嚆矢
遂に人の知性が。治世が、落とす長い長い影、その影を落とす怪物の名は「BadEnd」の塔。遂にそれが胎動を始める。
嚆矢
真行院幹雄は、自身が仕える大物政治家の荒井庄市から呼び出されていた。
「先生、何か御用でしょうか?」幹雄は先日のプールを思い出しながら荒井耕造を放置してしまっていることか、何かで咎められると思っていた。しかし。
「幹雄、よくやってくれた。あんなに問題を起こす耕造が、本当に大人しくなって大変助かっているよ」庄市は大変にご満悦である。
「先生は、耕造が彼でなくなったことに疑問を感じないのですが?」一応幹雄は確認を取っておく。耕造は犯罪を犯してその隠蔽工作を庄市や、幹雄にやらせていた問題人物だったが、その為に自我を殺されてしまっている。それは事実である。
「そうだな、人の親としてはそこに疑問を感じるべきなんだろうが、私には娘の理恵が居る。理恵の未来まで摘み取る位なら、子供の片方を生き延びさせる、未来を与える為に決断を下せたよ」と庄市は話が通じるタイプの悪人であった。それでこそ政治家と言うべきか?
「あれが死ねば諸々の問題が解決する。救うべき人物は救いたい姿をしてなかった。それに奴は敗北した。それだけだ、で今回幹雄に頼みたいのは耕造をああやったのは超常の力だというのは十二分に理解している。それでだ」と庄市は一旦言葉を止めた。
「ええ、あれは紛う方無き超常の力です。それが?」幹雄は嫌な予感がしていた。真行院の家は、異能を失った没落後に荒井という分家に守られた。その後は立場が逆転し、真行院は血筋と家名のみが残り、荒井の家は世襲制に近い政治の要職、もしくは近い立場に着くことになっている。荒井家は大変優秀であったのだ。この国を陰日向に支えていると行って良い。
「アレだね、聞けばある程度望みの力が手に入ると言うじゃないか?幹雄が取り仕切っていると聞いた。それには一日に一人異能を作り出さないといけないとも。それでだ、一つ私にも異能を見繕ってくれないかね?勿論、たちが悪いやつではなく、穏当な、それでいて人力で不可能な事を出来るようなやつだ。どうか出来ないかね?」庄市は厄介なことを言い出した。
「……それは。内容に依ります。先生は一体どの様な物をお望みで?」幹雄は慎重に言葉を選んで聞いた。だが。
「私の趣味を知っているかね?」庄市は幹雄を隣の部屋に呼びよせた。その部屋は幹雄もよく知っている庄市の宝物がある部屋である。
「ええ、確かミニチュアのモデル。とりわけ先生は鉄道模型のものがお好きだと」幹雄はびっしりと緻密に組み上げられた現実の駅を模して造られた壮大なジオラマに置かれている模型を見ながら言った。こういう所が有るから幹雄と庄市は意気投合できていると言えた。
「もうね、これらはメーカーにも修理しようにももう在庫の部品がなくてな。私も出来るだけ足を使って探しているが、無いものはどうしても出てくる。本当は自作してこその本物の趣味者なんだろうが」と庄市が自嘲気味に言う。多忙な政治家では趣味に割ける時間はほんの僅かである。
「では、模型を創る、みたいなものをお望みで?」幹雄はようやく合点がいった。これなら比較的穏当な形で済むだろう。とこの時は思っていたのだった。
・
・
・
「難しいな」山乃原は一言で断言した。
「ああ、設定が難しい」沖ノ島も同意する。
「それはどうしてだ?」幹雄は尋ねた。
「その先生は、耕造の親父はその模型のパーツだけを作りたいのか?話を聞いているとそれだけで済む話ではないだろう?」山乃原は其処が問題だといった。
「ああ、そういうことか。微細な構造を再現する場合、悪用される。以前、新庄の異能制作で頭を悩ませた時に幾つか、問題を想定していたな」幹雄は話が早い。
「例えばだ、微細な構造を再現したものを作る、それは既製品か、この世にないもの、でも問題は起こりうる。例えば、偽札とかな」沖ノ島も言う。既に幸人はイリスに精密雁札(Supernote)と誓約成約と言う、彼らの危惧するそうなりそうな異能を作り出しているがこの3人はそれを知る由も無い。
「ではどうする?僕もこのまま耕造という犯罪者である保管庫は確保しておきたい。先生に恩を売っておきたいな」幹雄は庄市の息子である耕造を人間として見ていない。山乃原も、沖ノ島も彼と同じ被害者側である。
幹雄はどっちかというと加害者側であるが、かと言って彼に人の心がないわけではなかった。彼にも情が有るし、外道故にそいつに報いを受けさせていることに痛痒を感じていない。真行院幹雄は公平世界信念の思想を薄っすらと信奉すらしているのだ。
「じゃあ、こういうのはどうだ?」と沖ノ島はアイディアを出した。
・
・
・
「ほう、これが耕造の使い道かね?」耕造の父親である庄市は、道具のように扱われる問題児である息子に疑問を感じていない。
「はい、この異能。全ての人類が異能を持つことが可能ですが、枠は1つとなっています。ですがどうも街を行く人間を見ると悪人ほど、多数の異能を同時に持てるようです」幹雄は幸人が創った異能を耕造の空いた枠に庄市の望んだ異能を持たせてきたのだ。幸人と庄市を合わせるほど幹雄はお人好しでもないし、頭は悪くない。
「ふむ、この無法図な此奴もそうやって役立つことが有るのか。人生とは分からんな」庄市は興味無さそうに切り捨てて、待望していた異能を幹雄から指示を受けた耕造から受け取った。
「ではお試しを。これは言わば劣化複製と名称しました。先生の要望には応えられると思います」幹雄は異能の仕組みを説明する。
「ほほう、ではまずは1万円札を異能で創ってみるか?」と庄市はちょっと紙幣によく似た古紙を持ちながら異能を使用した。
「つまり、こういう事です。大事な部分というか、どうしても複製できないパーツを遺して生成されます」幹雄は出来上がった1万円札と本物を比較する。
「流石に人物画が欠けているのは使えんが、紙幣と同じ素材を使えばここまで出来るのか?これはこれで悪用の余地があるのでは無いかね?幹雄君」庄市は即座にこの能力の欠点というべき悪用法を思いついたようだ。
「はい、それはもう。ですので制限が付いています。大量に作れば欠けてない部分を補えてしまいかねません。ですがこの異能は複数作る事である程度の精度、すなわち先生が造りたい物を作れるかと」幹雄は使用制限について話した。
「ふむ、無から創り出せないのが1つ目、そして同じものを作れない。それは幾つ創ってもコアに当たる物は出来ないのが2つ目、最後は使用回数が決まっているのが3つ目だね」と庄市は鉄道模型の複製を創ってみる。だが同じものは作れなかったが、必要なパーツを備えた出来損ないは創ることが出来たのだ。
「はい、後は共食い整備の要領でそこからパーツを取得して下さい」幹雄は満足そうである。
「いやはや存外私の申し出の要求水準は高かったようだね。そこまで安全策が為されているとは悪かったね」庄市は目を輝かせながらクリエイトした出来損ないからパーツを取り出していってそれらを分けてストレージに閉まっていく。
「はい、偽札ならぬ本物を作る場合、一部だけ違うもの、だとすると通し番号の違う紙幣が出来ると、これは本物を越えた偽もです、これは不味い。だからと言って完全なコピーを作っても紙幣以外でも困る。先生はミニチュア多岐にわたっているので作りたい物を此方で指定出来ないと思いましたが、欠損した物を作る、それが回数制限有りなら問題はないかな?と」と幹雄は苦労してこの劣化複製を作り出す過程で幸人を散々悩ませてきた。そのお陰で満足できたものを提供できたと思う。
幹雄は少し気になっていた。幸人と山乃原、沖ノ島と異能生産の為に1日合宿みたいな感じで缶詰状態だったが、そこが幸人へ簑笠府イリスの提供したホテルの一室だった。ルームサービスを含めて食事や飲み物が提供されたが、それを持ってくるのはホテルの従業員ではなく、イリス本人だったのが謎である。
イリスはもしかしたらあの集まりに参加したかったのかもしれない、作業が完了して異能生産で異能を作り出して幸人の部屋を退去した時に、彼女の恨めしそうな眼差しが僕達を見ていた気がする。
それが何故だかは、幹雄には分からなかった。




