バッドエンド6 イリスサイド
バッドエンド 幻想の墜落
「……何故、私に要求が来ない?」新庄幸人の相棒であるイリスは、己の主と引き離され分断されたのである。彼女は敏い、相手が無能ではないと知っている。
「御嬢様、何もない事自体が相手の要求、なのかも知れません」イリスの侍従である梓梢も彼女に相応しい配下である。
「根拠を聞きましょうか?梢」幸人が側に居ない時のイリスは、名家の者に相応しい威厳を持っていた。普段の情欲に身を任しているような淫蕩な視線ではなく、魔眼を持つ者の邪視の如く、であった。
「お嬢様、貴女は実家の簑笠府家と、仕えている不動天宗家、もしくは他の家。特に佐爾波の者。そうですね、その配下の四ノ原早紀の思考が読めています。それ故にこの拉致事件の狙いは貴女への要求が行われる物と想定しました。
ですが、此処に至ってはイリス、貴女の完全敗北です。勿論、貴女に落ち度はありません。組んだ相手が悪かった、という事でしょう」しかし梓は怯まずに答えてみせた。彼女もまた因習の家系の人物であった。
「幸人さんに、我が主が一体どんな落ち度を?」イリスは理解っていて聞いてみた。イリスは彼が12の因習の血筋に全く関係がないからこそ、迎え入れたのである。なので彼のミスプレイは織り込み済みだ。後は一体何が起こりうるのか?イリスの想定外を知らなきゃいけないのだ。
「単純に言えば、彼は優秀過ぎました。御嬢様の戦略について割と早く適応しました。これが不味かった。既に異能生産は御嬢様の元へ。なので彼は敵からの要求を飲めません。命乞いが出来ません、凡愚の様に振る舞って、最悪の事態にはなりえません」
「続けて」イリスは冷水を浴びたかのように落ち着いてきた。確かに、イリスは冷静さを失っていたと自覚したのだ。
「幸人様なら、そう"要求物を渡すのをズラす"まではイケると思います。だからこそ、彼は非凡と見られます。なので交渉相手は御嬢様相手には愚策。生半可に敏いだけの幸人様一点狙い、適切かと」梓の答えはほぼ正解。イリスもそうだと感じた。
「つまり、私は放置プレイ。確かに私でもそうしますね。参りました。これでは幸人さんが更に失態を重ねるまでも有りえますね。確か、我らの一族の悲願は……」
「戦争、ですが今のままでは我らの被害も甚大です。対露との戦いでは艦隊戦で戦果を上げました。近代戦では我らの出番がありませんので」梓が言う通り、十二奥家のアドバンテージである世界の異物である力は既に戻っているが、暴力の規格で言えば桁が違うのだ。
「しかし、それでは幸人さんから何を吐き出させ、逆転牌を掴むというのです?」
「それはもう、何かが狂うとしか」梓も常人ではないが、逸しては居ない。其処へ到達するのは常軌を逸した思考の持ち主しか居ない。
「……狂う?」イリスはハッとした。
「それしかないかと。問題は相手がそういう狂気の相手の発想でなければ、悪魔的発想の持ち主であれば、これを引っ繰り返せるかも知れません。御嬢様ならどう殺りますか?」
「前提として、私はデッド・エンドの死線を超えなくてはいけません。此れは一番の必須条件です」
「はい、次に御嬢様は新庄様との契約も在ります」
「……臭いますね。梓、貴女の指摘、どうやら見えそうですよ」
「……ほう。御嬢様、説明してもらえますか?」
「時間制限です。デッドエンドは今年の最期に、そして幸人さんとの私の無敵の延長契約。幸人さんは予め遠隔で私を生存させる為に誓約成約を必ず行います」
「ふむ、それではそろそろ日付が変わりますし、新庄様も安否報告が既に行われてますから無事なら10分以内にも御嬢様の異能の延長簡易契約が行われます」
「ですね。彼が正常ならば」
「御嬢様、それはつまり新庄様の危機ですか?」
「いえ、私の危機です。相手の交渉は依然として私を陥れるために為されるでしょう。そして延長契約は行われません。恐らくは」
「どういうことですか?」
「……こんな事が思いつく物ですか!?天と地を引っ繰り返すなんて!」イリスが静かに慄いている。相手の思考を見事にトレースしたのだ。
「確かに、本来新庄様が異能生産を持っていれば、それもあり得たかも知れませんが」
「いえいえ。そうでは在りません。相手の狙いは対策済みでもそうでなくても可能なのです。問題はこれを敷いた者が誰か?なのかです。託宣での出来事を知っているのは私を含めて、幸人さんと、力の持ち主、そして彼女の主の四ノ原早紀」イリスは断言した。
「……確かに、託宣の内容は当たりますが、それを覆したり出来ますかね?」
「矛盾させずに、矛盾させればいい。となると早紀さんは私か、幸人さんのどちらかが主かと、見抜いてなければ出来ません。そして会合の議長にもそれを承諾させなければ出来ない……怖いですね。対戦相手を下ろすには十分な手札ですよ、これは」イリスは苦笑して言った。
「……想定した対戦相手は?」梓は振り絞り出して言った。
「四ノ原家は確実。議長も。となると十二奥家は全て。会合の議長が招集権がありますが、三都頚にまで開催地を選べるとしたら……そこはもう佐爾波の者しか権限が無い」イリスはこの陰謀の黒幕を言い当てた。
「怖いですね」梓はそうそうたるメンツに震えた。
「なあ、沖ノ島。簑笠府さんの言うことは分からんのは当然として、梓さんの言う事も俺は理解らない」山乃原が言う。
「俺も分からん。なあこれやばくない?」沖ノ島。
「逃げる算段を立ててますか?沖ノ島君、山乃原君?」
「あ。いやそのあのね?」沖ノ島と山乃原は狼狽えた。
「悪い取引ではありません。もっとも此方もそれ相応の代価を貴方方には差し出さねばいけませんが」
「それは一体?」沖ノ島が問うてきた。
「ええ、これから私は死ぬかも知れませんし、死なないかも知れません。往きて戻ったらどうか私と私の御主人様を信用して下さいませんか?今更とは思いますが」
「えええ?死ぬって?」
「幸人さんは多分、うぐっ、やはり私を信用、し、てくださいまし……た。ですが、これからは……流石、に……博打に、うぁァ」イリスは仰向けに突っ伏した。
「ちょっと、イリスちゃん?ちょっと梓さん!彼女の息が止まりました!脈も!!」イリスに駆け寄った山乃原が叫ぶ。
「無駄かと。御嬢様は新庄様に活かされている身、病院に連れて行っても無駄かと」梓梢は自身の雇い主の絶息の場面にも狼狽せずに言った。
「えええ?」
「私にも見えてきましたよ。御嬢様の居場所と、新庄様の居場所の違い。時差を考えれば、新嘉坡か、台湾のどちらか。新庄様を帰しながらもお嬢様の言う通り、彼に交渉を続けるなら後20分は新庄様は御嬢様の契約更新が出来ない」梓は見事イリスの思惑を言い当てた。今、新庄幸人は帰途の機上での必至の抵抗を行っていたのだ。
「……どうして?延命自体は、新庄も想定してるんでしょ?」沖ノ島が指摘する。だが。
「十二奥家の全てが相手に回っています。つまり新庄様の異能の内容が信頼されているという、方向性は変えられません。それがブラフだったとしても、です。つまり相手には真行院幹雄様が付いているという事です」と梓が言った。
「おお、幹雄君が?!ヤバいな!!」山乃原が仲間の存在を思い出して言った。
そうなのだ。既に新庄幸人と簑笠府イリスは、真行院幹雄に対して開示している情報全てが偽りなのである。此処で持ってない異能を起動するわけには行かないのである。




