トロッコ問題と相対的ゾンビ仮説
「なるほど、道理ですね」新庄幸人は
「驚かないんだな?新庄幸人君」簑笠府イリスの父、卿碁は幸人の母親の悍ましい精神性を指摘したが、それに幸人は揺いだ様子は見せない。実際に周知だったのだろう。
「元々、母元から何時逃げようか?とは思ってました。母が父との裁判で勝って残りは僕の将来が安定しないといけないとなって居たんでしょうね。
異性として魅力に乏しい僕が女性を娶って社会人として大成してくれないといけないし、老後の世話を見てくれるか?が理解らないから、不安で堪らなくなっていった……これが母の"発狂した"原因でしょうか。
僕はこう言うと貴方を不安させると思いますが、僕は芸術関係の仕事、クリエイターの何かに将来なりたいんですよ。
それは父と母に絶対に辞めろと諌められている。社会人になって自分の金で一人暮らししたい。そうやって自分の夢に挑戦したい。勝ち目の薄い挑戦になるでしょう。
そして貴方のお嬢さんからのホテル住まいの提案は渡りに船でした。
卿碁さんは自身の娘さんを僕に預けるのに心変わり、とかはしましたか?」
「いや、しないね。娘自身は何と言っている?」
「まあたまーに進捗を聞いてきますね。何でも良いからクソみたいな駄文でも良いので出力する癖を付けろと。どうせなら批評を聞きたいんですが。感想は言ってくれません」
「なるほど、娘は君の将来が稼ぐことも出来ない穀潰しでもその夢を否定してないか、もしくは簑笠府の家の経済力なら君が無収入でも食っていけると判断し問題ない、と思ったのか。それなら娘のそれは大概甘い判断だね、としか言いようがない」
「卿碁さんは家を潰さないために動いているのではないですか?勿論、僕も叶わない夢を延々と追うつもりはないし、娘さんの太い実家の手助けを目当てに生きるつもりもないのですが……」
「その通りだ、娘を利用しながらも、娘との共闘も成立させて、美味い勝者側にすり寄って、家を継続的に栄耀させたい。だがなんと十二奥家の勢力図に厄介な連中が紛れ込んでいるのが発覚した。こいつらがいつの間にか一大派閥に成りつつあり、此れが生き残ったらこの世界は終わりかねない危険思想の集団だと先日理解った」
「それ、イリスも言っていました。虚無派閥。何なんですか?どうしてそれをイリスも、貴方も見逃していたんですか?」
「娘は君に何処まで話しているかね?旧家の奥義、家の外に出してはいけない門外不出の規範、娘は歴史改変に点いて(ついて)は話したかな?」
「えーと、幾つか聞きました。今回の件は時間遡及に因る事でしょうか?」
「其処まで話していたか。まあ良いだろう君は部外者では既に無いしな。話が早い。恐らく我々が見逃していたのは過去に遡って十二奥家内部に、爆弾が発生した、と考えられる。我らには類似の不可思議な"見過ごし"が過去に何度か在った。それを疑問に感じてはいけないことだとされていたが。この期に及んでは存亡の危機に成っているからね」
「"では、今回の、僕との会合を貴方が望んだ理由"について話していただけるので?」
「そうだな、先日の君が"洗脳されて、君の異能生産が恣意的に濫用されて、外部に力が流出した事件"に関してだが、それが今回の孤在性壊死として振る舞う勢力の出現と、それを意図した黒幕に関しての情報を開示しよう。それと引き換えに君と娘が、この先我らの"派閥のどれかに合流して欲しい"。これを提案を飲めるかね?」
「イリスに聞かないと、返答は直ぐにできない」
「それは"無し"だ。君も男の端くれなら覚悟を決めろ。此れで娘の戦略を台無しにするのを恐れて判断するべき時に"判断しないのは弱腰ですらなく、無責任の極みでしかない"。
君は娘に掲げられてる神輿だろう?その神輿が"脳無し"であっては困る。
此れならまだ私が、娘の叔父としての婚約者としての権利を振るうが、これは娘にとっても君にとっても良くない最悪の結果だと思うが?」
「くっ、今は貴方の言う通り、イリスの思考を完全再現できるリリスが今僕には無くて、異能生産を持つことに成っている。この会合に僕の異能生産を持ってこいと言ったのはこれを狙っての事ですか?」
「そうだ、最悪の場合、我らはその"虚無派"という孤在性壊死と言う知性場に負けてしまい、飲み込まれると言う事になった時、決め手になるのは君の判断だ。
君は未だに十二奥家の知性場には悪影響を受けていない。娘も受けていないと思いたいが曲がりなりにも簑笠府の家の人間だから全く影響がないとは言いにくい、そこで君と契約を交わして隷属して君の支配下の知性場に属する事でそのリスクを回避している、のだろうね。
だから君は何と判断しても娘の考えはその判断の手助けに成っても決断がそれに盲目的に従ってはいけない。新庄幸人、きちんと考えて判断してくれ。
その結論に我ら父娘は異を唱えることはしない、と約束する」
「……理解りました。その条件を飲もう。僕らは十二奥家の何処かの、保守派辺りに合流します」
「では情報の開示をしようか。この事件の首謀者は唆した者と、実行犯が居る。首謀者は佐爾波鏡子、佐爾波の家の当主であり、この世界の外から来た客人だ。目的はこの世界の破壊。
破壊する手段として君の異能生産、此れを使ってしまおうとした。だが何を思ったか?分からないが変心し、今は世界維持の為に4人の弟子を使って破壊を回避しようとしている。
その流れで、真行院家と、簑笠府家は佐爾波の未来予知の託宣を知らされ抵抗活動を行っている訳だ。
では実行犯は、となると正体は触れられない。何故なら私達には観測不可能だからだ。此れが虚無派と呼ばれる孤在性壊死が見逃された事から、佐爾波の抵抗活動に対してカウンター反応を起こした結果と思われるからだ。
つまり実行犯は今の時系列に存在せずに、"未来から今に干渉している"と考えた方が説明が行くからだ」
「だから、僕も、イリスも気がついたら『なんかやばい奴等が混じってる』と何故見逃していたのか?が今になって発覚しているわけですね?」
「大体その認識でいい。ただ"君だけは違う"。正確には君から奪った"劣化異能生産"を私が受け取った5年前に既に"虚無派"は発生していた。だが、君が今持っている異能生産が奪われ不法に使用される時間まで合流するまで気づけ無い。此れに因って世界内部における歴史改変は初めて"為された"と発覚する。"君以外は"」
「僕だけ、とは一体何でしょうか?」
「いいかい?君以外はこの計画を知らされても、君が未来で作ってそこから過去に遡って私に渡される劣化異能生産が、因果がある時刻まで到達するまではこれを説明されても"本当に理解らない"んだ。
だが類まれなるエゴを持ち得る人間、つまりは知性場においても影響を受けにくいほどのクオリア強度を保有できる、真なる人間。新庄幸人、君がそれだ。恐らくは君こそがそれなんだろう」
「僕が、真なる人間?」
「だが、だからこそだ。今回の一番の災厄である、世界を守るために増えすぎたゾンビを狩る旧家群、十二奥家がそのゾンビに飲み込まれている。我らもまた類まれなる強度のクオリア強度を持つ相対的に真人なんだ。
それすら巻き込む強度の孤在性壊死の知性場、此れを作り得る者と言ったら、此れもまた真なる人間、としか考えようがないんだ。
これが今の簑笠府を二分して、分裂させている。私は娘も、当主としての判断も両立させたいが、此れは何方かを選んだら即死亡するデストラップだ。君がこの孤在性壊死的知性場を作り上げたのではないか?とね」
「……ちょっと待ってください。知性場は人が集まったら出来るのものなのではないのですか?」
「正確には、エゴの強さの総量が集まりさえすれば、個人でも集団でもだ。条件さえ満たせば頭の数は関係ない。もっとも、頭がない知性場は基本的に発生し得ない、から無からは生じない。」
「それでは、知性場。その中でも良くない知性場を生み出すのはエゴが強い、クオリア強度の高い人間に限られると?」
「統一された方向性、というのは集団からは生まれにくい。何故なら集団が皆揃って同じ方向を見ることは確率的にまずあり得ない。そういった場合、個人が強靭なクオリア強度を以て知性場を生み出す、ケースが殆だ。
しかし、勘違いして欲しくないのは常に個人が大勢を決める、という訳ではない。知性場において一番強いクオリア強度の個人より、知性場の全員のクオリア強度が総量では勝るんだよ」
「まるで独裁者と、民主主義みたいな話ですね。イリスの話では世界には意志があるからこそ、知性体が必ず生まれてくると、言っていましたが」
「ああ、その例えは的確だね。まさにそれだ。民主主義と民主主義。これが交互に来ることで歴史は紡がれるわけだよ」
「そういう話なら、だいぶ現実的ですね。歴史の研究で過去の為政者がそれほど野蛮ではなく、常識人だったり、有能な政治家だったりすると聞きますが」
「火中の栗を拾うって話は聞いたかな?此れは十二奥家の代々の家長が教えられる、人の間引きの正当性と、家に伝えられる力の話を例えた寓話が元になっているんだよ」
「ああ、確か火の中に手を突っ込むのが蛮勇、賢くなれば水を使って火を消してしまう。この為に賢くなると今度は水を巡って争う事になる。ですか?」
「ああ、そうだね。此れにはもっと踏み込んだ解釈が在る。娘は正規の方法で力を継承してないからまだ伝えられていないが」
「踏み込んだ事実?」
「ああ、これをもっと読み解けば、栗を食べたいから火傷をしながらも手を伸ばす。一見これは愚かであるが、別の側面では賢者たちのあらゆる知性による賢明な判断を潰している。
と見れば彼は蛮勇ではなく勇者と言えよう。しかしだ。」
「しかし?」
「人間には当然のことながら学習能力が有る。何度も痛みに耐えながら愚かで愛おしい行動に甘んじるわけがないんだよ」
「確かに。何度も大火傷を負いながら実を取る、なんてことは出来ない」
「本能である三大生理的欲求、之とは異なる、もしくは階層が違う欲求本能、これが人に新たに生まれる本能を指して我らは異能と呼ぶ。つまり十二奥家には異能と言う言葉が既に有るので『力』と呼称するのは当然のことなんだよ」
「それが、イリスには伝えてられてない深奥ですか?」
「ああ、そうだ。そして新庄幸人君。君の異能生産、と言ったか?だが君の持っているスマホには君の存在価値を塗り替える爆弾が含まれている。それが」
「本来の歴史、ですか。僕は今の改竄された歴史と、される前の歴史を両方認識できている、故に十二奥家の連中に拉致されても無事に帰れたらしいですね」
「ああ、それだ。そしてたった一日とはいえ時間遡行の証拠。これが君の異能、つまりは異能と異能を生産可能な存在だということだ。
娘は此れを知らない筈だが直感に近い勝負師の勘で君を見出している。我が娘ながら勝負師としては脅威としか言いようがないね」
「そこは娘さんを疑っては居ませんね」
「頼むよ、できればもう他の男に嫁がせられる可能性は無さそうだから、君に掛かっている。だが、私も自由恋愛は今の時代の風潮だからね。新庄君が四ノ原早紀君を追いかけ続けるとしても仕方がない」
「流石に、それはイリスに失礼でしょう。此方も流石に娘さんに悪いことばかり調教した自覚はありますよ」
「そうか、ではもう一つ君には教えておこう。人間は実は思考しておらず、選んでさえ居ないという実験結果があるのは知っているかな?Aというグラスに水が入っている。Bにも同じグラスに同じくらいの水が入っている。
君がどちらのグラスを選んだとしても、実はそのグラスを選んだ理由というのは後付である。脳は腕を動かしてグラスに手を伸ばす前に動いては居ないんだ」
「そういう話は聞いたことがありますが、それが知性場での知性体の振る舞い、と言えば矛盾しませんね」
「ああ、娘の研究によるところの相対性ゾンビなら、それは殆の人間はこれで正しいとして問題がない。だが」
「だが?」
「新庄幸人君、君のクオリア強度は恐らく世界最高クラスだ。君になら"自身の脳で思考して選んでグラスを選べるんだ"よ」
「それが一体何が?」
「トロッコ問題は知っているかな?」
「知ってますが?」
「相対的ゾンビ仮説の中では、レールの切り替えは倫理の問題じゃない。異能のせいなんだよ、でもね」
「でも?」
「君だけは殺意で以て、レールの切り替えができるんだ。君だけは自身の脳で結論を出して、人を殺せるんだ」




