何某さんの補講授業(2009年)
2009年某日。
何某、と呼ばれる怪人、つまりはボクのことだが。
ボクの後ろを健気に何も疑わずに着いてきた少女は、ボクが漸く立ち止まって居たのを良い機会としたのかこちらに尋ねてきた。
「ここが目的地ですか?」少女は言った。
「そうだね、こここそが、相応しいに違いない」何某は、ボクはそう言って残酷な宣言をしないといけない。良心の呵責とかはこちらには全く無いのだが。
「どっちが、どっちを選ぶか?だが選択肢を得たいならまずは最初に現実と幻想を選ばないといけない」抽象的な、具体的な言葉ではないが、目の前の幼いが利発的な少女は尋ね返した。理解らなかったのではない、理解ったからこそ前提を再確認しようとした。
「現実と、幻想の違いはなんですか?」そこが重要だと少女は感じたようだ。直感は悪くない。
「現実は君は死ぬけど歴史の痕に残る。幻想は死ぬかもしれない、でも生きられるかもしれない。その代わりに後を歴史に残せるかどうか?理解らない」
「どうして理解らないのですか?何某さん、未来を的中させるあなたが理解らない事が在るのですか?」少女はそこが分からないのである。
「それは勿論、決めるのはボクらじゃない。ここに今居ない奴が決める。そいつが全てを握っている、残念なことにね」だが何某は、ボクはそこがとても愉快だと思う。歴史とは後の連中が決めるものだ。
「それは……決めかねます」当然少女は困惑する。
「どうして?他人に決定権を委ねるのは怖いかい?」何某は理解っていたが恍けて聞いた。
「はい、とても怖い。それなら私が決めて責任も負いたい」
この少女は似ているが、芯は真逆だと何某は思った。ニッコリと微笑んで言った。運命を決める選択肢を。
「よし、合格だ。尊厳を捨てるか、尊厳を守って痕だけ残すか?君は選ぶがいい。ただし君が決めたら、後は、あとに続く奴には選ぶ以外無くなる、としても責任は君だけのものだ」
「現実では何故、死を免れないのですか?」
「それ当然、ボクが手ずからこの世界を、歴史を滅ぼすからだ。それに対抗するとして君の友人の四ノ原早紀は、ボクより先に世界を滅ぼすと選択した。故にボクは彼女だけにデッドエンドがどの様に来るか?を伝えた。君が選んだなら君には別の滅びを前もって正確に伝えると誓おう」
「早紀さんが、滅ぼすと……そうですかあの人は前々から迅速果断と思いましたが、既に決めていましたか。では私も決めなくてはいけませんね、はい選びます」
「1日足りない現実と、1日だけ猶予を得る幻想。現実か、幻想。どっちを選ぶ?」
「現実を。一日足りませんが後に託すと」少女は答えた。
「よろしい、君は今日から幻想ちゃんだ」
「どうして?私は現実を選んだのに?」幻想ちゃんと呼ばれた少女は疑問を口にした。
「そりゃ、信頼というのは幻想で出来ているからだよ。信用取引、知っているだろ?そう、現実を動かすのは常に幻想だよ」
「確かに、というか、どっちを私が選んでもその仇名になっていましたね?何某さん」幻想ちゃんは何某の無意味な選択を咎めるように拗ねて言った。
「そりゃね、これは今ここに居ないやつに向けたメッセージだからね、そいつが絶対に癪に障るように、神経を逆撫でするようなネーミングでないといけない。そりゃそうと幻想ちゃん、きちんと録音、録画は出来ている?」
「ええ、そればっちりと。まだバッテリーも、機材もきちんと動いています。しかしどうしてこんな山奥で、深夜にあなたの補講が在るのですか?」幻想ちゃんは問うた。
「幻想ちゃんに相対的ゾンビの話はしたっけ?」何某は授業の復習を始めた。
「はい、精神とは、物理現象の、物理法則であり、そうである以上、何かしらの保存則が働くと」
「そう、知性とは、脳ではない。いや、脳の機能では在るが故に、脳の機能には知性を高める事も在れば、自然に知性を下げる事も有る。
常に知性的では居られない。つまるところ知性体とは"場"だと。ではこれを俯瞰して見れたなら。
精神が量として見えるならば、そこには機械的な反応だけを行う、そこに魂が宿っていない存在も居る、と」
「その"場"では"知性量が保存されている"と。つまり山奥では、こんな深夜に誰も居ない、私と何某さんだけ。知性量は"場"に支配されず、知性の量子的、知性の最低限、いえ私の認識が、私の決定が、私の魂に因る物と保証されている、ですか?」
ここは簑笠府家が所有する広大な土地のど真ん中であり、月明かりも届かない、新月の日。幻想ちゃんはナイトゴーグルで道なき山を、山林を歩かされていた。
「そうだね、勿論君のお父上はたいそう心配しているから、護衛を追跡に出しているがね。だがまあ、この数なら問題はない、かな?」
「御父様ったら。あれほど心配ないと伝えましたのに」幻想ちゃんは約束を、契約を反故にしてまで人を寄越したのに腹を立てた。
「そう言うなよ。彼女らの仕事を奪う気はボクにもない、契約はそちらが先なんだから。それに既に撒いているし、知性量子的には君は安定している。ゾンビにはなっていない。保証しよう」何某は珍しく真面目な表情である。
「怖いですね、これが人が沢山居る所へ行って、気がつけば飲まれてしまっている、それを自覚することは決して出来ない、それが相対性ゾンビ。エゴの強い、弱いには何の脈絡も、意図がない、偶然。努力も才能も関係がない、それが決定者」
「大変良く出来ました。その通りだよ。だが喜ばしいことに君は、この世界でのエゴの強さでは同率世界4位、くらいかな?」何某は夜空を見ながらまるで答えが夜空にあるように星を見ながら言った。
「それが私達を選ばれた理由なのですね、四ノ原早紀さん、真行院幹雄くん、そして私」
「あと一人は、何故あなたの授業を受けていないのですか?」幻想ちゃんは当然の質問をする。同率世界4位。ならば世界一位は目の前のボク。ならば同率の2位が二人、そうであれば同率4位の人間、が幻想ちゃんとなる。
「それは、君の持っている機材で録画した映像を、後々でしか見れない奴がいてね。つまりはこれは授業では有るが、そのまま補講も兼ねている。なのでこれを見返してこの言葉の真意が伝わってくれれば何よりだよ」この映像を後で見る奴はどう思うかな?
「とりあえず、私は選択肢を、現実を選びました。世界の滅びの一つは一体何なんですか?」
「悪夢の終わり。世界は夢から覚める。幻想ちゃんは何も痕跡も残さずに消える。そして"残された者"は心に深い傷を刻まれる、それこそ自虐的に、被虐的に成りうる、まで」
「聞こえているかな?□■△▼君、君に言っているんだぜ?」何某は、幻想ちゃんの録画している機材に向けてメッセージを伝える。届けばいいが、否、これだけは届けて見せると己に誓った。
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簑笠府イリスは、目が覚めた。この夢を見た時は何時も例外なく泣いている。涙を隠さなければ。幸人さんには私は、頭がピンクのど淫乱、露出狂、というキャラで居なくてはいけない。
化粧を軽く済まし、髪の手入れを行う。そこでイリスは気がついた。
髪が、手入れの必要がないほど保たれていた、
これは「とんでもない」ことだと気づきを得たのである




