死霊使い
死者使い
「幸人さん、フォーキングしましょう」簑笠府イリスは突然に言った。
「意味が分からない」幸人は言った。今はプライベートタイムである。二人は刹那の恋人関係である。具体的には肉体だけの繋がり。若い盛りの性欲にかられての細い細い繋がりである。その筈である。
故に"女性特有の疾患である、男には女からの願望が言外で伝わる"などとイリスは甘えては居ない。
居ない筈なのだが。それを脅かそうとしている捕食者特有の眼をしながらイリスは幸人を見つめている。慌ててスマホを隠す。プライベートタイムだから日課のエロ画像漁りをしていたのである。
此処から幸人の性癖をイリスに把握されると厄介になる。主にこの後の契約延長の儀式の時間が長くなり睡眠時間が削られてしまうのだ。
最近はイリスが煽り方が上手であり、幸人の非モテで草食な男子にありがちな性行為に消極的な傾向も完全攻略されている感じが半端ない。
このままではヤリチンと化すのも遠くないかもしれない。だがその前に4つの塔の怪物、その内の2頭であるDeadEndか、BadEndが到来するからむしろ今の内に子孫を仕込んだほうが良いかもしれない。
ダメだ、もうイリス病に罹患しているかもしれない。主な症状は性依存症と大差ない。
「分かりませんか?」イリスは具体的な説明をしない。おかしいな。普段から頭が茹だっているがイリスは自覚は在る筈である。
「枝分かれ?」と幸人は英語力5くらいの解答。
「まあ、ここが分岐点なのは間違いがありません。台湾とシンガポール、どっちが十二奥家の本命か?ですが今は旧家の意向は関係ありません。私達の本来の責務、怪物退治。そのフォーク。両取りします。」
「ああ、王手飛車取りしたいってことなのよね?」幸人は何とかイリスの匂わせを嗅ぎ取った。だが、このイリスという痴女、頭は悪くない。幸人が彼女に心理戦で勝てるとは思えない。
「幹雄さんは早紀さんのルーク。そしてぇ~もう一人彼女の王様が居ます。それをフォークしてぇの、チェッキング。所謂詰ましです。恐らく幹雄さんとの会合は早紀さんの異能で重監視されてたでしょうから~の、電撃戦でもう一人落としましょう。いよいよ幸人さんの異能バトルが本格的になってきたって訳です」今日のイリスの説明が長い上に回り諄い。そろそろこのクソ女は締めたほうが良いかもしれないと幸人は思い始めていた。それくらいには二人は親密度上がってきている。
「僕はあんまり関係なさそうね?」そういえば、幸人は早紀にとっても重要な駒という話をイリスか何度か聞いている。幸人がルークで婚約者の幹雄がキングだと。だが幹雄と早紀の本当の関係が幹雄の言う通りなら、幹雄はルーク以上には成れない、成れない筈。昇格はないはずだが。
「ん?幸人さん抜きで自体が動く訳がないじゃないですか、何言っているんですか?まだ日付を跨いでは居ませんよ?」イリスは幸人に課せられたタスクを指摘した。幸人の異能、異能生産には1日に1能力という枷がある。世界を滅ぼす為の種子が、新庄幸人である。
「じゃあ、どっちを狙う?山か、沖か?」幸人は外出用に着替えながら尋ねる。
「今夜は海の気分ですね」とイリスは蠱惑的に微笑んだ。
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「今晩は予約なしの呼び出し、大変申し訳ありません。忠志さん」イリスは沖ノ島のフルネームを覚えていた。どんな端役でも他人の名前を一度でも聞いたなら忘れないだろうと言うのは幸人にとっては凄いと思う。幸人はイリスくらいぶっ飛んでないと名前を思い出すのに苦労する。なので山と海、と言う感じで二人をセットで覚えている。
「いいや、構わないさ。簑笠府さんのメッセージ来たら何処でも駆けつけるって言ったもんね。俺約束は守る方だから!ところで……新庄はなんで居るの?」沖ノ島は知らない間にイリスとそんな約束を交わしたらしい。サークルクラッシュは避けられないな、と幸人は嫌な予想をしてしまう。
「"俺"は今回は端役。気にしないで」幸人は対面で座り合うイリスと沖ノ島のテーブルの横で無関係のように、イリスの御側役の梓梢と向かい合っている。
「そうか、いやそういう事なら気にしないんだが。で?簑笠府さん、俺に何の用?」沖ノ島はチラチラとイリスを眺めている。邪な視線が漏れ出ているが、イリスは気づかないふり。それはそうだ。
今のイリスは夏に相応しいが、知人止まりの顔見知りと会う格好ではない。恋人と出歩くための服装である。具体的には非モテが敬遠しそうなビッチ系ではなく、憧れそうな清楚系。マジでセックスする為に会いに来た、同性の目線など気にしてない、だが気軽に話に相槌を打ってくれる、そんな女をイリスは正確に実行している。
実際に幸人との初会合で行為を忌避してそうな潔癖非モテを、その気にさせて犯したヤツが、この簑笠府イリス。恐ろしい女である。
ストローを意味ありげに口を付け、下品ではないが、警戒して居ないと雄弁に騙ってそうな、飲料の飲み込み方。実際にこれでヤッているから間違いないだろう。
なんだろう、この胸に来る嫌な感じは。友人の別側面、在っても可笑しくないのを見せられているのが嫌なのか、それともイリスのこちらの側面が本性、と言う解釈が嫌なのか?幸人は自問する。
「あのですね、忠志さんに私お願いがありまして。是非とも貴方にこの想いを聞いてくれませんか?」イリスはテーブルに乗り出しながら、堅実心合掌ではなく虚心合掌で沖ノ島に懇願する。純粋さのアピール、イリスは本当にあざとい。一挙手一投足全てが計算づくである。これに落ちた幸人は、今になって自身の愚かさに気づいた。
「あ、はい!なんですか?簑笠府さん」沖ノ島はもうデレデレしている。角度的に恐らく彼から胸元が少しだけ見える感じだが、目を逸らさずに沖ノ島を見る輝くようなイリスの表情と、胸元同時に見えるポジションに沖ノ島は収まった。具体的にはちょっとだけ背を曲げたのである。
イリスの乳房は大きすぎないが、前かがみになっても仰向けになっても、醜く崩れないちょうどいい塩梅のボリュームである。イリス自身はもっとサイズアップしたいと幸人に請願してくるが、幸人的には今のサイズが最高の黄金比であると思っている。これを知ったらイリスは図に乗るだろうから絶対に言わない。
そのイリスがそうしたなら大抵の男は引っかかる。類稀な容姿、それにこの仕草。鉄壁のガードもすり抜けてくるのだ。ますます腹の底が黒く、煮え滾るような気分に幸人は成ってくる。
だが、その一瞬沖ノ島が胸を覗くのに注視した刹那、イリスの目は沖ノ島ではなく幸人を貫く。人を安心させる、謎の眼差し。イリスは度々送ってくるこの視線の意味をまだ幸人は理解できていないが、嫌いではない。むしろ……
「ご安心下さい」と言うイリスの声が聞こえた気がする。勿論幻聴である。実際にはイリスは沖ノ島と何かを話している。先日のプールでの出来事を相槌を打ちながら話が盛り上がっている。
「それでですね、忠志さんにお願いしたいのはですね?」イリスはチラチラと横目で沖ノ島を見ながら言いよどむ。
「何でも言ってよ、俺に出来ることならさあ」沖ノ島は上機嫌である。哀れである。この淫婦相手に何てことを言うのか?幸人は天井を仰いだ。
「先日遊びにいったプールで私を盗撮した、動画。ありますよね?水着の私を撮影したもの。これが証拠です。認めて下さい。さもなければ、分かりますよね?」とイリスは笑顔を崩さずに言ってのけた。イリスのかざした端末には沖ノ島の盗撮の様子がバッチリと撮られている。
「え?は?な、なんで?」バレたの?と言いたげな沖ノ島。
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「沖ノ島君は、私を盗撮していましたね」イリスは道すがら沖ノ島を口説く方向性の思惑を話してくる。
「一体何時気づいてた?」幸人は驚く。友人達の目線を大体は把握してたが、そんな素振りは見つけていない。
「誰も気づいていませんよ、というよりはほぼ疑惑という感じですが、間違いないかと。私に疑われた時点で、梓が望遠で遠くから監視していてようやく、と言う感じで確信に至りました。ですが可愛いものです。別に、私の着替えを撮ったのではなく、気になるあの娘の水着を残そう、みたいな無邪気な気持ちの犯行ですよ。良いじゃないですかそれも青春です」イリスは幸人を安心させるように言う。
「正直、友人のそういう生態はショックだわ。知己同士でそういう性欲みたいなのは、気分が悪いと言うか……」幸人は潔癖である。それはイリスも痛感して知っている。故に尋ねてみたのだ。
「幸人さんは幹雄くんと早紀さんは良いのですか?どんな気持ちで二人を眺めていたのです?私に隠れて見ている早紀さんの画像は?沖ノ島君のそれと大差ない、同じなのでは?」
「え?何時から?」幸人は驚愕した。
「ふふふ、バカが一人此処に居ますよ。ねえ?幸人さん?」イリスは幸人に指さしながら笑っている。カマかけ、幸人の生態を熟知した、そんな少女の諦観したかのような眼差し。胸が痛い。
「悪い、"僕は"浮気を、本音は君に隠せないって思う。ごめんね」幸人は肩を落としながら言った。
「馬鹿ですね、まだ私を理解ってませんか?頭が茹だっているんですか?赦すわけ無いでしょう?だから度々早紀さんの事を私から詰るのはそれです。受け入れて下さい、私も幸人さんを受け入れるので」イリスは言葉と裏腹に怒ってはいない。
「理解った、それで僕は何をしたら良い?」幸人はバツが悪そうに言った。油断してしまった。ここでイリスに言質を取られたのだ。
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「御免なさいね、忠志さん。実は私婚約者とは別に、肉体関係のあるご主人様が居ましてぇ。それで美人局みたいなことをヤれと言われていて。
私、既に肉体も精神も彼に完全隷属しておりまして、他の男と寝ろと言われれば、その言葉に逆らえない始末。ご友人の方でも構わずに。ああ、私のこのチョーカー。実はファッションではなく、本物の首輪でして。ふふふ、忠志さん。青くなってかわいい。さっきまで赤かったのにね」イリスは蠱惑的な表情で獲物をなぶっている。恐ろしい。
「新庄助けてくれ!」沖ノ島は強請られて、側の友人に助けを求めてきたが、そもそもこんな話に付いてきたのがあり得ないのだ。加害者が被害者でなくては。
「悪い、"俺も"なんだ。その行為そのものの奴撮られてな。俺もそいつには逆らえない」幸人はそうは言ったが大体合っているが間違いである。此処に居る幸人は、幸人の第三の異能の三重身による精巧な分身体である。
本体と同じ思考、同じ精神を持ってはいるが、基本本体の意向どおりに動く。逆らおうという思考は生まれない、むしろその通りに動くのが合理的という結論に至ってしまう。
これが相対的ゾンビ効果ってやつか?と背筋が凍る思いだがそれも5分前に作り出された自身にはそのうち関係なくなる、消えることも受け入れているのだ。だからこそ社会的に死んだって奴の演技は見抜けない。
「まじかよぉーなんあんだよ。俺にどうしろっていうんだよ!」沖ノ島が喚く。
「私達の要求を"飲んで欲しい"。それだけです。まあ、そんなに汗をかいちゃって。店員さん、こちらの方になにか飲み物を。私はそうですねホットコーヒーを」イリスは注文を取り始める。
「何を飲めばいいの?」沖ノ島は観念したのか、それとも。
「"早紀さんは見ていませんよ"。彼女の遠隔視は、私物には及びません。ええ、ここは私の家の持ち物でして。つまりここは私の腹の中、と言っても過言ではないかと」イリスは注文した珈琲を啜りながら言った。
「あー、くそ、もう俺はおしまいだぁ~」沖ノ島はそう言いながら逃げようとした。だがそれは梓さんが制した。椅子から立たせない。絶望的な状況で更に顔色が悪くなる沖ノ島。
「遠慮せずに飲んだらどうだ?支払いは気にしなくて良い」と梓さんの、悪いSPみたいなノリノリで演じている。
「ぐびぐび、それで何をさせたい?」沖ノ島は先を促した。
「これが契約書です。簡単に言うと私達が、忠志さんの手隙の時に働いてくれ。と言うのでその時々に応じて動いて下さい。忠志さんのネクロマンシィーは割りと便利なので。如何でしょう?」イリスは書類を差し出してくる。
「名前は書いた。これでいいか?」沖ノ島は観念して言った。実際にはもう一つやってほしいことが在るのだが、それは今為されている。体液(と言ってもイリスの体液とは違い、少量の唾液)入りの注文した飲み物を飲み干している。
「はい、これで契約完了です!流石忠志さん。迅速果断な判断お見事です。私そんな忠志さんに対して心ばかりながら対価を用意させていただいております、これをどうぞ」とイリスは端末をいじり、画像と動画をエアドロップで送ってきた。
「え?これ?うお、まじかよ!」沖ノ島はその動画に齧り付いた。撮影されているのはイリスが御主人様に犯される、所謂ハメ撮りという奴であった。全裸のイリスがあらゆる体位で犯されている。撮影者の主観の動画なので男が誰なのか?は分からない。だが、イリスの恥丘には体毛が一切生えておらず、恐らく永久脱毛されたものであろうそこには、イリスの主人であろう名前がタトゥーで刻まれている。その名前にだけモザイク処理が為されており、これではもうイリスの婚約者との結婚は困難になると沖ノ島は解釈した。その堕落っぷりが目の前に居る当事者の存在も忘れさせた。それほどまでに動画内の女性は淫蕩であり、イヤらしいのだ。
友人と、目の前の痴女の立ち居振る舞いにドン引きしながら幸人がこっそりと尋ねた。「これ何時撮ったやつ?」幸人の記憶にないのである。一応本物と同じ記憶がある筈である。
「ああ、これは私と背格好が同じの女性の動画を今日のためにずっと探していまして、その動画のモザイク修正前のオリジナルを、ちょいとクラックして手に入れました。そして最初の30秒はほら「誓約成約の応用で入れ墨みたいなアレを出来ません?」って言った時に幸人さんに大却下されたやつでして。その後はその似た背格好の女性の動画に繋いだ編集した逸品です」イリスは得意げに解説した。何も問題はありませんよとも。
大問題である。何気に非合法で手に入れた、と宣言してるし、実際に沖ノ島は他ならずイリスを知っている人が見たら本人のモノと錯覚するだろう。そうしたらこの女は社会的に死ぬんだぞ?大丈夫か頭は?茹だっているのかな?
「そういや、僕は実質相対的ゾンビな、君の御主人様なんだけど、沖ノ島のネクロマンシィで操られない?」と気になった幸人はイリスに質問をした。
「あ」とイリスは気づかなかった、という驚愕の表情になった。
「おい、おまっ!」を小声でイリスに言おうとしたが。
「冗談です。その可能性があるので書面と言う形で、私と幸人さん(分身)を含めたものに害さない、と契約文の最後に付け加えてありますよ」イリスは抜かりはないといった。
「それでぇ、なんですけどぉ。私が必要だったとは言え、幸人さん以外の男性に肌を、間接的にとは言え晒してしまいましたぁ♡これは10倍くらいのお仕置きじゃないと足りませんよね?」とまたしてもイリスは自身の欲望と性癖である、露出行為を止められないという風に暴走する、ドスケベクソ女は自身の罪状を告白してきた。
「……10倍とか僕の負担が半端ないので、分身体使って等分にして良い?」幸人は半端ない疲労感から折衷案を提案した。
「もちろん♡」とイリスはそれこそが最高のご褒美であると言わんばかりに自身のペナルティに幸悦を感じるのであった。




