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03. 相棒の気遣い



 ハルが駆けるこの道は、国が管理している道で、馬車や人が往来するために整備されたものである。

 障害物も無く、視界も良好で、迷うことはあまり無い。


 ふたりが出発した時間は、人々が活動し始めるより前の時間。


 山を越える馬車や人々の姿はなく、ハルの速度が緩められる原因もないため、想定していたよりも順調に山を登る。


 山の頂上に来たことで、太陽に近付き、リアナはその眩しさで眼を細めた。

 だが、それも一瞬の出来事である。

 太陽の温かさを感じる時間もなく、景色も目まぐるしく、次から次へと変化する。


 そのまま一気に中腹まで下ると、先程まで周囲を明るく照らしてくれていた太陽は遠くなり、視界もぼやけはじめた。

 進むにつれて、周囲は濃い霧に包まれ始める。


 出発前に感じていた暖かく過ごしやすい気温から一転、空気が少し冷え込みだし、ほんのり肌寒い。


 晴れているからと、上着は薄いのにしてしまったのは失敗だった。

 霧が出ると、こんなに冷え込むとは。


 少し後悔しているリアナは、ハルの毛皮に体をくっつけて暖をとる。


 濃い霧により、さらに視界が悪くなり、不穏な空気を肌で感じる。


 速度を緩めず進んできたハルも、視界が悪いままでは今の速度を維持して進めない。

 そのため、少しずつ速度を落とし始めていたのだが、そのハルが急に立ち止まった。



「ぐっ」



 速度を落としてくれていたとはいえ、かなりの速度が出ていたハルが急に停まった。

 そのため、リアナはハルの首に顔面を強く打ちつける。

 打ちつけた拍子にゴーグルが食い込んだため、少し目の周りが痛い。



「なんだか、嫌な予感がする…。絶対に離れないでね」



 リアナは顔を埋めたまま、右手でハルの首を優しく二度叩き、了承の意を示す。

 それに反応し、ハルはゆっくりと歩き始めた。

 だが、リアナはそのまま少し項垂れる。


 人間には感知できない感覚を補い、周りを警戒してくれていることは、本当に助かる。

 助かるのだが、もう少し自分を気遣ってくれないだろうか。

 現在、真剣に周囲を見渡すハルには、難しいかもしれないが。


 ハルの様子からして、今すぐに何かあるというわけでは無さそうだ。

 リアナはゴーグルを外して首にかけ、食い込んだ部分を重点的に、目の周りを優しく揉む。



「嫌な予感、ね」



 小さく呟かれた言葉に、ハルからの返事はない。


 幸運なことに自分が住む国は、比較的治安がいい。

 街で女性が一人で歩いていても問題もなく、犯罪も少ない。


 だが、山には盗賊や魔物もいるため注意が必要になる。



「リアナ、補助装置は?」

「ちゃんとつけてる。いつでも魔法は使える」

「そう」



 ハルが確認した補助装置とは、魔法を使うための魔導具である。

 この国の場合、国から支給される補助装置を使うことで、魔法を発動させることができる。

 そのため、身につけることができる装飾品の場合が多く、リアナの場合はピアスである。



「なにかあれば、わかってる?」

「水魔法を全力で発動させる、でしょ?」

「よろしい」



 日常生活や正当防衛として魔法を使う分は許されているが、窃盗や傷害といった悪事に魔法を利用した場合は、重い罰に処される。

 全力で発動させた魔法が正当防衛になるかはわからないが、身を守るためなので、致し方がないだろう。



「でも、ここまで来れば、遅刻はなさそうな気がする」



 残りの距離的には、遅刻を心配しなくてもよさそうだ。

 しかし、視界が悪いのは、あまりよろしくない。

 ここは、ハルの方向感覚に頼るしかないだろう。



「…………」



 音を消し、黙って歩くハルの様子を見守る。

 こういう時に考えるのは少し不謹慎かもしれないが、こう見ると普通の猫が大きくなっただけのように思える。


 しかし、普段のハルはいつもドタバタと駆け回って、しっかりと音を立てながら歩いている。

 静かに歩く今との差は、なんなのだろう。


 そういえば、少し前に見たことも聞いたことないお菓子をハルの指示の元で作ったが、あの知識も一体どこで手に入れているというのか。


 ハルの日頃の行動について考え込んでいると、少し遠くで、がさりとかすかな物音が聞こえた。



「ひぃっ!」

「うわぁっ!もう!急に大きな声出したら、びっくりしちゃうでしょ」



 大きな声を出したのは悪かったが、そんなことを気にする余裕もない。

 リアナは謝罪することなく、ハルの首に強く抱きついた。



「えっ!?なんの音?!ねぇ、ハルー!」

「え〜、なんだろね。というか、リアナ、くすぐったいよ」



 なんで、そんなに呑気に笑っていられるのか。

 この音の正体が一体何なのか、リアナは気が気ではない。


 いつもなら、この山に生息している動物が近くにいるのだと思うだけ。

 しかし、この霧に包まれた状況から考えて、あまり良くない考えが浮かぶ。



「ね、ねぇ、ハル。まさか…この霧って、あの霧?」

「あの霧とは、どの霧?」

「ほら。ここ最近、国内外で変な霧が出てるって噂があるじゃない。それなのかなって…」



 山が霧に包まれること自体は、よくあることなのだが、最近、国の内外で話題になっている話がある。



「あ〜。あの運搬人の話ね」

「そう。その話」



 商品を運ぶ運搬人が、山に入って暫くすると、急に霧に包まれ、いつの間にか気を失っていたそうだ。


 気を失うだけならよかったのだが、商品を運搬していた荷車や馬達の姿はどこにも無かった。


 そのため、運搬人は街に急ぎ、衛兵の詰め所に相談した。

 しかし、山に捜索に行った兵士達が見つけたのは、変わり果てた荷車の姿といくらか物色されたであろう荷物の山であった。



「でも、僕らには荷車も馬もいないよ。襲われる心配はないんじゃない?」

「盗賊はそうかもしれないけど、魔物は違うでしょ?」

「ん〜。魔物ね〜」



 最初は、盗賊や魔物の可能性も考えられた。

 だが、しばらくすると、他の国でも同様の被害報告が上がったため、調査は困難を極めた。



「魔物でもなんでも大丈夫。どうせ、僕の早さについてこれないよ。それに、僕らは運搬人じゃなくて、素敵なご主人とかっこいい相棒だしね」

「ふふ、なにそれ。でも、ハルの言う通りかも…」



 被害に遭うのは、食べ物を運ぶ運搬人のみ。

 そのため、兵士を至る所に派遣し、運搬人の警護をさせ、街に送り届けさせた。


 最初は、無事に着くものが多いため、真剣に取り合ってくれないところも多かったが、ある日、実際に霧に包まれることがあった。

 しかし、気がついたら、荷車は無くなり、皆気を失っていた。

 そのため、原因は未だに不明。



「でも、不思議だよね。荷車をひいていた馬や兵士が乗っていた馬は、自分の過ごす馬屋に、怪我なく帰ってきてたんでしょ?」

「そうみたい。無事なのは良いことだけど、ちょっと不思議よね」

「まぁ、大丈夫だよ。僕らは意識もあるし、会話もしてるでしょ?」

「それもそうね」



 この話が広がったとき、運搬人以外は普通に山を越えても大丈夫だと考えられ、他の人々はいつもと変わらず過ごしていた。


 実際に、被害に遭ったものは運搬人しかおらず、他の人への被害は判明していない。


 しかし、現実問題として、自分はハルと共に、霧に包まれている。


 運搬人では無い自分が、あの話と似た状況になろうと誰が思うだろう。


 荷車も無く、なにか特別な物を持っているわけでは無い。

 あったとしても、仕事に関連する物と水筒、少額だがお金は持っている。

 他には、ハルのために持ち歩いているクッキーくらいで、盗られて困るものも無い。



「ねぇ、荷車はないけど、ハルのクッキーはあるわ。もしかして、このクッキーが狙われてるの?」

「そんなの許すわけないでしょ!もしそうなら、僕が倒すから。というか、被害に遭った荷車には大量の食べ物があったんでしょ?クッキーじゃ足りないよ」

「そうよね。クッキーは数枚しかないもの」



 だとすれば、この場合、自分は何を失うのだろうか…?

……ここで考えるのも、よくない。別のことを考えよう。


 リアナが今日の仕事について考え始めたところで、ハルが静かに呟く。



「…ねぇねぇ。さっきの音ってさ、幽霊かな?」



 どうして、楽しそうなキラキラした目をして、こちらを振り返っているのだ。

 ハルの顔を無理矢理、前へ向け、自分と合っていた視線をずらさせる。

 しかし、そのことにハルは特に気にしたような素振りは見せず、声を弾ませ、話を続ける。



「幽霊って、どんなのかな?透明だと見えないから、半透明とか?触れないのかな!」

「見たことないけど、触るのは無理だと思うわ…」

「え〜。残念」



 なぜ、幽霊に触りたがるのか。

 どちらかというと、障られるのはこちらである。



「じゃあ、さっきの音は魔物かな?大丈夫だよ、リアナ!僕、負けたことないもん!魔物でも幽霊でも任せて!」

「魔物というか、何とも戦ったことないでしょう!危ないから、本当にやめて!」



 自分を守ろうとしてくれているハルには悪いが、あまり期待できない。


 自分の知る限りでは、戦闘経験もなく、攻撃魔法を使う姿も見たことない。


 移動方法とは別に見たことがあるのは、夏の暑い日に、身体に風を当てて、涼んでいたぐらいである。


 リアナが焦りながらハルを止めていると、その体が震えていることに気付いた。



「ふふ…。あはは」



 少し様子を見守っていたが、ハルは声を抑えることなく笑い始めた。

 どうやら自分は、ハルにからかわれたようだ。



「もう。ハルのばか」

「だって、リアナの反応が面白くって。でも、怖くなくなったでしょ?」

「それは、まぁ。…ありがとう」

「い〜え」



 もっと、ましな方法はなかったのか。

 本当は怒っても良いのだが、先程までハルの背中で緊張していた体が自然と解れている。

 そのことに、ほんの少しだけ感謝をしつつ、再びハルの首に寄り掛かり、顔をうずめた。


 そして、この山からできるだけ早く、無事に通り過ぎることができるように、ただただ願った。



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― 新着の感想 ―
[一言] ほのぼのしていて可愛いです
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