18. 束の間の休息日
いつもより少し遅く起きたリアナは、ハルとルカと一緒に朝食をとり、私服に着替える。
というのも、屋敷の工事がある程度進んだので、休みを言い渡されたのだ。
本当はこの工事を担当した責任者として、常に仕事について把握しておきたいと願ったのだが、父に休むのも仕事の内だと言われ、やむなく休みを取ることになった。
「リアナ、ふくまちがえてるよ」
「大丈夫、間違えてないわ。今日はお仕事じゃないから、ワンピースにしたの」
「かわいい!」
「ありがとう、ルカもよく似合っているわ」
リアナの今日の装いは、スプリンググリーンが多くを占める膝下丈のワンピース。
ルカの服装は、クレアに渡された服の中にお出かけ用とメモが貼ってあった包みのものを着ている。
白い襟付きシャツに水色のニットベストを上に着て、濃い灰色のハーフパンツがよく似合っている。
「ハルはなにも、きないの?」
「僕は特別ですから〜」
「ハルには素敵な毛皮があるからね」
「そっか!じゃあ、これ、つけてあげる!」
ルカの手には一枚の布が握られており、それにハルは首を傾げた。
「それは?」
「クレアがくれた鞄の奥にあったの。ルカが見つけたのよ」
「ハルのえがかいてあったから、ハルのかなって」
「そっか、ありがとう。まぁ、それならつけてもいいかな〜」
クレアのプレゼントだとわかったハルは、嬉しそうにルカにつけてもらっている。
このスカーフはハルの大きさに合わせて変形する素材を使った特注品で、クレアが定期的にプレゼントするもの。
最新作が身につけられて、ハルはご機嫌にしっぽをゆっくり揺らす。
「ハルといっしょ!おそろい!」
「そうだね。いいでしょ、リアナ」
「えぇ、お揃いでかわいい。ふたりとも、とっても素敵よ」
リアナの言葉に、ハルとルカは顔を見合わせて笑っている。
今度、自分もなにかお揃いで作ってもらいたい。
そんなことを淡く考えながら、着せ替え人形になる未来が浮かんだため、すぐに思考を断ち切る。
準備を終え、家から出ると街の方へ歩いていく。
「きょうはどこにいくの?」
「本屋さんに行くわ」
「ほんやさん?」
「本を売っているお店よ。欲しかった建築の本の最新刊が出るから、その予約にね」
「それはたのしい?」
「そうね。私にとっては面白いわ。ルカも気にいると思う」
「たのしみ!」
欲しい本は専門用語が多く、内容的には難しいことも書かれているが、絵が色鮮やかでとても美しい。
絵だけでも楽しめるので、ルカと一緒に読むのを楽しみにしておこう。
歩き続けていると目的の本屋が見え、その場で止まると、リアナはふたりと視線を合わせる。
「私は本屋さんに入って予約してくるけど、ハルとルカはどうする?一緒に行ってみる?」
「ぼく、ハルとあれたべたい!」
ルカが指さす方向を見てみると、屋台が出ているようだ。
様々な屋台で賑わっている公園を見ていると、ハルの毛が少し膨らむのが視界の端に入る。
ハルの見つめている先を見ると、その理由がわかった。
「りんご飴!!」
「ハル、しってるの?」
「僕、あれ好きなんだよね。この世界で一番、好きかも」
「りんご飴っていうの。ハルの好きなスイーツよ」
「ぼくがかってくる!そしたら、ハルうれしい?」
「嬉しい嬉しい!もう、なんていい子なんだ〜」
「ふふ。じゃあ、ルカに任せようかしら」
屋台の近くにあるベンチに座り、ルカにお金を渡して、買い物を見守ることにする。
「いらっしゃい。かわいらしいお客様」
「あの、えっと…。りんごあめ、三つください!」
「あら、元気に言えてえらいわ。三つね」
「ありがとう、おねえさん!」
「まぁ、なんていい子!おまけしちゃうわね」
無事に買えて嬉しそうにしていたところに、おまけまでもらえて、ルカは満面の笑みになった。
紙袋にりんご飴とフルーツ串を入れてもらい、大事そうに抱えながら、こちらへ慎重に歩いてくる。
「リアナ、かえた!」
「ちゃんと見てたわ。えらいわね」
「えへへ」
少し照れたのか、ルカは頬を少し赤く染めながら笑っている。
「じゃあ、ハルの隣に座って。紙袋は一度預かるわ」
「ありがとう」
「ほら、ルカ。早く食べようよ」
ハルは久しぶりに食べられるりんご飴にワクワクを抑えきれず、横で飛び跳ねている。
その姿を見守りながら、ルカに紙袋を返す。
「ハルとちょっとだけ待っていてね。おまけも食べながら、ゆっくりしていて」
「わかった!」
「ルカ、早く頂戴!」
待ちきれなくなったのか、ルカにりんご飴を袋から出すように催促をしている。
ベンチでりんご飴を食べ始めたふたりを見届けると、リアナは本屋に入った。
この本屋は、レンガ造りで二階建てである。
一階は、庶民でも買えるぐらいの値段の本が置いてあり、出入りも自由。
冒険者や恋愛小説が置いてあり、学院の頃には、よくクレアと一緒に買い物をした。
二階は、少し値段がはるため、入る際に名前の提示が必要になる。
専門書や他国の書物が置いてあり、リアナのお目当ては、二階に置いてある専門書。
「ふふ。楽しみー」
普段はその値段で諦めることが多いが、今回は違う。
今回欲しい専門書は、A・ガラディという著者の図鑑のような本で、世界の建築物について書かれている。
その著者であるA・ガラディが実際に旅をしながら見てきた建築物の絵と細かい説明、その建築物が建っている地域の気候なども書いてある。
小さく頃、父の職場で読んだこの本の最新版が出ると聞き、仕事を始めてコツコツと貯めてきたお金を引き出し、本屋に予約に来たのだ。
リアナは軽やかな足取りで二階へ上がり、受付に向かう。
「いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」
「いえ。本の予約をしに来ました」
「畏まりました。では、本の情報を教えていただけますか?」
「A・ガラディ作、世界の建築物。最新版をお願いします」
「承りました。入荷におよそ二ヶ月ぐらいかかります。届きましたら手紙でお知らせいたしますので、こちらに記入を。次回は届きました手紙を持って、受け取りに来てください」
「ありがとうございます」
本の代金を先に払い、渡された用紙に実家の住所を記入する。
「お願いします」
「はい、たしかに。楽しみにお待ちください」
「ありがとうございます。楽しみに待ちます!」
ずっと楽しみにしていた本が、もうすぐで手に入る。
そう考えただけで心が躍り、ご機嫌で階段を降りる。
一階に降りたリアナは、ふと絵本コーナーの前で立ち止まった。
「そういえば、ルカって字は読めるのかな…?」
数字はわかるみたいだが、字を読んでいる姿は見ない。
絵本なら絵の方が多いし、これから字を読む練習にいいかもしれない。
絵本コーナーで立ち止まって吟味していると、一冊、気になる絵本を見つけた。
「ルカに似てる…」
白い動物が描かれている絵本。
その瞳が金色で、なんだかルカに似ている。
自分に似たものは、興味を持ってくれるかもしれない。
そう考え、リアナはそのまま買い上げた。
本屋から出ると、ベンチに座るふたりの元へ、少し早足で向かう。
「あ、リアナだ!」
ふたりはもう食べ終えたのか、リアナの方へ手を振りながら待っていた。
リアナも小さく手を振り返し、ふたりの座るベンチに腰掛ける。
「お待たせ。美味しかった?」
「美味しかった!これ、リアナの分!」
「ありがとう」
リアナはルカにりんご飴を渡され、有難く受け取る。
ルカは同じ袋からフルーツ串を取り出して、ハルと仲良く食べ始める。
「あ、これはぶどうだ。ルカのは?」
「いちご!それ、おいしそう」
「じゃあ、はんぶんこしよ。僕もそれ食べたい」
ふたりが仲良く分け合っているのを見守り、リアナもりんご飴に齧りつく。
飴のカリッとした食べ応えとりんごのシャリシャリ感が楽しい。
「ふー、美味しかった…。もうすぐでお昼なのね」
「そうだね。こんな時間に外に出ることなかったから、ちょっと楽しいよ」
そろそろ昼食の時間。
りんご飴は食べたが、あれは別腹なので、ちゃんとお腹は空いている。
ここ最近は休みの日も仕事の書類を作っていたため、屋台なんて行っていない。
「せっかくだし、お昼も屋台で買って食べちゃう?」
「やった〜!ハル、なににする?」
「じゃあ、背中に乗って。色々と一緒に見にいこう」
色々な屋台が出ているが、各自の気になったものを買い、先程のベンチで食べることにする。
ルカは焼きソーセージにパンのセット。
リアナはドルネケバブという肉や野菜とパンで挟んだもの。
ハルはクレープを選んだ。
「おいしい!ソーセージがパリっていったよ!」
「よかったわね。私も久しぶりに食べたけど美味しい」
「ふ〜。クレープは最高だね。甘くて美味しい〜」
各自、選んだ昼食に満足し、お腹が膨れたようだ。
リアナが体を伸ばしていると、ルカは首を傾げる。
「このあとはどうするの?かえる?」
「お父さんになにかお土産を探そう。きっと、喜んでくれるわ」
「じゃあ、ぼくがえらぶ!ハルもいこ!」
「あ、ちょっと。走らないでよ〜」
ルカは嬉しそうに雑貨やお土産を売っている屋台に走り出し、ハルも急いでついていく。
そこに追いつくと、ルカは嬉しそうに何かを持っていた。
「これ、ダリアスにあげる!」
「きっと喜ぶわ」
木彫りの動物が並ぶ屋台の前で、ルカは嬉しそうに笑う。
ルカが選んだものはハルによく似た猫の置物で、とてもかわいらしい。
「僕じゃん!ダリアスは僕のこと好きだからな〜」
「そうね。ハルのこと、よくブラッシングしているものね」
「ハル。ぼくもブラッシングしてもいい?」
「しょうがないな〜。ルカのお願いだしね」
「帰ったら、お父さんと一緒にしてね。優しくよ」
「わかった!」
ルカは嬉しそうに笑い、ハルの背中に乗る。
お昼もスイーツも食べれて、最高の休日であった。
父へのお土産も買えたので、リアナ達は帰路に着いた。




