醜悪ななにか2
簑笠府イリスが持ってきた十二奥家の資料は、新庄幸人には大変衝撃だった。
内容は以上のとおりである。
それぞれの家の当主と、力の継承は一致していた。ここまでは聞いた通りである。だが、その当主は力の持ち主でありながら力を振るうことを行わない時期があった。それが子供が妊娠した時である。
男性が当主であれば妻が孕んだ時である。そして当主が女性であっても自身が孕んだ時も力を振るう事を行わなくなる。
此処での、当主の性別の違いは如実にハッキリしている。男性当主の場合、その妻が力に目覚める、と言うのがその過程で起こりうる。実際に記録にはその様子が記述されている。
だが、女性当主の場合、その逆は起こり得ない。夫が力に目覚めるということはなく、出産し、その子供が力を継承したのが判明した時点で、当主の世代交代が、禅譲で為されるのだ。
何故男女で、つがい同士で同じ力に目覚めたり、そうでなかったりするのか?これは十二奥家では徹底的な男尊女卑、もしくは実力主義(力の継承が行われればだが)で、代替わりが起きる。
イリスの話では、受け取る継承者は力に目覚めてないので序列が低い、どころか人間扱いされていない。逆に力の持ち主は当主として、そして受け取る側、そのつがいを徹底的に立場的に、精神的に貶める。
こうやって、序列の上と下という風に、人間の貴賎という位置エネルギーに差をつけて、力が上から下へと流れるようにしているのだ。
イリスはこれを神理規定(?)と呼んでいる。異能という、この世界最大の神秘における最大の規定(Code)なのだという。
「母親が力に目覚める、これは明らかにイリスの『血と臓物理論』にで説明された、体液を介して臓器と契約が為されている。そこから今度は母体からのその子供への力の移動も体液と臓物によって契約が為されている。確かにこういう事なら君の仮説はこの文献を信用するなら証明されていると言って良い」幸人は資料を見比べながらそういった。
「その通りです」
「でもさ」幸人はゴクリと唾を飲んで答えた。先の言葉を言い淀んだ。あまりにも、あまりにも酷すぎるのだ。だからこそ、別の言葉を探した。
「何か、疑問点でも?」
「結論が綺麗すぎる。きちんと力の継承が十全に行われて、権力も移動している。まるで」
「まるで?」イリスの言葉には咎める響きはない。
「先を見通している。未来を識っているかのように。異能の継承って、誰も、イリス。君以前にはこれを明らかにしていた、とは聞かないから、多分居ない。ミッキーの異片鑑定とかが無い限り。」
「……そうですね、だからこその佐爾波の家は、宗家である筈の不動天の家よりも、その言葉が重きを持っていたこともあります。それだけでしょうか?」イリスは幸人の察したことも把握しているかのようだ。だから言い淀む事も出来なかった。
「どうして、力は父親と母親とその子供が同時に力の継承者に、遺伝じゃない、ってのは理解る。でもさ、体液ってのは体の一部分であり、力と直接の繋がりを持っていると言うのは考えにくい。だからこそ」
「3人の力の同時発現がわざと逃されている、とかでなければ、ですね」イリスはその先の言葉を正確に応えた。その通りだ。
「もしかして、力ってのは、異能ってのは、この世界の物より遥かに上位の存在であり、遺伝子などという化学現象の範疇にはなく」幸人の言葉が熱を帯びてくる。大発見をした人間のそれである。それがどんなに残酷でも言葉にせずはいられない、人間の業である。
「力ってのは?」イリスは焦らずにその言葉を待つ。
「人間の意思とか自由選択の範囲に在るはずがない。能力者ってのはただの力の存在座標、そしてその移動経路の通過点、そう考えないと一人しかいないことの説明ができない。じゃあ僕の異能生産って"何なんだ?"」幸人は己の異能の正体が分からなくなったのだ。
「幸人さん、落ち着いてください。幸人さんの異能生産は何故奪われなかったのか?という疑問の答えにもなってます。貴方のそれは、不動天の北の極点とは違うと思われます」イリスは優しく諭すように幸人の言葉を訂正する。
確かに、何故幸人から異能は奪われなかったのか?と言うのは未だに実行犯が探し出せてないから事情や、都合などは分かってない。だが幸人の言葉が途中まで正しいならば、力と呼ばれる異能は"使い手は問わない、しかし一箇所に留まり続けない"と言うのはいい線を辿っていると言える筈だ。
故に、その異能の存在座標が移り変わるにはそれが回りくどく、最短距離を進んでいないので、そこを修正しようと考えて実行する人間が居た筈である。
「確かに、僕のはそうじゃないかもしれない。そうすると当然の疑問が生まれるわけだよ。力の継承を先代から次代へと直接、行うってのが当然発想される訳だから。遺伝しないけど、遺伝に近い。これがイリスの出した結論では『血と臓物を介した、貴種から下種への移動を促せる』。
僕の異能生産は破壊に特化した物だから防御に特化した君の無敵作成には、更に一工夫必要だった。でもこれはこの十二奥家の家系図からは伝わってこない。この家系図から伝わってくるのは誰もが親子の、家族の縁こそが重要と考えて脱線した様子がない、これが書かれた時代までは。
となるとほぼ同時期に十二奥家の力が途絶えた、のは正確な力の継承を観測できなくなったからだ、と思う。佐爾波鏡子という、佐爾波の家の当主は、ある意味十二奥家に必要不可欠なんだ」幸人は何某という人物の本名が此処まで聞いてくるとは思ってなかった。彼、もしくは彼女からの交流が途絶えた瞬間にその存在感が非現実から現実そのものまで肥大化しているのを感じたのだ。
「はい、何某さんが10年前に現れてから、十二奥家は力という担保がないにも関わらず復活を果たしました」イリスは10年前に何某と出会ってから、今の異能の争奪戦に備えて準備を整えてきたのだ。
「つまり、それが何処に在る。と言う断定の情報こそが、この力、という物を担保にした十二奥家、という超能力集団を国家を超えて団結させているわけだね、じゃあ当然の疑問だけど聞いていいかな?」
「はい、幸人さんの所感を私は聞きたいです」イリスは拒否しない。聡い彼女は気づいているはず。当然の疑問である。
ずっと、覗き込むような、だが幸人を心の底から信頼した眼差しのイリス。
やめてくれ、と幸人は呻く。そうだろう、これはイリスの尊厳を真に地に叩きつける様な発想の発言になる。だが、彼女からは永遠に出てこないだろう言葉だ。これだけはイリスの真の主人である幸人が、良識的で慈悲的であり、それでいてなおかつ奴隷の飼い主として生きたいのなら先を続けるしか無いのだ。
「これなら、どうして『血と臓物』しか、力の継承に関わらないのであれば、当主である父親からその配偶者の母親へ経由しなくちゃいけないんだ?
そうであるならば、当然の帰結として最短距離で力の継承を行うことも可能なはずだ。それを前提にしてイリス、君に聞きたい……"君の婚約者は僕に『君の叔父』だと言ったね?
じゃあ、その叔父って君の両親から見たら社会的な戸籍ではどういった関係性なんだ?"」幸人は言った。イリスは幸人に対して黙秘以外には黙ることが出来ない。あまりしない、といったほうが正しい。だがあえて幾つか間違ってないが勘違いさせている事柄も在る。イリスは簑笠府という十二奥家の中でも有力な家の令嬢である。
家督を継ぐのは彼女に違いない、だがそんな彼女を弄ぶ不逞の輩が、新庄幸人である。イリスの今の立場は彼女の両親に届いていないとは思えない。だが何故看過されるのか?と言うのが彼女と1ヶ月過ごして感じた、未だに解けなかった謎であった。それもその筈だ。家が決めた婚約者が不満を伝えないはずがないのだ。しかしそれは常識の範囲であれば、である。
ならば、ここからは常識外の、埒外の決まりごとを飲み込まなければ踏み込めないのだ。それが「イリスの叔父とは、彼女の両親とどういう関係なのか?」と改めて問うことであったのだ。
「お見事です。新庄"様"。私が己の主を貴方に見出したのは間違いではありませんでした!」ウットリとした赤面した笑顔で、性行為の時よりも恍惚とした表情であった。その表情が幸人の懸念を肯定しているのは間違いがなかった。
「はい、私の母親から見て母の兄が、私の遺伝的にも実の父です。ですので母は兄を一旦簑笠府の家の当主から外して、籍も抜き、その上で私の婚約者としました」イリスの言う事実が悍ましくて仕方がない。彼女が幸人でも気にしなかったのが此処へ来て腑に落ちた。新庄幸人が十二奥家の縁者でないならば、異能生産の持ち主であるならば、これ以上の良物件はないのだ。
「しかし、何故だ?そんな事しなくても、君の両親から君が生まれたのなら、そんな事までしなくても君にもう感染っている筈だ。必要のないことだ」幸人は言った。そうだ、彼女はきちんと遺伝的な両親がそうだと。しかし、次の言葉はもっと救いがなかった。
「それは長子であれば、ですね。継承順位が2番目以降なら、どうしても避けられない事です」イリスは自嘲気味に言った。幸人は胸焼けと言うか、腹の底に積もった不快感でどうにかなりそうだった。
「つまり、君は君の姉妹が、家督を継げなくなった、だからまた悍ましい所業を繰り返すと?」幸人はかろうじてそれだけを言えた。
「その通りです。流石です幸人さん」そういったイリスの顔を幸人は直視するのが辛かった。




