双頭の怪物(デュアルヘッド)
「こんばんは、いい夜だね」眼鏡を掛けた昏い瞳の女、いや女かどうかは分からない。服装からするとスカートスーツを着こなしたシゴトの出来るOLという風体だが、初めて遭遇した10年以上前から姿が変わっていない。
その不吉な所作の人物、何某と呼称しているが本人からのクレームは一切ない、何と呼ばれようと気にしている様子はない。
真行院幹雄が四ノ原早紀を気に入っているのはこの得体の知れない、だがどうにも気になって仕方がないこの人物の影響が大きい。四ノ原は幹雄の知る女性で一番雰囲気が似ているのである。
「やはり、貴方か。新庄を助けたのが貴方なら色々内情も腑に落ちる」幹雄は断言した。だが証拠はない。直感という物に頼らないはずの幹雄が直感を馬鹿に出来ないと悟ったのは目の前の人物、名前も知らない存在の異常性を見抜いた唯一の物だからだ。
「いやいや、意味が分からないな。真行院君、人に理解るように話す人物とお見受けするが?」目の前の人物はハッタリ、嘘の類には見えない完璧な所作で完全な回答を答えた。ノータイムである。
「メッセージの内容は完璧だった、新庄のスマートフォンからに違いない物だった」幹雄はそう返した。そして続けて畳み掛ける。
「新庄は、あいつが前後不覚で辛うじて連絡を飛ばす相手が僕というのが、貴方の仕掛けだと気づかせた。タイミングも完璧だった。まるで答えが理解っているかのように。僕が知る限りそんな偶然を新庄が掴めたと思えない」
「そうかな?新庄君は流石に自分の家族は連絡先に登録してある、とするとそうだね、リストには家族の『新庄何某』、その上に『真行院』という連絡先が有ってもおかしくないと思うけどね?」目の前の何某はニヤニヤとそう応える。
「違うね、新庄は僕のリスト名を真行院として登録してない。ミッキーとして登録してある。苦痛に喘ぎながらま行に辿り着けるとは思えない。ヤツなら家族に連絡して力尽きるだろうね」嘘である。否、知らない。だが幹雄は新庄幸人という人物の性格を脳内で完璧にエミュレートして登録されるであろうリスト名を断言した。
「んー。流石だね、真行院君。いやいや完璧に事態を収拾できる人物を選んだつもりが、こちらの犯行を証明することになるとは……一本取られたね」言葉と裏腹に満足そうな表情である。全部理解っててやっているのであろう。
「新庄から聞いた、破壊の種子とは何だ?」
「複頭の怪物の事だよ。こいつを倒すのが僕の仕事なのでね。そしてその仕事を下請けに出したいのさ。ククク」悪辣な発注元がそこにはいた。
「複頭の魔物?そんな物の対処を人間にやらせるな。人間の仕事は人間に、人外の仕事は人外がやるべきだろうに」
「そうだね、"本人にその自覚がない"ってのが一番の難問でね。なぁに、今回の人外の部分は既に対処済みだよ。その辺に抜かりはない」下請けに無茶を出すクライアントのように何某はニヤニヤと言った。
「何も解かりやすい怪物ってわけじゃない。今回の件が僕の案件だったのは複数の世界を同時に侵す、って所だけ。片方の頭は既に処置はしてある。では?最も効率が良い、合理的な片付け方は一体なんだろうか?真行院君はボクの薫陶を受けているよね?なら答えは解かるはずだね?」
「その前に確認したい。その怪物の頭は2つでいいのか?」
「勿論。偶数の頭は全ての世界の害悪だよ。怪物の頭の数は奇数しか存在を許さない。普通の人間、三首竜、六大魔、どれも奇数だよ」昏い瞳の何某は誇りを持って断言した。
「最後のは6人じゃないのか?」真行院は頭を抱えながら言った。
「構成メンバーは7人だよ。それにトップは一柱、そこは既に言ってあるね」
「どうして偶数は駄目なんだ?」
「そりゃ、奇数じゃないと票が割れないし、並び立てない。三権分立、三位一体、三竦。バランサーとしては奇数が望ましい。そして偶数こそが人外の所業だね、奇数の怪物こそが望ましい。では前提を確認した所で二頭の怪物の処置はどうしたら良い?真行院君?」
「双頭の怪物は、互いに食い合わせる……破壊の種子である新庄の異能生産(Dehumanize)で、もう片方を処分するのが一番望ましい……」幹雄は一番イヤな答えを言い当てた。
「正解でーす。いやいや優秀な下請けは頼りになるね。異世界の怪物を倒せって言われて受注する無能を処分できて良かった」何某はニヤニヤと物騒なことを言う。
「優秀なのか、無能なのか?僕の評価はどうなんだ?」真行院は理解っていながら聞いた。
「無能は異世界に英雄として行こうとする奴、いや行かせようとした奴だね。そして君等のコンビはそれを断った。うん、優秀だね。驚異は何時だって身近にある。それを見つめて目をそらさない、強さをボクは人間を愛している根拠である」何某はこの世の誰よりも邪悪でありながら、それを周りに隠さずに居ながら愛を語っても誰にも不服を出させない、その在り方に真行院幹雄は憧れている。
「何時も卑怯だ、貴方は。理解った。別の異能使いを始末すれば良いんだろう、了解した。僕も気に入らないが同類ならば呵責もない」
「んー、ちょっと見解の相違があるね。違うんだよ、見た目、動きからしてもう一つの頭は異能使いじゃない。だが本質は同じだ」何某は敵の正体を話し始めた。
「良いかい?片方の頭は異能じゃない、異能はソフトウェアの驚異、残りの頭はハードウェアの驚異だよ。非人間化させるハードウェアが君の、真行院君と新庄君の斃すべき敵だよ」