血と臓物の惨劇
惨劇
夜中の市内の公園。そこに一人の男が居た。雰囲気は尋常でない空気を醸し出している。
「全く、当主も無理を言ってくれる」男は公園の自販機で飲み物を購入していた。
男は、異能と呼ばれている、力を継承する古い家系の一族の、分家の末席と言ってもいい者だ。
かつて強大な権力を有していた十二奥家は、100年前から力を失って久しい。此処へ来て新たに力がこの世に産み出されたのだ。それを把握した、十二奥家の、名に非ざる13番めの佐爾波が持ち主を特定したのだ。
佐爾波家に家長は存在しない。どうやって血筋を維持していたのか?まるで時代を飛び飛びにしているかのように脈絡がなく、そして要を外さずに出現する。十二奥家のそれぞれの家長だけが佐爾波の者に会えるらしい。
そこでどんな密約が為されたのかは男には分からない。だが、分家の、その家督を継げない筈だった男がまるで飛び石のように力の継承者に成れた。よって男には本家の家の娘があてがわれる話すら持ち上がってきた。
まさに我が世の春と言えよう。だが、美味い話には穴があるのが必定。十二奥家、その宗主、虚空天と、不動天に正しい力が完全に戻るまで、男には囮としての役割が与えられた。
これからどんな追手が来るか?分からない。だが、相手は力の消失で、復活法則に因って"意味もなく"無差別に力を得たものだ。十二奥家とは違う。力の守り人も居ない。烏合の衆だ。
男の家は常に備えを怠らずに研鑽を磨いてきた。遅れをとるとは思えないが、万が一が合ってはいけない。
「ねー、カレシーアソコの男見て?すっげえ、陰キャー!!キャハハハ」見るからに淫売の女が連れ添った男に私雪崩掛かりながら騒音を出している。
「ハハハ!俺と比べんなよー、気の毒すぎんよー!」淫売の女に相応しい知能のチンピラの男がこれまた意味不明な声を出している。五月蝿い、だがどうでもいい。
「うふふー、そうねー、でもさーこんなところに一人ってのもー可愛そうよねー?」淫売はそういうとこちらに目を向けてきて、興味深そうにするとこちらに近づきながら衣服を脱ぎ始めた。
「ちょいよー、そんな奴に見せる裸とかー、お前どんだけ、ビッチなんだよ!」チンピラの男は女の振る舞いが気に食わないようであるが知ったこっちゃない。面倒くさいと思い、どうやって穏便にやり過ごすか?思案したところだった。
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「■■さん、標的来ましたよ。間違いありません、▲▲さんが送ってきた情報に該当します。速やかに制圧開始します」女はそう言って男に向かいながら衣服を脱ぎ始めた。
「君、本当に頭どうかしてるよ」男は、ドン引きしながらそれだけ言えた。
「待って下さい、●●様。お嬢様の普段の立振舞から、何時ものアレだと思いがちですが、侍従の○○○が保証します。あれが一番の合理的な行動です」露出狂の女をお嬢様と呼ぶもう一人の女が主人の奇行を擁護した。確かにそう取ってもおかしくない、男の方がこの場ではまともと言えるが。
「男には精密雁札で認識阻害を与えてますが、接敵すれば現実を正確に認知されます、一瞬でケリを付けますので」女がそう言うと前がかりに体勢を取った。
「寄るな!露出魔!な、に?!」男の認識が、自身の相手が痴漢の類から、追手だという認識に変わるまでが速かった。振り払う腕を瞬時に貫手に変え、肉体をも穿つ威力を女に、女の乳房、それも左胸、その奥の重要臓器を狙って繰り出した。
「あ?!」幸人がそういった瞬間に惨劇が展開された。イリスの胸に撃たれた貫手は、乳房の突起に触るか、触らないか?の刹那で砕けたのである。イリスに大量の返り血が降り注ぐ。
「あれがイリス御嬢様の無敵の防御能力です。私も御嬢様が力を得た日に軽いジャブを入れろ命じられ、御嬢様の顎を狙って打った時に私の拳が砕けましたよ」イリスの侍従、梓梢はそう言って左手を撫でる。幸人の誓約成約の試し打ちとして、彼女の怪我した手を治したがそういった経緯だったのか?と幸人は思った。
「あ、な、なんだこれは?」男は己の鍛え上げられた拳が、否。腕だった肉片を呆然と眺める羽目となった。
「終わりですか?降伏するなら優しくして殺してあげます。抵抗するなら、まあ、そうですよね……」女は勿論返答が返ってくるとは思ってなかったし、行動も予測できた。
なので、女は無造作に男の吹き飛んでいない側の腕に因る攻撃を払った。
そこでまたしても、男の鍛え抜かれた肉体は、水風船のように弾け飛んだのだ。
「んな、あんなのどうしたら攻略できるんだ?」幸人は我ながら自身が簑笠府イリスという少女に与えた無敵の堅牢さに舌を巻いた。これが敵であったならその時点でGAME OVERなレベルの強さである。
「ええ、ですから、あの程度の強さで漸く"御嬢様の運命は覆った"のです。決定した終わり(End)すら超えるのが新庄様の与えた異能なのです。故に御嬢様は契約書に尊厳をかなぐり捨てて"人間性を残さない"としたのです。御嬢様の研究では世界を滅ぼす終わりにも耐えられるとのことですが」梓はそう淡々と一方的な蹂躙を眺めながら言う。
戦いと呼べるものではないが、男の抵抗自体はまだ続いている。両腕を吹き飛ばされ、残りは足しか無い。壱発叩き込み、また粉砕されるなら軸足すら叩き込む、と覚悟を決めたが、女の動きが即座に剣呑な物に変わった。
すり足で、男の回し蹴りを完全に交わしながら、男の蹴り技の軸足をかかとで踏み抜いた。女が唯一身に付けていた、否。首のチョーカーとピンヒールは恐らく、戦闘用なのだろう。
女は、その体重のみで男の足の甲を、ピンヒールで貫通させて地に縛り付ける。これはそういう用途の装具であると男が理解した時にはもう遅かった。
「幸人さん、止血と契約の準備をお願いします」イリスは勝者の権利として男を見下ろしながら慈悲ではない眼差しで睨みつける。
「止血は、終わってるよ。契約は、超簡易でいいかな?」幸人はイリスの元へ駆けつけながら、口腔内の唾液を指に付ける。これで男の喉に指を突っ込んでしまえば簡略契約は行える筈である。
「クソが!」男は非ぬ方向に、唾を、いや最後のとっておきの針を吹いた。初撃と同時に仕掛けていたのか?これが幸人に正確に飛んでいればイリスも危うかったが、そこは端から往生際の悪さを予測していたイリスは精密雁札で、幸人と梓梢の正確な位置を男に悟らせていない。男は最初からイリスから離れていた幸人を側に居ると思わされていたのだった。
「はい、だめー。残念でした」とイリスは履いている靴で男の目の辺りを踏みつけた。優しく撫でるように、だが眼球を触るなら過剰な圧である。視力を一時的に奪うには十分過ぎた。
男の口が無理やり引き開けられる。この抵抗の出来なさは女のものだろう。そこからやや太い指が喉に無造作に侵入する。何がしたいのか?が男には分からない。
だが、その瞬間、背筋に鉄棒を捩じ込まれた違和感を覚える。これは人間特有の反応である。これが、精神の無い存在であったなら契約は成立しないし、違和感も覚えないのだ。
「さてと、誓約成約の最終試験段階の"赤の他人"、そして敵対者ということでこの上ない検体だね、(これが上手く行けば良いんだけど)僕の従者のイリスだ、彼女の言葉は僕の言葉に等しいと思ってね。じゃあイリス、彼に質問をどうぞ」と幸人は男の唾液で濡れた手を振りながらイリスにその場を譲った。
「貴方の名前は。所属は。仕える家を答えなさい、応じれば望む死を与えてあげます、そうでなければこのまま野ざらしで逝きなさい」イリスは情け容赦無い。十二奥家といえど、全てが味方ではない。
「橋羽、英嗣。所属は橋羽の家。仕える家は賽原河だ」男はスラスラと出る言葉に驚いたが、それ以上にこれに耐える胆力すら生まれないことに驚愕した。恐怖である、汎ゆる尋問に耐える訓練をした男がアッサリと口を割ってしまうのだ。
「予想通りでしたね。おおかた力を与えるという餌に釣られて、囮をやっていたんでしょう」イリスは返り血を浴びた身体どうにかしようとして、彼女の無敵が返り血も攻撃と認めたのか、そのイリスにかかった返り血が彼女の身体が撥水性を持ったかのように全て流れていく。
「血液の飛沫から感染する病原体も存在するので、返り血も拭い去るには苦労しないと思ってましたが、此処まで徹底的に防御性能として秀でているとは。折角用意した洗浄用の水と、タオルが無駄になってしまいました」梓はそう言ってしょんぼりといった。だが、イリスは気分の問題です、とだけ言ってそれを受け取る。そして幸人をちらっと見る。なるほど僕の気分の問題なのか、と彼女の意図を察する。
「これ、もう、どんな敵も怖くないんじゃないかな?世界の終わりと言っても平気で生存できそうだけど?」幸人は返り血も全自動で払ってしまう無敵の強さに舌を巻いた。これ、もうミッキーや、四ノ原さんがどういう陰謀を描いていても対戦相手としてすら成立していない、そんなレベルの強さである。
「そうですか?梢には穴だらけの能力と思うますが。試しに橋羽さんに力の具体的な性能をお聞きしては?」と梓は幸人の考えが甘いと言った。
「橋羽さん、貴方の異能を説明して下さい。詳細に」幸人は尋ねた、拒否しようとした橋羽の肉体がビクンと跳ねる。まるで強烈な心臓ショックを与えたみたいである。
「毒だ、猛毒の、血清もない致死的な奴だ。信じられん。俺の肉体も血液も触れたら死ぬ、筈だ!!」と橋羽はガクガクと震えながら告白した。とんでも厄スキルであった!イリスが念入りに幸人の位置を欺瞞で隠さなければどうなっていたのか?となった。
「はい、まあ、橋羽の家は代々の暗殺家業の家でしたから、当然暗殺に特化した技能だと思ってました。彼の最後の吹いた仮に新庄様に毒針が命中したら、そこで御嬢様と新庄様の命運は尽きてましたよ。つまりは、御嬢様はキングを詰めろ、とされた時点で全てのアドバンテージは失われます。これが御嬢様の異能の致命的な弱点です。もっと己の価値を自覚して下さい。貴方は不動天の北の極点と同様のゲームメーカーになり得る逸材になってしまったのです。」
「じゃあさ、なんで僕の異能生産は奪われなかったのかな?あの場面で2つの異能生産を創るんじゃなくて、一つだけ作って、僕のを奪えば良かったのでは?」幸人は当然の疑問を口にした。何故、幸人の能力の孫みたいな異能生産まで創らずとも、幸人のそれがったのだ。実際に梓の異能は奪われている。ならば幸人のそれを奪っても良いはずだ。
「幸人さん、それはですね、貴方の能力には異能を頒布するためのノルマという名の、誓約があります。ですが、不動天の家が欲しかった北の極点、つまり異能生産の劣化バージョンには"秘匿する、出し惜しみする"という事で価値を高めていくのが備わっています。希少度を高めることに因って結果として不動天家は力の継承について絶大な権力を得たのです」イリスの賊が奪い取った異能生産の説明をする。そういう事なら確かに幸人のそれは異能の価値をダンピングしていくことになるだろう。
これを聞いた幸人は厄介だと思った。幸人の異能を渡すという最後の最後でやれると思っていた交渉が成り立たない可能性が在ると思ったのだ。イリスの生存には幸人の生存も必須であるが、このままでは異能を奪われても、見逃されるという路はないのだ。




