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24. 試作品の製作



 リアナはフーベルトと目を合わせて、安堵と嬉しさを静かに分かち合う。

 しかし、二人の様子を見守っていたクレアは大きな目を糸のように細くした。



「フーベルト。やはり、貴方が描かれたのね」

「はい。今回、私が描かせていただきました。しかし、やはりと申されますと…?」

「ふふ。私、リアナから聞いているもの。デザインも彫刻も美しくて、ずっとその作業を見ていたい職人が」

「クレア!ちょっと、待って!」



 先程、話を広げられないようにしたのに、ここで言う必要はないではないか。

 これ以上の爆弾を投下されないように、リアナは話を遮って、クレアを止めようとする。

 しかし、そのリアナの様子に、クレアは優雅な笑みを浮かべた。



「あら、リアナ。淑女たるもの?」

「……常に平常心であれ」

「覚えていてくれて嬉しいわ」



 昔、淑女のマナーとしてクレアに最初に教えられた言葉を思い出し、どうにかして平静に戻ろうとする。

 しかし、平常心を崩したのはクレアではないか。

 そのことに、リアナは不満げに口を少し尖らせた。


 そんなリアナのことを一瞬だけ視線を走らせ、クレアは余裕の笑みを浮かべる。

 きっと、クレアには一生敵わないだろう。

 リアナはそうそうに諦めると、肩の力を抜いた。



「クレア、この二つの案で迷っているのよね。そこで提案なんだけど、これを一つにまとめるのはどう?」

「それは魅力的なことだけど、良いのかしら」

「フーベルトさんならできるから。無理はしていないわ」

「そう。なら、お願いしようかしら」



 クレアはきっと、作業が増えたことで無理をしていないかを心配してくれたのだろう。

 だが、気持ちだけで十分だ。


 リアナが隣へ視線を移すと、フーベルトは優しくうなづいてくれた。



「お気に召していただき、光栄です。よろしければ、今ここで描きあげますが、いかがでしょうか?」

「いえ、任せるわ。これも、出来上がりを楽しみにとっておきたいの」

「かしこまりました。謹んでお受けいたします」



 話がまとまり、リアナ達は席を立つ。

 今から急いで、ガラスが作れるか、ハルと共に試さなければ。



「では、これで失礼いたします」

「えぇ。でも、リアナはちょっと残って」



 他が部屋を出るのを見守ると、自分だけ部屋に残る。

 動く様子のないクレアに近付くと、リアナは隣に座って、手を優しく握った。



「クレア、どうしたの?」

「…ねぇ、リアナ。本当は無理しているのでしょう?」

「大丈夫よ。ちょっと難しそうだけど、その分、ワクワクしてるの」



 あのガラスは残念だったが、ハルと考えたようなガラスが作れるのなら、きっと良い経験になる。

 それに、まだ見たことのないガラスを作るだなんて、正直、楽しみでしかない。


 目を輝かせて話すリアナを見て、クレアは少し困ったように笑う。



「リアナの大丈夫は信用ならないわ。それに、さっきの会話の時は笑顔がひきつっていたもの。私が気付かないとでも思ったの?」

「それは…その…」

「いいこと、リアナ。無理はしないこと。私は貴女だから、この仕事を頼んだの。でも、無理をしてまでガラスのことをどうにかしてほしくない」



 クレアの懇願に、リアナは目を見開く。

 だが、その言葉のおかげであたたかい灯がともったような気がした。

 少し寂しげに笑うクレアを見つめ、リアナは無邪気な笑みを浮かべる。



「クレア、ありがとう。正直、不安で一杯よ。もう、泣いちゃうかと思ったわ」

「…じゃあ、普通のガラスにし」

「でも、任せて欲しいの」



 クレアは優しい。

 だから、きっと、自分のために要望を変更する。

 それでは、クレアの親友としての自分も、建築士の自分も納得できない。



「…もう。昔からリアナは変なところで頑固ね。でも、そういうところも私は素敵だと思うわ」

「ありがとう、クレア。私は貴女の少しの変化も見逃さないところ、尊敬しているわ」



 互いに褒め合い、見つめ合う。

 それが少し面白く思えてきて、顔を見合わせて二人で笑い合った。

 笑いがおさまると、どちらからともなく背中に手を伸ばして、声援を送る。



「頑張って、リアナ」

「頑張るわ、クレア」



 互いに健闘を祈り、一度しっかりと抱きしめ合う。


 なにかあるとすぐに抱きしめるクレアに最初は戸惑ったが、今ではこれが、一番心が落ち着き、心強く感じる。



「では、次こそ。失礼いたします。クレア様」

「ごきげんよう、リアナ。そういえば、子供の親から謝罪と感謝の手紙が届いていたわ」

「…ありがとうございます」



 今度こそ退室しようとしていると、クレアのメイドから手紙を渡された。


 子供のことは、既にクレアには耳に入っているのだろう。

 しかし、なにも知らないことにしてくれるらしく、黙って手紙を受け取り、笑顔で部屋を退室する。



「お待たせしました。行きましょう」



 外で待っていてくれたフーベルト達と移動し、リアナはガラスのことを考える。

 部屋から離れてしばらくすると、隣で息を吐く音がした。



「緊張しました…。職人は貴族の依頼者とは、あまり直接やりとりすることは無いですからね…」

「そうですね。でも、私もクレアは特別なので平気ですが、他の貴族の方は緊張しますよ」



 まだ緊張した様子のフーベルトに気付き、リアナは小さくと笑う。

 そして、中庭へ戻りながら、少しだけ雑談をする。



「先程の首が痛いは、座ってくださいって意味です。他にも、色々ありますが、気をつけなければ、気付かぬうちに口説いている事態になるそうです」

「そういったことがあるのは聞いたことがありますが、できれば関わりたくない世界ですね…」



 眉間に皺を寄せ、少し嫌そうな表情(かお)をしているフーベルトに気付き、リアナは我慢できず笑う。

 それにつられてフーベルトも笑い出した。



「師匠、はやくかこう!ぼくもいろをぬるよ!」

「そうですね、ルカさん。頼もしいです」



 ルカはハルから降りると、フーベルトの手を引き、早く作業の続きをするために先へ進んでいく。

 そのふたりの後ろ姿を見送りながら、リアナは速度を変えず、ハルの横を歩く。



「あとは、さっき話した方法が上手くいくか、だね」

「そうね。後で試してみましょう。きっと上手くいくわ」

「ふふ、そうだね。僕の本気を見せちゃうぞ!」



 しっぽを大きく降り始めたハルを見守りながら、リアナは笑みをこぼす。

 リアナ達が中庭へ戻ると、ルイゼの横に山のようなガラスが置かれていた。



「リアナ。有るだけ全て、揃えてきたよ」

「ありがとうございます、こんなに大量のガラスを。本当に助かります」

「いや、元はと言えばこちらの運搬班の問題だからね。気にしないでおくれ」

「いえ、子供が無事なのが一番です。こちら、その親からの手紙です」

「受け取るよ」



 クレアから受け取った手紙をルイゼに渡して、リアナは小さめの色ガラスを何枚か選ぶ。



「ハル、お願い」

「じゃあ、試しにね」



 ハルにお願いすると、ガラスの切り口同士をパズルのようにピッタリ揃うように切ってくれた。

 手紙を確認して片付けたルイゼは、不思議そうにハルの切ったガラスを見ている。



「そのガラスをどうするんだい?」

「実験なので上手くいくかわからないですけど、このガラスの破片達を一枚のガラスにします」

「一枚のガラスに…?」



 リアナの説明に想像ができていないルイゼは、最終的に探るような目を光らせている。



「ハル、やるよ」

「任せて」



 これは言葉で伝えるより、完成品を見せた方が早いだろう。

 そう考えたリアナは、ハルと試作品を作り始める。

 出来上がった記念すべき一枚目をルイゼに渡し、強度や不具合を確認してもらう。



「これが試作品です。どうですか?」

「うーん。綺麗だけど、強度がね。くっつきが甘い…」

「そうですか。ハル、次もやるよ」

「はいは〜い」



 試作品を作ってはルイゼに渡し、確認してもらった枚数も十枚を超えた。

 そのあたりから、少しずつ変化が見え始める。



「ガラス同士はくっついているが、まだ弱いね」

「そうですね。でも、どうにかできそうです」



 それからも完成する度に確認してもらい、十五枚目にして、また大きく変化する。



「上の色ガラスはしっかりとくっついたけど、下とはくっつかない…」

「あとちょっとなんだけどね」



 このままでは強度も弱いため、次の試作品を作り出す。



「もう一回しよう」

「了解」



 もう何枚目になるのか、数えてないのでわからないが、試作品を作り続ける。


 その作業の中で、このガラスをなぜ完成させたいのかを、リアナは考える。

 クレアのため、商会のため、自分のため。

 色々なことを考えるが、やはり一番は、みんなの喜んでくれる表情(かお)が見たいためである。



「どうか、上手くいきますように…」



 誰にも聞き取れないぐらい小さな声で祈りを呟く。

 すると、ハルの風魔法の後、一瞬だけガラス全体が炎に包まれ、一度まばゆく光った。



「え…?」

「リアナ!」



 ガラスの眩さにハルはリアナのことをガラスから離し、背後に隠す。

 しかし、それからガラスに特に変化はない。


 机の上のガラスを見て、ハルの背後から出ると、リアナは出来上がった試作品の強度やガラス同士のくっつき具合を調べる。

 確認を終えたリアナは出来上がったガラスをルイゼに渡し、最後の確認をしてもらう。



「ルイゼさん。どうですか…?」



 何度も角度を変えて確認しているルイゼを見守りながら、リアナは静かに待つ。

 確認を終えたルイゼにもいい笑顔でうなずかれたことで、ハルと向き合い、湧き上がる喜びに身を任せた。



「…やった…出来たわ!!ハル、私達、すごいことをしちゃった!」

「リアナ、やったね!僕らはやっぱり最高の相棒だよ」



 ハルと抱きしめ合って完成を喜んでいると、リアナは急に脱力感を感じた。

 ハルを抱きしめていた腕が緩み、手足から力が抜けていく。



「あれ…?」

「リアナ…?リアナ!」



 誰かに抱き止められたリアナはぼんやりする意識の中、この感覚に身に覚えがあることに気づく。

 それをどうにか周りの人に伝えようとするが、声が出なかった。

 

 リアナはそのまま意識を手放した。



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