こんばんは、そしてさようなら
こんばんは、さようなら
「こんばんは」濡鴉のような綺麗な黒髪を風に靡かせた少女が微笑みながら話しかけてくる。
「四ノ原、早紀。どういう事かな?真行院と、四ノ原家は、我等に与する者のはずだが?」男が剣呑な目つきで睨みつける。常人であれば視線だけで殺せそうな殺気を込めて論理村家、十二奥家序列八位の当主に就任した男は早紀に訪ねた。が。
「今晩はとても綺麗な月だと思いませんか?」早紀はそれに応じず自然体に、返答になってない返しを出した。でも、男はその言葉に反応する。
「そうだな、月は綺麗だ」月を眺める男の視線は愛しいものを見るかのように優しい眼差しになる。
「もうすぐアレに手が届く、もうすぐだ。そうなれば我らは力などという不安定なものに頼らずとも、永劫の権力を得られる」男は言った。
「はい、もうすぐです。大陸の我らは三都首の一つ、新嘉坡を取りました。極東の我らも三都首、その2つ目の頭の台湾に帝国軍が上陸しました。合衆国には大陸軍を上陸させない、そのための配置という方便ですが、これで香港と合わせて全部。揃いました」早紀は十二奥家の第一の目的が達成されたのを知っていた。
「ああ、そうだ。もう不動天家が必要なプロセスは終えている。だからこそ今しか序列下位の家が、底辺を這いずり回るのを覆すのは今しかない。だがどうして四ノ原今此処で翻意する?力は真行院にまだ返還されていないのだぞ?」
「あははは、私もそうは思うのですが、"お兄様"はどうも、なかなかどうして男子だったようで、我が道を行く、とのことらしくて、妹として、"将来の妻として"は主人を支えなければいけません、なので」と早紀は男を少し睨んで、異能を発動した。
その瞬間に、男は自身に付与された"力"を発動させようとしたが、胸を貫く激痛とともにキャンセルされた。
「ぐあ!!」男の胸から、細い細い、糸が、肉体の内側から生えてきた。それがそのまま早紀の手に収まった。
「はぁ、一人から、これだけしか採取出来ませんか?割と不便ですね。発注されたのはもっともっと在るのに、"これじゃあ全員殺すしか無さそうじゃないですか?"」早紀はウンザリしながら言った。
「……何をした?四ノ原は、複数の力を何時の間に?」男が事切れる前に浮かんだ疑問を訪ねた。
「ああ、これは真行院の本来の、伝統的な力、です。四ノ原は貴方がたが知るように分家の小さい家ですが、真行院に連なるものです。それが正当な力を継承したので、話が変わったんです。と言う訳で死んでください。"さようなら"」と早紀は邪気の無い表情でニコリと微笑むと、男の喉から大量の糸を生やして男を絶命させた。男の喉がまるごと消失する。男は誰から見ても事切れた姿となった。
「早紀、あなたはこんなにも躊躇なく、手を下せるとは思えませんでした」早紀のサポートに回っていた、控えていた女性が月の灯の下に這い出てきた。
「私は信用に足りませんか?」早紀はニコリとして言った。
「でも、私達はあなたに縋るしか無いのよね?」
「はい、どうしてもこの真行院の力、異能を無効化する異能。これは他の力には欠かせない力です。下剋上を狙うにしても、玉座の防衛を死守するにしても、です」
「そう、貴女は力を正当な家に返して不動天を頂点とする勢力、もしくは序列下位の家に力を再付与を狙う勢力、もしくは貴女という勢力すら立ち上げることすら可能」女は恐ろしいものを見る目で早紀を見た。
「ご安心ください。三都首は全て手中に手に入れた。次は、古い覇権国家であるところの白人社会が、この三都首を狙ってくるでしょう。それには十二奥家は一枚岩にならなければいけません。そんな暇など無いのです」早紀は微笑んでいった。
「この"糸"、それが真行院の"チカラ"なのか?」女は十二奥家の力は例外なく、力そのものに対して作用を行える特殊な能力のはずだった、だが早紀のそれはどうしてもそうは見えない。
「重要なのは、あの男の力は発動しませんでした、これをもって真行院の力を引き継いだ、私がその当主ということでよろしいじゃないですか?」
これが四ノ原早紀、何某に「鏖殺少女」と呼ばれた者のデビュー戦であった。




