悪夢の途上2
異例の事件、異能の盗難、いや悪用と言って良いのか?それが起きた直後、真行院幹雄と四ノ原早紀は簑笠府イリスと、彼女に身を寄せていた新庄幸人の泊まっているホテルへと来た。
事件のあらましはこうだ。まず犯人が何らかの手段で以って、新庄幸人の異能生産で、新しく異能を創り出せるものをイリスの侍従である梓梢に付与したのだ。
梢はその直後に犯人、もしくはその一味にまた新しく異能を創り出せる異能を付与したのだ。その後、犯人らは梢の異能を奪って逃げ果せたのである。
幹雄が、幸人以外の異能に因るモノと理解ったのは彼が、幸人が"覚えている範囲"での最初の異能付与者だからだ。そして彼の異能は異片鑑定。他者のステータスを異能に留まらず詳細に鑑定するモノである。
これでもって今までに生み出された異能全てを彼と、彼の婚約者である早紀が全てを管理しているのである。
「まいったな、本当に参った」それだけを幹雄は項垂れながら言えた。恐れていた、異能の漏洩である。
「俺も、気をつけていたはずなんだが」幸人はそういった。嘘ではない。確かに彼と、共犯者のイリスは、今回の事件とは別に異能を創っていた。ただしそれはイリスを、そして幸人自身を守るためであり、イリスの無敵と、精密雁札はこれから巻き起こるであろう4つの塔の災厄に備えるためであった。
その幸人の異能生産に残っている作成ログは、幹雄の異片鑑定すらも欺く、いやイリスに関する事のみ隠蔽改竄されていたが幹雄に知られた情報自体は全て真実である。
「しかし解せんな。梓さんの異能は盗まれると言うなら、なぜ幸人の物は手つかずなんだ?試みた痕跡すら無いとは」幹雄は頭を捻っている。そう、そうなのだ。梓梢を仲介して模倣した異能ではなく、幸人の本物を奪えば良いのだ。
「幹雄くん、それは新庄君の異能の効果範囲と、洗脳の効果範囲の差なのでは?だから敢えて"射程の長い"、新庄君より劣るものでも良かったと」早紀は自身の仮説を説明する。つまるところは。
「賊は、いち早く、一秒でも速く、仕事を終えたかった。しかも幹雄君の異能の詳細を知っているとしか思えません」早紀は結論を述べた。幸人は驚く。それはイリスの仮説と同じである、しかもそこに至った速度はイリスよりも早いのだ。イリスは先を少しだけ、睨んだ。それは幸人しか気づかない些細なものであった。
「クッ!やはりそうか!」幹雄の判断速度も早い。おそらくはこの事態を既に想定していたのだろう。
イリスは震えている、が二人の手前、表には出さない。なので幸人はそっと触れるだけ、イリスの白魚のような小指に触れて、そして離した。一瞬のことだがそれで伝わったのか気丈な表情で幸人を一瞥すると普段の表情に戻った。
「すまない、早紀。本来は君にはこの自体を俯瞰して貰いたかったが、時間がない。今ここで早紀に異能を与えたい、いいか幸人?」幹雄はそういった。
「俺は何を創れば良い?」幸人はそれだけを言った、幸人の立場は難しい。
幸人は既にイリス陣営だが、今は無能な怠け者として振る舞いたいのである。少なくとも最初の災厄、世界を滅ぼす塔の一つのデッドエンドまでイリスを連れていきたいのである。
イリスの危機は全部で3つ、と未来を知れる託宣で示された。彼女は自身に降りかかるあらゆる死に繋がる現象をキャンセルできる異能を得ているが、それでも3回危機が来るのだ。
そしてそれは何某と呼ばれる怪人が示した「討伐するべき3つの塔」と一致する。イリスの話では、イリスと早紀と幹雄の3人はそれぞれ違う世界の終わりを識らされていると言う話である。
それぞれが見える終わりが違う以上、幹雄と早紀にもその終わりを知るものとバレるのは避けたいのである。
「そうだな、出来れば街のアチコチにある監視カメラの映像を"全部見れる"ようなそんな、異能が欲しい。それを俺の異片鑑定で見れば、賊は見つかるかもしれない」幹雄の要求は妥当である、問題は早紀の思惑と振る舞いである。イリスは常に早紀を意識して、敵対心を持っていた。そしてイリスの第2の異能の精密雁札と大変相性が悪い。
「わかった」と幸人はそれだけを言った。無能に振る舞うなら"言われたとおりにやるべき"だろう。
「じゃあ早紀さん、いいかな?はい。受け取れました?」と幸人は異能を四ノ原早紀に与えた。
「はい、受け取り確認しました。では早速試運転しますね」と早紀は即座に能力を起動する。ホログラフのように街中の監視カメラが捉えている場面が映し出される。だが幹雄の異能は問題なく働いているようである。すぐに幹雄は全ての映像を精査する作業に取り掛かったのだ。
「早紀、今から言う奴をリスト化してくれ、まずは……」幹雄は映像を凝視している。それだけでフルに思考能力を割いている。
「分かりました」と早紀はそれだけを言って、映像を映すのと、挙げられる名前をどんどん記録していく。
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とりあえず、今回の異能奪取事件の解決は後日取り掛かるとして今日は解散となった。
イリスは不機嫌そうにベッドに腰掛けて足をブラブラしている。
「あーあ、早紀さんに一番付いて欲しくない異能が渡されちゃいましたかー。これで"外で遊ぶ"のが出来なくなりましたー、かー残念です!!」イリスはそう言ってベッドに身体を放り出した。
「そこは問題ないと思うけど」幸人は早紀に渡した、異能には制限を付けてあるのだ。これでもイリスの"遊び"に配慮したのである。
「え?どういうことですか?」イリスは喜色をあらわにして幸人に詰め寄った。まあ問題は既にシャツのボタンを外しに掛かっているところだ。イリスはホテルで幸人と一緒にいるときはだいたい全裸か、半裸である。生まれつきの淫婦であろう彼女は服を身につけるのが面倒くさいと最近主張し始めている。なぜならどうぜすぐに脱ぐのだ、ならば裸で過ごすのが効率的という理屈である。
「あ、それはね、監視するカメラ、だけだと範囲が広がりすぎると思ってね、公的に配置された監視カメラ、という制限が入っている。これなら民間人の殆どが持っている携帯のカメラまでは傍受されないしね」と幸人はスマホのカメラを起動してイリスの脱衣する一部始終を録画し始めた。イリスは知らないが、幸人は来ている服を脱がすのが醍醐味じゃないか?という派閥であった。
「ああ、つまりは民間のものは対象外と?」イリスはシャツを脱いだ。服の下からはスリット入りのブラが姿を表す。シャツを着ている状態では普通の白い下着にしか見えないが、とても残念なことにイリスの持っている下着は全てスリットが入っていたり、穴開きだったり、ファスナーで全開にできたりするようなものしか無い、本当に脳味噌がピンク色に染まっているのだ。今はスリット入りで乳房の突起はちょっと指で広げれば開陳される様なセクシーランジェリーである。
「うん、流石にね。監視する民間人、いや相対的ゾンビとかの持ってる携帯のカメラが範囲内に入ったら不味いしね」幸人は、幹雄らにはイリスの異能は「昼歩行者」という吸血鬼みたいな性能になっている様に見えるのだ。
「ということは、私が幸人さんと"外に遊び"にいっても結構安全地帯が在る?ってことですか?」ここでのイリスが言う遊びに行くとは野外露出プレイのことだ。イリスと初めて出会った日、彼女は屋外で全裸になるのを躊躇いもしなかった。勿論、彼女が生まれてからずっと日光を浴びたら皮膚に重度の火傷を負う、体質だったからとその時は納得したが。
「ああ、そうだね。え?なにこのリードとロープ?」幸人はもう下半身もガーターストッキング以外脱衣完了しているイリスから渡された、2種類のロープに困惑した。一つは荒縄のもの、もう一つは革製のもの、まるで犬の散歩に使いそうなやつというかそのものであった。
「ええ!そろそろ次のステップへ行きたいと思いませんか?憂いも払拭されたわけですし、下見を兼ねてカメラの無さそうな場所、探しましょう!」イリスはキラキラとした期待の目で幸人のまえでリードを自身のチョーカーに見える首の拘束具、誓約成約で造った文字通りの首輪にそれを繋げたのだ。
「えええ」ウンザリしたように幸人は呻いた。とはいえ、こんな"遊び"は今日が最後のチャンスだろう。性行為に耽る日々が終わると言うなら付き合うしか無いだろう。残念だが、という思いとは裏腹に幸人も股間にテントを張って満更でも無さそうになるのが悔しい。
夜の公園。既に監視カメラは黙らせてある。カメラが映すのは幸人と、イリス以外である。
幸いにも人は他に居なかった、そしてイリスは普通に散歩をしている。これが四つん這いだったら、と思うとどうもイリスのペースに載せられている気がしないでもない。こうやってどんどん慣らされていくのか?という気持ちが沸き上がってくる。
「まあまあ、ここはまず普通に散歩ですよ」というイリス。だが彼女の着衣は乳房の局部を露出させ、下半身は完全に露出である。何処が普通なのか?
「頼むよ、これが最後だからね?」と幸人。
「はいはい、私もそこまで馬鹿にはなってません。しかし、監視カメラに制限を付けたのは助かりました。監視しているカメラ、だったら本当に私詰んでましたから、ありがとうございます」イリスはにっこりと言った。頬が赤い。これは照れているのか?それとも露出行為に昂奮しているのか?どうも後者っぽいのが気にかかる。気のせいだと思いたい。
「うん、それこそ定義変わってしまわない限り大丈夫だよ、例えば戦争が起きて、非正規戦に巻き込まれて、民間人の携帯が徴発されて、とかでない限り一般市民のカメラはただのカメラだよ」と幸人は何気なく言った、だが。
「え?徴発?」イリスは真っ青になって言った。
「しかし、まずはそんな事は起きないよ」幸人はそう言うが。
「ああ、そうか。戦争、これデッドエンドというには十分すぎる世界の終わりになりえます……」イリスは折角の露出プレイを切り上げるように着衣を始めた。それどころではなくなったのだ。
「どういうこと?」幸人はイリスの辿り着いた答えを問うた。
「えと、今回の手際の良さから、十二奥家、つまり異能の存在を前提に成り立っていた勢力の仕業の可能性が高い。そして十二奥家とはこの国を始めとして、大陸と、欧米とかで国を超えて活動している異能を司っていた旧家のことです。彼らがかつての隆盛を取り戻して復権をする、となるなら、幸人さんの異能は元来、十二奥家の宗家の、不動天の家のものです。不動天の家は、今でも十二奥家でも発言力が強い。彼らが異能を取り戻したなら、既に国を脱出して活動を開始してもおかしくない、そういう意味では幹雄君は果断な判断は正解です。下手したらこのまま"二度目"の世界大戦が起こるでしょう」とイリスは言ったがその発言には幾つかおかしい所が在った。
「イリス、何を言っているんだい?世界大戦が起きるなら"三度目"じゃないか?」幸人は自身の知識から彼女の発言を訂正した。
「何を、言っているんですか?幸人さん、世界大戦は1918年に終結して以来、一度も起きては居ませんよ?」イリスは信じられないものを見るような目で幸人を見た。
「え?1940年頃には何も起きてないの?」幸人は震える声でいった。どうも致命的な齟齬が在った気がしてきたのである。
そしてその致命的な齟齬は間違ってなかった。
幹雄と早紀が異能を盗んだ犯人を探している最中に、中国が香港、台湾、シンガポールに軍事侵攻を開始したというニュースが飛び込んできたのである。ついに4つの塔の1つ目の影が彼らの運命に影を落とすこととなった。




