベルトとルカの仲の良いやり取りを眺めていると、ハルにくっつかれた。



「ハルは行かないの?」

「今日はいいの」



 ルカと行動を共にすることが多くなったため、てっきりついて行くのかと思ったのだが、今は自分のそばにいてくれるようだ。


 賑やかな周囲とは違い、ハルと言葉を交わすことなく静かに過ごす。

 しばらく頭を擦り続けていたハルは、今は満足そうにリアナの膝に座っている。

 その頭を優しく撫で続けていると、なにかを思い出したかのように顔をこちらに向けた。



「リアナ。そういえば、ダリアスが呼んでたよ」

「本当?それは行くけど、その前に」



 リアナは撫でる手を止めて、膝に座るハルを抱きしめると感謝を伝える。



「ハルがいてくれて良かった。本当に、ありがとう」

「…それなら良かったよ」



 リアナの言葉に、ハルは満足げに笑っている。


 今回、ハルがいなければガラスは完成しなかったし、なにも案も浮かばず、最悪の事態になっていただろう。

 自分のことを一番の功労者と言ってくれたが、ハルこそ、本当の功労者である。



「やっぱり、ハルがいると、なんでもできちゃうわね」

「そりゃそうだよ。僕とリアナだからね」

「ふふ。そうね」



 リアナはハルの頭を最後に一度撫でると、席を立つ。


 呼んでいると言っていたが、なにか用事があったのだろうか?

 それなら最初に居た時に、話してくれてもいい気がする。


 リアナは少し疑問を浮かべながら、父の元へ向かう足は早くなる。



「お父さん、呼んでいるって聞いたけど」

「まぁ、座れ」



 白ワインのボトルのラベルを指でなぞっていたダリアスは、リアナが来たことで顔を上げる。

 座るように促しながら、スイーツの山を机の端に寄せて、机の上に少しスペースを作った。


 自分が他の職人達と話している間、この机でハルとルカがスイーツを楽しんでいたのだろうが、少し量が多い気がする。

 それを許した父も同罪だが、今日は打ち上げである。

 どれだけ食べても、目を瞑ろう。


 気持ちばかりに空いた机の上に、ワイングラスが二つ置かれた。

 ダリアスは手に持つ白ワインのボトルを開けながら、嬉しそうな笑みを浮かべている。



「今回は、どうだった」

「とても良い経験になったわ。これからも、もっと頑張れそう」

「そうか」



 今回の仕事は、初めての責任者としての仕事だった。


 きっとこれからは、いろんな工事の責任者として、たくさんの仕事と関わっていく。

 しかし、最初の仕事がこんなに良い出来で終われたのは、商会に所属する職人達と支えてくれた父のおかげである。


 リアナがしみじみと思い返していると、ダリアスは空のワイングラスに白ワインを注ぎ出す。



「これまで、よく頑張ったな。建築士の資格も、早くに手に入れて」

「クレアとの約束だもの。頑張るわ」



 父の労いの言葉に、クレアを思い浮かべる。


 今回リアナが頑張れたのは、主に親友であるクレアのためである。

 クレアが自分を信じて待っていてくれたからこそ、今回の仕事を受けることができた。


 かなり苦労はしたが、それも今日を迎えられたのなら、今後は良い思い出にできるだろう。


 リアナは目に入ったスイーツの山から、一口サイズのシュークリームを取って口に入れると、その甘さに頬が緩む。



「それでもだ。新しいガラスの功績は、かなり大きいぞ」

「ルイゼさんとフーベルトさんが、早く作れるようになると良いんだけど」

「しばらくは、リアナとハルに頼むことになるな」

「ハルと一緒に頑張るわ」



 あのステンドグラスのようなガラスは、商会としての功績として発表され、注文を受けることになっている。

 もちろん、リアナとハルの名前は伏せて。


 今はリアナとハルでしか作ることはできないが、きっとすぐに二人なら作ることができるだろう。

 そうすればきっと、フーベルトがデザインした美しいガラスをたくさん見ることができるはずだ。


 今後の楽しみが増え、リアナは笑みが溢れる。


 会話が途切れ、少し沈黙の時が流れる。

 リアナがシュークリームを食べ続けていると、正面からの視線を感じた。

 父が真剣な目で見ていることに気づき、スイーツを食べる手を止める。



「リアナ」

「なに?」

「グラスを持て」



 父の突然言い出したことに少し動きが止まり、リアナは父を見つめてしまう。

 しかし、父は真剣な表情(かお)のまま、白ワインの入ったグラスを持ったままの姿勢で待っている。

 そのため、リアナは机に残っていた、もう片方のグラスを持ち上げた。


 リアナがグラスを持ったことを確認し、ダリアスは手を口に当てて咳払いをする。

 手を外したダリアスは先程の父の顔ではなく、皆をまとめる商会長の顔になり、言葉を紡ぐ。



「建築士、リアナ・フォルスターの仲間入りを祝い、乾杯」

「……乾杯」



 リアナは突然のことに戸惑ったが、商会長としてのダリアスの言葉を受け入れ、グラスをぶつける。


 思っていたより大きな音が鳴り、リアナは少し笑みが溢れた。



「美味しい…」



 初めて飲んだ白ワインは、思いの(ほか)飲みやすい。

 口の中には、甘さを含んだスッキリとした果実味が広がる。


 父としてではなく、商会長として。

 自分を一人前の建築士として、認めてくれたことが、本当に嬉しい。


 もう一口飲みながら、気付けば涙が、リアナの頬を伝っていた。



「おとーさん、リアナ泣かしてる!だめでしょ!」

「これは違う。違うんだ、ルカ」



 珍しく怒っているルカに対して、ダリアスは誤解を解こうと頑張っているが、難しそうだ。

 否定するダリアスの前に立ち、ルカは腕を組んで、少し怒っている。



「もう。リアナ、泣かないって約束したでしょ」

「そうだったわね。約束したわ」



 その隣をついてきたハルは、なぜリアナが涙を流しているのかわかっているようで、リアナの服からハンカチを器用に取り出して、口にくわえると涙を拭いてくれる。

 そのハルの雑な拭き方に優しさを感じ、少し笑いながら受け入れる。



「リアナちゃん、どうしたの?」

「リアナ、ダリアスがなにかしたのね」



 ダリアスとリアナが座っている机が、他とは違う妙な賑わいを見せたため、リックとアリッサがわざわざ来てくれた。

 今は二人して、リアナの頭を優しく撫でてくれる。


 リックとアリッサが机に来たことにつられて、他の人も集まりだし、父はみんなに少し責められている。


 その姿が、先程と違い、少し頼りない父の姿になったことで気持ちが落ち着いて、涙が止まった。



「みんな、違うの。ただ、嬉しくて」



 リアナの言葉で、ダリアスを責める声はおさまった。

 だが、今度はなにがあったのかと聞いてくるため、父は少し困ったような表情(かお)をしながら、頭を掻いている。



「商会長に、建築士の仲間入りを祝って、言葉をもらって。その…嬉しくて」

「そう。建築士リアナの仲間入りは、心から嬉しいよ」

「これからも期待しているわ。建築士リアナ」

「ありがとうございます。これからも頑張ります!」



 リアナの説明に、集まってきてくれた人は、笑顔でリアナを一言ずつ褒めながら、自分の席に帰っていく。

 みんなに感謝しながら、リアナは今ある幸せを噛み締めて、今後も頑張ろうと心に誓った。


 リアナは涙に濡れた顔を綺麗にすると、ご機嫌で食事とお酒を楽しみ、席をまわってもう一度感謝を伝えた。

 そしてみんなと一緒に楽しんだ結果、リアナはアリッサに抱きついたまま寝てしまい、そのまま打ち上げはお開きになった。


 ダリアスに背負って家まで連れて帰ってもらったリアナは、ソファーに降ろされると、少し目が覚める。



「だから、飲みすぎるなって言ったのに」



 ハルになにか小言を言われたような気がしたが、今日はとても気分がいい。

 リアナはハルの言葉を無視して、抱きしめる。



「ハル…ありがとう。いつも、そばにいてくれて」

「当たり前だよ」

「リアナ、起きた?」



 そこにルカもやってきたので、一緒に抱きしめる。



「ルカも…ありがとう」

「リアナも、いつもありがとう!」

「ふふ。幸せね…」



 リアナはそう呟くと、再び、そのまま眠りについた。


 風呂に入っている間に起きるかと思ったが、その当ては外れて、リアナはふたりを抱きしめて、仲良く眠っている。


 寝てしまった大きくなった娘の頭を撫でながら、幼い頃の娘の姿を思い出し、目尻を一瞬湿らせる。



「おやすみ。俺のかわいい子供達」



 ダリアスはソファーで眠っていたかわいい子供達をベッドまで運び、自分の部屋に戻ると、そのまま眠りについた。


 次の日の朝、腰を痛めて起き上がれなかったダリアスは、自分の歳と筋力不足を感じながら、リビングに起きてきた様子の愛する子供達に助けを求めたのだった。



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