幻想ちゃん1
「あああああああああ、なんてことを!!私なんて言うことを!」簑笠府イリスはずっと秘めていた欲望、つまりは肉欲、
めいいっぱいまぐわって快楽と痛みに耽りまくって此処へ来てようやく自身の行動を客観することが出来た。
イリス自身の一連の言動は己のことながら、いや自分のことだからこそ誤魔化しが効かない。
名家の令嬢としての、いやただ一人の淑女としても、どうにも恥辱、汚名、恥晒し、破廉恥、悪名も良い所である。
「うわあああああ!!」イリスは悶ている、目を逸らそうしてスマホの画面を見て自身が残した記録の類を見て記憶がフラッシュバックしたのである。
追い打ち、畳み掛けられて悶絶している。
「いい加減にしてくれないか?もう少し人目とか、聞き耳とかに気を使ってくれ」イリスに呼び出された何某はウンザリした顔で言う。
だが、もう最後の答え合わせに会おう、と言いながら、その後の呼び出しに律儀に来てくれた辺り、人付き合いが良いと言える。
「そうは言ってもですね、御父様や御母様には言えませんし、早紀さんに限っては絶対に漏らせない、となると人選は自ずと一人しか」
「……ボクとしても、後24時間は延長戦ヤるとは思ってたから、"この日の呼出"には興味があったからね、話には付き合おう」
「感謝致します、何某さん。私は彼にどの様な顔をして会えば良いのか?と困窮しておりまして」
「それはもう正直に性癖をぶち撒けて、相手に選んで貰うしか無いだろ……」何某は邪悪の権化という人物だが、この件に関しては至極真当な正論を言った。
「そんな!私に死ねと仰る!?」
「いや、社会的には致死量のやらかしだとボクは思うがねえ。まだ言い逃れや先送りの余地があるとでも?肉体的には無敵を得ても、社会的信用までは及ばないからね?そこは理解ってる?」
「異論はありませんし、社会的には慎重にしてますが」イリスは相談相手を間違えたと思った。この人物は基本的に嘘や誤魔化しを言わない。いやそもそも言う必要が無いのである。契約を結ばせたいなら相手が悪魔でも構わないというタイミングで出てくるのである。
「いい加減に覚悟を決めろよ、簑笠府イリス。そうだね、そろそろかな?」何某は機を窺っていたように言う。
3、2、1、ゼロ。
どくん!簑笠府イリスの身体に発作が起きた。今までの発作が可愛く思えるような、致命傷になるような大きな発作が今起きた。
イリスの2つの病魔。一つは特殊光線過敏症、日光を浴びただけで重度の火傷になるが、室内灯などの人工光では何の影響が出ず、病因の特定が今まで為されていない。
そして、もう一つは心不全、これまた何が彼女の心臓にダメージを与えるのか?血流を阻害するのか?未だもって理解っていない。
各地の名医も匙を投げた難病である。この2つが簑笠府イリスの性格を決定づけた、『運命が私に死ねと言っている』という厭世の性格に歪んでいった。が彼女はそれを克服すべく研鑽を積んだ。
全てに恵まれた親友、四ノ原早紀。彼女に並ぶ為、病魔を言い訳にするのは止めた。そこからはひたすら既に出来上がっていった己を増改築する勢いで建て増しして、今の簑笠府イリス、新庄幸人には淫婦と評されるまでに羽化したのである。
そうして、彼女は新庄幸人という本物の怪物(2頭目)に遭遇し、力を得たのだ。
「……」簑笠府イリスは己の身に起きた発作と、発作が自身の異能の無敵で無効化されたのを瞬時に理解した。
異能を持つ者は、己の能力が自身の意思で発動させたり、自動発動した時にそれを識ることが出来る。
「いやいや、遂に君はこの赤い死線を踏み越えた訳だ。君が悠長に新庄くんの説得をしていたら"今、この現時点の此処で死んでいた"」
「ええ、そう、ですわね」簑笠府イリスは背筋が凍る思いである。実際に背中の悪寒による発汗が冷たすぎて気持ちが悪い位である。そう正に今、死線をかいくぐったという実感である。
過去にもイリスは発作の度に死を覚悟していたが、それらはまだ生き延びるかもしれない期待の生まれる余地が合った。
だが、先程のは間違いなく死んでいた、どの様に急速な手当が行われていたとしても、その猶予時間内に死んでいたに違いない。
正に九死に一生を得た。だからこそ、この時点で、イリスの痴態報告にもかかわらず、この何某は衆人環視の元でも現れたのであろう。
「認めよう、簑笠府イリス。ボクは君が単なる亡者に、生きながら死んでいる者と切って捨てて良いと先程まで思っていた。実際には君はボクの予測を今越えてみせた。この成果を以てして、只今より君を、簑笠府イリスは、怪物の一頭、複頭の怪物、その内の一つの頭と呼ぶのが相応しいと評する。亡者である君の新しいその名前、その頭は『賽の河原の石の塔の怪物』。
君は度重なる獄卒の妨害に負けずに石の塔を積み上げた。その研鑽を讃えよう。そして自覚して貰おうか。君は他者を踏みにじる者、加害者であると。君の誇りは被害者、無謬性の、無疵の側には無いと知れ」何某と呼ばれる者はイリスを讃する、と今言っているのである。
「私は、あなたのゲームに参加権を得たと、解釈しても良いのですね?」
「勿論、このゲームから降りるなんて今更だよなあ?君が冀う未来の存亡を賭けた四ノ原早紀との勝負に君は胸を張って参加してくれ、ボクが保証を付けよう」
「六大魔のお墨付きとは頼もしい限りです。ゲームの勝利条件は確認をしても宜しいですか?」イリスは背筋を伸ばして言った。これは高潔な儀式の時間である。
「単純だよ、君の力の根源、新庄幸人を守り切れれば良い。ボクは前にも言ったように"この世界が滅びようが、救われようが構わない"。だが、この世界の怪物は放置するには厄介過ぎる、ボクの確実な仕事としては滅ぼしてしまいたい、
だが君と四ノ原早紀は足掻こうと宣言した。それを尊重したい、だからこのままボクをただの観覧者のままで終わらせてほしい」何某の眼差しは温かい。自身を邪悪の権化と僭称するが、その露悪的な態度には好感が持てた。
「四ノ原早紀には新庄幸人は自身の真行院幹雄をキャスリングで護るための駒に見えている。君が参加しなければ確実に彼を失うだろうね」
「なるほど、では私がこの世界を守り切る事で彼が白ではないと、これが取った駒を好きな場所に打ち込めるゲームに類する物だと思い知らせて上げます」イリスは不敵な表情で言った。
その表情にはもう被害者側に居る気は完全に失せていた者がする顔であった。
「では新庄幸人の比翼連理として動くことだね。ボクも奇頭の怪物を手ずから仕留めるには忍びないのでね」何某は心の底からそう思っているように言った。実際に三頭の怪物を配下にしている者だからこその言葉であろう。
「本日はご足労有難うございました。ここの払いは私にお任せ下さい」とイリスは伝票を持って出ようとするが。
「それには及ばない、贈賄と受け取られかねないからね、代わりに君の新庄幸人に存分に飯を食わせ給えよ、じゃあ支払いは自分の分だけでお願いします」何某はそう言って財布からコーヒーチケットを出した。
「あら、ここの常連さんでしたか」イリスは何某が支払った方法のコーヒーチケットがこの店限定なのに既に使われている痕跡を目敏く見つけた。
「いんや、実はボクは"この系列の店は始めて"でね」何某の発言は矛盾しているが、その人物がそう言ったなら、"それにはきちんと理由があるのである"。
イリスはこれはまだひと悶着有りそうだな、と痛感することになった。




