比翼の怪物
新庄幸人と簑笠府イリスは、四ノ原早紀と真行院幹雄に自身らの異能の説明を終えて、イリスの宿泊している部屋に戻ってきた。
「ふぅー、やっと終わりました」イリスはホテルの最上階の部屋という最高に見晴らしがいい場所から日が沈むのを眺めている。
「本当に綺麗。こういうのを映像以外で見えるなんて思いもしませんでした」イリスはじっと西に沈む太陽を見ている。彼女は陽の光を浴びたら皮膚が焼けて爛れるという病を、幸人の作り出した異能の無敵で全て無効にしている事で可能な事である。
「晩御飯まで時間はありますし、それまでナニをやって過ごしますか?」とニヤリと蠱惑的に微笑みながらコートを脱いで下に来ていたシャツのボタンを外していく。やっぱりというかコートの下にスカートは穿いてなかった。
「んー、そうだなあ。イリスさんには悪いけど、そんな気にはならないなあ」この露出狂め、と幸人は思ったがこれに乗っておこうと考えた。その方が幸人には汎ゆる面で有利であるからだ。
「その気にさせたら、どうでしょうか?」自信があるのか、イリスは丁寧にボタンを一つずつ外していき、その下から綺麗な、イリスの裸体が露出する。
「じゃあ、その条件でいいや。イリスさんが俺を勃たせたらって事で」幸人はベッドの端に座ってイリスの脱衣を見守る形になった。
「へへえ、自信があるんですね、幸人さん」イリスは四ノ原らの前では新庄くん呼びだったが、二人きりでは名前呼びである。
「うん、つまるところ」幸人はずっと考えていた、何某から聞き及んだことと、イリスら3人との認識を幸人が知ったことで結びだされる結論を口に出した。
「イリスさんってさ、つまるところ詰んでいるよね?」幸人は無表情で言った。別にイリスを追い込みたい訳ではないし、四ノ原早紀を軽く見ているわけではない。
「……どうして?」イリスはピタリと止まった。ショーツを脱ぐ途中で石化したみたいに微動だにしなくなった。
「続けて」幸人は言った。
「……あ、はい」イリスは昨日までの淫婦のごとき、もしくは朝の羞恥に恥じる少女でも無かった。脅されている被害者の様に、義務的に無感情にショーツを脱いだ。
「何某さんから聞いて、イリス、君が早紀さんらの前で暴いた相対性ゾンビ効果、つまり怪物の正体らしきものを4人で共有できた、という錯覚までは正直イリス、君はこのまま四ノ原さんに勝てるとも思ったよ」幸人は淡々と話す。
「……」イリスは既にストッキングとガーターベルト以外の衣類を身に纏っておらず、それでも露出しているということの昂奮も、羞恥も感じていない。
「イリスの、君の強みであるところの言い分は『四ノ原さんがミッキーを王』と思い込んで、イリスの俺の事をキャスリングで捨て石にする、という君の主張が崩れない、という前提のもとで成り立つ幻想だよね」
「……」
「四ノ原さんが、俺を本当の王で、ミッキーが、真行院幹雄が城と気づいたら、それだけでなく新庄幸人でも真行院幹雄でも誰かが自身の役割を正しく認識したら崩れ去る。夢の終わりが君には訪れる。
どうかな?この考えは正しいだろうか?簑笠府さん?」幸人はこうしてイリスの契約のキングをチェックした。同時に四ノ原早紀の計画も同時に詰めた。
「……へぇ、面白い話ですね」イリスは無表情だ。
「君の事は何某さんの仄めかしから、辿り着いたんだけど答え合わせはどうだろうか?君は俺に虚偽を言えないと言ったね?」
「はい、そうですね。私は貴方にはだけは契約に真摯でなくていけません。勿論、こちらの思惑が露呈したとしてもこの方針が曲げられません」イリスは素直に認めた。
「無敵を、契約更新しなくても、差し手を降りさえすれば生きられる、とも言ったね。でもそうでないんだよね。君の命を断つものは日光だけでない」
「はい、こうして繋ぎ止めるしか、この末を見届けることさえ叶いません」自嘲気味にイリスは言う。そう、彼女は本来、幸人の足を舐めてでも媚びへつらい、自身の尊厳を捨てなければ『破壊』という方向性を備えられた異能では、『彼女の命を守る』という方向性を持たない事は幹雄達の異能生産の性能調査で明らかになっているのである。
「という事で、君は俺を勃たせてその気にさせることさえ出来なかったんだけど」
「ははは、まさか2日も保たないとは思いませんでした」イリスは舞い上がっただけに、この落差は堪えるのであろう。情事中は本人も満更ではない感じだったが、今にも息絶えそうな精神的ダメージを受けている。
「うん、そうだね。"このまま続けなくて正解"だったよ。むしろ今理解って良かった、お互いに」
「え?幸人さんは何を言っているんですか?」イリスには意味が伝わってなかったようである。
「いいかい?君は、俺に、真に、伝えるべき事を隠して、今回の事に臨んでいるって、のが俺からの話だよ!」幸人は怒っていたのである。こんな、ただの『詰めろ逃れろ』の一手だけ逃れただけである。幸人はデッドエンドまでこの露出狂の女を連れていかねば、プレミアムチケットの購入代をこの痴女に払わせなければ気が済まないのである。
「えええ~、お説教ですかこれ?」イリスは素直に正座した。
幸人は全裸の少女が正座させられるシチュにちょっとビビッときたが、話が思い切り脱線しそうなので敢えて言わなかった。どうも俺らは性癖の相性がいい、という事はまだ言わなくて良い。
「いいかい?俺の、いやもう一人称はもういいや、面倒になってきた。僕はね、君の終わりは見たくない。悪夢の終わりとは、この忌まわしい異能生産の終わりでも在る。こんな厄介な代物、早紀さん以外でもさっさと終わらせる、無くす方面で戦略立てるよ」
「え?まさかまさか、なんで?だって、……だってさぁ!誰だって悪夢の終わりは目指すもんじゃないですか?」イリスはもう泣いている。泣きじゃくっている。年相応の、漸く何枚も重ねられた仮面を剥がしに剥がして、幸人は遂に奈落の奥底、賽の河原へと糸を、意図を伝えることが出来た。誰の意図かは言わなくて良い。
「それには、君の理解と、僕の、僕が悪者になるのを避けないといけない。でも、差し手は僕に変わるよ。イリス、君は僕の女王になって。せっかく個人から怪物に昇格したんだから、この際早紀はさ、切れる様にしておきたい」
「そんな、都合がいい夢、が続くとか、在るわけ無いじゃん、なんで?」イリスは幸人の頸に手を回してきて抱きついた。全裸の女性だが色気はない、性欲も混じっていない、が故に、幸人の股間はバッキバッキである。僕もどうやらド変態、かも知れない。
「それはね、僕が実は、クリエイティブなことやりたくて、でもその才能がないから僕の夢は多分適わないのは理解ってる、でもさ、だからこそ夢オチだけは僕の面子にかけても御免被る。簑笠府イリス、君は幻想だけに留めておくには惜しい逸材と思うんだよね、多分僕の現実には早紀さん、ミッキー、イリス、君らが居るとバッドエンドも、ヒストリーエンドもきっと地獄だろうけど、きっと楽しいよ。悪いけどさ、このまま言いくるめられてさ、僕の地獄の道づれになってくれない?君に拒否権はないので従え」
「はい、喜んで。どうか私をその共歩きの御側に置いて下さい、本当に私とバッドエンドやヒストリーエンドなどの地獄へ堕ちてくれるんですか?」イリスは幸人の答えを聞いたからか、安堵した後は自身の性欲にも気づいたようで、乳房を露骨に押し付けてきた。
「うん、お互いが地獄の道連れだよ。そして2020年に辿り着こうよ、デッドエンドで待ってるてさ」
「それにはぁ、ハァ、契約の更新しないと辿り着けませんねぇ」イリスは心と体の求める方向性が一致したのか、既に発情モードである。
幸人はイリスとの初夜は腰が抜けそうなくらい酷い目にあったが、翌日には更に搾り取られそうで、いやこの場合は幸人も満更ではなくなったのでどこまで堕ちるかは、分からないのが怖くなった。怖くなった次いでにもう一つ正さなければいけない事を思い出した。
「イリス、君の本当の、"実年齢を教えて"?」そう、契約書には数え年と合った。だからそれより"もっと下"という可能性があったのだ。だがもっと恐ろしい可能性に気づいたのである。契約書の『数え年で16歳』には別の意味があったのだ。
「だぁめです。幸人さんがヌケなくなるまでぇ、黙秘しまぁす」イリスはそう言って幸人に跨ってきた。
「うおおお、ちょい、ま!!ナニを抜けなくなるまでっていうの!?」幸人は残った理性で辛うじて言えたし、イリスの反応から恐らくこれは"法的にヤバい"という直感が疾走ったのである。
「足抜けですよ。そんなの"させるわけないじゃない"ですか。これが本当の詰みって奴ですぅ、あ、挿入っちゃった。これでもう余罪更に突きますよぉ」イリスは遂に本懐を得たと言わんばかりに腰を落としてしまった。
「詰みだけに罪ですか」幸人は観念した。地獄への道はやはり悪意で舗装するべきだと思う。善意で舗装されたデッドエンドに向かうよりは。
「お互いに、です。誰が貴方一人で逝かせるものですか。それでどうやるんですか?」
「まあ、僕が、イリスに主導権を握られてる、みたいに腰が引けてるムーブで過小評価させるかな?あっあっちょ、激し!」
「そっちはおまかせを。こちらは如何が為さいます?私としては無理矢理も、憧れますが、ああ」
奈落の奥底で、慎重に隠されていた、賽の河原の石の塔の怪物は、上位存在ではなく、ただの人に因る糸で掬い上げられた。その名を比翼の怪物という。




