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29. 御伽噺(おとぎばなし)

ダリアス視点です。



 リアナが、クレアとルイゼの会話を中断させようとしていた頃。

 ダリアスは、屋敷の応接室にレオンと向かい合って座っていた。


 応接室で人払いもされ、二人きり。

 扉も閉められ、いつも後ろにいる従者の姿もない。



「すまないね。せっかくのお祝いなのに」

「いえ、気になさらないでください」



 優雅に腰掛けるレオンとは違い、自分の体が緊張していくのを感じる。

 ダリアスが姿勢を正すと、レオンは机に置いた盗聴防止器に手をかざし、赤く光らせた。



「ここに呼んだ理由がわかるかい?」

「…リアナとルカの話でしょうか」



 自分だけを呼んだ理由など、わかりきっている。

 きっと、ふたりのことだろう。


 ルカが家に来てから時間が経ったが、自分もいつかは、レオンと話したいと思っていた。



「こちらの方は話がついたので、ダリアスにもそろそろ話しておこうと思ってね。右腕には、自分の判断で話してくれて構わないよ」

「ありがとうございます」



 リックには、話を共有した方がいい。

 ルカと初めて出会った時に、その場にいた仲間なのだから。


 それに、右腕といえど、リアナの保護者のような存在である。

 一緒に悩んで、苦労すればいい。


 ダリアスの様子にうなずくと、レオンは盗聴防止器を最大限にあげ、静かに尋ねる。



「では、ダリアス。先にひとつ確認してもいいかい?」

「はい、なんなりとお答えします」

「初めて会った時、ルカは何に見えた?」

「……白い子猫のようなものに見えました」



 初めて、リアナがルカを連れてきた時、ルカは人間ではなく、白い子猫に見えたのだ。


 白く輝く美しい獣。

 黄金に輝くその瞳は、まっすぐとリアナを見ていた。


 それは、ルカが大切にしている絵本に出てくるその絵姿に、どこか似ていた。



「人間になるとはね。おかげで言葉が通じるし、他に姿を見られずに済むから助かるけど」

「そうですね」



 ハイポーションを飲んだ途端、美しい獣から、人間の子供になったのだ。

 あれには、とても驚かされた。



「実は、私は変化する前のあの姿を姿絵で見たことがある。そして、思い当たる節があるよ」

「…白き獣の唄ですか」

「おや、珍しいね。貴族でも知らない場合が多いのに」

「…友が、侯爵家ですので。酒を交わした時に」

「そういえば、そうだったね」



 侯爵家の友に、酒のつまみにと、昔、教えられたことがある。



「白き聖獣が現れしとき、導きに従い、拒まず、害することなく、そしてなにも知らせず、旅の手伝いをしなければならない、でしたか」



 最初は変わったものを信じていると思ったのだが、今となっては他人事ではない。

 それに、絵本の内容と一致すると気付いたのは、ここ最近のことである。



「その通り。白き獣の唄は、御伽噺(おとぎばなし)として、代々続く長い貴族の嫡男のみ引き継がれてきた。それは、なぜかわかるかい?」

「…聖獣と心を通わせ、話すことができる存在に関わる機密事項だからですか」

「そこまで知っているなら、話は早いね」



 レオンは満足げにうなずくと、足を組み直す。


「契約がなくとも聖獣と心を通わせ、話すことができる存在。別名、神獣の愛し子。そう呼ばれた人間は、リアナで五例目になるね。前回は確か、約百年ほど前だったかな」

「……リアナは、なぜ選ばれたのでしょうか?」

「それはわからないよ。その白き獣にしか、ね」



 なぜ、リアナじゃなければならなかったのか。

 それはルカにしかわからないが、そのルカも今や大切な家族だ。

 いっそのこと、旅をせずに一緒に暮らせばいいじゃないか。

 あの賑やかな生活がなくなることなど、してほしくない。


 ダリアスが目を伏せていると、レオンの寂しげな声が耳に入る。



「寂しくなるね、長い旅になる」

「…やはり、旅に出るのですか」

「そうだね。残念だけど、ね」

「…止められないのですか」



 次、いつこの国に帰ってくるのだろう。

 そう考えただけで、胸が引き裂けそうだ。


 いっそのこと、この国から出るリアナとルカと一緒に、世界を周りたい。

 だが、それをするには、自分は抱えるものが多すぎる。

 リアナのことも大事だが、リリーと作り上げた子の商会も、その仲間も同じくらい大切なのだ。


 ダリアスは拳を握りこむと、ゆっくりと息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。



「…すまない。これは、こちらの勝手な都合だ。怒ってくれて構わないよ」

「…いえ、すみません」



 目の前のレオンに言っても、意味がないことはわかっている。



「元はといえば、権力を持ってしまった人間のせいなのだ。その争いを無くすために、平和を愛する神獣は世界を巡る。その時の共に、人間を一人選ぶことになっている」

「リアナが選ばれたことは、光栄なことです」



 選ばれることは光栄なのだが、旅から戻った時に、普通の生活に戻ることができるのか。

 それだけが、親としては心配である。


 

「大丈夫、各国の貴族に話は行くし、害を加えるもの難しいはずだ」

「それでも、リアナにもし、なにかあったならば、私は!」



 私は、後悔しかしない。


 言いたいことは山程あるし、色んな言葉が心の中で渦巻いている。



「続けてくれて構わないよ。ここでのことは、不敬には問わない。全て、受け入れよう」



 少し寂しそうに笑うレオンに、心の底に溜まっていく暗い言葉をぶつけても意味がないことはわかっている。

 この話題が進むにつれ、レオンの握られた拳は白くなっていった。

 なら、自分が言えるのはこれしかない。



「私は、愛するものを失うのはもうたくさんだ…」



 ダリアスの口から出た言葉は、迫力などなく、ただ深い悲しみが含まれていた。


 妻も亡くし、今度は娘が旅に出る。


 寂しさしかないが、今をしっかり愛そう。

 他国に出ても困らないように、今できることを全て学ばそう。


 ダリアスはそう決めると、レオンに頭を深く下げる。



「取り乱してしまい、申し訳ありません」

「いえ、私にもその気持ちはよくわかります。リアナ嬢は、大切な妹のような存在ですからね」

「ありがとうございます。リアナのこと、頼みます」

「すまない。リアナ嬢に付き添って、同行することができなくて」

「いえ、大丈夫です。きっと、ハルとルカが協力して守ってくれるでしょう」



 きっと、協力しながら、仲良く旅をするだろう。

 唯一の不安は、変な輩がリアナへちょっかいを出さないかということ。

 妻によく似て、綺麗に成長したリアナは、そういったところは鈍い。



「予定だと、三ヶ月後ぐらいかな。国王が、手筈を整えてくれている」

「たった三ヶ月…」

「まだ、三ヶ月ある。その間に、私もできることを全てしよう」

「…お願いします」



 三ヶ月。

 とても短い期間で、心の準備をすることができるだろうか。

 自分には、それができる気がしない。



「予定だと、リアナは国を代表する建築士になる」



 国を代表する建築士。

 大きな功績や国の発展に貢献した建築士にのみ与えられる、建築士として最高の称号。

 それを自分が与えられたのは、30代後半のこと。

 それでも十分早かったのだが、リアナは自分を超えるらしい。



「ですが、リアナに他の建築士に対して、納得させられるほどの功績もなにもないです。このままでは、厄介なことになるのではないですか?」

「それまでに、あのガラスを大々的に発表するといい」

「あのガラスの功績を、リアナのものであるということを、そこで発表をするのですか?」

「他国に引けを取らない作品を作れる。そして、建築にも精通している。なにより、魔法も二属性持ち。推薦しない方がおかしいよ」

「それは…そうですが」



 確かに、あのガラスの功績は、大きなものになるだろう。


 本人は友のためにできることを、と思って作り上げたのだろうが、あれはこの国の風景を変える。

 それを目当てにこの国に訪れる観光客が増え、それに伴って国も潤うことになるだろう。

 そうなれば、国の発展に貢献したことになる。

 


「国を代表する建築士になれば、国王の加護があることと同じ。害をなせば、国に喧嘩をふっかけたのと一緒だからね。必ずその身は、守られるはずだ」

「そうかもしれませんが、属性のことなどバレてしまうのは」

「大丈夫。なんとか、属性は隠そう。だが、ガラスはリアナの功績として発表してください」

「…わかりました」



 属性は知られたらまずいが、ガラスのことはいいだろう。

 後で怒られるだろうが、優しい娘のことだ。

 きっと、許してくれる。


 いっそのこと、ガラスの件は、友に頼むのもいいかもしれない。

…とても気は進まないが。


 昔から自分をからかっていた友の表情(かお)が浮かび、ダリアスは苦笑いをする。



「そろそろ、戻ろうか。ルカのことについては、ある程度、伏せて伝える。話を合わせてくれるね」

「お任せください」

「では、戻ろう」



 レオンが盗聴防止器を消し、二人で屋敷を出た。


 先程よりも賑わいを見せている中庭に、自分と同じ黒い髪を見つける。


 遠くで笑う娘の笑顔は、自分が愛した妻の笑顔によく似ていて、とても眩しかった。



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