25. 魔力切れ
「魔力切れですね」
「はい…」
クレアの屋敷内の一室で、神官の診断を受けたリアナはベッドの上で罪悪感を覚えながら、素直に言葉を受け入れる。
「魔力ポーションを出しますか?」
「いえ…必要は」
「そうしてくださると嬉しいですわ」
「わかりました、出しておきます」
魔力ポーションもかなりいい値段がする物なので、神官の申し出を辞退しようと伝えようとしたのだが、クレアに話を遮られた。
当事者の自分を置いて進んでいく話を見守ることにし、リアナは静かに話が終わるのを待つ。
神官との話が終わったのか、クレアはベッドに腰掛け、怒っているような心配しているような複雑な表情をしている。
「リアナ、私、言いましたわよね?無理はしないで、と」
「…はい。申し訳ありません」
約束してすぐに倒れてしまったため、なにも言い返す言葉はない。
「あら、それでおしまいにしようとするの?」
心の中で、やってしまったと後悔する。
もっと自分の魔力残量について、自己管理すべきだった。
今回は、全面的に自分が悪い。
リアナは諦めてなんとか笑顔を作り、言葉を絞り出す。
「…今度、お時間がありましたら、お会いしていただきたいです。一日、時間を空けてお待ちしております」
「まぁ、嬉しいわ。リアナから誘ってくれるだなんて」
クレアは心底嬉しそうな喜色を含んだ声で、リアナの申し出を受け入れる。
大丈夫。たった一日、そう一日耐えれば良いだけである。
リアナは自分にそう言い聞かせていると、魔力ポーションを持った神官に声をかけられて、現実に戻ってくる。
「では、こちらをお飲みいただき、今日は激しい運動や仕事は避けてくださいね」
「はい、気をつけます。ありがとうございます、神官様」
わざわざ近くの神殿から来ていただいた神官に感謝をし、頭を下げる。
神殿から呼ぶだけでもお金がかかるのに、それに加えて魔力ポーションも買い上げたクレアに申し訳ない気持ちになる。
金銭はレオンに聞いて返すことにし、神殿には寄付をしよう。
リアナは受け取った魔力ポーションを、一度、サイドテーブルの上に置く。
「では、ここで待っていて」
「わかりました。神官様、本当にありがとうございます」
「いえ。お大事にしてくださいね」
神官とクレアが部屋を退室したのを見届け、魔力ポーションを飲むために、リアナは少し心の準備をする。
扉が閉まった後、なにやら小動物が走る音がし、走って飛んできた小さな黒い塊をリアナは受け止めた。
「リアナ、もう!心配したんだよ!」
「ごめん、ハル。集中しすぎて、残りの魔力量に気付かなくて…」
どうやら神官とクレアが部屋から出る際、小さくなったハルが入り込んできたようだ。
ハルがポカポカと前足でリアナのことを叩く姿に和みながら、リアナは素直に謝る。
「他の人より多いからって、油断しないでよ!」
「…なにも返す言葉はありません。ごめんなさい」
たしかに庶民にしては多いが、あまり枯渇するまで使用することはない。
そのため、油断してしまったのが悪かった。
そういえば、倒れたのは中庭で、今はベッドにいる。
きっと、ハルが運んでくれたのだろう。
「ありがとう。ハルが運んでくれたのでしょう?」
「いや、フーベルトだよ。さすがに、僕じゃベッドに寝かせられないからね」
「え…?」
予想していなかった人物の名前が出て、少し倒れた際の記憶が蘇る。
そういえば、背後に倒れて、誰かに両腕で抱き止められていた気がする。
周りにいたのは、ルイゼとフーベルトとハルとルカ。
しっかりと自分の体重を支え、且つ運ぶことができる人物は、一人しかいない。
「…フーベルトさんが…?」
ここまで運んでくれたということは、きっと他の人にも見られている。
そのことに気付いたリアナは、恥ずかしさから耳元まで赤面した。
「ちゃんとお礼言いなよ。ルカもリアナが心配で泣いちゃって。ずっと、フーベルトに抱きついたままだよ」
「すぐ行こう!」
「え。ちょっと、待ってよ」
恥ずかしさと申し訳なさからこの場にいたたまれなくなり、リアナは部屋から出ようとする。
そんなリアナをハルがなんとか止めようとし、部屋が少し騒がしくなった。
部屋から出ようとしたリアナを、扉の先にいたクレアは強く抱きしめた。
そこで少し冷静になったリアナは、同様にクレアを抱き返すが、クレアは少し拗ねたような声を出す。
「待って、リアナ。先に、あれを飲んでくれなきゃ、ここから出せないわ」
「クレア…。あの、なにか飲み物をくれない…?さすがに、まだそれは苦手なので…」
「だめですわ。でも、ちゃんと飲めたら、この蜂蜜入りの紅茶を飲ませてあげます」
混乱が落ち着いてきたリアナは、もう一度ベッドに座らされる。
飲まなければこの部屋から出す気がないクレアの言うことを素直に聞くことにし、魔力ポーションの蓋を開けた。
クレアは紅茶に蜂蜜を入れて、しっかりと混ぜてくれている。
それを魔力ポーションの隣に置かれたのを見ながら、リアナは心を決める。
「うっ」
魔力ポーションを一気に飲み干すと、行儀は悪いがカップの飲み物を全て飲み込んだ。
口の中に残る独特な苦味を、甘い紅茶でなんとか打ち消そうとする。
「ありがとう、クレア。助かったわ…」
「ふふ、それはなによりだわ」
口に残ってしまった苦味にリアナは顔を歪ませながら、クレアに感謝する。
「では、安静にね」
「気をつけます」
扉の前でクレアと別れ、ハルと共に歩き始めた。
屋敷の入口へ歩きながら、上着に入れていた懐中時計を確認する。
「そろそろ、仕事も終わる時間ね」
「そうだね。なかなか起きなかったから、フーベルトも長いこと、ルカを抱っこしているしね」
「そういえばそうだったわ。少し急ぎましょう」
少し早歩きで、中庭の作業場へ向かう。
そこには、ルイゼとフーベルト、そしてフーベルトの胸に顔を埋めて抱っこされているルカの姿があった。
「リアナ、もう大丈夫なのかい?」
「大丈夫です。すみません、中断してしまって」
「いや、それはいいのさ。私は心臓が止まるかと思ったよ…」
「すみません、ルイゼさん」
ルイゼの顔色が少し改善されたことを確認し、次にフーベルトの方を向いた。
だが、フーベルトを前にし、先程ハルから聞いたことを思い出し、リアナは少し恥ずかしくなる。
「リアナさん、大丈夫ですか?」
「…大丈夫です。ハルから聞きました。きっと、力が抜けているので重かったはずです。迷惑をかけてすみません」
「いえ。一切、重くありませんでしたから。むしろ、軽かったです」
そう言われるほど、軽いわけはない。
ここ最近、屋台で食べたり、ルカと一緒にお菓子を食べている機会が増えた。
少しの間、食べる量を控えよう。
「…運んでくださってありがとうございます。助かりました」
「いえ。しかし、許可なく触ってしまって、すみません。できれば、親方とリックさんには内緒にしていただけると…」
「わかりました」
フーベルトに返されたお願いに、リアナは苦笑いする。
父とリックは過保護なところがあるため、伝えない方が賢明だろう。
フーベルトと自分のために、ここだけの話とする。
リアナは少し中腰になると、フーベルトに抱っこされ、胸で泣いているルカに優しく話しかける。
「ルカも心配させちゃったわね。本当にごめんね」
「僕じゃ、リアナ持てなくて…。ごめんね…」
フーベルトに抱っこされたまま、涙に濡れた顔を見せてくれたルカに安堵する。
しかし、想像しなかった内容について謝られて、微笑ましくて、つい笑ってしまった。
「大丈夫よ、心配してくれて嬉しいわ」
「リアナ、もう元気?」
「元気よ。今度、またなにかあったら助けてくれる?」
「助ける!ハルと一緒に!」
リアナの姿に安心したのか、ルカはにっこり笑い、いつものように元気に約束をしてくれた。
フーベルトに降ろしてもらうと、ハルとなにか約束をしているようだ。
他の職人達が作業を終えたらしく、屋敷から出て来ている様子を眺める。
「今日はもう、終わりですね」
「そうだね。また、明日頼むよ」
「こちらこそお願いします」
奥から一人、リアナ達のいるところに走って来ている人物が目に入った。
「リアナ、無事か!どこも怪我はないか!」
ダリアスは走って来たと思えば、リアナの両脇を支えて高く持ち上げた。
子供の頃によくやってもらった久しぶりの感覚に、心配してくれて嬉しいが、照れてしまう。
「ないわ、お父さん」
「そうか、ならいいのだが…」
ダリアスは周囲の状況を理解できたのか、困ったように笑い、リアナを地上に降ろす。
いつも通り、落ち着いた親方に戻ろうとするが、みんなに微笑ましく見つめられて、少し気まずいようだ。
「ダリアス、僕も!」
「おぉ、ルカもするか」
ルカのお願いに、リアナより更に高く持ち上げた。
それに対して、ルカも喜んでいる。
今日は作業の続きをするにはもう遅いため、明日作業をすることにして、帰路につく。
その日は父とルカが作った晩御飯を食べ、リアナはハルとルカに早々に寝かせつけられたであった。




