幻想ちゃん4
「幸人さん、私に任せて貰えませんか?」簑笠府イリスは新庄幸人にそう言い出した。イリスの異能を無敵という破格のモノをどうにかこうにか誤魔化したいというのである。
「それに関しては問題ないけど」幸人はその言い訳が思いつかない。それどころか無敵を成立させた奴隷契約という凶悪なイリスに不利(そうか?)なので初めて生産できたのであるからだ。
「幸人さんは私の言う通りにやってください。大丈夫ですよ、幸人さんが幹雄君と早紀さんに"軽蔑される"ような自体にはならないと思います」イリスの横顔はとても知的に見える。これが先程までの痴態がなければ清楚系美少女と錯覚したままだったと思われた。本当に残念な人だ。
「了解した」幸人はそれを信頼してそう言ったがすぐに後悔することになる。
「こんにちは、早紀さん。幹雄くんもお久しぶりです」イリスは知己に出会うなり旧交を温めるべく、手を振っている。そんな彼女の可愛さに山乃原と沖ノ島は鼻の下を長く伸ばしている。騙されるな、こいつは淫魔、妖巫、毒婦の類だぞ、って言いたいが絡め取られた幸人には何も言葉にできなかった。
「……本当に、昼歩行者を手に入れたんですね。おめでとうイリスさん。貴女と御昼に会えるようになるとは。ふふ、これは何時か約束通りにショッピング街を一緒に遊びに行きましょう!早速ですが明日の下校後とかはどうですか?」
「ありがとう、早紀。でも明日は予定が入っていて、週末なら……あ、でも土曜日は、挿入ってますね。日曜日も、入ってるかも」イリスは意味ありげに言った。幸人は背筋に悪寒が走った。
「そう?そうね、貴女も突如病気が完治したみたいなものだから仕方ないのかも、都合が良い時を言ってね、私なら何時でも構わないから」早紀は何も疑わず友人の言葉を真に受けている。幸人はもっと友情深めていけよ!と叫びたくなったが、叫べば説明が面倒くさそうなので黙っていた。
「早紀、旧交を温めるのは良いが、問題の昼歩行者だ。俺が聞いたあたりそんなに強い異能とは思えないが」真行院幹雄はそう言った。幸人もそのとおりだ、と思う。ここからどんな説明をすればこの二人を納得させられるのか?
「幹雄くんそれについては私から説明させて下さい、そもそも論として、私の体質である、日光を浴びれば皮膚が酷い火傷になる、が単純に可視光線を防げば良いのか?それとも紫外線か赤外線か、はたまたX線、γ線などと
新庄君と私との間で"議論が白熱"していまい、気がついたら日付を跨ごうとしていました。
此処で"新庄君が凄く焦ってしまった"ので、私に付与する異能の昼歩行者の能力に余分な物が付いてしまい、ノルマ達成と相成りました」とイリスは半ば呆れながらも情事、ではなく事情を説明した。
全てを知っている幸人は「よくもまあ、こんなデタラメを」と思ったが、黙っておいた。しかも会話と説明の内容に何か含む物がありげに話すので心臓に悪いと思った。
「その余分なものとは何だ?」幹雄は気づかない、早紀は「?」マークを頭に浮かべながら
「昼歩行者だけに、吸血鬼のエピソードにありがちな様々なメリットを得ました。単独スキルの1枠でこれだけ盛ってくれるならノルマも当然という感じです」イリスはペラペラと根も葉もない話をでっち上げている。幸人はこれを自分がやったという事になるのでボロを出しそうで大変怖いと思った。
「にわかに信じがたいが、それで何故ノルマを果たすほど強力なものなのかね?」幹雄は至極当然と言う疑問を口にした。
「なので、デモンストレーションを見てもらいたいと思います、"新庄君"、スマホで私を撮影してもらっていいいですか?」
「ん?どういうのを撮ればいいの?」
「こう、下からのアングルで、そう覗き込むように。ええ、スマホ越しならコートの中身を見ても私は一向に構いませんよ」イリスは衆人環視でヤバいリクエストを出した。ニヤニヤと笑っている。
大丈夫なの?本当にそのコートの中身は大丈夫?と幸人はアイコンタクトで伝えるがイリスはこれまた蠱惑的な笑みで返してきた。これはヤバい。だが旧知の友人共は気付いてない模様。幸人の早紀と幹雄とイリスを行き来する視線から幸人の内心を探ってきてて、大いに満足している。
貴方の好きな女性の前で良いんですかね?でもぉ、幸人さんはアドリブ出来ますか?出来ませんよねぇ?と一転サディスティックな面を魅せてきている。
ぐぬぬ、と不本意ながらイリスの指示通りにパシャリ、カメラを取る。それを見た四ノ原早紀は不機嫌そうな、軽蔑するもののを見るかのような目つきである。
いや、ちがう。違わないが。どうして幸人は先にそんな眼差しで見られなくてはいけないのか?と不満に思う。
というか、早速軽蔑されてるんですがイリスさん?と叫びたい。だが幸人にはまだイリスの思惑が分からないのでこの場では黙るしか無い、覚えてろよ。
「えっと、これどうなってんの?」と幸人は白々しく首を傾げてみせた。幹雄が「見て良いのか?」と言ってきていた。幹雄と早紀から見えないようにイリスは指で「OK」のサインを出している。これが偽装なのだろう。
「おお、これは」新庄は映った写真を見て驚いた。幸人が撮ったイリスの写真は彼女が"着ている衣類のみ"を映して、イリスの肉体は何も映さなかった、という画像になっているのである。
いやいやよく見ろ、この写真、コートの下にスカートが写っていない。イリス本人は何も写っていないというインパクトに目が行くが、実際にはこの女はこの面子の中でも趣味と実益を兼ねた事をやってしまいやがったのだ!
早紀ですら、その画像のインパクトに注意が割かれていて、衣服のみしか写ってない画像に本来あるべき物に気づいていない、イリスは心底恐ろしい女である。
「……凄いな、電子機器限定と言えど、完全隠密なのか。しかし、これでは強力と言うにはやや弱いな」幹雄はそう言って思索にふける。流石にミッキーは甘くないと思ったが、イリスは想定内だったのだろう。淀むことなく次の説明を続けた。
「ええ、私もそう思って"新庄君といろいろ試してみたんですが"、どうやら一部の人間にも私を視認できない人が居たみたいでそれがどうやらゾンビの人らしいのです」イリスは自信満々に意味不明なことを言った。
ゾンビ?どこからそんな話が出てきたんだ?幸人は意味が分からない。
「え?イ、簑笠府さん、そういう事だったの、アレって?」幸人は適当に話を合わせながら問いかけた。
「(名前呼び?)イリスさん、ちょっとその話は必要あるんですか?」早紀は幸人の発言に何か思う所が合ったが、それを一旦飲み込んでイリスの発言を咎めてきた。
「ええ、早紀の懸念も分かりますが、新庄君には説明が難しいとしても、もう当事者に巻き込まれています。荒唐無稽だとしても話すべきかと」イリスは頑として話を続ける。
「……、別に彼が無関係と思ってないですが、説明がやっぱり、ね?どうしても話すと言うなら分かったわ、続けて頂戴」早紀は観念した。幹雄はこめかみに手を当てている。
「新庄君は哲学的ゾンビ(Philosophical Zombies)、ってご存知ですか?」
「もしも、人間が、感情があるように見えても、それが機械的な反応、演算でしかない、非人間だとしても、そうではないという証明が不可能、と言う話だっけ?」
「新庄君は博識ですね、その認識で大体合ってます。ですがその思考実験をもう一歩推し進めて考えてみて下さい。ゾンビか、人か?というデジタルの物ではなく。半分ゾンビ、全ゾンビ、ゼロゾンビつまり真人間というものがあったら?という話です」
「えーと、つまり75%ゾンビと、100%ゾンビがぶつかったら、前者が後者を哲学的ゾンビだ、と認識しちゃいかねない?ってことでいいかな?」と幸人の言葉はイリスの期待通りのものだったらしく、イリスは「その通り!」と大喜びで返事をした。そういう彼女は、簑笠府イリスは大変魅力的な女の子であるのだが……
「私の能力の方向性は、昼歩行者です、いわば生きてるアンデッドみたいなもの、ですがそれ故に『哲学的ゾンビ』の皆さんには同類と認識してしまうか、もしくは視認することは出来ないのでは?
それ故に私の能力は破格のものと判断された、と解釈出来るのですがこんな説明で如何でしょうか?」
「なるほどね、でもさ。それだと実際にこの世界には哲学的ゾンビで溢れているってことになりかねないんじゃない?俺にはどうもそうは思えないんだよね」
「その通りです。しかし、ここに居る皆さんがゾンビという話ではないのです。"ここに居ない皆さん"が殆ど哲学的ゾンビ、いえこの言い方はもう相応しく在りませんね。相対的ゾンビ(Relative Zombies)、という話なのです。新庄君には身近にもう既に知っている事例に心当たりがあると私は思うんですが如何です?」
「荒井耕三。奴は一度、山乃原君の即死系の異能で死んで、沖ノ島君の異能のネクロマンシーで、死体から蘇生したせいで機械的に応答が出来るけど、明らかに生前とは違うけど暴力的で犯罪的な彼の迷惑な個性が死んでいる、生物学的には死んではいないだけになってる。つまり」
「相対的ゾンビ、真の意味での哲学的ゾンビ、ですよね?耕造君は。彼のようなゾンビがもし居たら、私の昼歩行者は彼らの認識から完全に捉えられない、って事ならこれは破格の異能になりませんか?」
「なるね、つまるところ、ある程度、どころか。その気になればかなりの割合の人間を騙せるわけだね(もっとも精密雁札なら人間でもお構いなしだよね?)」
「その通りです。(そして私が幸人さんに伝えたいのはスキルのことではなく、この世の人間に結構な割合の相対的ゾンビ(Relative Zombies)が含まれてるって事を共通認識として伝えたかったのです。早紀と幹雄君との前で、この二人の公認の下で、ですよ。つまり貴方は世界の真の姿から、一人だけ仲間はずれにされていたってわけですよ)」
「そうか、そういうモノの見方が在るってことなのか……世界を見る目が変わったと思うよ」幸人はそう言った、その言葉に幹雄と早紀も頷いた。
だが、新庄幸人の認識では「自身が彼らに全てを打ち明けられた、という認識の世界」と言う意味であった。
イリスの思惑通りに、であろう。




