幻想ちゃん3
「アイスコーヒー、シロップなし、フレッシュだけで」
「ボクも同じものを、いやたっぷりサイズで」
新庄幸人は思った。簑笠府イリスが全世界に痴態を晒している可能性を憂慮し、純粋な親切心から止めねば、と思ったのだ。
自宅から飛び出て、日光で焼けたアスファルトから生じる熱から生命の危機を感じ、一旦徒歩から移動手段を切り替えての公共交通機関、つまりは地下鉄を使用してイリスのホテルに向かおう途中だった筈だ。
それが何故か、地上に在るとある系列店の喫茶店で謎の人物と机を向かいにして運ばれて来たアイスコーヒーを飲む状況になっている。
「自己紹介はしていたっけ?」謎の人物が聞いてくる。
「いえ、なんかミッキーの知り合いってので適当に聞き流していただけで、今知らないなーと初めて知りました」
「そうだね、社会上の戸籍では『佐爾波鏡子』となっているがこんなのはどうでもいい設定、だね。他の連中と同じく君もボクを何某と呼んでくれ」何某はそう言ったが、性別不詳くさい人物が何故女性名なのか?と気になった。
「……どうしてこうなっているんですかね?確かに家を出て、日光が照り付ける道路へ出て、そこから……あれ?」新庄幸人は自宅から地下鉄って行く手段が有ったか?と当初の知識からが不明瞭になってきた。
「いやいや、御免ね。本来はえっちらおっちらと君は幻想ちゃんの元へ時間を掛けて戻る筈だったんだけどね」
「幻想ちゃんって、何ですか?」新庄幸人は不穏なワードだと思った。なんか聞き流せないと何故か思ったのである。
「簑笠府イリス。君の、契約上の"奴隷"だよ。結んだろ?誓約書を交わした筈だよな?」
「なんなんですか、その渾名」あだ名なんて可愛いものではないと感覚的に感じた。間違いなく奴隷というのは愛称ではないのだ。
「そりゃまあ、幻想の中でしか生きられない、儚いものさ。文字通りね。人の夢でしか生きることさえ叶わない、悲しい存在なのさ、ボクの弟子の一人はね」
「師か、何かですか?」幸人は詰問する。気分が悪い。ボリュームが致命的なこの喫茶店で食事を頼まなくて良かったと思った。吐きそう。
「だね、ボクが唆したのだからね。幻想ちゃんに『未来を守りたくないか?』と」何某はニヤニヤと何の悪ぶれもせずに言ってのけた。
「やっぱりアンタが唆したんですか?昨日の夜の彼女も。イリスちゃんをああ言う行動に仕向けたのは」幸人はイリスと出会って間もないが、本来彼女はもうちょっと慎重なはずだ、と確信していた。
「さあね、ボクが言ったのは『死者と殺すべき者を、殺すか、活かすか、袖に縋ってでも形振り構わずに自身の助命を請え』とだけ」何某は恐らくその時に言った事を違えず言っただろうと幸人には直ぐに分かった。この眼の前の怪人物は嘘を吐く必要性がない存在なのであると。
「……本当に、あの子は"袖に縋るしかなかった"のか!?」幸人は去る時にイリスの行動を思い返していた。
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「……そっか」イリスはそう言いながら幸人の服の裾を掴んだ。だが力は入っていない辛うじて掴めている、というふうだ。
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「ん?どうした?何か思い当たることでも?」ニヤニヤと笑う、いや嘲笑している何某。この人物は今心の底から幸人を嘲笑っているのだ。
「そうか、俺という人間は、出会う前から、最初からイリスに最大限に気遣われていたんだね」ようやく悟った。"帰ったら"詫びようと思ったのだ。
「ふふふ、その様子では彼女はきちんとやり遂げたようで安心した。君はボクに聞きたいと思っていた事があるよね?」何某は先ほどとうって変わって慈悲に満ちた笑顔で問うてきた。
「なんで世界が滅びるんですか?なんで俺なんですか?」
「理由はないよ。怪物という現象が何故生まれてくるのか?それもそうだとしか言えないし、分からないんだよね。出来るのは確定した事を伝えるくらいだからね。ボクはこの世界が滅びても怪物さえこの世界の中で収まってくれればどう転んでも問題はないのよ」
「戦争が起きる、とか放射能が漏れるとか、隕石が降るとか、でなく?怪物とは何ですか?分かる範囲でそれを説明して欲しい」
「怪物というのは、複数の頭を持つ存在のことで、これが奇数と偶数だと性格が異なるんだよね。で、君らは今偶数の頭の怪物の驚異に晒されている。奇数の怪物も例外なく制御が可能だ、知性すらあり対話も可能な存在である。こいつが脅威になる時は自身の頭の数を数えた方がいい、とも言われている。
まず君をこの世界から逃がそうとした奴は怪物の頭を奇数として見せることで複数の世界を滅ぼそうとしたんだよね。偶数の頭の怪物は過去の事例に例外なく世界を滅ぼすモノである」
「怪物の頭は幾つですか?2つですか?」
「4つだ。四ツ首の怪物。ボクはとりあえず仮の呼称として4つの塔の怪物と呼んでいる。君達の世界は4つの終わりが待っている、避けられない終わりだよ」
「終わりですか」
「第1に、デッドエンドは説明しやすいね、全て死に絶えて終わる。第2にバッドエンドは世界が存続するが酷い決着になりやはり未来が無い。
第3はヒストリーエンドは歴史という連続性が消失する、そして同じ事件が繰り返されるが、誰一人として気づかない。これも記憶を持つ連続性の知性体の末路としては最悪とも言える。
そして第4の終わり。これが君の、新庄幸人の最大の敵だ。こいつをどんな無法を犯しても良いから殺せ」
そう言って何某は、第4の終わりには特に何の説明もしなかった。
「なんですか?いやいや、1から3も酷い結末なんでしょうけど、4番目は?どんなヤツなんですか?」幸人は呻いた。それを聞きたかった、と何故か思った。嫌な気分がしてきたのである。1から3は説明できたなら4番目の終わりも説明しろと叫びたかったのだ。
「いや、これについては説明したと思うけど。幻想の終わりだよ。悪夢の終わり。だが"夢でしか生きられない存在"にとっては死の宣告とも言える」
「それって、まさか」幸人はもう目眩がしそうだった。早朝に食べたファストフードが胸焼けを起こしてそうな気がしてきたのだ。いやあれは今朝"実際に起きた筈"だ。
「そうだよ、ボクに師事した、弟子の一人、幻想ちゃん。その終わり方。第4の終わりは夢オチと言い換えても良いね」何某は笑っていない。
「……それ、ストーリーテラーが一番やっちゃいけない悪行だろ、それ」幸人は作家志望であるが、夢オチが現実になるのは、第1から第3の終わりのどれよりも酷く思えてきたのである。
「そう言うことだね、君もボクと同じ結論で助かるよ。ハッピーエンドとか現実で言うなよ、反吐が出る」
「……理解ってる、その4つの終わり全てを倒せば良いだけだろ」
「いや、違うよ。怪物は偶数の頭を持つ故に災厄なんだよ、これを奇数の頭に刈らなきゃいけない、どれかの終わりを残せ、とボクは言っているさ」何某は此処へ来て一番の爆弾発言をした。どれも終わり方が酷いのに"一頸は残せ"と言っているのだ。
「ちょっと待って、残さなきゃいけないのか?なんで!どれも最悪じゃんか!」
「だけど、真行院幹雄と、四ノ原早紀は"どれを残すのか?"という選択肢を選んだよ。そして窮した簑笠府イリスが『悪夢の終わり』を残すとした」
「それには俺の意見が入っていない!」
「その通り。簑笠府イリスは自身を災厄として数えさせた。この世界を滅ぼす怪物の頭の上限は4つだ、5つじゃない。それ故に4本目だった悪夢の終わりは撤回されようとしている、後は君が決める番だ」
「夢オチだけは嫌だ。こいつは残さない」きっぱりと幸人は断言した。
「ではバッドエンドを残すってことでいいのかな?」
「いんや、それも違う。残すのは……」幸人は答えに窮した。イリスに会いたいと思ったのだ。彼女は言った。痛みは生きている証だと。激しく痛む事を受け入れていたようだ。意見のすり合わせをしなければいけない。
「まあいいか、答えは君たちが決めれば良い。ボクは見る側にそろそろ戻ろうと思う。此処の払いは任せ給え、なにコーヒーチケットがあるからね!キャッシュレス決済はこの世界の住人の特権だからね、ボクには出来ない」と何某は笑った。
「待ってよ、それ現金じゃないと買えないやつじゃん、あんた現金持ってたのか?たっぷり頼んでたじゃん、どうすんの?」幸人は細かい所に気づいた。このお節介な悪党が現金払いとは頓珍漢にも程がある。悪党という奴は意味もなくカード支払いで済ませそうな人種だと思われたのだ。
「そうだよ、現金無いからねー。困った困った」何某はヒラヒラとコーヒーチケットを弄びながら、メニューには「ドリンクの増量した分はチケットだけで払いきれない」という旨の記述に今気づいたようだった。
「まあ、100円くらいなら俺が出せますけど」幸人は財布から小銭を数えて二人の支払いが可能だと確認したのである。
「悪いね、ここはお言葉に甘えて奢られよう、これを賄賂としてとってもいいよ」
「じゃあ、見返りに夢の続きを見たいと言ったら可能ですかね?」
「それは聞けないなあ、そういやボクは君の窮地を救っているね?」
「ああ、そういや自称神様が俺を異世界転生させようとしたっけ。途中であなたに変わった、という感じがしてきました」
「よろしい、その認識で正しい。君は現実で戦うのが一番だと思うよ」
「じゃあ、異能は消えないんですか?」
「それも悪夢の終わりだよ。幻想ちゃんの異能は、この悪夢は付き合いなよ、一生かけてね」
「ミッキーとは仲違いしそう」幸人は支払いを終わらせた。あわよくば恩を売っておきたかったがそういう事にはなら無さそう。むしろ、さっきの会談こそが何某の厚意に思えてならなかったのだ。
「こういう手もあるよ、新庄幸人、簑笠府イリスとで、双頭の怪物になるとか。古来から人は怪物に対抗する為に自ら怪物になったものだよ」何某はとても楽しそうだ。怪物同士の殺し合いはそれはもう最高の観物になるだろう。
「親御さんと相談しなきゃね、うちの親は色々と面倒そうだ」幸人はウンザリしながら言った。
そういえば、と思った。
「そういや、佐爾波さん。そのチケットは何時入手したんですか?」幸人は何某のチケットが今日昨日購入したものにしては絵柄が違うという事に気づいたのだ。
「何時だろう?何時だと思う?」幸人は何故か逆に聞かれてしまった。
「それ、来年の50周年の、プレミアムチケットですよね?」
「正解だよ、やはり君に幻想ちゃんを託して良かった。うん、その直感は正しい。君はその方向で励め。君の勝利で災厄が終わることを祈っているよ」何某はそう言った。
「頼むぜ、来年までこの事件を先延ばしするなよ、デッドエンドは2020年のすぐに来るぞ。新庄幸人、残り日数は365日もない」




