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100. 重なった言葉



 お披露目会の次の日、休みをもらったリアナは、家でゆっくりと過ごしていた。

 とても開放感がある。

 肩の荷が全て降りきった。


 ギルバートのお披露目会も終わり、もう高位貴族の屋敷に呼ばれることもない。

 そして、なによりも、優しい友による授業の成果を全て出せた気がする。



「ピアス、綺麗だったな…。お出かけも楽しみ」



 カロリーヌの気遣いで頂いたピアスは、大切に保管している。

 そのお礼に、今度一緒に街を散策することになった。

 カロリーヌはお忍びで街に行くことを楽しみにしており、自分も結構楽しみだ。



「ふーんふふふーん」



 リアナはルカの描いてくれた絵を見返しながら、ご機嫌で鼻歌を歌う。

 その横、ルカはなにか絵を描いていたのだが、手の動きが止まった。



「できた。これでいい?」

「完璧!最高だよ!」



 その紙をルカから受け取ったハルは、リアナへ見えやすいように向けると、ご機嫌で尻尾を揺らす。



「じゃじゃーん」



 じゃじゃーん、とは?

 

 色々気になるが、とりあえず、見せてくれた絵について尋ねようと思う。



「それは、何?」

「ルカに描いてもらいました、今日の完成図です!」

「僕が頑張って、描きました!」



 どうやら、ふたりで話しながらやっていたのは、この絵のためだったようだ。

 


「それを、今日のおやつの時間に食べたいということね」

「正解!よくわかってるね〜」

「今日のおやつはこれなんだね。美味しそうだね、リアナ」

「えぇ、楽しみね」



 絵には、何層にも重なったパンに、ジャムが添えられている。

 その横に、ハチミツの入った瓶も描かれているため、きっと掛けて食べるのだろう。

 とても、甘くて美味しそうだ。



「今回はいつものに比べて、簡単だよ。ルカにも作れるはず」

「そうなの?じゃあ、一緒に作れるわね」

「僕も楽しみ。たくさん頑張るよ」

「山のように作ってね」



 一緒に作れるのなら、ルカも楽しめそうだ。

 キッチンでルカにもエプロンをつけながら、ハルの説明を聞く。



「では、まず!卵の黄身と砂糖を混ぜてから、牛乳を注いでよく混ぜて」



 リアナは材料を取り出すと、ハルに言われた通りによく混ぜていく。



「これぐらい?」

「そうだよ。次に、小麦粉をふるい入れて、よく混ぜてね」

「卵白は?」

「後で使うから、別のボウルに砂糖と一緒に入れてて!」

「それは、僕がする!」

「任せたわ」



 ルカに卵白を入れたボウルを渡し、ハルの指示の元、砂糖を入れている。



「僕がメレンゲを作ってあげるから、卵白と砂糖を入れたボウルを渡してね」



 メレンゲということは、あのふわふわした白いのを作るというのか。

 昔にもメレンゲは作っていたが、なぜ卵白があんなにふくらむのかがわからない。

 だが、少し楽しみだ。

 ボウルを渡して少しすると出来上がったようだ。

 ハルは満足げにうなずくと、こちらを向く。



「そっちのボウルにこのメレンゲの1/3を入れて、泡立て器でぐるぐると混ぜるよ。全体に混ざったら、もう1/3を入れてヘラで底からすくうようにして混ぜてね」

「ルカに任せてもいい?」

「任せて!」

「じゃあ、リアナはバターを溶かしてて。後で入れるから」

「わかったわ」



 リアナはバターを入れたボウルを持つと、その下に布巾を敷く。

 そして、布巾を水魔法で濡らし、火魔法で蒸発させる。



「上手上手。今日もちゃんとできたね」

「そうね。上手くできるようになってきたわ」



 お菓子を作るときに、ハルにこの魔法の方法を提案された。

 最初は難しかったのだが、今は制御が上手くなったのか、布巾が焦げることはない。

 順調にお菓子作りに適した魔法を手に入れていっている自分に、もっと難易度の高い魔法の提案をされないように願うしかない。

 ルカは混ぜ終えたのか、ハルが続きを話し出す。



「残りの1/3も入れてヘラで底からすくうように混ぜるよ。白いスジか出なくなったら、溶かしバターを入れて生地がなめらかになるまでヘラで混ぜる」

「頑張る…」

「いい体力トレーニングだよ。リアナは邪魔しないでね」

「はいはい」



 きっと、混ぜる生地が重たいのだろう。ルカは少し眉間に皺を寄せている。

 お菓子作りには、意外と力がいる。

 そのため、ルカと代わろうとしたのだが、それはハルに止められた。



「ほら、頑張って」

「ちょっと待って…。よし、頑張る」

「頑張るルカはえらいなー」



 ルカは出会った頃よりは体力がついたが、同年代に比べると、疲れやすい。

 だが、腕の筋肉がついても意味がない気がするのだが。

 リアナがそう考えている間に、ルカは混ぜ終えたようだ。



「油をひいたフライパンに1/4を流し入れてポツポツが出てきたらひっくり返す。裏にも焼き色がつけば焼き上がり!」

「じゃあ、ここからは僕に任せて。クレープの時で、やり方はわかるから」

「任せるわ。私は部屋にルカの絵を置きに行ってくるから、なにかあったら教えてね」

「僕がいるんだよ。任せなさい!」



 ルカは家でもクレープを作る時に、毎回ひっくり返していた。

 その要領で、今回もするのだろう。

 ハルとルカに任せて、ルカの絵を片付けにいく。

 机の上に置いていた木箱にしまっていると、窓の方からなにか音がした。

 いつもリンがいる場所に、別の小鳥がいることに気付く。



「小鳥だ。何か持ってる」



 小さな茶色い鳥は、こちらを見て、首を傾げている。

 その嘴には、指輪を咥えており、こちらが近付いても逃げる素振りがない。

 ゆっくりと窓を開けると、こちらに近づいてくる。



「え?これを、私に?」



 指輪を渡され、リアナは困る。

 小鳥からとはいえ、受け取るわけにはいかない。

 リアナが指輪を返そうとすると、小鳥が口を開く。



「リアナ…」



 自分の名前を急に呼ばれ、リアナは固まった。

 世の中には、人間の言葉を真似る鳥もいると聞いたことがあるし、その類だろうか。

 リアナが混乱していると、小鳥はまた一歩近付き、続きの言葉を伝える。



「ムカエニキタヨ」

「…え?」



 迎えに?なにを?

 よくわからないが、この小鳥からは離れた方がいい気がする。

 リアナが動くより先に、背後から鋭い風が飛んできた。



「リアナ!伏せて!」



 ハルの声に反応し、リアナはその場で体を伏せた。



「っち。逃した」



 しばらくそのまま伏せていたのだが、舌打ちとともに、不機嫌さを凝縮して、すごみさえ感じる低音が聞こえた。

 これは、聞こえなかったことにした方がいい。


 目を泳がせているリアナの元へ、ハルは怒った様子で近づいてくる。



「だめだよ、見知らぬ聖獣に近付いたら。なにされるか、わからないでしょ」

「え?聖獣だったの?」



 ただの小鳥かと思ったのだが、どうやら違うようだ。

 今、思い返してみれば、珍しく赤い目をしていた気がする。



「もう。とりあえず、窓から離れて、カーテンも閉めて。今日はそばを離れないから」

「えっと、ハル、ありがとう」

「どういたしまして」



 ハルに言われた通り、窓を閉めて、カーテンも閉める。

 リンが来た時は、窓をたたいて教えてくれるはずだ。

 それまでは、窓は開けてはいけないのだろう。


 だが、手の中に返し損ねた指輪が残ってしまった。

 リアナが手の中を見ているのに気付き、ハルは耳を飛ばす。



「それは?」

「さっきの子に渡されて、受け取っちゃった」

「もう!知らない聖獣から変なものをもらわないの!」

「気をつけます…」

「とりあえず、これはダリアスに確認してもらうから。わかった?」

「はい…」



 リアナは手に持つ指輪を適当な箱にしまうと、ハルに渡す。

 だが、ハルに久しぶりに説教をされている気がする。

 今回は自分の不注意なので、今度からハルに確認してもらおう。

 そう思いながら、キッチンへ戻ると、ルカが心配そうにこちらを見ている。



「リアナ、怒られたの?しゅんってしてる」

「ちょっとね。今回は私が悪いの」

「じゃあ、謝ろう。一緒に謝ってあげるよ」

「ありがとう。でも、自分だけで謝るわ」



 この頃、ルカがお兄さんになってきた気がする。

 しっかりと考え、相手に寄り添う姿は素敵なのだが、なんだか少しフーベルトに似ていて落ち着かない。

 ホットケーキは全て出来上がったのか、今はお皿に乗せていっているようだ。

 ハルは嬉しそうに尻尾を揺らすと、ルカに指示を出す。



「どんどん上に重ねて、高くしてね」

「ルカ。気をつけて、重ねてね」

「わかった、任せて」

「重ね終えたら、僕がジャムを乗せるから。終わったら、お皿ちょうだい」



 一枚一枚、丁寧に重ねて終えたルカは、ハルにお皿を近付ける。

 重ねて高くなったパンケーキに満足そうな笑みを浮かべたハルは、ジャムを早速乗せ始めた。



「今日はおとーさん、いつ帰る?」

「そうね。今日は早いって言ってたわよ」

「じゃあ、迎えにいきたい。もしかしたら、師匠にも会えるかもだし」

「そうね、迎えに…」



 小鳥の聖獣の言葉を、頭の中でぐるぐると考え続けていた時に、思い出したことがある。

 そういえば、以前の不気味な手紙に、書いてあった気がするのだ。

 準備ができたら、迎えに行くと。

 もしかして、先程の言葉はそのことを言っているのだろうか。

 だが、今回は、迎えに来たと言っていた。

 だとすれば、準備ができた…?

 先程の言葉と手紙の内容が重なり、リアナの背中に冷や汗が伝う。



「リアナ、どうしたの?」

「…なんでもないわ。お父さんのこと、迎えにいきましょう」

「うん!師匠にも会えたら、嬉しいな」



 きっと気のせい。そう、気のせいなのだ。

 家族に迷惑をかけてはいけない。

 無駄な心配はさせてはいけないのだ。

 リアナはそう自分に言い聞かせると、先程の言葉を忘れることにする。



「完成しました!完璧!」

「わぁ、描いた絵とそっくり!」



 真剣にパンケーキにジャムを乗せていたハルは、嬉しそうに尻尾を振っている。

 絵をそっくりにでき、ルカは喜んでパンケーキを食べ始めた。



「甘くておいしい!また、作ろうね、リアナ」

「えぇ。また、作りましょう」

「次は、生クリームも用意するよ!」

「楽しみね」



 ハルとルカは、ホットケーキが気に入ったようだ。

 その姿に微笑みながら、なんとか食べ切る。

 いつもなら、きっとどこが美味しかったか、詳しく話し合えたのだが、その余裕はない。


 食べ終えたふわふわのホットケーキの味が、リアナにはわからなかった。



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