23. ふたりの考え
「それは信じてるよ。でも、どうやって作るんだい?」
ルイゼとフーベルトは、自分の言葉に反論することなく、信じて協力してくれるらしい。
嬉しさから緩みそうになる表情を引き締め、リアナは頭の中で整理しながら指示を出す。
「まず、ガラスを枠から外し、新しい透明ガラスを設置してもらいます。ルイゼさん、頼みます」
「あぁ、わかった。ガラスは工房から取ってくる」
「その時に色ガラスもお願いします。これに使われていた色に近いもので。色の濃さは、気にしないでください」
「了解。あるだけ持ってくるよ」
リアナの指示に頷き、ルイゼは召喚獣を出して、自身の工房へ空を飛んで帰る。
風がおさまったことで、リアナはフーベルトの方へ向く。
「リアナさん、私はどうすればいいですか?」
「その前に確認したいことがあります。扉の彫刻には、あとどれくらいかかりそうですか?」
「ほぼ完成しており、最後の仕上げだけです。仕上げは、その作業が得意な職人に頼んであるので、私の時間はいくらでも有ります」
「それは…よかったです」
ガラスのことは一大事だが、扉の彫刻の進捗も気になっていた。
だが、フーベルトがいなくとも完成しそうなことにリアナはほっと息をつく。
今回のガラスの製作にどれくらい時間が必要か、まだ見当もつかない。
そのため、フーベルトにもいてもらえるとわかっただけで、非常に心強い。
「では、デザインをお願いします。フーベルトさんなら、出来ますよね」
「あぁ、任せてくれ」
言葉を崩したフーベルトは少しはにかみ、頭を下げて作業机の方へ行く。
「まって!ぼくもいく!」
「ありがとうございます、ルカさん。お願いします」
フーベルトとルカを見送った後、その場に残ったのは、割れたガラスと自分とハル。
行儀は悪いがその場に座り込むと、ハルと目を合わせて、話の続きを再開させる。
「ハル。言われた通りに指示を出したけど、そろそろ説明してくれる?」
「わかったよ。でも、出来るかどうか、これは保証できないんだ」
ハルは急に自信なさげに、耳を垂らした。
そのハルのことを、リアナはしっかりと抱きしめる。
「私はハルを信じてるし、ハルとだからできることがあるって知ってる。それに、今までふたりでなんでも乗り越えてきたでしょ。だから、きっと大丈夫」
「リアナ…」
「どんなに高い壁にぶつかっても、どんなに辛いことがあっても、私はハルがいてくれるから頑張れる。ハルはどう?」
「僕だって。リアナがいるから頑張れるんだよ」
「じゃあ、ふたりでいれば大丈夫だね」
「そうだね。僕らが揃えば、無敵だよ」
どうやら、いつもの自信ありげなハルに戻ったようだ。
それを確認し、リアナは紙とペンを持つと、ハルと話を再開させる。
「今回はどうやって色ガラスをくっつけるか、だね」
「あれが使えると思うんだ、ルイゼの作ったあの粉」
「…もしかして、ガラスの補修の時に使う粉を繋ぎに使うの?」
自分の考えで合っていたようで、ハルは嬉しそうに何度もうなずいている。
「そう!デザインごとに色ガラスをカットして、透明ガラスに場所ごとに置いていく」
「そして、傷を無くすあの粉の特性を生かして、継ぎ目と下地の透明ガラスとの隙間を無くすのね」
「そう。上手くいくといいんだけど…」
確かにガラスの傷を無くすルイゼのあの粉を使えば、色ガラスごとの継ぎ目を判らなくすることができ、下地との隙間も無くせるかもしれない。
普通のガラスに比べ厚みはあるが、まるでそれが一枚のガラスで出来ているかのような、大変美しい仕上がりになるだろう。
「とりあえずやってみよう。ルイゼさんが戻ったら、色ガラスのカット、頼んでもいい?」
「任せて、リアナ」
ハルとの話がまとまると、休憩スペースから立ち上がる。
そして、フーベルトがデザインを描いている場所へ向かった。
「師匠、ここのいろはこっちのがいいかも」
「確かに。そちらの方が華やかでいいですね。さすがです、ルカさん」
あれから少ししか経っていないのだが、デザインは何枚もできていた。
ルカのアドバイスも的確で、どれも綺麗な仕上がりになっている。
「出来上がったものを受け取ります。私が、クレアと話し合ってきます」
「いえ、同行させてください。その場で、いくらでも描き直します」
「…ありがとうございます」
デザインを描いた本人がいれば、その場での描き直しや意見も通りやすいだろう。
リアナはフーベルトに同行してもらうことにし、デザインの描かれた紙を集める。
「リアナ、ぼくもいきたい」
「ルカも?」
「ぼくはなにもできないかもしれない。でも、ハルみたいにリアナをたすけたい」
「ありがとう。じゃあ、一緒に来てくれる?」
「うん。ハル!」
「はいはい〜」
ルカがハルの名前を呼ぶと、ハルは乗りやすいように座ってくれ、その背中に乗る。
リアナは屋敷の入口に立つ執事に、クレアと面会したい旨を伝え、クレアのいる部屋の前に立つ。
一度その場で大きく深呼吸をし、話す内容の確認と気持ちを落ち着かせると扉を4回ノックする。
「リアナ・フォルスターです、クレア様。今、お時間いかがでしょうか」
「どうぞ」
クレアの許可を得ると扉を開けて、室内に入る。
机には人数分のカップが置いてあり、ルカとハルもここに来ることがわかっていたのか、専用の椅子も用意してある。
「あら、リアナ。抱擁の時間にはまだ早いんじゃなくて?」
「いえ、そのために来たのではありません。報告と相談が有ります、クレア様」
「そう。でも、私、上を見ながら話すのは少し首が痛いわ」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
クレアの貴族独特のこの言葉に、最初は理解できなかったが、今ではクレアのおかげで、少しは理解できるようになってきた。
だが、素直に座ってもいいと言ってくれた方がわかりやすい。
そのため、貴族は捻くれているのではと言ってクレアに笑われたことを、ふと思い出す。
「お初にお目にかかります、ベーレンス伯爵夫人。私、フーベルト・ウィーズと申します」
「そう、貴方があの。リアナから名前を聞いたことあるわ」
「リアナさんから…?」
隣に座るフーベルトから視線を感じ、リアナは目を泳がす。
クレアにフーベルトさんのことを話したことはあるが、今、その話はしなくてもいい。
本人に聞かれると困る話はしていないが、その内容を聞かれるのは、少々恥ずかしい。
「クレア、それはいいから!報告と相談の話をしましょう!」
「ふふ、そうね。では、話を聞かせて?」
フーベルトにじっと見られていることには気付いているのだが、このまま話が広がるのは避けたい。
話を変えるために、リアナはさっさと本題をきりだす。
「今回、依頼して頂いていた特注品のガラスは届いたのですが、こちらの不注意で破損させてしまいました。本当に申し訳ありません」
リアナはガラスの件を子供の事故のことを伏せて報告し、フーベルトと共に、深々と頭を下げて謝罪をする。
ここで子供のせいにするのは簡単だが、今度はその子供の親にまで責任が広がる。
今回割れたガラスは、庶民の生活では払うことができないほど高価な物で弁償は難しい。
なので、今回は商会の落ち度として謝罪をすることを父と相談して決めた。
「あら、そう。残念だけど、それはいいチャンスね、リアナ」
「はい。いい鍛錬の場として、受け入れる所存です」
「ふふ。では、任せるわ。それで、相談は?」
深く事情を聞かれることもなく、一旦報告の話は終わった。
続いて、相談の件を切り出されたため、リアナは持っていた紙を、クレアに見やすいように机に並べる。
「こちらをご覧ください。これは、新しく考えているガラスの図案です。どれか、気に入りそうなものはお有りですか?」
「そうね…」
図案を一枚一枚丁寧に見ていくクレアを見守りながら、反応を待つ。
クレアが紙を持ち替える度に、フーベルトの息を飲む音が聞こえ、なんだか自分も緊張してくる。
「……ふー」
一通り見終えたクレアは深く息を吐いてうつむいているため、表情を確認することはできない。
良い反応なのか、悪い反応なのか、見当もつかず、リアナはズボンを握りしめる。
しばらく待っていると、クレアは勢いよく顔を上げた。
「……これは…本当に悩むわ。前のデザインも良かったけど、この別のデザインも捨て難いわ。それに、このデザインも最高なの」
「…お気に召したようで、嬉しい限りです」
喜びすぎて声が大きくならないように気をつけ、なんとかリアナは言葉を返す。
よかった。クレアにとって、気に入るデザインがあったようだ。
 




